衛恒「四体筆勢」について

...........2月、3月は多忙で、しばらく間が空いてしまいました。当面の目標として、西晋時代の衛恒の書論である「四体筆勢」を読解してゆこうと思います。今回はその前書きのようなものを以下に。


 
三国時代も末期、魏に衛瓘(えいかん 220-291年)という武将がいた。父親は魏の尚書衛覬(えいき)である。衛瓘は263年、蜀漢の征伐に軍監として従軍する。まず遠征中に独断専行が目立つようになった艾を、鐘会の命令でとらえることに成功する。
鐘会は劉禅を降伏させ蜀漢を滅ぼすが、そのまま成都にとどまって魏への謀叛自立をはかる。このとき衛瓘は偽の詔勅を作成して諸将に鐘会を討つように説得し、諸軍を率いて鐘会を破ることに成功する。
艾、鐘会ともに魏末期の名将である。蜀漢を滅ぼしたのは鐘会であるが、魏王朝から見れば蜀漢併合の実質的な最高功労者は、謀叛した鐘会を討った衛瓘である。艾・鐘会という知将をともに降した衛瓘も、また名将と言ってよいだろう。
やがて魏がほろんで晋が建国されると、衛瓘は晋(西晋)に仕える。しかし司馬氏の骨肉の政争に巻き込まれ、衛瓘は子の衛恒とともに殺されている。

衛瓘は索靖とともに張芝に書を学んだ。「晋書・衛瓘傳」には

二人草書同師法於張伯英(張芝)。大家認為衛瓘書法得到張伯英的筋、索靖得張伯英的肉。衛瓘自稱“我得伯英之筋、(衛)恒得其骨,(索)靖得其肉。

(衛瓘と索靖の)二人は張芝を師として草書を学び、皆は衛瓘(の書法)が張芝の書法の筋を、また索靖は肉を得ていると認めた。衛瓘が自ら言うには、”私は張芝の筋を得、(息子の)衛恒はその骨を得、索靖はその肉を得た”

とある。このように息子の衛恒もまた書法に優れ、唐代に編纂された「晋書」に別傳を立てられている。また書法を論じた「四体筆勢」が衛恒の傳に収録されている。
この「四体筆勢」は、まとまった書論としては最古のものであり、書法史上重要な資料なのであるが、省みられることが少ないように思っている。

ちなみに「蘭亭序」が書かれた東晋の「永和九年」は353年である。衛恒の生年は未詳であるが、衛瓘・衛恒が殺されたのが291年である。衛瓘がこのとき71歳だとすると、息子の衛恒は没時40代〜50代というところだろう。ゆえに「四体筆勢」が書かれた時代から「永和九年」まで、60年〜90年の時代の開きがあるとみていいだろう。
「四体筆勢」が「晋書」に収録されたのは、その内容と文章が優れているからであろうことは、読解を進めているとわかってくる。衛瓘、衛恒ともに卓越した教養の持ち主であったことがうかがえる。

結論をひとつ言えば、「四体筆勢」論じられている書体の中に、今日的な意味での楷書や行書は含まれていない、ということがある。古代の文字から論じて、隸書に至り、隸書の捷(はやがき)としての草書で結ばれている。
もし、蘭亭序の摸本や、集字聖教序ないし興福寺断碑にみられるような楷書に準ずる書体が「永和九年」に存在したとすると、それは一世紀に満たない間に起きた書体の変化ということになる。その可能性はさておくとしても、すくなくとも衛瓘の父親の世代である、三国時代の鐘繇の小楷作品などは、すべて後世の偽作であるということが史料の面からも言えるのである。

”蘭亭序”を筆頭に、王羲之・王献之が書いたとされる筆跡が後世に与えた影響は非常に大きく、唐代以降の筆書は、大なり小なりその影響の下にあると言っていいだろう。のみならず、筆書の歴史を考えるにあたっても、虚像であろう”書聖・王羲之”の存在のために、多くの矛盾が解消しないままなのである。

西晋から王羲之の生きた東晋の時代に至るまでの筆書が、実際にどのような姿であったのか?という点については、非常に限定的な史料しか残されていない。漢碑に始まる碑帖については、刻石の姿で傳存するものも認められる。しかしそこに刻まれているのは、当時のフォーマルな書体であるところの隸書、八分書、あるいは篆書体に限られている。
木簡や紙の上で発展したであろう筆記書体である草書については、史書に残るほどの著名な書法家の筆跡は現存するものが絶無である。地方の官吏によって書かれた行政文書などの木簡の出土例があるのみで、それらから衛瓘から王羲之に至るまでの、”名流”の書法を推察するのは難しい。

ともあれ「四体筆勢」は、西晋時代までの筆書の歴史を総括しており、当時どのような書体が認められていたか?という事実が整理されている重要な資料であるといえる。
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