深圳の人参果

.......深圳のとある市場で、怪異な果物を見つけた。”人参果”、とある。これは....
人参果
南朝梁に書かれたといわれる「述異記」には、
”大食王國,在西海中。有一方石、石上多樹、幹赤葉青、枝上總生小兒、長六七寸、見人皆笑、動其手足、頭著樹枝。使摘一枝、小兒便死。這果子遇金而落、遇木而枯、遇水而化、遇火而焦、遇土而入。”
”大食(たいしょく)王國、西海(せいかい)中にあり。一方の石あり、石上に樹多く、幹は赤く葉は青く、枝上に総て小兒を生ず。長さ六七寸、人を見て皆な笑う、其の手足を動かし、頭は樹枝に著かる。一枝を摘(つ)ましめば、小兒は便(すなわ)死す。果子は金に遇えば落ち、遇木に遇えば枯れ、水に遇えば化し、火に遇えば焦(こ)げ、土に遇えば入る。”

この人参果であろうか。

あるいはまた「大唐三藏取經詩話·入王母之池第十一」には
”已有王母蟠桃入池化為小兒、再化為乳棗、猴行者取以食法師、“後東歸於唐朝、遂吐於西川、至今此地生人參是也”
”已に(西)王母の蟠桃(ばんとう)、池に入りて化して小兒と為るあり、再び化して乳棗と為る、猴行者(こうぎょうしゃ)取り、以って法師に食わす。後に(法師が)唐朝に東帰(とうき)するにおいて、遂に西川(せいせん)において吐き、今に至り此の地に生人參を生ずるは是れなり”
人参果
とある。これであろうか.......確かに皆笑っている.......しかし子供というよりはふくよかな僧侶を思わせる風貌であるが......皆死んでいるに違いない。ためしに5〜6個買って、夕食時に呼ばれた朋友の家に土産として持参してみた。

湖北出身の朋友も目にしたことが無く、「ひとつ食べれば齢三千年を得る」とか「収穫するときするどい叫び声をあげ、聞いたものは死ぬから訓練した猿にとらせる。」などと言い合って楽しんだが、しばらく飾って楽しもう、ということになった。
ところで朋友夫妻のところには子供が生まれていて、子供の面倒を助けるために実家から両親が来ていたのだった。夕食はお父さんが作ってくれるのである。食事が終わってくつろいでいると、お母さんが果物を切って運んできてくれた。赤いスイカの隣には、緑色のメロンのような切片が.......どうやら人参果を2個ほど切ってくれたらしい。皮をむいたら、メロンと大差ない。朋友は「あ〜、もったいない。」と言っていたが、せっかく切ったのだから食べるよりない。味は、というと......味のないメロン、胡瓜のような味である。とらえどころのない、昔風に言えば「タマシイのような」味である。
.......はたして延寿に功ありや否や。
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モノポリー・香港

