和筆≠日本製

別段、円安だからというわけではないが、日本製の筆を見直しているところである。”日本の筆”、いわゆる”和筆”というのは、あくまで日本製の筆であって.......と書くと何のことやらわからなくなりそうだが、元来は日本で作られた筆、という意味である。「あたりまえじゃないか。」と怒られそうだが、これはそうそう単純な話でもないのである。

筆にはわざわざ「Made in Japan」と記載して売られている場合は稀である。スーパーの雑貨コーナーや、オフィス文具の店で”ついで”のようにして売られている、ビニールでパッケージされた筆には、あるいはきちんと「Made in China」と表記されているかもしれないが、大半、産地は明記していないのが普通であろう。
”上海工芸”や”蘇州湖筆”のように、大陸で製せられたとわかるラベルを付けて売られている筆は”唐筆”であると分かるのであるが、では”和筆”と言った場合はどうであろう?そんなことわざわざ断らなくても、一目で”和筆”とわかる格好をしているから良いのだ、と言い切れるであろうか。

「日本製」「Made in Japan」には明確な基準があるか?というとこれが実に曖昧である。「Made in Japan」と表記するのは、貿易の上で「原産地証明」が必要になるからである。つまりは”地産地消”、日本で作られて日本で消費される品物には本来は必要が無い物である。輸出するときには「これは日本製です」、見方を換えれば輸入する相手側(の特に税関)にとって「ああこれは日本でつくられたのだな」とわかるようにしておくために、表記されるべきものである。しかし今や国産を選好する消費者の為、”日本製”、”Made in Japan”がほとんどあらゆる商品に表記されるようになってしまっている。

いつだったか、知人が韓国でプラスチックの成形部品を外注したことがある。ある電子製品のケースとして使用するのであるが、基板そのほかの電子部品は日本で製造している。それを輸入したプラスチックのケース部品に組み込む、という工程であった。その人は海外での外注は初めてであったのだが、ケースに「Made in Japan」という刻印が入るように金型を設計していた。韓国で作られたケースの部品が日本へ入る時、この「Made in Japan」が問題になった。輸入しているのに「Made in Japan」とは同い事かと、税関に指摘されたのである。日本で大半を製造し、最終の組み立て工程も日本で行っている製品である。プラスチックケースの原価など知れたもので、製品原価の大半も日本で製造された電子部品なのである。それでも税関は「Made in Japan」というその刻印を見て、まかりならんと言って来たわけである。おそらくどのような製品に使うか?どのような原価構成なのかを示しつつ説明すれば通関出来たと思うのであるが、納期が迫っていた事もあり、結局は「Made in Japan」の入ったケース部品は破棄し、金型から刻印を消去して、再度部品を生産、輸入しなおしたのだという。

筆の場合........製筆材料である原毛はほとんど輸入している。これは江戸時代くらいからそうなので、原材料まですべて国産を使わなければならない、ということにしたら”和筆”そのものが成り立たない。原材料はいいとして、問題はそれを選別、加工する工程なのであるが、これがもっとも手間がかかりかつ筆の品質を決定するところである。まだ皮のついたような毛を油抜きし、余分な毛を排除して良い毛のみを選んで......湖州あたりでは”水盆”と呼ばれる工程であるが、この工程以降を日本の筆匠が行っていれば、正真正銘の”和筆”と呼んでいいのではないかと思われる。
しかし現実には、すでに大陸の工場で加工、選別された毛が製筆材料として輸入されている。統計をとったわけではないので断言は憚られるが、いわゆる”和筆”と称される筆の大半は、選別加工済みの毛を輸入し、それをもって筆鋒をつくり、軸に取り付けられた筆である。
それでも”和筆”の格好をしていれば、”和筆”と呼ぶよりないかもしれない。そういうわけで、今や”和筆”≠”日本製の筆”という、人によっては小馬鹿にされている、と感じるかもしれない状況になっているのが現実なのである。

それでも今や少数ではあるが、原材料の毛を自ら加工し、最終工程までを行っている日本の筆匠も残っている。日本の製筆業界の実態はともかくとして、個人的にはそうした筆匠の筆こそを”和筆”と呼びたいという気持ちがある。
選別済みの毛をつかって、筆鋒、日本で言うところの”穂首”に仕立てて、それをもって”和筆”と言い切るのは如何なものか.......まあ”和筆”というのはまだしも、”伝統工芸品”というシールを貼るのは、憚られるのではないかと思うのだが、いかがであろう。

80年代に入り、大陸製の筆は価格も下落したが品質も低下した。大陸の筆に失望を覚えた人が、徐々に”日本製の筆”に傾いていったのが80年代から90年代といえるかもしれない。また2000年代から書を始めた若い人は、もうもっぱら”日本製の筆”が良い物だ、という思い込みがあるかもしれない。
しかし”和筆”を選んだ人が手にしていた筆のおそらく大半は、日本で主要な加工がなされたものではなかったはずである。「はずである、なんていい加減な事をいうな」と怒られてしまいそうであるが、”穂首”だけ、年間数十万という単位で大陸から日本に輸出している人を何人か知っている。”穂首”だけでは筆にならないはずであるから、それが日本に運ばれてどうなっているのか?わざわざ”唐筆”とわかるような加工を日本でしているだろうか。
いやいや”穂首”だけではなく、筆管までつけて筆銘を入れるところだけ日本で、というのも相当量に上るだろう。いや筆管どころか筆銘も大陸で、という筆も数知れないのである......和筆であろうが唐筆であろうが、良い筆は良い、それで良い、のではあるけれど。

日本に買い物に来る大陸の人は「Made in China」と明記されている品物でも買ってゆく。わざわざ日本に来て「Made in China」を買う必要ないじゃない、と考えてしまいそうであるが、大陸の人曰く「同じ中国製でも、日本で売られている品の方が品質が良い」という事だ。
これは日本や海外の企業が中国で工場をつくり、生産した品物である場合、そのほとんどはもっぱら輸出向けで大陸では流通していないという現実もある。また外資が建設した工場ではなくローカルな工場であっても、日本側からの仕様の要求や品質管理、検品の基準が厳しいからでもある。
話を筆に戻せば、”唐筆”の品質が下がる一方の時期でも、日本の業者が品質管理をしながら大陸で生産していた”穂首”といった材料の質は、そこそこのレベルに保たれていた、という事なのである。何も知らない消費者は「やっぱり筆も日本製に限る」と思い込んで終わりであるが、さすがにこれは如何なものか。

大陸で安価に製造した”和筆”を、”日本製”という消費者の思い込みに乗じてちょっと良い値段を付けて売る。商略としてはそれはそれで結構なことだったかもしれない。あくまでそうしたい業者にとってだが。それも昨今の大陸の物価人件費の値上がりと、急激な円安によって早晩立ち行かななくなってくるだろう。

大陸から選別加工済みの原材料の毛を輸入し、最終工程のみを日本で行う.......それも”和筆”と呼んで差し支えないかもしれない。これも駄目ということであれば、”和筆”などはほとんど絶滅してしまうだろう。しかしさすがに”伝統工芸品”のシールまで貼るのは”やり過ぎ”の感が否めない。権威の形骸化である.............懇意にさせていただいている日本の筆店の筆は、原毛の加工、選別も筆匠の手で行っている、正真正銘の”和筆”である。他にも手間のかかる選別工程からやっている筆匠や筆店は、今や少数ながら生き残っているが、そのようなところに限って”伝統工芸”シールなんて貼っていない。貼らなくても売れるからなのであるが、一般的に筆を使う人、とくに書をする人にはあまり知られてない筆でもある。
今年はそういった”和筆”も、ここでご紹介できればと考えている。今まで唐筆に限って扱って来たわけであるが、大陸の製筆業界も先行き不安であるが、日本の製筆業界の現状も危機的末期的である。うちのような小さな店で何ほどの事が出来るわけでもないが、意識の高い人に向けて警鐘を鳴らすくらいは出来るかもしれない。また”和筆”の中には、大陸で滅んでしまった古い筆のカタチが残っているのではないかと考えているからでもある。
細々としてではあるが優れた品質を保っているところも、絶え絶えとしてまさに消えなんとしているところなのである。そのあたりを考えて行こう、と思うにいたった次第。
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純紫毫 珠圓玉潤

”円安恨み節”ばかり唸っている場合でもなく、中国国内の”通貨膨張(インフレ)”も頭が痛い問題である。もっとも、今年に入ってデフレ圧力が高まっており、消費者物価指数(CPI)はさほどの伸びを見せていない。生産者物価指数に至っては、2.2%のマイナスである。最終消費者の物価は伸びが続いているものの、生産者の製品価格は下落が続いているという格好だ。それでも消費者物価が上がっているのは、流通にかかわる人件費などの増加なのであろう........しかし、これはあくまで全体的な傾向であって、事、製筆に関していえば残念ながら当てはまらない。原材料費も、人件費も騰がっているからだ。

