今日は四新


昨年の暮れは”三末”、では今年の新年は?というと”四新”というのだそうです。
四新?三末なら、三新はわかるのですが.......新しい週、新しい月、新しい年......それに新しい一日が加わって、四新、ということだそうです。毎年、”三新”はかたいところですが、週の初めがこれに加わるのは数年に一度、という事ですね。

昨今、世上を賑わすのが人工知能、AI、ですね。まあ、AIの開発にもコストがかかることですから、世の中のあらゆる分野がAIにとってかわる、という事でもないと思います。とはいえ、事業をする上でもっともコストが高いのが人件費、ということであれば今まで高い人件費を支払っていた分野ほど、AIが進出してゆきそうですね。合理化、機械化も「人を使った方が安い」うちは進みませんから、世の中の低賃金の仕事ほど、AIやロボット化は進まないでしょう。人間の仕事を機械に奪われる、というのは何も今に始まったことではなく、紡績業の昔もそうですね。建設現場でも、昔に比べれば、だいぶ少ない人数でより大規模な建築が可能になっています。ここ十数年でいえば、身近なところでは、DTPやWEBの仕事等も、仕事そのものがなくなりそうな勢いで単価が下がっていった分野だと思います。これは機械というよりも、ソフトウェアの進歩とコスト低下によるものですが、要はAIに限らず、テクノロジーの進歩によって今までの仕事の価値(≒相場)が変わってしまう、という事はあるという事です。それは今までもありましたし、これからもあるでしょう。あるひとつの仕事で一生ご飯を食べて行ける、という事がまず無いのは、普通に仕事をしていてもすくなからずあることだと思います。

書道に関しても、コンピューターグラフィックスに落とし込むような”書文字”の分野などは、商業的な面から言えば、そのうち大部分がAIの書いた文字に置き換わるような気がしています。要は大差ないのですね。
では人間はどうしましょうか?という事になるのですが、やはり手書きで、良い紙、良い墨で作品をつくる、という事に尽きるのかもしれません。書道が出来るロボットはすでにあるようですが、ロボットが書いた字や絵を部屋に飾る、というのはあまり好まれないような気がします。AI同士の将棋の対戦が、研究上の関心は呼んでも、人間の興味をさほどひかない、という事と同じだと思います。
きれいなイラストやグラフィックも、デジタルで描画して、簡単に大量配布できる時代になりました。しかしひとりの人間が、その人の生きた時間を使って、手でもって書いた(描いた)作品というのは、やはりその一点しかないわけです。そのあたりの価値というのが見直されるのではないか?という気がしています。

大阪にはたくさんの外国人観光客が訪れています。日本に限らず、地球上は人類史上空前の大旅行時代になっていると言われます。その大きな理由として、インターネットとスマートフォンによって、いろんな地域のさまざまな瞬間について、大量の画像や動画を世界中にの人が閲覧できるようになったか、という事があります。ヒトは、映像や動画で満足してしまうものではなく、やはり現地に行きたい、実物を観たい、体験したい、という欲求があるようです。
初めからコンピューターグラフィックスで書かれた(描かれた)書や絵というのは、そのデータが”実物”なのですね。完成した時からデジタルデータの実物があり、実物がたくさん複製できてしまう。複製と実物に、本質的な違いは全くありません。ところが手書きの書画であれば、それが画像となって流通したとしても、やはりどこかに”実物”があるわけです。一点しかない。複製と本物。その”違い”に価値の差がある、というところは、変わらないのではないか?と思います。

技術が未熟で、社会の生産性が低い時代は、ひとつの国では食べるのに精いっぱいでした。そこで生存圏をかけて隣国と戦争を繰り返す、ようなことが起きていたわけですが、権力のヒエラルキーも、富の分配と戦争の遂行の必要として牢固に構築されてきたわけです。それが技術の進歩によって社会の生産性があがり、豊かになると本当は戦争する必要がなくなるわけです。同時に権力のヒエラルキーも、実は不要になるか、さほど強固な形では必要なくなるわけですね。ところが既存の権力を維持するために、危機だの戦争の必要性だのを演出する、という事はまだしばらく続くのでしょう。
振り返れば「豊かになれるなら死んだって良い。」という、本末転倒な事を繰り返してきたのが戦争の歴史なのですが、それがテクノロジーと産業の進化によって、いよいよ必要がなくなる時代が来るのかもしれません。重要なのは平和や平等をもたらしたのは、とどのつまりサイエンスやテクノロジーを基礎とした産業の進化なのであって、社会を豊かに変えていったのは、実は特定誰かの思想ではない、というところでしょうか。そう考えてみると、特段、どこかのセンセイが賢いとか偉いとかいうことも、たぶん意味がなくなるのでしょう。むろん、そんなことは、大昔の哲人達はとっくにわかっていたことであるのでしょうけれど。”AIの社会進出”によって、自分の知性に疑いを持つ人が増えてくるのだとすれば、これこそAIの優れた効能ではないかと思います。

本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

店主 拝
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今日は三末

中国語圏では、今年の年末は年末と月末と週末が重なるという事で、”三末”という言い方が流行っているようです。考えてみれば年末と月末が重なるのは毎年の事ですが、週末が重なるのは、はて......?実のところ去年、2016年も年末31日が土曜日にかかっていたのですが、去年は特に”三末”という言い方が流行っていたような記憶がありません。

そもそも大陸は旧正月を祝いますから、1月1日を祝うという感覚は、昔はあまりありませんでした。しかしここ十数年くらいの間に、インターネットの富裕と海外からの影響からか、年末年始に祝いのメッセージを送りあう習慣が定着してきたように思えます。

”三末”というと、終末が三つも重なって縁起の悪いような印象も受けますが、終わりは始まりのはじまり、というわけで、気持ちを一新して新年を迎えましょう、という意味が込められているようです。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。
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モノポリー・香港