時事の話題をもうひとつ。
......およそ一年ぶりの渡航はまず香港へ。香港といえば食の楽しみの多いところであるが、実のところ飲食店の入れ替わりは激しい。以前に行って良かった店にまた行こうと思っても、すでに畳んでいて別の店に入れ替わっている、というケースは珍しくない。
今回も、何度か行ったことのある、尖沙咀のフランス料理のレストランへ向かってみたら、スイス料理の店に代わってしまっていた.....香港では香港料理、飲茶ももちろん良いのであるが、西洋料理もリーズナブルに楽しめる店が多い。そんな店のひとつで、味も雰囲気も良かった。かれこれ7〜8年くらいは香港滞在の折に通っただろうか。これは残念である。確実に人気のあるお店で、週末などは予約が必須であったのだが。
香港在住のO氏に言わせると、香港の飲食店の入れ替わりが激しいのは、単に競争が激しい、という理由だけではい。テナントの賃料が年々騰がっている、ということも大きな理由だそうである。せっかく流行っても、契約期間が終わると確実に賃料の値上げが要求される。嫌なら出ていけばいい、借り手はいくらでもいる、というところなのである。繁華街で相当年数生きながらえている老舗というのは、経営者がすでに物件のオーナーになっている場合に限られる、という事だ。
2010年ごろから毎年数度、香港に行くようになったが、繁華街の安価なレストランカフェ、いわゆる”茶餐店”の数が昔に比べて相当数減っている。お土産物屋や、宝飾品店になってしまっているのだ。残った茶餐店も、軒並みメニューの値上げを余儀なくされている、という現実がある。
香港2017
尖沙咀の角にあったこのスナック・スタンドも改装中........同じ店が営業するのだろうか。
くだんのO氏曰く、10年前は朝食に茶餐店で卵サンドを食べても、二個くらいの卵が使われていた。なのでお昼までその朝食で充分におなかが保たれたそうである。それがここ数年は、せいぜい卵が一個くらいしか使われていない、内容の薄いものになってしまった。ゆえに朝食に食べてもお昼前に空腹を覚えてしまうという。
O氏とは、渡航が週末にあたると、西貢からのかるい山登りを含んだハイキング・コースを歩くのであるが、入る茶餐店が毎回代わって、いまは”大家楽”というチェーンのファミリーレストランになっている。曰く、ここのモーニング・セットが最も費用対効果が高いのだという.......
香港2017
西貢に行くミニバスを油麻地で待っていると......いつもはここに”傷心酸辣湯”の大きな看板が掲げられていたのだが、これも不動産の看板に代わっている........
「住宅の問題さえ解決すれば、香港は住みやすい都市」という事を、シンガポール出身のO氏は常々言うのである。しかしこの「住宅の問題」を解決するという事が、大半の香港の住人、特に若い世代にとっては、すでに現実的ではなくなりつつあるという。2LDK、50平米未満の香港では標準的な中古マンションでも、都市のかるく1億円を超えてしまうのである。
O氏の家族との会食の席でのこと。O氏の奥さんが言うには「最近香港では、昔買って値段が騰がった香港の自宅を売って、日本のマンションを何部屋か買い、日本に移り住む人が出てきている。」という事である。
昔、まだ2〜3000万円程度で香港のお部屋が買えた時代に、多少頑張って買った人達は、今はだいたい60歳を超えたくらいであるそうだ。セントラルや旺角など、繁華街に近い場所なら普通に1億5000万〜2億近くで売れるのだという.......たしかに日本、たとえば大阪であれば、新築3LDKでも3〜4部屋は買えるのではないだろうか......駅近の70平米のタワーマンションでも6000万円を切るくらいである。仮にひとつに住んで、残りを賃貸に出せば、年金と併せて日本でゆとりのある老後が送れる、というわけである。狭いことを揶揄される事もある日本の集合住宅であるが、香港に比べると広さの面では充分なゆとりがある。また老後に気になるのが医療保険であるが、日本は国民皆保険の手前、外国人にも公的保険が適用される。かなり手厚い香港の医療保険から外れても、まずまず安心、というわけである。
香港2017
しかし香港では、こんなに高い値段の部屋でも買い手がつくのであるが、その大部分は大陸からの購入者の存在である。またもう十分に値上がりしきった感のある現在でも、年率で平均10%は価格が上昇しているというから、O氏は「クレイジー。」とあきれ顔である。
究極、今や香港の産業は「不動産と金融しかない。」という。その金融も、不動産と表裏一体の存在、というわけである。あとは観光客を当て込んだ小売、飲食、サービス業しかない。香港の経済は観光が支えているというが、観光客を相手にした飲食やサービス業などは、いまや零細な産業に過ぎないのだという。おもえば、東京都心以上に不動産が高騰してしてしまった香港にあっても、外でする食事の値段というのは、(割高感のある日本料理は別とすれば)2〜3割は安い印象なのである。為替の影響もむろんあるにしても、割安な印象はここ10年ほど変わらない。という事は、どこかに無理があるはずなのである。
しかしながら、セントラルの金融センターがすべての雇用を賄いうるはずもなく、庶民の大部分は小売、飲食や(公的も含む)サービス産業に従事するよりないのであるから、いつぞやの新型肺炎騒動のように、観光産業が打撃を受ければ香港の経済は立ち行かないのである。