製筆業者の後継者難という側面から見れば、今までの大陸の筆匠の工賃は安過ぎた。江蘇省にせよ浙江省にせよ、安徽省にせよ、ある程度の規模の製筆業の現場は地方都市からさらに離れた”○○鎮”という農村地帯にその中心がある。そこで安い賃金にも関わらずなんとか人員を確保出来ていたのは、農業以外にこれといった産業が無いことと、工場に勤めていれば保険、年金が付与されてきたから、という現実がある。昨今では個人事業主の小さな製筆工場もあるが、大半はかつての国有工場をリタイアした人々が製筆に従事している。年金+αの副収入、という側面があるのだ。
ここにきて、低く抑えられてきた製筆業界の人件費の是正は、業界の将来を考えれば如何ともしがたいところかもしれない。
また原材料費の高騰も苦しいところであるが、原材料を生産、調達している生産者の人件費そのほかも騰がっているのである。この傾向は今後も続くと考えられる。なぜなら、製筆の現場は都市郊外の農村地帯の中にあり、ゆえに人件費そのほかの経費が安価に抑えられてきたのであるが、現在の大陸政府は都市と農村の格差是正に注力しているからである。

.......安く作ってくれ、といえばいくらでもつくってもらう方法はある。ただし材料も加工レベルも低下することは避けられない。これはもう、どうしようもない。安い原料を使用し、未熟な職人に下請けしてもらうしかないからである。しかしそれでも、前と同じ値段で販売するのは厳しい情勢である。値段は上がるは、質は下がるは......そんな筆を一体誰が喜ぶというのだろうか。
純紫毫 珠圓玉潤そうそう「珠圓玉潤」の話。
”寫卷”という筆については、以前にやや詳しく述べたことがある。鋭く弾力のの強い兎毫を芯とし、羊毫で芯を巻いた筆である。”寫卷”ないし”双料寫卷”という名で流通している筆が大半である。寫卷筆の芯に使われる兎毫の中でも、希少で高価な材料である”純紫”毫を使う筆には、「撰毫圓健」や「珠圓玉潤」というちょっと特別な筆銘が冠せられてきた。
もっとも現代では「撰毫圓健」「珠圓玉潤」という筆であっても、花毫や黄尖などの毛を使った筆も散見される。とくに筆の芯である兎毫が黄色い”黄尖”を使った筆に、「珠圓玉潤」を名乗っている例が多くみられる。
ところが民国くらいの筆を見ていると単に”寫卷”と銘打った筆に、”黄尖”が使われているケースが多いように思える。対して”双料寫卷”と、ここに”双料”が冠せられると、穂先の黒い”花毫”が使われている。個人的な感覚だが、民国くらいの筆の例に則れば、黄尖、花毫は”寫卷”ないし”双料寫卷”、純紫にはやはり特別な名称をあてがってあげたいところである。純紫の場合、先端部分だけを見ると「花毫」と同じような色をしているので、慣れていないと判別しがたいかもしれない。
筆銘と材料、製法が一致しない時代であるから、特に「純紫毫」を冠して「極品 純紫毫 珠圓玉潤」としたわけである。
純紫毫 珠圓玉潤純紫が高価であるといっても、原材料の仕入れの段階で、純紫は幾ら、花毫は幾ら、という値段の別があるわけではない。すべて混交された状態で仕入れられ、それを筆匠が選別してゆくのである。この工程を大陸では「水盆」と言い、筆の品質を決める大切な行程である。純紫、花毫、黄尖(白毫)というように、選別、仕分けされた中から、希少で性質の優れた毛に、必然的に全体の原価のウェートが多く乗っかってくる、というわけである。
一般的に長い毛は少なく、短い毛は多い。また純紫は少なく、花毫や黄尖は多いのである。よって、長さを持った純紫は”とても少ない”という事になる。弊店で扱っている、紫頴筆があまり作れないのもそういうわけである。純紫と言っても、やや短い物はある程度の量を確保できるわけだが、これが「珠圓玉潤」や「方流圓折」の材料になるのである。
純紫は黄尖(白毫)や花毫に比べると、やはり先端が鋭利で柔軟性がある。緻密で端整な筆書により適していると言えるだろう。まさに「筆が書いてくれる」という感覚を覚える筆であり、いうなれば、毛筆における”万年筆”であろうか。筆に頼った練習ばかりするのは上達を妨げるものであるが、使い慣れておいて”ここぞ”という時に使いたい筆である。
もっとも、伝統的には”純紫”が貴ばれているとしても、人によっては花毫や黄尖の方が好みの書き味という事もある。そこは個人の嗜好の問題であろう。純紫と黄尖で比べると、純紫の方がやはり”キビキビ”とした書き味である。実用の筆記には、この種の筆が好まれたのだろう。
「珠圓玉潤」は、「方流圓折」と同じ構造、材料の筆であるが、わずかに芯の部分の筆鋒が長い。この1ミリ程度の違いが、小さな字を書く時には決定的な違いになるものである。

価格の上昇は目下の問題であるが、こうした寫卷系の筆を安価につくるには、材料にナイロンを原料とした人工の毛を使うという選択肢がある。以前はまったくやる気がなかったが、原材料の高騰と、量を確保できなくなってきた現状を鑑みると、こうした選択肢も検討しなければならない時期なのかもしれない。無論、その場合は”ナイロン使用”を断ったうえでの販売にしたいと考えている。
筆書も実戦と練習という二つの側面があるから、練習用の筆にナイロンを使用した筆を安価に提供するのも一法であろう。天然材料程の書き味を発揮できなくとも、普段はやや”鈍い”くらいの筆で練習しておけば、本物の純紫毫筆を使った時に”二階級特進”くらい、腕があがった感じがするかもしれない。
ナイロンを使った筆であれば、それを断って流通させ、価格と品質を比較して判断を市場に委ねればいいのである。しかし使っているのはナイロンであるのに、天然の兎毫を使用したかのように装い、値段を下げて売るのは市場を混乱させる行為である。こういう事をすると、本来の兎毫を使った寫卷が”やたら高い”という事で売れなくなり、そのうちナイロン製の筆しか市場に存在しなくなるかもしれない。現在の大陸の市場で言えば、「加健」という文字がみられる筆の多くにはナイロンが加えられているのだが、小売業者すらそれを知らない事がある。
純紫毫 珠圓玉潤近い将来の事は今はさておき、この「珠圓玉潤」は正真正銘の、純紫のみを使用した寫卷筆。お試しいただければ幸いである。
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羊毫筆 大楷、中楷、小楷

新作の羊毫筆、浄純羊毫長鋒大楷、中楷、小楷である。
大楷、中楷、小楷ところで書の世界において、書体のジャンル分けというのは、言うほど厳密なものではない。篆書、隸書、楷書、行書、草書、というように一応は大別されている。しかし篆書は大篆、小篆、隸書は漢隸、八分書、草書は隸書の早書きから派生した章草と、さらに近草、小草という区別もある。また行書は楷書の早書きであるが、楷書交じりの「行楷」というべき筆跡も多く残っている。
楷書についていえば、字形の小さなものには”露鋒”が多用された特有の筆致が現れることになり、特に”小楷”といって区別される事がある。三国魏の鐘繇の「宣示帖」や東晋の王羲之「楽毅論」「黄帝経」などが古典的な小楷作品の代表とされるが、これらはすべて後世の偽作である。三国魏、晋の時代に楷書体は成立していない。おそらく小楷は北魏碑を経た楷書体の成立と並行して、寫經、写本の伝統を通じて深化されていったのだろう。元の趙孟頫に至って以降、明代に於いて祝允明や文徴明といった多くの名手を輩出して隆盛した。「蝿頭(ようとう)の小楷」という表現があるように、1cm〜1.5cm四方に満たない、小さく細密な楷書が「小楷」と考えられていたようだ。
ところで「大楷」というと、どれくらいの大きさの筆書を指すと考えられるだろうか。現代の多くの人にとって、おそらく半紙を四等分、ないし六等分くらいの大きさが想起されるのではないだろうか。実のところ”大楷”というのは、”小楷”に対応して生まれた語のようなフシがあり、小楷以上に想定される文字のサイズははっきりしない。あるいは磨崖碑に刻まれるような、巨大な書体を思い浮かべる人もいるかもしれない。
元の鄭杓の「衍極・學書次第之圖」では”大楷「中興頌」、「東方朔碑」、「萬安橋記」”とある。つまり顔真卿の中興頌や、東方朔画賛碑の文字くらいの大きさの書は、一応は大楷と呼んで差し支えないのかもしれない。
しかし歴史的にみると、”小楷”と呼ばれる作品の文字の大きさから類推した場合、たとえば歐陽詢の九成宮や、顔真卿の多寶塔碑における楷書体の大きさが、すでにして”大楷”と言って差し支えないとも考えられる。”一寸(3cm)”角くらいの大きさの書体でも、1cm角前後の格子に収まる大きさの筆跡を小楷と呼ぶのであれば、大楷といって良いように思われる。大楷と小楷の区別は、比較相対的なモノ、として理解したほうがよさそうである。さらに「中楷」となると、大楷、小楷以上に厳密な区分など出来ないのであるが、結局のところ「大楷と小楷の中間」と理解するよりしかたないところであろう。