時事の話題をもうひとつ。
......およそ一年ぶりの渡航はまず香港へ。香港といえば食の楽しみの多いところであるが、実のところ飲食店の入れ替わりは激しい。以前に行って良かった店にまた行こうと思っても、すでに畳んでいて別の店に入れ替わっている、というケースは珍しくない。
今回も、何度か行ったことのある、尖沙咀のフランス料理のレストランへ向かってみたら、スイス料理の店に代わってしまっていた.....香港では香港料理、飲茶ももちろん良いのであるが、西洋料理もリーズナブルに楽しめる店が多い。そんな店のひとつで、味も雰囲気も良かった。かれこれ7〜8年くらいは香港滞在の折に通っただろうか。これは残念である。確実に人気のあるお店で、週末などは予約が必須であったのだが。
香港在住のO氏に言わせると、香港の飲食店の入れ替わりが激しいのは、単に競争が激しい、という理由だけではい。テナントの賃料が年々騰がっている、ということも大きな理由だそうである。せっかく流行っても、契約期間が終わると確実に賃料の値上げが要求される。嫌なら出ていけばいい、借り手はいくらでもいる、というところなのである。繁華街で相当年数生きながらえている老舗というのは、経営者がすでに物件のオーナーになっている場合に限られる、という事だ。
2010年ごろから毎年数度、香港に行くようになったが、繁華街の安価なレストランカフェ、いわゆる”茶餐店”の数が昔に比べて相当数減っている。お土産物屋や、宝飾品店になってしまっているのだ。残った茶餐店も、軒並みメニューの値上げを余儀なくされている、という現実がある。
香港2017
尖沙咀の角にあったこのスナック・スタンドも改装中........同じ店が営業するのだろうか。
くだんのO氏曰く、10年前は朝食に茶餐店で卵サンドを食べても、二個くらいの卵が使われていた。なのでお昼までその朝食で充分におなかが保たれたそうである。それがここ数年は、せいぜい卵が一個くらいしか使われていない、内容の薄いものになってしまった。ゆえに朝食に食べてもお昼前に空腹を覚えてしまうという。
O氏とは、渡航が週末にあたると、西貢からのかるい山登りを含んだハイキング・コースを歩くのであるが、入る茶餐店が毎回代わって、いまは”大家楽”というチェーンのファミリーレストランになっている。曰く、ここのモーニング・セットが最も費用対効果が高いのだという.......
香港2017
西貢に行くミニバスを油麻地で待っていると......いつもはここに”傷心酸辣湯”の大きな看板が掲げられていたのだが、これも不動産の看板に代わっている........
「住宅の問題さえ解決すれば、香港は住みやすい都市」という事を、シンガポール出身のO氏は常々言うのである。しかしこの「住宅の問題」を解決するという事が、大半の香港の住人、特に若い世代にとっては、すでに現実的ではなくなりつつあるという。2LDK、50平米未満の香港では標準的な中古マンションでも、都市のかるく1億円を超えてしまうのである。
O氏の家族との会食の席でのこと。O氏の奥さんが言うには「最近香港では、昔買って値段が騰がった香港の自宅を売って、日本のマンションを何部屋か買い、日本に移り住む人が出てきている。」という事である。
昔、まだ2〜3000万円程度で香港のお部屋が買えた時代に、多少頑張って買った人達は、今はだいたい60歳を超えたくらいであるそうだ。セントラルや旺角など、繁華街に近い場所なら普通に1億5000万〜2億近くで売れるのだという.......たしかに日本、たとえば大阪であれば、新築3LDKでも3〜4部屋は買えるのではないだろうか......駅近の70平米のタワーマンションでも6000万円を切るくらいである。仮にひとつに住んで、残りを賃貸に出せば、年金と併せて日本でゆとりのある老後が送れる、というわけである。狭いことを揶揄される事もある日本の集合住宅であるが、香港に比べると広さの面では充分なゆとりがある。また老後に気になるのが医療保険であるが、日本は国民皆保険の手前、外国人にも公的保険が適用される。かなり手厚い香港の医療保険から外れても、まずまず安心、というわけである。
香港2017
しかし香港では、こんなに高い値段の部屋でも買い手がつくのであるが、その大部分は大陸からの購入者の存在である。またもう十分に値上がりしきった感のある現在でも、年率で平均10%は価格が上昇しているというから、O氏は「クレイジー。」とあきれ顔である。
究極、今や香港の産業は「不動産と金融しかない。」という。その金融も、不動産と表裏一体の存在、というわけである。あとは観光客を当て込んだ小売、飲食、サービス業しかない。香港の経済は観光が支えているというが、観光客を相手にした飲食やサービス業などは、いまや零細な産業に過ぎないのだという。おもえば、東京都心以上に不動産が高騰してしてしまった香港にあっても、外でする食事の値段というのは、(割高感のある日本料理は別とすれば)2〜3割は安い印象なのである。為替の影響もむろんあるにしても、割安な印象はここ10年ほど変わらない。という事は、どこかに無理があるはずなのである。
しかしながら、セントラルの金融センターがすべての雇用を賄いうるはずもなく、庶民の大部分は小売、飲食や(公的も含む)サービス産業に従事するよりないのであるから、いつぞやの新型肺炎騒動のように、観光産業が打撃を受ければ香港の経済は立ち行かないのである。

さて、香港の滞在の後に深圳に移動した。深圳では朋友のSさん夫妻に第一子が誕生したので、その祝いを兼ねて、という事でもある。湖北省出身のSさんは、現在は宝安空港近くの地下鉄直上のマンションに住んでいる。3LDK、70平米ほどの広さであるが、2年前の購入時は300万元(現在、1元≒17円)を切る程度であった。それが今や500万元を超えているのだという。
まだ30歳未満のSさんは、電子部品を扱う小さな商社を経営している。旦那さんは大陸家電の大手企業、華為の営業マンである。概観すれば、この年代にしてはそこそこ成功している、と言ってよい境遇なのである。しかし子供の将来を考えると、そうそう楽観的になれないという。
Sさんは7〜8年前に地方都市の惠州というところに、投資用マンションを購入している。日本円にして一千万円くらいの部屋であったというが、これははっきり失敗だったという。値段も上がらないし、売ることも出来ない。
自分の住居用に買ったマンションの値段は騰がったが、ここを売っても、もっと良い場所に部屋を買えるわけではないので、金額は意味が無いという..........深圳の不動産も場所によって上昇を続けているが.......広東の他の地方都市、たとえば珠海や中山、佛山といった中小都市には、売れていないマンションが大量にある。いや広東に限らず、いまや大陸の都市ではその規模の大小にかかわらず、大量の不動産在庫を抱えている。田園風景の中に孤立した高層マンションの一群は、もはや見慣れた景観である。
Sさんの従兄弟は昨年暮れに結婚したが、深圳ではとても部屋が買えないので、隣の東莞に部屋を買って住んでいるそうだ。東莞の物件は深圳にくらべるとずっと安価なので、個人に限らず、企業も工場も深圳から東莞に移転するケースが増えているという。