さて、香港の滞在の後に深圳に移動した。深圳では朋友のSさん夫妻に第一子が誕生したので、その祝いを兼ねて、という事でもある。湖北省出身のSさんは、現在は宝安空港近くの地下鉄直上のマンションに住んでいる。3LDK、70平米ほどの広さであるが、2年前の購入時は300万元(現在、1元≒17円)を切る程度であった。それが今や500万元を超えているのだという。
まだ30歳未満のSさんは、電子部品を扱う小さな商社を経営している。旦那さんは大陸家電の大手企業、華為の営業マンである。概観すれば、この年代にしてはそこそこ成功している、と言ってよい境遇なのである。しかし子供の将来を考えると、そうそう楽観的になれないという。
Sさんは7〜8年前に地方都市の惠州というところに、投資用マンションを購入している。日本円にして一千万円くらいの部屋であったというが、これははっきり失敗だったという。値段も上がらないし、売ることも出来ない。
自分の住居用に買ったマンションの値段は騰がったが、ここを売っても、もっと良い場所に部屋を買えるわけではないので、金額は意味が無いという..........深圳の不動産も場所によって上昇を続けているが.......広東の他の地方都市、たとえば珠海や中山、佛山といった中小都市には、売れていないマンションが大量にある。いや広東に限らず、いまや大陸の都市ではその規模の大小にかかわらず、大量の不動産在庫を抱えている。田園風景の中に孤立した高層マンションの一群は、もはや見慣れた景観である。
Sさんの従兄弟は昨年暮れに結婚したが、深圳ではとても部屋が買えないので、隣の東莞に部屋を買って住んでいるそうだ。東莞の物件は深圳にくらべるとずっと安価なので、個人に限らず、企業も工場も深圳から東莞に移転するケースが増えているという。

深圳の後は上海に移動した。上海のD君に会うのも一年以上ぶりである。
D君も今年39歳。アメリカとのビジネスでなかなかの成功を納めている。去年、オフィスマンションを一部屋購入したのであるが、これは5〜6人の従業員を抱えるようになった自分の会社のオフィス用の物件である。自分自身の住居用はまだ購入していない。D君、実のところ家は日本で買いたいのだという。
D君は小さなメーカーを経営しているが、大陸の市場には製品を売っていない。もっぱら、アメリカを中心とする欧米が市場の中心なのである。大陸で開発、製造、輸出をしているから、仕事の基盤は大陸にあるのだから、日本へ移るというのも容易ではないだろう。しかし大陸の会社を任せられる人物がいれば、自身はすぐにでも日本に定住したいのだという........この日本移住願望は、D君と知り合ったころから聞いているのであるが、アメリカとの事業がうまくいって多忙なために、かえって実現が遠のいている状況である。

上海人のD君がしみじみ言うのは、このまま上海にいても、未来が見えないのだという.......上海が地球上で一番良いところ、というのが上海人のステレオタイプなのであるが.....D君はかなり悲観的である。
D君も「いまの中国でもしお金があるなら、何かをやるより不動産買ったほうが良い。儲かる。」という。そういうD君は好んで不動産投資をしたいという人ではなく、これは自身で製品を開発し、製造輸出をしているD君なりの当世への皮肉を含んでいる。
「不動産は馬鹿でも儲かる。」と、D君は言う。まあ、それはいくら何でも不動産業を営む人には失礼かもしれないが、D君のように海外でも売れる新製品を開発できる能力をもった人間は稀であるし、それに比べれば資金と時宜を得ていれば、比較的始めやすいビジネスなのかもしれない。資金とタイミングが合えば、の話であるが。
一面、不動産以外に有望な投資先が見当たらない、という事でもある。その不動産投資が、少ない元手で始められることでは、もちろんない。政策によって不動産の価格がある程度は維持され、インフラ投資で額面の経済は成長しているかのように見えても、人々の将来への閉塞感というのは相当なものなのである。大多数の庶民は、高額なローンや家賃にあえぎあえぎ生活しなければならないのだとすれば、それは一体、誰のための社会なのか?という事を考えてみたくなる。
今年の半ばごろから、政府の不動産投機の抑制策によって、地方都市の不動産は軒並み下落している。ただ、こうした不動産への投機ないし投資の抑制は、過去数年の間に繰り返されたもので、不良債権が増加して金融危機が表面化する前に再び緩和されるのが常なのである。昨年始まった前回の規制も、春節前には緩和に転じているのである。
香港2017
香港2017
香港芸術博物館も改装中である。
”モノポリー”というゲームがあるが、香港をみていると、なるほどと思う。香港はかなり極端な例であるが、あるいは大陸の主要大都市の未来像かもしれない。どんな商売でもたいていは場所がいるものであるが、利便性の高い場所の賃料が高すぎるとなると、見合うだけのサービスを開発するのも難しくなるだろう。その点、香港はバランスを失いつつあるのかもしれない。それはまた、局地的には日本でも起こりえることなのだろう
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地下鉄のキャッシュレス