筆の規格にも、特に大楷、中楷、小楷、と表記されたものがあるが、実際に書かれる文字の大きさに必ずしも比例していない。むしろほぼ同一の構造と材料の筆の、相対的なサイズを表わしているとみた方が理解しやすいかもしれない。
70年代に日本に輸入されていた唐筆は、例外を除けばほぼすべてが”公私合営”によって国有化された製筆工場で造られ、特定の国営商社によって輸出されていた。当時がおそらく規格化がもっとも進んだ時代であり、”大楷〜小楷”の区別に、また”一号〜五号”といった区分も設けられていた。たとえば「三号 宿純羊毫長鋒小楷」といった具合である。”長鋒”は筆鋒の長い規格の筆につけられていたようである。”大楷、中楷、小楷”の区別は軸の太さ(すなわち筆鋒の付け根の太さ)、番号は筆鋒の長さに比例していたようで、同じ”長鋒小楷”でも、一号よりも三号のほうが毛の長さが長かった。
察するに、この”規格”というのは、輸出に際する商品管理上の必要性から生まれたものではないかと考えられる。民国時代の筆には”小楷”と称した筆は散見されるが、大楷や中楷はあまり例をみない。さらに番号による規格も、民国時代の筆にはみられない。
今でも湖州の国営系の工場の規格には一部そうした区分が残っているが、他地域では同一規格が表記されていても、工場ごとに異同があるのが実情である。しかし今回は70年代の規格をもとに、「大楷、中楷、小楷」の三種類の羊毫筆を企画したのである。一号〜五号といった番号は廃して、”長鋒”のみを表記した。
大楷、中楷、小楷弊店では「小楷羊毫」という筆を扱っているが、これは清末〜民国くらいに、胡開文が製していた小楷筆をもとにした筆である。筆管を茶色に染めているのが特徴で、何本か入手しているが、当時は大量に生産されていたものなのだろう。この筆などは、文字通りの「小楷」に適した筆であるといえる。
それにくらべてこの「純浄羊毫長鋒小楷」はあきらかに大きな筆なのであるが、こうした大きさの筆がある時代では「小楷」に区分されていたのは事実なのである。結局のところは、使い手が自分の書きたい書に合わせて筆を選ぶよりない、という結論に至るのである。
70年代の筆の規格における「大楷」は、歐陽詢などの唐楷の原寸よりもやや大きな楷書を書く事を想定して作られているように思える。格子のサイズで言えば、5cm前後というところであろうか。
筆のサイズに関する規格には、ほかに「中鋒」「小鋒」といった区分もある。「中鋒筆」といえば、玉蘭蕊や加料條幅など、この「純浄羊毫長鋒大楷」よりも一回り以上大きな筆鋒の筆を指す事が多いように思われる。ゆえに「大楷」も、中鋒筆に属する筆であるともいえる。
無論、筆鋒をどこまで下して使うかによっても、まったく使用感が異なってくる。根元まで下すかどうかは使う者が決めればよい事であるが、唐筆に限って言えば、先端から半分、ないし筆鋒全体の長さの1/3程度を下して使う事を想定して作られていたようだ。

ここで「大楷、中楷、小楷」と区分を設けたところで、結局は用いる者の使い勝手で選んでいただければよいだろう。長鋒にしている意味は、短鋒よりもより多く墨を含むという利点がある。その代りに長いだけに筆鋒のコントロールには熟練を要するという点では、短鋒よりも扱いの難易度は高くなる。楷書用途だけに、筆鋒のコシは若干強めに作られている。長鋒と言っても”細羅光鋒”のように、コシを入れずに作られた筆ではない。とはいえ、長鋒を生かせば行書や草書にも向いている。
行書専用の筆というのはあまりないのであるが、「行楷」という様に、実際の筆跡では楷書で書き出して行書に流れてゆく、という事は珍しくないのであるから、楷書を書く筆というのは行書も書けるものなのである。無論、篆書や隸書も書けるだろう........と言っていると、結局のところ筆の規格名とは何なのだろう?と思ってしまうのであるが、やはりそれは”使う人が決める”というのが一番正しいのだろう。
個人的には、半切に一行ないし二行といった作品というより、四〜五行の多数字の作品を作る場合などに向いていると考えている。この手のコシの入った長鋒筆は汎用性が高く使い勝手が似ている。たとえば大楷の使用に慣れていれば、もう少し線を細く書きたいとか、小さなサイズの文字を書きたいときに、中楷、小楷に取り換える事で、比較的容易に目的を果たすことが可能である。

これらの筆は、筆銘は刻字ではなく、ラベルを貼っている。これは筆銘を彫る職人の減少によるやむを得ざる方法、ということでもある。実のところコストアップをすれば彫れるのか、あるいは職人そのものが全くいなくなってしまったのかまでは確認できていないのであるが、今後の製筆を考えると、憂慮すべきことではある。この紙のラベルを筆管に貼るという手法は、揚州方面の職人に依頼している筆には既に使っていることであるが、湖州方面の筆にまで適用することになるとは、正直考えていなかった。揚州方面の筆が紙ラベルなのは、筆銘を彫る職人のレベルが低くなってしまった事が原因である。あるいは湖州でも彫れる事は彫れるが、当方の要求を満たすような熟練した職人が引退してしまったのかもしれない。
紙のラベルを貼るという方法、本来は日本で造られる”和筆”では一般的な方法である。しかし唐筆であっても、かつてはラベルを貼った筆が多く造られていたことが、世田谷の静嘉堂文庫が収蔵する”唐筆一式”に残る唐筆からはうかがえる。静嘉堂文庫の図録から画像を掲げたいが、禁無断転載なのでご了承願いたい。
しかし清末〜民国くらいに作られた筆で現存するものには、ラベルを巻いた筆はほとんど見ないのであるが、このあたりの変遷の理由はよくわからない。あるいは贋造の防止なのかもしれない。
大楷、中楷、小楷今回の「大楷、中楷、小楷」は、かつての唐筆に貼られていたラベルの様式を参考にしている。文字は手近な古書から拾っているが、もとになった本の書名がわかる人はかなりの硯マニアである。
大陸では、現在は刻字された筆銘のほとんどは”レーザー”による加工であり、書体はコンピューター・フォントの楷書体である。現代中国の人に言わせると、コンピューター・フォントの楷書体は綺麗だ、ということなのであるが、自分としてはそこにどうも雅味が感じられないなので仕方ない。ラベル用の文字を拾うという作業はなかなか骨が折れる上に、期待通りに文字が集まるとは限らない。文字が拾いきれないために、商品化できないまま眠っている筆なども実はある。またラベルの貼付は自身の内職で一枚一枚やるより仕方無いのであるが、大幅円安のご時勢、このあたりの自分の工賃を筆の価格に反映できないのが泣き所でもある。
静嘉堂文庫の”唐筆一式”を見ていると、紙ラベルの他に、漆か何かで直接字を入れているとみられる筆管も何種類かある。そういった手法も、今後研究してゆかなければならないだろう。

紙は淡いクリーム色の麻紙であり、筆管が青いうちはやや浮いて見えるかもしれないが、筆管の竹が枯れて象牙色に変じていくにつれてシックリしてゆくと考えている。
新作の羊毫筆のリリースとしては、本年最後の三種類になる。今までと若干スタイルを変えた筆であるから、お手持の筆筒の中でも目立つ存在になるかもしれない。愛用いただき、目になじんでいただければ幸いである。
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狼毫携帯筆

携行できる、良い筆が欲しいと考えていた。筆巻きに巻いて持ち歩けばいいのであるが、そこまで大仰にしなくても、気軽にペン・ケースに入れておけるような筆が欲しい。あるいはメモ帳にも挟めるような、ごく小さな筆である。
かつて日本には”矢立(やたて)”という、携帯用の筆墨の一式があった。今でも俳句や和歌をたしなむ人の間では、使われているかもしれない。
いずれは携帯用の文房四寶一式のようなものを作りたいとも考えているが、今はまだ材料がそろわない。まずは筆から、というわけである。