深圳の後は上海に移動した。上海のD君に会うのも一年以上ぶりである。
D君も今年39歳。アメリカとのビジネスでなかなかの成功を納めている。去年、オフィスマンションを一部屋購入したのであるが、これは5〜6人の従業員を抱えるようになった自分の会社のオフィス用の物件である。自分自身の住居用はまだ購入していない。D君、実のところ家は日本で買いたいのだという。
D君は小さなメーカーを経営しているが、大陸の市場には製品を売っていない。もっぱら、アメリカを中心とする欧米が市場の中心なのである。大陸で開発、製造、輸出をしているから、仕事の基盤は大陸にあるのだから、日本へ移るというのも容易ではないだろう。しかし大陸の会社を任せられる人物がいれば、自身はすぐにでも日本に定住したいのだという........この日本移住願望は、D君と知り合ったころから聞いているのであるが、アメリカとの事業がうまくいって多忙なために、かえって実現が遠のいている状況である。

上海人のD君がしみじみ言うのは、このまま上海にいても、未来が見えないのだという.......上海が地球上で一番良いところ、というのが上海人のステレオタイプなのであるが.....D君はかなり悲観的である。
D君も「いまの中国でもしお金があるなら、何かをやるより不動産買ったほうが良い。儲かる。」という。そういうD君は好んで不動産投資をしたいという人ではなく、これは自身で製品を開発し、製造輸出をしているD君なりの当世への皮肉を含んでいる。
「不動産は馬鹿でも儲かる。」と、D君は言う。まあ、それはいくら何でも不動産業を営む人には失礼かもしれないが、D君のように海外でも売れる新製品を開発できる能力をもった人間は稀であるし、それに比べれば資金と時宜を得ていれば、比較的始めやすいビジネスなのかもしれない。資金とタイミングが合えば、の話であるが。
一面、不動産以外に有望な投資先が見当たらない、という事でもある。その不動産投資が、少ない元手で始められることでは、もちろんない。政策によって不動産の価格がある程度は維持され、インフラ投資で額面の経済は成長しているかのように見えても、人々の将来への閉塞感というのは相当なものなのである。大多数の庶民は、高額なローンや家賃にあえぎあえぎ生活しなければならないのだとすれば、それは一体、誰のための社会なのか?という事を考えてみたくなる。
今年の半ばごろから、政府の不動産投機の抑制策によって、地方都市の不動産は軒並み下落している。ただ、こうした不動産への投機ないし投資の抑制は、過去数年の間に繰り返されたもので、不良債権が増加して金融危機が表面化する前に再び緩和されるのが常なのである。昨年始まった前回の規制も、春節前には緩和に転じているのである。
香港2017
香港2017
香港芸術博物館も改装中である。
”モノポリー”というゲームがあるが、香港をみていると、なるほどと思う。香港はかなり極端な例であるが、あるいは大陸の主要大都市の未来像かもしれない。どんな商売でもたいていは場所がいるものであるが、利便性の高い場所の賃料が高すぎるとなると、見合うだけのサービスを開発するのも難しくなるだろう。その点、香港はバランスを失いつつあるのかもしれない。それはまた、局地的には日本でも起こりえることなのだろう
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豪雨に思う

.......九州北部と大分県、中国地方を豪雨が襲っている。お住いの方々にはくれぐれもご注意いただければと願う次第。

思えば昨年の今頃は、朋友の婚礼に出席するため、はるばる湖北省は武漢近郊の随州という町まで出かけていたのである。出発の直前まで湖北や湖南に長雨が続き、洪水の被害が出ていた。新幹線で移動するところどころ、水没した家屋や農地が散見されたほどである。

今年もふたたび、ほぼ同じ時期に長江上中流域が豪雨に見舞われ、湖南、湖北、江西、広西の広い地域で水災害が発生している。かつて訪問した長江の橘子洲もあらかた浸水している。この洪水、その名も”2017年長江第一号洪水”と名付けられている........二号も来る、ということだろうか。

大陸の報道では、三峡ダムが放水量を減らして、その洪水調整能力を発揮した、ということがやたらと強調されている。ここ例年の洪水の際に、三峡ダムの能力にずいぶんと疑問と批判が集中しているからかもしれない。しかしそもそも、三峡ダムが建設されれば、百年(千年?)に一度の水害も防ぐことが出来る、と豪語されたものである。三峡ダムがうたい文句通りの性能を発揮できれば、その下流域で数百万人の人が避難を余儀なくされる、ということもないはずなのである。
もっとも三峡ダム自体、多量の土砂が堆積してすでにその能力を喪失しつつある、という話もある。もってあと数年、という予測もある。その昔、水利関係の仕事をしていた時、そんな話も聞いていたのであるが、いよいよ現実化するのかもしれない。

日本を豪雨が襲っているときに、隣国の話をするのもどうかとみる向きもあるかもしれない。しかしどうも、例年の大陸の壮大な水災害と、我が国のそれとが、リンクしているのではないか?とも考えたくなる昨今である。三峡ダムの建設による気候変動は前々から指摘されていることであるが、東側に位置する日本列島の気象に影響は無いのだろうか。
梅雨、というと梅雨前線が停滞してダラダラと長雨が続く........というおなじみの梅雨はもう来ないのかもしれない。いきなり夏の終わりのような台風や集中豪雨がやってきて、一気に雨を降らせて去ってゆく。アフリカのサバンナの雨季と乾季のような、極端な気候になってきているのかもしれない。