急速に拡張が進む上海の地下鉄であるが、一回一回切符を買うのは至極面倒である。例の使い勝手の悪い券売機の前の列で待たされることもあれば、券売機がマトモに稼働していない場合もある。よくあるのが「Coin Only」という表示で、要は釣銭が切れているのか、硬貨でないと買えないのである。おり悪く日本の500円玉とほぼ同じ大きさの1元硬貨を複数枚持っていないと、時に地下鉄の乗車券も満足に買えない。深圳の地下鉄では、紙幣が使えても5元札か10元札しか使えない、という券売機で難儀したことがある.......
そこで頻繁に地下鉄を使用する場合、日本における場合と同じく、料金をチャージして使用するICカードを使うことになる。この地下鉄のカードは大陸で共通化されていない。上海なら上海の地下鉄カード、深圳なら深圳の地下鉄のカードが必要になる。とはいえ少額なものであるから、都市ごとに作り、毎回の渡航時にこの地下鉄のカードを持って行っていた。しかし今回久しぶりに渡航するにあたって、上海の地下鉄のカードに限って、日本から持ってくるのを忘れていたのである。

仕方がないので、新たにカードを買うしかない。このカード、以前は地下鉄駅の窓口で購入できた記憶がある。世紀大道の地下鉄2号線の駅、改札近くの窓口に行く。しかし窓口では今やこのカードが買えないという。
2015年を以て、地下鉄カードの窓口での販売を取りやめたそうだ。以前は地下鉄のカードの購入、およびチャージをするために、改札近くに設けられている円形のカウンターの窓口には、人が群がっていたものである。省力化のためであろうか。今ではこの改札窓口に人が並んでいる光景を目にしない。ともあれ地下鉄カードの販売をやめるのは勝手であるが、ではどこで買えばいいのであろうか?一応、どこそこに一か所、発券所がある旨、書かれているのであるが(どこの駅でもあるわけではない)。行くのは面倒である。
あたりをみると地下鉄の券売機ならびの横には、カードの販売、およびチャージを行うと思しき、いささか目新しい機械がある。ところがこの機械、現金の投入口がどこにも無いのである。ロゴマークの表示を見る限り、銀聯の決済が使えるようであるが.......香港の地下鉄のカード、通称”オクトパス”は現金でカードを買えるし、コンビニでチャージも出来る。深圳は臨時窓口のようなところで、カードを現金で売っている。上海ではいち早くキャッシュレス化、ということなのだろうか。ともかく、大陸のデビッドとしては古株の、銀聯カードがあれば買えるようである。幸いにして、銀聯の機能が付与された中国銀行のキャッシュカードを持っていた。

これを使用して買おうとしたのであるが..........どうも50元分の乗車料金と、カード発行手数料の20元分の決済は終了したと思しき反応が、機械の表示からは見受けられたのであるが、肝心の地下鉄のカードが出てこない。いくら待っても出てこない。
仕方がないので、改札口に設けられている窓口の駅員に聞いてみた。駅員も要領を得ないような表情で、その辺の他の駅員を呼び、何やら相談していたのであるが、別の駅員の付き添いで、発券機のところでもう一回やってみるように言われる。同じ手順で50元分のカードを買おうとしたところ、今度はなにやらレシートのようなものが出てきた。1回目のトライではレシートすら出なかったが。レシートにははっきりと、50元分のチャージと、発行手数料70元が引かれた明細がプリントされている.........ところが、いくら待ってもカードが出てこない。今度は駅員の目の前である。そこでまた窓口の方に行って駄目だった旨を伝えたのである。窓口の中年配の女性の駅員は、面倒くさそうにファイルを引っ張り出し、いくつかページをめくっていたが、対処法がマニュアルになかったのであろう。あきらめた顔で「カードの自動発行機のところに電話番号が書いてあるから、そこに電話するように。」と、言うのである.......カードの券売機の事は、会社が違うからわからないと言う.........電話しても、決済は済んだがカードが出てこない、2回試したが駄目だった、などという事をどう説明したものか。
付き添った店員は素知らぬ顔でどこかへ行ってしまった........不案内な外国人に代わって、ちょっと電話で状況を説明してくれてもよさそうなものなのであるが........ああ、この塩対応、どこか懐かしさを覚えるこの感じは......と記憶を揺り起こしてみると........そう、これは紛れもなく、昔の社会主義中国、皆が国営だった、あのころの雰囲気である。あの頃はまだ骨董街で安価に面白いモノが買えたなあ......と感慨にふける暇もなく、この時は人を待たせていて時間があまり無いので、とりあえず普通の券売機で一回分の券を買って先を急いだのである。