ところで書展などでは”芳名帳”というものが置かれていて、来観の人に名前を書いてもらうようになっている。しかし芳名帳に添えられた筆墨に、まともな道具が置かれているのをみたことは、ほとんどない。日本画や洋画、現代美術の個展などでは、主催者が筆書の心得が無い場合が多いであろうから、いたしかたないかもしれない。わからないなら、いっそ万年筆かボールペンにした方が良いくらいである。
しかし書展ともなると事情が違ってくる。受付に置かれている筆墨硯のレベルを見れば、その会派の見識の程も伺えようというものである。硯は初めから諦めるよりない。墨汁が置かれているのも、来観の人がすべて書をやっているわけではないから、これも仕方がないかもしれない。しかし筆ばかりは、やはり芳名帳に名前を書くという目的にかなった、適切な筆がおかれていてほしいものである。それが難しければ、やはり万年筆かサインペンでも置いておけばいいだろう。来る人すべてが、毛筆の扱いになれているわけではないからである。
余計に付け加えれば、最近の滲む生箋を使った芳名帳もよろしくない。明瞭に、名前を書き残すのが目的なのだから、滲むような紙を使うのは本来は場違いなのである。しかしそのような芳名帳ばかりが市場に多いのも事実なので、このあたりは業者の方でも考えなければならないところである。
話がそれたが、そのような場合に、使い慣れた筆を携行していると心強いものである。また出先で封筒に署名しなければならない場合などでも、下手な道具を出されるとかなわない。
「弘法筆を選ばず」などという俗説を信じる向きにはわからないかもしれないが、空海は筆の製法を唐から日本に持ち帰ったほどの人物なのである。まして書展を見に来る人は空海ならざる人々なのであるから、せめて書きやすい筆なりを置いておくのが、主催する側の心づかいというものではないだろうか。

依頼していた筆の試作品が上がってきた。以下はそのうちの一種類である。狼毫携帯筆持ち運びに便利な形状と、かつ緻密な筆書にも耐えられる、高品質な筆鋒をそなえている。
軸は紅木でつくり、牛角と牛骨で筆管の前後をあしらった。筆管を作る職人氏の加工精度の高さには舌を巻く。
狼毫携帯筆筆帽は、使っている間は筆管の尾に接続することが出来る。使い終われば、丁寧に筆先を整えて、筆帽をかぶせておけばよい。墨汁や悪い墨を使った後は、筆鋒を後でよく洗浄しておくことも必要であるが、その場は筆帽をかぶせておけば持ち帰ることが出来る。
狼毫携帯筆携帯用に作られた、組み立て式の筆などは、中国の文房四寶のお店や、お土産物屋でも目にすることがある。小さな文房四寶のセットになっている事もある。しかしそういったセットというのは、あくまで”お土産用”であり、本格的な使用に耐えうるようには出来てはいない。特に筆が良くない。これはあくまで飾り物である。
狼毫携帯筆使用感などについては販売時に詳述したいが、ともかく小楷をきっちり書くことが出来る。小楷が書ける筆というのは、行草も能くするものである。精選した純狼毫で造られ、鋭い切れ味と耐久性を兼ね備えている。羊毫に比べて狼毫はおさまりが良いので、筆鋒をかぶせる時も障害になりにくい。兎毫も考えたが、狼毫よりも堅い兎毫は、毛が折れやすいという欠点がある。なにより端整な楷書には狼毫の小筆が向いている。
狼毫携帯筆
夏の間にご提供できることを目指している。
請うご期待。
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和筆の産地は?

食品が「産地偽装」で揺れている。さて、文房四寶の世界はどうであろうか?

日本製の毛筆、いわゆる和筆といっても、その原材料の羊毫や狼毫は、小生の知る限り99%は大陸で加工された材料である。かつては青森産のイタチが使われていたそうだが、今はどうであろうか。羊毫こと山羊の毛は100%大陸であろう。これは今に始まったことではなく、明治以前の昔からそうである。
原材料が輸入品といっても、大陸には日本の製筆材料の工場もある。そういった工場の中には、大陸の製筆業界とは違った日本式の加工方法で原毛を処理し、もっぱら日本の製筆業界に材料を卸しているところもある。こうした原毛を使い、日本で工程をかけて日本式の筆に仕上げているのであれば、”和筆”と断っても、まあ問題ないと思われる。
今なおごく少数であるが、大陸から未加工の原毛を輸入し、藁灰を使って脂を抜くという、昔ながらの方法で原毛を加工して筆を作っている筆匠もいる。原毛の輸入は明治時代以前、江戸時代にすでに行われていた話である。必ずしもすべて国産原料を使わなければ”和筆”と呼べないということもないだろう。
ちなみに小生が依頼している大陸の筆匠達は、半世紀ほど前から薄い石灰水を使用しているのであるが、この方法をうまく行えば藁灰と遜色ない処理が出来るという。藁灰も石灰水も同じ弱アルカリを利用するわけであるから、それはそうなのだろう。
しかし処理に石灰水を適切に用いているところも今や少ない。大陸の製筆業界の大半は、今や化学薬品をつかって油脂を抜いる。こうして処理された毛は保水性が悪く、もろくて長持ちしない。毛が折れたり切れやすくなってしまうのである。またキューティクルも破壊されており、したがって保水性が悪くすなわち墨含みが悪くい。羊毫の長鋒の大筆などであれば目立った影響はないが、微細な小鋒筆になるほど、墨を含まないので線が続かない。こういった材料で造られた筆などは、何処産であろうと論外である。

しかし製筆における「大陸産」は、今や原材料だけではない。”和筆”のような恰好をしていながら、また現に売り場で”和筆”の棚に置かれていながら、100%大陸で加工たされた筆が実は非常に多いのである。
筆の穂先、すなわち筆鋒だけの輸入は70年代から盛んにおこなわれていた。筆鋒だけ大陸から輸入して、和筆のような筆管を日本でつけ、筆銘をいれるのである。それが次第に筆管をつけた状態で輸入し、日本で銘を入れるようになった。しまいには筆銘まで入れた状態で輸入されるようになったのである。

一連の食品の産地偽装事件が世間を騒がしている。レストランで「これは何処産ですか?」と聞く顧客が増えたそうである。こころみに書道用品店で「これはどこで作られた筆ですか?」と聞いてみるのも良いかもしれない。いや、今や店の人も知らない場合が多いかもしれない。しかし”和筆”と称して売られている筆のほとんどは、現実には大陸製なのである。
大手スーパーなどの文具売り場にあるような安物の練習筆などは、包装の裏面に「Made in China」と書かれた品もある。これは大手スーパーなりに「表示義務」を守る必要があるからであろう。しかし”和筆”のような恰好をしている筆のほとんどは、何の表示もない。いや、店や売り場によっては”和筆”とも”唐筆”とも、なんとも書いていないかもしれない。しかし見た目は明らかに”唐筆”とは異なっている。日本の製筆メーカーのネームが入っている筆もある。
また”和筆”という表示が無い代わりに、隣接する棚には「唐筆」と断って唐筆メーカーの筆をおいている店もある。こういう置き方をすると、唐筆は「唐筆」と断っているから大陸製なのは間違いないが、ではそれ以外の筆はすべて日本製なのだろうと、ほとんどの人は思うに違いない。

話はそれるが、小生の友人で電気製品のメーカーに勤務している人物がいる。彼はかつて、大陸で製品のボディにあたるプラスチック部品のみを委託して作らせたことがあるそうである。金型をつくり、樹脂を流し込んで部品にするところまでを大陸で行い、中身の電子部品類は日本で製造した部品を使う。これらを日本でアセンブルする計画であった。
ところがボディの設計担当者との連絡の行き違いから、プラスチックの部品に「Made in Japan」と刻印されてしまっていたのである。これが部品を日本へ入れる通関の際に問題になった。
関税法については「原産地について直接若しくは間接に偽った表示又は誤認を生じさせる表示がされている外国貨物については、輸入を許可しない。」とあるが、これに抵触した、ということだ。
ちなみに公正取引委員会の見解では家電製品については「表示すべき原産国は製品に本質的な性質をあたえる実質的な製造または加工を最後に行った国とする」とある。この「原産国名」については、仮に以下のような作業を日本で行ったとしても「日本製」とは表記出来ない、とある。
?ラベル、マーク等を貼り付けること
?容器に詰め、又は実装すること
?単に詰め合わせ、又は組み合わせること
?簡単な部品の組立をすること
?完成した製品の検査のみを行うこと
この製品の場合は、中身の電子部品は日本製なので微妙である。きちんと通関に説明したらあるいは通ったかもしれないが、結局は「Made in Japan」の表記をなくすことにして、部品を破棄して金型を作り直したのだという。

工業製品の原産国については、実はすべての輸入品に対して表記は義務付けられているわけではないようだ。食品や食器類、家電製品には義務がある。しかしそのほかの工芸品、たとえば竹製品や日用雑貨のすべてについて、製品本体に「Made in ○○○○」と表記する義務はないし、実際にされていない商品も流通している。
そういう意味では、弊店で扱っている商品も「Made in China」とは明記していないが、あきらかに唐筆、唐墨の外観であり、かつ「唐渡り」と「明言」はしているつもりである。