大陸では水害に苦しむかと思えば、水不足を解消するために、ロケットを雲に打ち込み、ヨウ化銀をばらまいて雨を降らせている。隣接する省同士で、雲の取り合いをしているというのは、もう10年位前に聞いた話である。南部の水害の一方で、北部では干ばつである。

遠くアメリカを思えば、来襲するハリケーンも、年々強大化しているような印象である。ハリケーンの被害を抑えるために、台風にヨウ化銀を散布して、上陸前に強制的な降雨によって勢力を弱めるという実験を昔やっていた、という話を覚えている。ただし、今は実施されていない。人工的に気象を操作すると、予想外の影響がほかで現れる、ということらしい。

思えば降雨は地球上の熱の循環によっておこる現象であるから、それを人間のご都合で変えようとすると、やはり地球のどこかで思わぬ副作用があらわれるのかもしれない。一定量の水蒸気が上昇して雲になり、冷やされて降雨することで、大きく見れば地球の地表の熱を成層圏へ運んで、放散する役割を果たしている、という見方もできるだろう。また太陽の熱が地表に届くことを遮断してくれてもいる。それを、雲が出来るそばからロケットを打ち込んで雨を降らせてしまうような、非常に広大な国が一国でもあると、いったいどうなるのだろう。

天帝「愚かな人間どもよ!そんなに雲がほしいのか!」

とばかりに、特大の積乱雲を一気に大量発生させている、とも考えたくなる。
以上、まったくもって非科学的な空想の産物。

地球環境に影響を与えているという点では、日本の原発事故もそうであろうから、隣国の水力発電ダムばかりを疑問視するわけにはいかないのかもしれない。しかし、どちらにせよ、もう本当に、それこそいいかげんに、考え直さなければいけない時期にきているのかもしれない。しかし考える人はいても、そうした、まさに”子々孫々”の事を考える人ほど、今の末法の世では権力を持つことは難しいようである。もっぱら目先の、現世利益を考える人ほど、力を持つにいたるようである。そう考えると、やはり哲学の貧困、思想の堕落が根底にあるのかもしれない。
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代購昨今

.........日本で不動産業を営む朋友がいる。もともと大陸からの留学生同士の夫婦だったのだが、苦心の末、日本で不動産屋を始めるに至ったのである。
 

その彼らが先日、日本で医薬品や化粧品を仕入れられないか?と聞いてきた。むろん、当方にそんなルートはないのである。どういうことかと聞くと、大陸から日本へ来る日本製の日用品の代理購入者、いわゆる”代購”へ卸売りをしたいのだという。いわゆるブローカー業を始めたいということか。

一時、留学生や日本在住の中国(に限らないが)の人々の間で、小遣い稼ぎに流行っていたのがこの”代購”である。日本の小売店でまとめ買いをして、大陸に発送するのである。ために大陸の税関が小荷物でごった返したことがある。しかし現在の主流は、大陸から直接日本にやってきて買い付け、スーツケースでハンドキャリーして帰るのだそうである。それでいかほどの稼ぎになるのかは商材によるのであろうが、月に1〜2回ほどの渡航で、向こうの平均月収ほどは稼げるのだそうだ。

これを副業としてやっている人もいるが、今や代購に専従している人も多いのだという。

昨今、話題に上がる”民泊”であるが、民泊の利用者は.......大阪に限る事情かもしれないが......こうした代購者たちの利用が大半なのだという。不動産屋の朋友は大阪ミナミ周辺の民泊物件にも詳しいのであるが、民泊の利用状況から推察して、代購者の数は去年の倍に増えているのだという。当然、それに伴って、日本で購入され海外に持ち出される商品も増えているのだろう。
日本へ観光旅行に来た人々がドラッグストアなどでまとめ買いをする、いわゆる”爆買い”は、既に収束したかのように言われている。しかし収束したというより、水面下で新たな段階に入っているのかもしれない。
ひとつには昨今の中韓の関係悪化で、韓国製品が大陸から締め出しを食っている、ということも影響しているだろう。韓国を往復していた代購も、日本へやってきている、ということである。

少子化で、放っておいたら消費が伸び悩む日本にとっては、これはこれで、まあ良いことかもしれない。一時、香港に押し寄せていた代購も今は影を潜めている。地続きの大陸からやってきて、香港の小売店から日用品を根こそぎ買ってゆく大陸の人々に眉を顰める香港人も少なくなかったものである。ひとつには、香港は消費地であって生産地ではないので、供給がすぐに追いつかなくなる、という事情もあっただろう。この点、日本国内で製造されている日用品に関しては、ある程度はなんとかなるのかもしれない。
電子製品に関しては、日本国内でも日に日に大陸製の部品、製品が増えている昨今である。しかし化粧品や日用品、医薬品の方は、なかなか同じ品質のモノを作れないということである。
たしかに、”ハイテク”ともいわれた電子製品といっても、現在はほとんど”プリント”、つまりは印刷と同様に、生産設備があって部品が調達できれば、どこの国でも作れてしまう時代になっている。電子製品を実装する製造装置、工場設備をそろえれば済むのである。また、設計データやプログラムはデータ化されているため、すぐにコピーや流用も可能である。さらに言えば、ここ十数年、左前の日本の電機電器メーカーから、エンジニアが大陸に大量に採用された、という経緯もある。

しかし化粧品や医薬品などは、製造装置自体、メーカー各社独自の仕様と工夫があり、同じ装置をどこの国でも揃えられるというものではないのだろう。分離機やろ過機があったとしても、それをどう使用して材料を精製するか?どのようなプロセスで配合するか?という点については、門外不出の機材やノウハウがあるのだろう。それは一朝一夕にまねのできるものではないに違いない。
それはたとえば墨......鹿角膠を使えば良いとしたところで、ではどういう配合で使用すればいいのか?という点についての知見がなければ、意味をなさないのと同様なのかもしれない。

また化粧品や医薬品については、信頼できるブランドの形成にも、費用と時間がかかる。それをあえてやろうとしないのは、投資に見合わないと考えているからかもしれない。日本に比べてはるかに高い金利が続く大陸の人々は、”短期決戦”のビジネスを選好しがちである。