夕方、上海人のD君に会ってそのことを話すと「それは”メイバンファ”ですね。たぶん、電話してもラチあかなかったでしょう。その発券機の会社の人は、駅員に聞いてくれ、と言ったでしょう。」という。まあ、2回分で140元、邦貨にして2,000円超は授業料という事か........もう少し長期滞在で時間があれば、そのカード発行機のサービスに電話してみるのも一興であったかもしれないのであるが。

それにしても現金でカードが買えないというのは、時には不便である。思えばたまたま銀聯を使えるキャッシュカードを持っていたからまだ購入をトライできたが、現金しか持っていない、海外からの短期滞在者はどうすればよかったのであろうか。
この地下鉄カードの発券機が、現金で購入できないように作られている理由としては、ひとつにはコストの問題があるだろう。硬貨や紙幣を扱うメカニズムというのは複雑で、動きのある機械というのは故障しやすく、メンテナンスも必要になる。センサーやアンテナで、ICカードを読み取るだけの機構であれば、ある程度簡単なもので済むのである。
また便利なようで不便なのは、この上海の地下鉄のカードは、他の都市では使用できないのはもちろん、地下鉄に乗る時しか通用しないのである。日本のこの手のICカードであれば、他の鉄道会社にも乗れるし、買い物も可能である。たとえば香港の”オクトパス”は、やはり地下鉄やバスだけではなく、コンビニやスーパーなどでの買い物も可能である。香港などは硬貨が大きく重いので、”オクトパス”カードに多めにチャージしておくと、小銭を持ち歩かなくてよく(香港の硬貨は英国を倣って大きくて重い)、さらに便利なのである。

ともあれ猛烈な勢いでキャッシュレス化が進んでいる大陸であるが、なかば屋台のような零細な飲食店の、至極少額の決済であってもスマートフォンで行うようになった理由のひとつには、偽紙幣の横行も影響している。最高額紙幣の100元札だけではなく、10元や20元など少額な紙幣にまで偽札が氾濫し、1元硬貨に至っては、そのまま通用しているようなありさまである。キャッシュレス化は、要は自国の貨幣に信用が無い、という事でもある。
とはいえ、現金で支払うことができないわけではもちろんなく、タクシーでも飲食店でも、いまもって現金払いは可能である。しかし何故、地下鉄のカードは原則出来ないのであろうか........?ICカードの利用によってキャッシュレスになったところで、そのICカードの購入もキャッシュレスとは........たしかにお金など、数字の羅列にすぎないのであろうけれど。
キャッシュレスにするのはまあ、良いとしても、扱う機械が故障しているのでは意味が無い。また機械というものは、そのそも故障するという事を前提に業務を組むべきであろう。

大陸で急進するキャッシュレス化に、ひとりの外国人としてはついていけないものを感じるが.....便利になったのか不便なのかわからない。どうもこのキャッシュレス化、そもそもの利便性の向上とは別の理由があるのではないか?と考えたくなる。急激に拡張する上海......に限らない、大都市の地下鉄網であるが、あるいは人員の拡充がついて行っていないのかもしれない。
昔の大陸の鉄道や空港といえば、数人かたまってのどかにおしゃべりをしている年配の駅員の一群をどこでもみかけたものである。しかし今は何かを聞こうとしても、しかるべき人を捕まえるのがとにかく難しい。それらしい人を捕まえて尋ねても「私は駅員ではありません。」という事が多い。インフォメーションのカウンターがあっても、そこのスタッフは駅の事はまるで知らない、という事もままある。
人員が拡充されているのは、改札を通る前のセキュリティチェックの要員ばかりである。改札前のセキュリティチェックの要員は、以前はまるでやる気がなく、大半の人が無視して通過していたものであるが、今ではきちんと手荷物をスキャンしないと通してくれない。どころか、荷物の内容を確かめられることもある。こういう部分だけは管理が強化されているようである。
それは都市の地下鉄に限らず、国の大号令で進む鉄道や空港でも同様である。空港内ないしは駅の構内に入る前に、かなり厳重にチェックされるのである。さらにいえば、赤字経営が必然のこれら公共インフラの経営には、セキュリティ以外の部署での、人員確保の余力がないのかもしれない。キャッシュレス以前に、要ヒューマンレス、という事情があるのではないかと、考えたくなる........昔の大陸の交通機関は、人が多い割に処理が遅く、なかなか思うように事が進まない場合が多かった。いまさらながらにアナログ的手段も残しておいてほしい、と思う出来事であった。
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