ひるがえって「和筆」のような姿で、かつ日本の製筆メーカーのネームが入った筆についてはどう考えるべきだろうか?実際は大陸の工場でのOEM製品であったとしても、工芸品については、なるほど表示義務はないようだ。もしそこに「日本製」とシールでも貼っていれば、最近はやりの「偽装」であるが、和筆のような姿で日本の製筆メーカーのネームが入っていても、「原産国が表記されていない」からといって「偽装」と決めつけたものではないのかもしれない。
ただ心ある日本の筆匠の中には、日本の有名な老舗筆店が大陸製の筆に店の名を刻んで「日本の伝統工芸品」という顔をして憚りない事に、憤りを感じている方もおられるのも事実である。
同程度の規格の”和筆”と”唐筆”を比較した場合、やはり和筆の方が値付けが高い。”和筆”の恰好をしていた方が高い利潤が得られるからこそ、”和筆”を大陸で造らせるのである。

「作り手の良心」という点から考えると、現在の日本の筆店や小売店の姿勢と言うのは、やはり問題が無いとは言い切れないだろう。まあ、それはそれで他人の商売なので、とりたててやかましく言う気もないのであるが。
最近の書をやる人は、筆も墨も日本製が良い、という人が増えているのだそうだ。それであればなおさらのこと、買う時はお店の人に「これは日本製ですか?」とよく聞いた方がいいかもしれない。ちなみに筆に限らず、墨についても大陸で「和墨」のような姿の墨が造られている点も、注意が必要であろう。また「和紙」によく似た紙も、大陸では盛んにつくられている。大陸から安価な紙を大量に輸入して、日本で煮溶かして漉いた「和紙」もある........

かつて李鼎和や戴月軒などの唐筆ブランドが威光を保っていた頃、唐筆は高価で貴重な高級品であった。唐紙、唐墨にしても同様である。しかし80年代に改革開放経済が始まると、「唐筆」の価格は急激に下落していったが、品質もそれ以上の勢いで低下して行った。唐墨にいたっては、70年代と80年代では別物である。だから80年代以降の唐筆、唐墨しか知らない人は、大陸製の筆というのは安価な粗悪品、というイメージしか持っていない人もいるかもしれない。
しかし必ずしもそうではないという事は、弊店の筆の質を見ていただければお分かりかと思われる。

要はどこで造られようと、誰が造ろうと「良い物は良い」のである。「産地偽装」は実に愚かしい行為であるが、値段に見合っているかどうか、それを食べてわかる人がいなかったのも事実である。味覚とはあるいはそういうものかもしれない。しかし文房四寶は「道具」であり、使って違いが分からなければ、産地にこだわって選ぶ意味が無いという事になる。
弊店では唐筆をもっぱら扱うが、個人的には和筆も使う。ただし「和筆のような姿の大陸製の筆」ではなく、日本の筆匠が手ずから製した筆に限られる。ある種類の筆などは、現在の大陸では求めがたい筆があるのも事実なのである。
ともあれ、「看板に偽りあり」あるいは「羊頭狗肉」は世の常なのかもしれない。売り手に良心を求める以上に、自らの「選ぶ目」も鍛えておきたいところである。
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純紫毫筆「方流圓折」

兎毫、特に紫毫の価格は本当に高くなってしまった。在庫のあるところはまだしも、新規入荷に関しては値上げをしているところが多いように見える。筆の価格高騰は兎毫のみならず、羊毫狼毫を問わなくなってきている。弊店の筆も発売当初は「我ながら良い値段がついているなあ」と思っていたが、最近はさほどでもないと思うようになった。湖州の某工場でも、工賃は5年前の1.5倍なのである。
兎毫には黒く染めた山羊の毛が使われることもあり、ナイロン製の人造兎毫もある。なのでそういった原料を使用している安価な製品は、比較的変動幅が小さいかもしれない。しかし天然の兎毫を使用している”寫卷”系の筆などは、もはや価格改定がやむを得ない情勢である。
久しい以前に品切れになってしまった「純紫寫卷」をリピートしようと思ったのであるが、あまりに高くなっているので考えてしまった。実はもう一種、紫毫を使った別の規格の筆を構想中であり、予算の関係で今回は両方を作るのは難しいと判断された。仕方ないので今回は新しい規格を優先し、従来の純紫は次回リピートすることにしたのである。

今後もなるべく兎毫を使った筆を提供し続けたいと考えているが、価格高騰が続く場合によっては、ナイロンを使った筆の研究も必要かと考えている。寫卷を使った筆も、使いこなすには練習が必要である。そういった練習用の筆や初学者用の筆は、安価なナイロンを使用した筆でもいいのではないかと、最近は考えている。練習に高価な紫毫を浪費するのは、度が過ぎればはんはだ不経済である。むろん、その場合はきちんと「ナイロン使用」とうたう事になる。
人造原料はあまり使いたくないのが本音である。しかし墨汁の使用が紙や筆などの資源の濫費を促進するのと違い、ナイロン製の筆鋒は資源の節約に貢献するのである。
日本では紙も練習、あるいは習作において宣紙を大量に消費している。これも非常に無駄なことである。大陸の書法家は、初心者の練習用の紙は、新聞紙か藁半紙のような、いたって低廉な紙なのである。あるいは水書といって、水書き用紙を使って練習している。この紙は学校の書道の授業で使われる、水書板を紙にしたようなものである。水に浸した筆でなぞると、その部分の色が濃くなり、筆線が現れる。乾くともとに戻るので、繰り返し使えるのである。
墨汁の濫用によって、紙も筆も浪費の一途をたどっているが、この風潮はそろそろ考え直すべき時期に来ているであろう。
純紫毫筆 方流圓折さて今回出来上がった「方流圓折(ひうりゅうえんせつ)」である。兎毫の芯を羊毫で巻いた、いわゆる”寫卷”系の筆の中でも、純紫のみを使った筆は数が少ない。兎毫を選別しても、得られる純紫は数量が限られているのである。多くの寫卷は花毫ないし黄尖といった部位を使っている。兎毫が純紫、花毫、黄尖(白毫)に分けられることは以前に述べた。
また純紫のみを使った筆は、”寫卷”と銘をいれずに”撰毫圓健(せんごうえんけん)”なり”珠圓玉潤(しゅえんぎょくじゅん)”というように、ちょっと”お洒落”な筆銘がつけられていることが多い。(とはいえ、巷間の珠圓玉潤が必ずすべて純紫の筆であるとは限らないのであるが)。これは”寫卷”という名前を付けると、あまり高く売れなくなるからだ、と聞いたことがある。純紫を使った筆の値段に見合わなくなるのである。
この”方流圓折”も当初は”珠圓玉潤”、”撰毫圓健”のような、市場に流通している筆の名前にしようと考えたのであるが、面白くないと考えなおした。
”珠圓玉潤”については、清の周濟 「介存齋論詞雜著」には“ 北宋詞多就景敘情、故珠圓玉潤、四照玲瓏”とある。”北宋の詞には叙景と叙情を多く含んでおり、ゆえに(北宋の文章は)玉のように流麗で潤いがあり、明るく響きが良いのである”というほどの意味である。美しい文章を「玉章」と言うが、珠圓玉潤はすなわち明朗で流麗な文を言う。いうなれば美しい文をスラスラと書き出す筆、という意味である。
またさかのぼれば唐の張文?の「詠水」に“方流涵玉潤,圓折動珠光”とある。これはさらにさかのぼって南北朝時代の「文選」のうち、「顏延之詩」の“玉水記方流,琁源載圓折”をふまえている。この箇所、李善の註には“凡水、其方折者有玉、其圓折者有珠也”とある。つまり渓水の流れにおいて、水が”方”つまり直角に折れて流れているところには玉があり、”圓”すなわちまるい流れの下には珠がある、という意味である。
筆書においては、丸みを帯びた筆画もあれば、鋭く折れる筆線もある。”珠圓玉潤”の裏をとり、純紫で作られたこの筆のキレの良さを「方流圓折」の四字に託してみたのである。さらには流れるような筆跡の下、珠玉のような美しい文章が現れる、という意味も込めている。
純紫毫筆 方流圓折兎毫のうち、もっとも希少な”純紫”のみを使用して作られた寫卷筆である「方流圓折」は、純紫寫卷よりもほんの若干大きな筆である。筆鋒の芯に使用されている純紫の量も多い。
しかし繊細緻密な書き味で、転折、切れ味の良い事は、白居易の「紫毫筆歌」に歌われる紫毫筆の通りである。純紫毫筆 方流圓折以前に「双料純紫寫卷」を作ったが、これは非常に小さな筆鋒で、芯となる紫毫もごくわずかである(上の写真で比較されたい)。純紫寫卷は、幸いご好評いただいて、現在品切れとなっている。この純紫寫卷の小気味よい書き味はそのままに、もう少し量感のある筆致が出せないものかと考えて規格を決めている。
純紫の特徴は、筆鋒の最先端の1-1.5mmくらいの部分は、非常に柔軟なことである。兎毫は一般に硬毫の中でも最も硬いとされるが、筆の弾性に任せて書くと、筆画が単調に陥りやすいともいえる。しかしこの柔らかい最先端部分を上手に利用すると、単調さ破って、変化と余韻に富んだ点画を書き出すことが可能である。運筆法に習熟することで、筆の特性をうまく引き出せるようになるものである。
「方流圓折」は、ありそうでいて今までなかった筆銘である。この筆の名もまた、純紫をつかった高級寫卷筆として、定着してほしいと願っている。
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白居易 「紫毫筆歌」 