この代購であるが、そもそも日本から大陸に正規のルートで医薬品や化粧品が輸入しにくい......高率の関税や許認可等等.......という点を”突いた”商売であるから、将来的にそれら規制が緩和されれば、成り立たなくなりそうでもある。
思い起こせば、80年代、90年代の日本は、自由主義諸国から再三にわたって輸入自由化、関税撤廃を訴えられてきている。それがいまやTPPの音頭をとるまでになったのだから、時代もかわったものである。
比べると、やはり大陸市場の閉鎖性は否めない。輸入輸出の利権は大手国営商社の巨大な権益であるから、容易に手放すことは無いのだろう。大陸では輸入が規制されている製品は非常に多い。原則、中古品は輸入できない等等。
とすれば、よほど政治、社会体制が変わらない限り規制は撤廃されないであろうし、その市場の閉鎖性をついた”代購”ビジネスも、存外継続できるのかもしれない。

代購は、医薬品や化粧品、たとえば日焼け止めクリームなどをケース買いするのであるが、それでも一個人で運べる量はたかがしれている。しかし、やはりかの国の”人”の多さを侮ってはならないだろう。個人的な日用品の買い物について、いちいち申告させる制度は無いから(免税店で買っていれば別だが)、貿易統計に表れないところで相当な数字が動いているかもしれない。本来は”輸出”に該当する数字が、あるいは国内消費にカウントされているようなことになっているのではないか..........この点、少し考えさせられる。
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言わぬが花とはいうけれど

........某TV番組に出品された茶碗の真贋で揺れているそうな。驚くべきことには、異を唱えた方に批判が集中しているのだという。議論の行方はさておき、異論に対してこうも寛容さがないのが今の世の中なのだろうか。外野としては、せめて異論は異論で”面白い!”とは思えないものだろうか。偽物の時計やブランドバッグに厳しい目を向けるほどには、骨董文物の真贋に厳しくなくても良い、という事なのだろうか。

陶磁器に限らないが、時代認定、真贋の見極めは難しい問題である。特に人工の工芸品であると、技術は年々進歩しているので、鑑定する側も研究を重ねないと危ないのである。そんな陶磁器の贋作づくりの技術に傾注する理由はといえば、やはり高値で売れるからである。数千万円から数億、数十億の商品の開発と思えば、すくなからぬ投資をしたとしても見合うからである。
..........ルビーやサファイヤなどは、肉眼での鑑定はもはや不可能で、特殊な装置を使わなければ確実に天然、という事は断定できないという事である。天然の最上の石に匹敵する宝石が人工で作れるのであれば、それはそれで良いではないか?と思う向きもあろう。が、それではやはり、天然石の価値を担保しないと市場が成立しなくなる、という事情もあるだろう。
これは天然と人工の比較の話ではあるが、”目利き”の経験則とは別に、科学的な鑑定も必要だという事でもある。

南宋や明代と同じような陶磁器が造れたのだとすれば、それはそれで”優れた陶磁器”として愛でればいい、として割り切ってみても、ある価値観では是とされるかもしれない。しかし時代を経た品物と同列に評価していいかというと、そういう事ではないだろう。
それは歴史の捏造と同様、後人としては懼れ慎まなければならない事ではないだろうか。
「本当のところはどうなのか?」という事を追求するのは、たしかに組織などにおれば煙たがられる事でもある。おおよそ、石もて追わるるがオチなのである。
しかしまあ多勢の人が「これはきっと本物だろう。」という夢を見られるのは、どこかに本物があるからである。その本物の存在は、倣古を手にとって夢見る人ではなく、本当のところをもとめる人によって支えられるものである。そういう人がまったくいなくなってしまったとき、きっとその文化は滅びるのだろう。

極めて個人的な主観を満足させること、ついでにお金になること、でもって万事よしとされているような昨今であるから、客観的な事実などは誰もありがたがらない、という事なのかもしれない。”言わぬが花”も、なるほど処世であろう。だから当世、どこを向いてもお花畑が満開なのである。それは何も陶磁器に限った話ではないのであるが。
今や真実も多数決で決まるのだろうか。堕落した権威主義すら滅んだ次の時代は、すべての価値判断が喪われ、お金だけが意味を持つ指標になってゆくのかもしれない。ぞっとしない話である。
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年頭雑感

新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

年末・年始のご挨拶というのは、毎年特にしていなかったのですが、それというのも2004年の年末あたりから、10年ほど年越しは徽州でしていたからでもありました。大陸は旧正月が新年というわけでしたが、西暦の新年も元日だけは休日になり、それなりに爆竹なども鳴らすわけですが、やはり旧正月の方が「正統お正月」の感があるのは否めません。そういう雰囲気にのまれていたのか、まことに不調法ながらご挨拶を欠く事が多かったように思います。
今年は諸般の事情があり、昨年に続いて日本での年越しと相成りました。

年々、厳しさを増す文房四寶の業界ですが、それは需要と供給の両面からであります。需要が先細る一方で、供給サイドの品質を保つのが非常に難しくなってきていることが感ぜられます。
私などもお世話になった老舗の書道用品店も、相次いで店を閉じられているようなここ数年でした。おそらく今後も、需要の拡大どころか維持すら見込むことはさらに困難になると思われます。日本の書道用品、文房四寶の業界が長期的に氷河期に突入することは、避けられない情勢かと考えております。
あるいは営々と続いてきた、ひとつの伝統文化の終焉を、目の当たりにしているのではないか?という感慨も、あながちではないのではないかと思うこの頃。

手間暇のかかる文化が軽んぜられ、手軽に消費出来る娯楽がもてはやされるのが今の風潮であります。あるいは本物、より本質的なもの、ないしは客観的な正しさのあるものを求めるのではなく、個々人の主観に基づく快楽を即時に供するものが、常々世上をにぎわす時代でもあるようです。
大量消費社会の時代、人の不満や不安といったものは、多く経済上の過不足に集約されるように思います。さらに換言すれば、望むような消費生活が営めないことへの不安、というようにも言えるかと思います。人々が即事の享楽を対価を払って消費し、すぐに飽きるを繰り返す方が、社会の経済発展のためには誠に好適、なのかもしれません。しかし一方、人間性に対してどこかまことに不誠実な、一言で言えば”人を馬鹿にした”、それは価値観のように思えてならない。

