大変長らくお待たせして申し訳ございません。新老坑硯を四面、発売しました。
実用硯の説明が多少淡泊になるのは仕方がないとしても、毎回文章にどう表すかが悩むところです。毎度、同じような説明の繰り返しになるかもしれませんが、ご容赦の程、お願い申し上げます。
値付けが悩むところですが......いつか書いたかもしれませんが、長方形の硯というのは、天然不定形、あるいは楕円形よりも少ないものです。当然ですが、四辺を直線にカットするためには、より多い硯材を捨てなければならないので、新老坑や老坑水巌など、あまり大きな硯材が採れない坑洞の硯では、長方形の硯があまり作れないことになります。小さくなりすぎるからですね。ただ、実用硯といった場合は収納のしやすさでしょうか、長方形の方が良い、という向きがあり、そうなるとますます新老坑の長方の実用硯はあまりない、という事になります。
とはいえ元の硯石の大きさや(これは想像するよりないですが)、希少性を加味して値段をつけると、それこそ”実用的”ではないため、およそ、硯の大きさで決めています。
......硯が売れない、という話は、もうかれこれ何十年も言われている事かもしません。そもそも墨が磨れない硯が大量に市場に出回るようになったこと、墨汁の使用の氾濫で、硯の手入れの仕方などがよくわからなくなった事、などが原因としてあるかと思います。
ただ販売する側が硯石をよく吟味しなくなった、できなくなった、という事は確実にあるでしょう。新老坑に至らない硯というのはハネるしかないわけですが、まれに新老坑というよりも、水巌にかかっているのではないか?という硯にも出くわすことがあります。以下は結論は出ていませんが、あるいは水巌かもしれない、という事で販売を見送った硯になります。見た目で硯石を判断するのは危険なのですが、一見して雰囲気が違う事が写真にも表れていると思います。
なぜ水巌を避けるかというと、価格もそうなのですが、ともかく和墨、特に新墨に合わない、という事があります。水巌でも東洞や小西洞であれば和墨にも適合するのですが、数が少ないです。購入される方がどんな墨を磨るか、当方は知る由がないため、どうしてもオールマイティに磨れる硯、とりわけ新老坑の優秀さに価値判断を傾斜したくなります。
端溪硯に限っても、磨れない硯はたくさんあります。正確には鋒鋩が弱く、始終研ぎなおさないとすぐに磨れなくなる、という事です。また和墨はどうしても膠分が硯面の鋒鋩をコーティングしてしまう傾向があるので、そうなってしまうとつるつる滑って磨れなくなります。そういった場合も、研ぎなおして、鋒鋩を覆った膠分を取り除く必要があります。墨汁の容器などにしてしまって、あまり洗わない硯なども、やはり墨液が硯面を覆って磨れなくなります。
手本を眺めながら墨を磨っている時間というのも、実は楽しいものだと思いますが、早く墨液が欲しい、という事もあるでしょう。磨っても磨っても墨が濃くならない硯などは、興を覚ましてしまいかねないでしょう。
そういうわけで、良い硯を一面持って置くのは悪い事ではないと思います。硯は墨や紙、筆のような消耗品ではなく......相当使い込まな限り、硯面が陥没する、という事もないでしょう。いい硯があると、それを基準として硯を探せるようになるので、思わぬ掘り出し物を見つけやすくなるかもしれません。
厳しい残暑の時候、また疫病蔓延の折、皆様におかれましては、くれぐれもご自愛いただきますようお願い申し上げます。
店主 拝