昨今、兎毫がどうしようもないくらいに高騰してしまっている。唐代の白居易に「紫毫筆歌」という詩歌があり、そこに「紫毫之價如金貴」すなわち「紫毫の値は金の如く高(貴)い」と詠われているが、まさにそういった状況である。
筆の値上がりは人件費の部分もあるのだが、それ以上に原材料の高騰が響いている。兎毫は羊毫のように大量にストックして寝かせてから使う、ということがあまりないので、その年の相場が直接響いてくるのである。
兎毫の高騰は、そもそも材料となる野生の兎の捕獲数が減少した事が言われている。また捕る人の人件費の問題であるともいう。全体の消費動向はわからないが、筆の消費量自体は、大陸でも増えているという。特に若い人の間でも佛教が流行し、寫經に努める人もひそかに増えているという。あるいは大陸における寫卷筆の需要も増えているのかもしれない。
前述のように唐代の白居易に、この紫毫筆を詠んだ「紫毫筆歌」がある。ここに掲げておこう。

「紫毫筆歌」 白居易

紫毫筆尖如錐、兮利如刀
江南石上有老兔、吃竹飲泉生紫毫
宣城之人采為筆、千萬毛中揀一毫
毫雖輕功甚重
管勒工名充歲貢、君兮臣兮勿輕用
勿輕用將何如
願賜東西府禦史
願頒左右臺起居
搦管趨入黃金闕、抽毫立在白玉除
臣有奸邪正衙奏、君有動言直筆書
起居郎、侍禦史、爾知紫毫不易致
每歲宣城進筆時、紫毫之價如金貴
慎勿空將彈失儀、慎勿空將錄制詞

紫毫筆(しごうひつ)尖(とが)ること錐(きり)の如く利(するど)きこと刀の如し
江南(こうなん)石上(せきじょう)老兔(ろうと)有り、竹を吃(くら)い泉(いずみ)を飲み紫毫(しごう)生ず
宣城(せんじょう)の人采(と)りて筆を為すに、千萬(せんまん)毛中(もうちゅう)一毫(いちごう)を揀(えら)ぶ
毫(ごう)輕きと雖(いえど)も功(こう)甚(はなは)だ重き
管勒(かんろく)工名(こうみょう)歲貢(さいこう)に充(あ)て君(くん)兮(けい)臣(しん)兮(けい)輕用(けいよう)するなかれ。
輕用(けいよう)するなかれば將に何如(いかん)。
東西府(とうざいふ)の禦史(ぎょし)、なにとぞ賜(たまわ)らんことを
左右臺(さゆうだい)の起居(きい)、なにとぞ頒(わか)たんことを
管を搦(と)りて趨(はし)り入る黃金闕(おうごんけつ)、毫(ごう)を抽(ぬ)きて立ちて在る白玉除(はくぎょくじょ)
臣に奸邪(かんじゃ)あれば正衙(せいご)に奏(そう)し、君に動言(どうげん)あれば直筆(ちょくひつ)に書(しょ)す有り
起居郎(きいろう)よ侍禦史(じぎょし)よ
爾(なんじ)は知るか紫毫(しごう)、致(いた)し易(やす)からぬを
每歲(まいさい)宣城(せんじょう)筆を進めるの時
紫毫の價(あたい)金の如く貴(たか)き
慎しんで空しく失儀(しつぎ)を弾ずる勿(なか)れ
慎んで空しく制詞(せいし)を録(ろく)する勿(なか)れ

管勒:すなわち筆管
工名:制作者の名前。すなわち貢納をしたもの(納税者)、ということになる。
禦史(ぎょし):古代の官名。秘書官。
起居(きい):古代官名。宮廷内の記録係。
黃金闕:黄金の宮殿。宮廷の事。
白玉除:白玉でできた階段。宮廷で官吏が侍する場所。
正衙(せいご):朝政の場。
動言:すなわち言動。
失儀:礼節にもとる行為。
制詞:公文書の文言。

(大意)

紫毫筆(しごうひつ)は錐(きり)のようにとがり、筆致は刀のように鋭い切れ味だ。
江南の岩山の上には老いた兔が住んでいて、竹を吃(くら)い、清泉の水を飲んで生きているうちに、体には鋭い紫毫(しごう)が生えてくるのだ。
宣城(せんじょう)の人はこの兎の毛をとって筆をつくるのに、千萬(千万)の毛のなかから一本の毛を選び出すという厳選ぶり。
この兎の毛は軽いものであるが、その働きがあげる功績はとても重いものなのだ。
筆管に製作者の名を刻んで毎年貢納するのであるけれど、主君といい、臣下といい、軽々しく使うことがないように。
軽々しくつかわないのなら、いったいどのように使えばよいのだろう?
この筆は、東西の府庁につとめる禦史(ぎょし)たちに、どうか賜(たまわ)らんことをおねがいします。
また左右の臺にいる起居(きい)たちに、なにとぞ頒(わか)たんことをおねがいします。
筆管を手に取って小走りで黄金輝く宮廷に入り、筆帽から筆鋒を抜いていつでも文書をかけるように、白玉を磨いた階段の下、士大夫たちが並び立つ。
臣下によこしまな心があれば朝政の場でそれを奏上し、主君の言動は、直接筆をとって書き記せ。
起居郎(きいろう)よ、侍禦史(じぎょし)よ。
あなたはご存じだろうか?紫毫筆というものが入手しがたいものであることを
毎年、宣城(せんじょう)では筆を貢納する時、紫毫の價(あたい)は同じ重さの金の如く高価になるのだ。
慎(つつ)しんで、些細な礼節に違う事をとがめて人を弾劾するような(無駄な)事に(この貴重な筆を)使わないように。
慎(つつ)しんで、公文書に虚飾にみちた意味のない文言を書くことに使わないように。


世情に対する、なかなか辛辣な風刺を含んだ歌であるが、紫毫の特質をよくとらえている。唐代のころは紫毫(兎毫)筆はもっぱら貢納されて宮廷や官界で用いられ、一般には流通しない高級品であったという。
「宣城」の名が出てくるが、現在の宣城市周辺地域一帯で野生の兎がとれる。この野生の兎は、ヤマアラシのような硬い毛をもっており、これが製筆材料の兎毫になるのである。現在も宣城市からほど近い、?県(けいけん)というところで「宣筆」が作られている。これは数年前に訪問してここで紹介したことがある。また?県は宣紙工場の多い場所でもある。もっとも、?県の宣筆はいい品が少ない。この?県から兎毫を仕入れ、湖州で作られている紫毫筆がより優れていると思われる。製筆は毛の選別が品質を決めるが、毛の選別の技術は湖州の方が上手である。
ともあれ「紫毫筆歌」で歌われているように、紫毫は貴重な天然材料なのであるから、あだやおろそかに用いてはならないだろう。
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兼毫筆二種

ここ数年来、兼毫筆をいろいろと工夫している。しかし現在の製筆の市場では純羊毫が全盛で、純狼毫がこれに次いでいる、といった状況である。兼毫筆の需要は限定的なのは残念なことである。
小生も昔、手習いの先生から「純羊毫を使いこなせるようになりなさい」と言われたものだ。たしかに柔らかい羊毫筆で鍛錬することで、用筆を安定させる力を向上させることができる。初学者のうちからイタチや兎毫のような硬毫筆ばかりを使用していると、線が単調に陥りやすくなる恐れがあるかもしれない。手習いの観点から見れば、羊毫をもっぱらとするのも一理あるといえる。

しかし純羊毫と言っても、使用している毛は文字通り山羊の毛ばかりだとしても、その山羊のいろいろな部位を混ぜて、書き味を調整している。それは羊毫に限らず、狼毫とて同じことである。
兼毫筆 玉峰翠麓以前、大陸で筆の材料を選別、製して日本へ卸している方からお話を聞く機会があった。狼毫と一口に言っても、使用されるイタチ類の動物は、細かく分ければ二十数種類に及ぶという。ゆえに”純狼毫”と一口に言っても、同じ種類のイタチから作られているとは限らない。また複数の種類の狼毫を混ぜることもある。