近年のように経済成長が停滞し、富の格差が拡大する一方の時代にはいると、従来のようなインスタントな快楽消費の拡大再生産は立ち行かなくなるであろうし、既にそうなりつつあります。人も企業も、一体、次に何をしたら良いのかわからなくなっている、というのが昨今言われる時代の閉塞感なのではないかと感ぜられます。
それはとっつきやすく、簡単に楽しめて、手っ取り早く人と差がついて、適当に飽きがくるもの.........なかんずく、すぐに儲かるもの........の中から”次の何か”を探すからで、それはもう、ほとんどやり尽くされてしまっている。あるいは、まだ手を付けていないものでも、すぐに先が見えてしまうから手に取る気もしない、という事かもしれません。

こうなったらもう、逆を行くしかないのでは?

とっつきにくく、極めて難解で、修得に時間がかかり、不惑を越えてもまだまだ半人前で、時に深い挫折感すら味わう。いまどき流行らないようなもの。たとえば、書、とか。本来、筆書も、そういうものだったはずなのですが。ここのところ、少し様相が違ってきていますねえ。

AI、エー・アイ、いわゆる人工知能の利用が今後ますます増えてくるようです。人工知能が囲碁の名人に勝ったとか、将棋の名人に勝ったとかいう事は、今後珍しい事ではなくなるでしょう。プロ中のプロ、が勝てないわけですから、一般人など問題にもなりません。
しかし、人間の掛け算割り算の暗算能力が電卓に勝てないからといって、人間の知性が電卓に負けた、とは言わないように、ある分野でAIの回答処理が大部の人間のそれを凌駕したからといって、人類すべての知性がAIに負けた、とは言い難い。AIの方が強くても、チェスも将棋も囲碁も、では人間がやらなくなるかというと、そうではない。オートバイや車で走った方が早いからと言って、陸上競技がなくならないように。機械力は別として、人間は人間の限界への挑戦、あるいは人間同士の能力の対決、が続くでしょう。
ただ将棋や囲碁などは、AI同士の対戦棋譜が、人間同士の対戦に影響を及ぼすようになってくるでしょう。そうなってくると、囲碁や将棋は、競技というよりは数学のように、何か研究対象的な行為、に変わってきてしまうかもしれません。

それとは別に、AIの存在感が急速に台頭してきた事実には、人類史の上で、ある転換点を意味しているのではないか?と感じることがあります。
たとえば、イギリスの離脱投票や、アメリカ大統領選挙の結果に見られるが如く。それは自称他称のインテリ階級、政治家やメディアや学者、批評家連が言うところの「反知性主義」ないしは「大衆迎合主義」といったネガティブなレッテル張り、反対を唱えるものたちは無知蒙昧な連中だ、と決めてかかるような、まことに堕落した知識人達の在り方が顕在化した今の時代にこそ、AIが重みを増しているのではないか、という観測。

あるいは逆にAI技術の急速な勃興が、いわゆる従来型知識人の堕落を顕在化させた、ともいえるかもしれません。言い換えれば、人類社会の”知性”の在り方が、既に危機的末期的状況にあるという警鐘を、AIの適用範囲の拡大が鳴らしている。

実はイギリスのEU離脱投票も、アメリカ大統領選挙の結果も、世界一の検索エンジンを有する某企業が、結果を正確に予測していた、という噂があります。それは膨大なインターネットのデータを解析し、AIに分析させて出た予測、ということです。それは検索エンジンの会社だけではなく、インドのAI企業の分析結果も同様だったようです。
つまり、EU離脱に投票する奴は無知だとか、トランプ候補に投票するような連中は蒙昧な田舎者だとか、決めてかかってEU残留やクリントン候補当選を信じていた”賢明な”人々よりも、AIの方が結果を正しく予見していた、という事でもあります。自分が賢いと思っていた人々が、その予測に於いて人工知能に勝てなかったという皮肉な事実。つまり彼等も、所詮は”信ずべきものを信じるのではなく、信じたいものを信じる”、普通の人間に過ぎなかったという現実。たぶん、幾分かは権威主義的で、幾分かは拝金主義的な、普通の人達........

まあそういうAI技術も、結局はそうした”エスタブリッシュメント”達に力を貸す事にはなるのでしょう。”ベスト・オブ・ブライティスト”を自任する人々も、間違えたくないからこそAIの意見を鵜呑みにするようになるのかもしれません。そうなるといよいよ人間性の危機ですね。いやしかし、そんな悲観的なことは考えないで、いかにAIで楽にお金儲けをするか?を考えるのでしょう。
近い将来、政策決定も裁判所の判決もAIにゆだねられるかもしれない。AIの決定だけに公平無私、とか言い出すようになるのかもしれない。書展の入選特選もAIが決める。

しかし気を付けなければならないのは、AIも所詮は人が作るものだ、という事です。分析のための指標はプログラムを設計する人が決める。どう決めるかは、人の価値観に拠らざる得ない。それをどう決めるべきか?というところで、やはり人や社会や時代の問題が出てくる。やはりそれは人が考えなくてはならない。それを考える限りにおいて、人は人でいられるのかもしれない。AIが主人ではなく、人が主人であり続けられるのかもしれない.............かもしれない。

 
本年も、人が正しく人でありますように。
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三島由紀夫「習字の伝承」より

年頭に書初めをする子供も少なくなってきた昨今。今から48年前の昭和43年(1968年)「婦人生活一月号」に、三島由紀夫の幼少期の書初めの思い出を題材にとった、「習字の伝承」という文が掲載されています。
さほど長くもないエッセイですが、全文引用は著作権に触れると思いますので”書初め”に関する箇所だけを以下抜粋してみます。全文にご興味のあるかたは、新潮社から刊行されている「蘭陵王」という(たぶん絶版でしょうが、古書でみつかると思います)、三島由紀夫の晩年のエッセイ集に収録されています。

『母方の祖父が漢学者であったため、私はごく稚(ちい)さいころから、お正月というと、母の実家へ年始に行って書初めをやらされた。それも固苦しい書初めではなく、座敷いっぱいに何枚もきいろいのや白いのや長大な紙がひろげられて、文鎮で留められ、そのまわりを大ぜいの親せきの子がわいわい言ってやっているなかで、ごく小さな子には長い白鬚の祖父が、筆を一緒に持って運筆を教えてくれる。
「力いっぱい!そう、そう。思い切って!コセコセしてはいけない。思い切り、勢いよく」と男の子は特に声援される。
大きな筆にたっぷり墨を含ませて、大きな紙に思い切り書くのは、一種の運動の快感があって、子供を喜ばせる。子供は自分の体より大きな字を自分が書いた事に、何ともいえない満足を味わうのである。』

三島由紀夫の母親は旧姓を「橋」といい、父親は橋健三という漢学者でした。彼は加賀藩士の瀬川という家に生まれるのですが、その学才を見込まれて、代々加賀藩お抱えの漢学者である橋健堂の家に女婿に入り、以降、橋健三と名乗ります。検索すると肖像を観る事が出来ますが、いかにも漢学者、といった容貌をしております。
三島由紀夫は幼いころに父母と引き離されて、数丁離れた家で祖母との生活を強いられるのですが、両親や母方の親戚とまったく没交渉という事は、当然のことながらなかったようです。

『しかし私は、その後、ちゃんとした先生について、本格的に書道を習うという折がなかった。学校ではもちろん習字を習ったが、これが昔流の、肘をきちんと立て、筆の頭に一銭銅貨を乗せても落ちぬほど筆を垂直に保っていなければならぬという、固苦しい教え方だから、退屈していろいろいたずらをした。』

先生の服の背中にこっそり墨を塗る、というような事をしでかしていたようです。しかし筆を垂直に立てるという筆法は、おそらくは明治以来の、唐様の流れを発展させた書法を教えられていたのでしょう。あるいは仮名や和様などを教えられていたら、日本の王朝文学に耽溺していた平岡少年(三島由紀夫の本姓は平岡)はもう少し身をいれていたかもしれません。

『それで私はどうかというと、こんな私でも時たま揮毫をたのまれることがあり、できた書を意気揚々と母に見せるたびに、この漢学者の娘は、「よくそんな下手な字を人様に上げられるわね」
と言い放つのである。』

三島由紀夫の母親は、漢学者の橋健三の娘で橋倭文重(はし・しずえ)といいました。倭文重は自身も作家を志したこともあるほど、若いころは文学少女であり、三島由紀夫の小説家志望をもっとも後押ししたのが、この母親であったと述べています。(紫陽花の母・『蘭陵王』収録参照)逆に反対したのは、官僚家系の父親であったとも述べています。
私は三島由紀夫の作品を読むとき、時折”キラッ”と閃くような、漢文的な表現や、あるいは漢詩を翻訳したようなレトリックに出会うように思うのですが........あるいは漢学者の祖父や、その薫陶をうけた母親からの影響があるのではないか......と考えています。

ただ、三島由紀夫自身は、自分の作品というのはあくまで日本の平安以来の王朝文学や近世文学、あるいはフランスやロシアといった、海外の文学に影響を受けている事を認めているのみで、漢詩漢文からの影響について語った形跡が(私が読んだ範囲では)みあたりません。
あるいは若い一時期熱中した事を認めている、森鴎外あたりからの影響かもしれませんが、鴎外の文のみから漢籍のエッセンスを吸収したということではないでしょう。
あるいは漢学者・碩学である安岡正篤への、師事といってもいいような交際も考慮する必要があるかもしれません。三島由紀夫の事ですから、傾倒した王陽明も原文で読んでいたのではないか。

それはさておき「習字の伝承」というタイトルのわりには、三島由紀夫自身はまったくその「伝承」に預かっていないということが書かれています。彼自身のライフスタイル上の趣味はハイカラ、西洋趣味で、時に中国趣味は”悪趣味”とさえ言っているあたりは少し残念な気もします。
無論、大陸には古今相当な悪趣味もあるのですが.........当時の文学者の多くのように、東洋の骨董や古美術に傾倒するというところがなかったようです。
稀代の文士でありながら、漱石のような文人趣味は全然無いし、鴎外のような漢文書き下し調の文語体小説も書いていない、(自身を文壇に推薦してくれた)川端康成のような達筆も持ち合わせていない。

おそらく三島由紀夫にとって、もっとも美しい芸術が言語であり、文学だったのでしょう。個人的には、あの「金閣寺」を描写した魔術的な文体でもって、東洋美術の評論を書いて欲しかった気もするのですが。庭園や建築、時に音楽に言及する事はあっても、文物については関心を向けていないようです。
ただ三島由紀夫が書いた場合、現実の美術品よりも文章の中のそれが美しく、実体から乖離してゆくであろうところが、難点ではあるでしょうけれど。
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”逃耻用”小考

以下まったくの余談。
最近、中国の若い朋友から「”逃耻用”みましたか?」と聞かれるので、何の事かと思ったら、日本の連続テレビドラマなのである。「一話たりとも見ていない。」というと「それは残念ですね。見るべきですよ。中国ではとても人気があります。」という。
”逃耻用”の”耻”はつまり日本語で書くところの”恥”の事なのであるが、ようは”逃げ恥”、と略称されるドラマが中国でも大人気、という事である。そんなものかと思ってインターネットで少し調べると、なるほど若い人を中心に熱くなっていることが感ぜられる。

だいたいにおいて、大陸に於いて人気のあるドラマというと延々と続く長大な韓国ドラマなのであるが、これは比較的高い年齢層の女性に支持されている。若い人は短期決戦型の日本のドラマを好む人が増えているような気配がある。そもそも海外のドラマが、何故そんなに人気があるかというと「国産ドラマは面白くない。」という返事が返ってくる。ある程度の教育水準がある大陸の若者は、粗製乱造される”反日神劇”など見ないのである........
それはさておき「逃耻用」は略称で、タイトル全体を中国語に翻訳した例を探すと、これがいろいろ出てくる。そこに少し興味をおぼえた。