兼毫筆はその名の通り、羊毫、狼毫、紫毫(兎毫)などの毛を組み合わせて作られた筆である。しかし毛を混ぜて書き味を積極的に調整するという考え方は、純羊毫でも純狼毫でも行われているのである。ただ最近は初心者用の安価な筆に兼毫筆が多いため、兼毫筆というと柔らかい純羊毫を使いこなせない初心者用の筆、というイメージがあるようだ。これは憂慮すべきことである。精良な羊毫筆は確かに良いものであるが、”純血主義”ならぬ”純羊主義”に陥ると、毛筆、筆書の文化に対して”木を見て森を見ず”ということに陥りかねない。
兼毫筆今回ご紹介する「玉峰翠麓」は、羊毫と狼毫を混ぜたものを芯とし、周りを青く染めた兎毫で巻いた兼毫筆である。写真の筆は試作品のため、筆銘は入っていない。この筆鋒の芯にあたる部分は、多勢を羊毫が占めている。ここに狼毫を少し混ぜて、弾力を強くしている。とはいえ、本性は羊毫に準じる筆なので、さほど「硬い」という印象は受けない。この芯の羊毫に対する、狼毫の混ぜ方に配合の妙があるのだ。

安価な羊毫の兼毫筆を買って、筆鋒をほぐすとわかりやすいのであるが、混ぜている毛はごくごく粗雑な毛が多い。また筆鋒全体の長さに比べて短い毛が多い。粗雑な毛を束ねて、その周囲を羊毫で包んでお化粧したような恰好の筆が、安価な兼毫筆なのである。
しかし「玉峰翠麓」には、精良な狼毫、ほとんど羊毫と同じ長さの狼毫を均等に配しており、筆鋒の先端にまで狼毫が達している。
この筆鋒を一見すると、芯だけは純羊毫筆のように見える。これは芯の中心に羊毫と狼毫を混ぜた芯を配し、その周囲をさらに純羊毫で極薄く巻いているためである。この製法は、粗悪な材料で芯を作り、外側のみに良い毛を使って糊塗するためにも行われている。製筆は毛の選別が命であるが、よく整った毛を集めるのは、お土産用の筆にそういった筆が多くみられる。立派な布箱に入ったセットの純羊毫筆とて、さばいてみないとわからないものである。
兼毫筆しかしこの筆に関しては芯も外側も精良な羊毫、狼毫のみを使用しており、これが優美な外観を作り出している。また薄い羊毫が弾性を加えた芯を包み込んでいるため、いわゆる”鉄心を真綿でくるんだ”筆致の効果を生み出すことに貢献している。そして周囲を青く染めた兎毫で巻き、脇を締めているのである。
この筆は、筆鋒の先端1/2ないし1/3を使用することを想定しているが、仮に根元までさばいて使用しても、巻いた兎毫が貢献して筆の付け根の粘りが保たれる。羊毫、狼毫、兎毫のそれぞれの性質を組み合わせており、まさに”兼毫”という名にふさわしいつくりである。
兼毫筆この筆の原案であるが、これは静嘉堂文庫の「唐筆一式」にある。残念ながら、お借りして筆鋒をほぐして分析する、というわけにはゆかないのであるが、外観からその構造はある程度類推が可能である。静嘉堂文庫の「唐筆一式」には、羊毫を芯とし、兎毫で巻いていると思しき兼毫筆が何点か見られる。これらの筆の芯の羊毫も、純羊毫ではなく、明らかに兎毫ないし狼毫のような毛を混ぜていることがうかがえる。そういった筆のつくりが目指しているところは瞭然としていて、羊毫の柔らかさを別種の毛で補って、目指す書き味に仕上げているのである。また羊毫と別種の毛を混ぜる理由には、材料コストの問題もあったと考えられる。現代でも、羊毫はもっとも安価な材料である。現在と違って、コシの弱い筆は大筆以外では好まれない。とはいえ高価な兎毫や狼毫ばかりを使ってもいられないので、羊毫を混ぜた毛が改良されたのではないだろうか。芯を羊毫で作っておけば、副毛にする兎毫にはそれほど高価な毛を使う必要がなくなるのである。
ともあれ「唐筆一式」を参考にして出来たこの筆、たとえば「漢璧」のような、羊毫に硬毫を混ぜた筆をお好みの方には、お勧めできるといえる。中楷以上の楷書体、また尺牘や行草にと、応用範囲が広い筆である。「漢璧」よりも硬毫の比率が高いのでコシがあるが、漢璧に慣れてから気分を変えるときなどに、別種の書き心地を味わっていただけることと思う。
兼毫筆 玉峰翠麓もうひとつの兼毫筆「無無明尽」であるが、筆名でお分かりのように、寫經(しゃきょう)に利用されて使いやすいようにできている。
兼毫筆構造は芯に狼毫を使用し、周囲をごく薄く、羊毫で巻いている。筆鋒は短い円錐状をなしている。「寫卷」という筆があるが、この筆ももとは「寫經卷」を短縮した名称で、寫經を意識した筆である。しかし寫經用の筆といっても、大量の楷書を書く、という意味では用途は寫經に限るものではない。「寫卷」がそうであるように、細字小楷、尺牘など幅広く活用して好適である。
芯に狼毫を配し、周囲を羊毫で巻いた筆というのは、和筆に多い構造、という印象がある。和筆の世界では、羊毫の代わりに白い猫の毛で巻くこともある。一般に、あまり崩さない平仮名、仮名交じり文などを書いたり、細字を書くことに用いられることが多いようだ。

揚州などでは狼毫を羊毫で巻いたこの種の筆が流通しているとことを目にするが、しかし上海の文房具店ではこの種の筆を見ることは稀である。揚州では多くの日本の製筆メーカーが筆鋒のみを作らせているので、あるいはそれがこぼれ出たものかもしれない。とはいえもともと「狼毫を芯に、羊毫を副毛に」した筆が、中国になかったとは考えられない。かつては存在したが、何らかの理由で廃れてしまったのだろう。
寫經用の筆というのは、言うまでもなく佛教の発展と関係している。弘法大師空海は、唐朝へ留学してのち、日本へ帰国した際に筆と筆の製法を持ち帰ったという。印刷技術が未発達の当時、佛教の振興には寫經が必須であり、寫經には安価で性能の良い筆が数多く必要になる。書法にも精通した空海は、筆の製法の重要性を認識していたに違いない。唐代にはすでに楷書体が完成していたから、寫經も楷書体で行われる。端正な楷書体を素早く書くのに便利な筆が求められたであろう。
寫經は尺牘などと違い、情緒性を排した端正な書体で延々と書き続ける必要がある。いうなれば蘭亭のように、一本の寫經本の中の同じ字がすべて変化して書かれている必要はない。むしろ”活字”のように、変化していない方が望ましいのである。

筆鋒の長い筆というのは、当然のことながら筆線の幅に変化が出やすいものである。いわゆる長鋒筆は、線の変化を生かした情緒性の高い書体に用いて効果がある。一方で寫經などは、線の幅がなるべく一定に保たれていることが望ましい。今日の、兎毫を芯とし羊毫を副毛にした”寫卷”の多くは、筆鋒の大半を羊毫が覆っている。芯の兎毫が露出している部分は、全体の1/3程度の長さしかない。羊毫の部分はほぐさずに使うので、見た目以上に実際に使用される筆鋒の部分は短いのである。
切れの良い書き味が身上の”寫卷”であるが、細い芯のみを使う構造上、墨含みに限度がある点は否めない。墨含みをよくするためには、筆鋒をさらにほぐして墨を含ませれば良いのであるが、線の幅は安定しない。もちろん、いかなる筆であっても、熟練者が使用すれば話は別である。しかし、大量の経本を臨写することを考えると、筆自体が書きやすくできているに越したことはないのである。
墨含みを考えて筆鋒を下した時でも、一定の線幅を保ちやすい筆であるためには、筆鋒全体の長さを短くしてやる必要がある。これによって、線幅の自由度が制限されるからである。
兼毫筆この寫經用の「無無明尽」は、椎の実のように、ややずんぐりとした形状をしている。太さに比べて短い恰好をしているのは、一定の太さの線を引きやすくするためである。筆鋒全体の1/3までさばくか、あるいは1/2までさばくかにもよるが、構造上、兎毫を羊毫で巻いた寫卷よりは墨含みが良く、多くの文字を書くことができる。熟達した人であれば、付け根までさばいて、たっぷりと墨を含ませて用いても良いであろう。寫經用の紙はにじまない加工をしてあるので、筆鋒に十分に墨を含ませても、墨が流れてしまう恐れはない。

寫經に使う筆なので”無銘”にすることも考えたのであるが、やはり何か呼び名が無い事には流通に乗せにくいもので、般若心経から「迷いが尽きることがない」という意味の「無無明尽」を筆銘とした。寫經用の筆とはいいながら、短鋒筆として、篆書や隸書などの書体への応用も面白い。

筆は用途を限定したものではなく、いろいろと試みるのが楽しいものである。
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寫卷と羊毫