”逃跑可耻但有用”
”逃避可耻却有用”
”逃避無耻却有用”
”逃避雖可耻但有用”
”逃避可耻却有用”
”逃避可耻却很有用”
”逃避雖然可耻但却有用”

と実に様々なパターンがある。何故こうも多くの訳例が出てきてしまうのかといえば、正式に大陸の放送局なりで放映されていないからであろう。公式の放送があれば、そのタイトルに統一されるはずである。皆々、インターネット経由などで勝手に視聴しているのである。
およそ”逃げる”を”逃避”ないし”逃跑”に訳している。”跑”は走る、くらいの意味である。”逃跑”にすると文字通り走って逃げる、という意味になるが、”逃避”であれば心理的な”逃げ”も含むことになる。
また”恥だが”を訳すところには”恥ではあるが〜役に立つ”という、逆接的な係り受けをどの程度重く解釈するかによって”可耻(恥ずべし)”あるいはそれに”雖”を付けて”雖可耻(恥ずべきといえども)”さらに文語的に”雖然可耻(恥ずべきは然りといえども)”としている例もある。ちなみに”可耻”はひとつの単語で、公共道徳に反する行為、あるいは人に罵られるような行為、という意味がある。ここを”無耻”としている例もわずかにあるが、この場合は”恥知らず”くらいの意味になる。

それを受けるに「但有用(ただし用あり)」という例が最も多いようである。”有用”で「役立つ」という意味になるが「用」の一文字でも「使える、役立つ」という意味にはなる。あるいは「却(かえって)」を入れて「却有用(かえって用あり)」あるいは「但却有用(ただしかえって用あり)」というように、逆接的な命題の接続をより強調している例もある。もっとも懇切な例を示せば、

”逃避雖然可耻但却有用”
”逃避は恥じて然りといえども、ただしかえって用あり”

であろうか。
ともあれ、さまざまなタイトルの訳例の存在と、”逃耻用”という略称の存在が、大陸における人気のほどを表しているともいえるだろう。オフィシャルな放映がないままのこの盛り上がりようである。

そういえば「”你的名字”見ましたか?」ともよく聞かれる。”你的名字”..........これは公式に大陸で映画が公開されているので、タイトルは統一されている。実はこちらも見たことがないのだが、最近の大陸の若い朋友達の話題についてゆくには、日本のドラマやアニメを観ないといけないのか..........と思うとなかなか気が重い。まあ、無理に合せる必要もないのだろうが。

ところで大陸のドラマといえば”紅樓夢”に尽きるのであるが、それは文芸の世界においても、”紅樓夢”を超える作品がなかなか生まれない、という事でもある。人間の種々相が紅樓夢にほぼ書き尽くされてしまっており、あとは何を書いても”紅樓夢”の亜流、ないしは部分集合に過ぎなくなってしまう、という悩みがあるようだ。
人の感情は人間同士の関係性、あるいは社会的な文脈で深化されるものであるから、大陸の文芸世界が依然として”紅樓夢”を越えられないのだとすれば、現代の大陸社会も”紅樓夢”の時代と本質的にはあまり変わっていない、という事実の傍証でもある。
そこへもって、現代中国とまったく違った社会の産物である”ドラマ”にえがかれている感情や価値観というのは、確かに新鮮なものとして目にうつるのだろう。また今やすくなからぬ大陸の若い人たちが、それに共感を覚える、ということのようである。
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時事

....アメリカの大統領選は、日本のメディアの多勢にとって意外な結果に終わりましたね。イギリスの離脱投票の時もそうですが、基本的に都会にいるメディア、ジャーナリストの論調というのは、都会の多数派の意見に偏りがちなところがあります。
アメリカ、アメリカ、といっても、大多数の日本人にとってのアメリカとは、ニューヨークやワシントン、ロサンゼルスやカルフォルニアであって、カンザスやコロラド、ケンタッキーではない、というところでしょう。
アメリカの今回の選挙は、参政権を通じて、アメリカという国の現状がどうなっているのか?それを多くのアメリカ人、あるいは世界の人があらためて知る、いい機会になったのではないかと考えています。
同じような事は大陸中国にも言えるのですが、おそらく大部分の日本人の目にうつる”中国”というのは、北京か上海、それに深圳や広州といった、沿岸部の大都会に尽きるといえるのかもしれません。それはヨーロッパの多様性を、パリやロンドン、ベルリンといった諸都市だけを見て理解しようというようなものかもしれません。
東京が日本のすべてだ、と言い切るのは、東京に住む日本人でも抵抗を感じるのではないでしょうか。言ってみれば当たり前のことなのですが、往々にして、それを忘れてしまうのでしょう。しかし日本人などは、東京、あるいは京都をもって外国人に対する「日本の代表」としても、そう文句は出ないかもしれません。しかし大陸中国では「〇〇なんて中国じゃない。」的な言い方は、普段でもよく耳にします。
私が最近、”中国”という単語を使うのに躊躇するのは、別段、中国という国を認めたくないとかという事ではなく、”中国”という概念で”かの国”を理解しようとすると、やはりいろいろ見えなくなる部分があると感じるようになったからでもあります。
昔から「天下はあれど国家なし」と言われたところなので、近代に入って成立した”国家”という概念を、うっかり遡及して過去にまで適用してしまうと、大変な誤解を生むことになります。現代の価値観なりイデオロギーなりを、過去に適用して何か分かったような事を書くのは実に簡単な事で、いくらでも作文が出来てしまうものなのです。世の中、そういう情報で溢れかえっているような気もします。
一部指摘があるように、世界的にIntellectualの傲慢、というのはあると思います。知性の堕落と言ってもいいかもしれない。ソクラテスが今の状況を見たらなんというでしょう。知識人も階級化すると堕落、腐敗するのですね。大陸王朝時代の士大夫達も、王朝末期には堕落仕切ってしまうのが常でした。これはいかんともしがたいかもしれませんが、揺り戻しも起こるでしょう。今回の大統領選挙では、アメリカの若い人たちに衝撃と失望が広がっていると言いますが、ある意味、またとない良い経験になるでしょう。敗北にこそ、得るものが多いもの。そこから新たに、若い知性の覚醒を期待したいものです。
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