今回の渡航中に円安が昂進した。気のせいか今までも、小生が渡航する直前まで「お、今は円高だ」と思っていたのが、渡航中に値が戻ってしまうということがよくあった。
久しぶりの円安傾向で恩恵をこうむる輸出企業も多いことかと思われる。しかし小生のように海外から日本に輸入し、日本市場で品物を販売している人々にとっては、円安は嬉しくないだろう。わずか1ヶ月の間に、実質10%くらいは仕入れ価格が騰がってしまった格好である。まあそういっても「円安だから値上げします」という話は(今のところは)するつもりはない。円安のときがあれば円高のときもあったわけで、円高のときは円高で得をして、円安になったら損しないように値上げして負担を強いる、というのはちょっと違う話ではないかと思うわけである(その代り、円高になっても安くは出来ないのであるが)
2004年か2005年のころは、1万円札を両替すると600元だった。それがもっとも円高の時は1万円札を両替すると800元近くになったと思う。年末から年始にかけての渡航期間中はついに700元を割り込んで670元くらいにまで落ち込んでしまっている。それでも2005年当時よりは若干高いのであるが、7年前とは物価が違うのである。大陸における急激な物価上昇を、円高が補ってくれた格好になっていたのであるが、それも今後は期待できそうにないところである。

それとは別に、兎毫の価格が昨年に比べて暴騰と言っていいほど騰がっている。特に希少な”純紫”が高くなった。純紫は兎毫から選別されるわけであるが、兎毫がたとえば倍になったからといって、純紫や花毫、白尖毫などすべての毛が一律で倍になるわけではない。花毫や白尖毫はあまり高い筆には使われないので、これらを値上げしてしまうのは筆匠としても難しい。そこで他の毛よりは高価な筆に使用される可能性のある、”純紫”に負荷がかかるのである。
折り悪しく「純紫寫卷」が品切れになってしまった。これは三種類の寫卷の中でも最も高価なのであるが、幸いご好評をいただき、10本単位でご購入いただく方もたくさんおられたからである。

今回再度生産を依頼しにいったののであるが、提示された価格に思わず絶句してしまった次第である。小生が依頼している筆匠は、物価高騰の情勢にもかかわらず、なるべく価格は据え置いてくれていた。ひとつには羊毫は20年前から蓄積した在庫がある、ということもあったからである。羊毫は寝かせたほうがよくなる、という理由もある。しかし兎毫については寝かせる必要が無いというのと、価格も高いので多量の在庫はしないものなのである。

”純紫”を使った筆を扱っているのは何も小生ばかりではないのであるが、”寫卷”という筆に”純紫”ばかりを使っているところはあまり無いかもしれない。そもそも「寫卷」と名乗ると、あまり高い価格では流通しにくいという事情がある。
普通、”純紫”を使った筆は”撰毫圓健”とか”珠圓玉潤”という、ちょっとお洒落な名前で売られているかもしれない。”かもしれない”というのは、筆匠やメーカーによって、いまや筆のネーミングはバラバラだからである。あるいは「○紫○羊」という名前の場合もあるが、今現在「寫卷」は弊店をのぞいては無いように思われる。「寫卷」よりも”撰毫圓健”とか”珠圓玉潤”のほうが、ちょっと高い値段をつけても良さそう、というところだろうか。ただし「逆必ずしも真ならず」であって、”撰毫圓健”とか”珠圓玉潤”という名前でも、かならずしも純紫を使っているとは限らない。筆のネーミングは使われている材料の”十分条件”ではないのは要注意である。
一昔前の李鼎和や蘇州湖筆は”珠圓玉潤”という名前で、黄尖毫を使った寫卷筆を作っていたときがある。また純羊毫筆でも、”撰毫圓健”という名の筆が市場で散見される。繰り返すが、筆銘と筆の種類には、いまや確たる規格の対応付けはないから注意が必要である。

ともかく純紫は高くなった。急に市場の兎毫や紫毫を使った筆が高くなるかどうかはわからないが、今の在庫が切れる数年以内には騰がってゆくに違いない。こんな事を書くと買いだめに走る人が出てくるかもしれないが、そういっているうちにまた超円高になったり、大陸の紫毫相場が暴落しないとも言えないので、どうするべきかまでは言えないところである。今後も安定供給に努めるつもりである.......よく「もう無くなりますよ。」といって、買いだめを煽るかのような業者がいるが、真偽はともかく所詮は需要の先食いであって後で反動が来る。インフレになるからと言って消費が増えることを期待するのと同じ程度の愚行である。

「嘘をつけ、私が買っている店の寫卷は安いまんまだ」と言う人もおられるかもしれないが、ひとつ知っておかなければならないのは、すでにナイロン製の兎毫が広く流通している、という事実である。
筆の製法に、羊毫が主体の筆のコシを強くするために兎毫を混ぜる方法がある。弊店の「漢璧」なども伝統的な製法でそうなっているが、筆鋒をほぐすと中に黒い弾力の強い毛が入っているのがそれである。
こういったコシを強くするために入れる毛については、ずいぶんとナイロンを使うところが増えている。大陸の市場で「加健」と銘打った筆には、ほとんど中央にナイロンが、しかもかなりの量で入っている。大陸の現代の書家には、こうしたナイロンたっぷりの「加健筆」を好む作家も増えているように感じる。
そもそも10cmを超えるような超長鋒に弾性を加えるためには、最大でも5cm程度の長さしか取れない兎毫を加えて弾性を増すのは無理なのである。ナイロンであればいくらでも長さが取れるというわけである。最近の大陸の書を見ていると、「加健筆をつかっているな」とすぐわかる作品も散見される。それがなにかまがい物だということではないが、ナイロン原料の毛筆材料の存在が、書の形体にも変化を与えているという事実には注意してもいいだろう。

黒いナイロン製の兎毫でも、筆匠でも筆鋒をほぐしてよく見ないと見分けられないものがある。日本の小売店の店員が知らないのも無理は無いが、極端に安いまんまの寫卷筆があれば注意が必要である。無論、ナイロンとはいえよくできているから”安くて書きやすければいいじゃない”という価値観も否定されるべきではない。今後兎毫が高くてどうしようもなくなったときは、ナイロンの寫卷が増えてゆくかもしれない。
小生としても、今後この”ナイロン”の筆とどう向かい合ってゆくべきか?というのはひとつの課題である。貴重な資源を節約するという観点からは、練習用の筆などにはナイロンの筆を使ってゆくことも必要になってくるのかもしれない。しかし天然の毛とナイロンとでは、今のところは明らかに書き味が異なっている。今後、天然の毛と書き味のまったく異ならないナイロンの毛が開発されるかもしれない。ナイロンの毛は、現在の製筆でもっとも重要な工程である「水盆」、すなわち毛の選別工程を不要とするだろう。ほとんど機械生産で筆鋒が作られるようになるかもしれない...........今の市場のニーズと製筆業界の現状を勘案すると、そういった未来もあながち否定できないものがある。

「純紫の値段があがりますよ。」と言うことを書くと、”ポジション・トーク”などと言う人もいるかもしれない。”ポジション・トーク”というのは、自分が持ってい株や資産が上がる方向に誘導するような言説をいうのであるから、文字通り”ポジション”がないといけない。しかし本当に”ポジション”が無いのでこれにはあたらない.........いやいや”持ってない”といっても、信用しない人もいるかもしれないから、証拠に今回生産分から筆銘を変える、という手もある。

そこでようやく今回の本題である。たとえば”珠圓玉潤”とか、ちょっとよさそうな名前に変えるということは考えられる.........しかしまあ筆銘を変えなくても、見た目でわかるようになるかもしれない。というのは、若干であるが筆匠には改善点を指摘しているからである。どういうところかといえば、芯となる兎毫を取り巻く羊毫である。
筆匠が作ってくれたのは、とてもよく作られた寫卷筆ではあったが、ひとつ不満があるといえば羊毫であった。寫卷は羊毫までおろして使うことはない。なので羊毫はどのような質であっても、書き味には実はあまり関係ないのであるが、見た目には多少は影響する。
寫卷筆は、兎毫の芯を取り巻く羊毫の先端がそろっており、兎毫と接している部分がうっすらと細かい毛先で取り巻かれている。この見た目が美しい。参考までに、ここ半世紀くらいの間に作られた李鼎和の筆を中心に、寫卷形式の筆の作例を概観してみたい。古い時代の、手元にある李鼎和などの寫卷(寫奏)の筆鋒は以下のとおりである。
寫卷寫卷まずは李鼎和の「雙料寫奏」。寫卷ならぬ「寫奏(しゃそう)」は、「奏」の意味するところが家臣から君主への奏上であり”封建的”という理由で文革で姿を消したといわれる。芯には花毫ないし純紫などの、紫毫が使われている(ほぐしてみたわけではないが)。
この筆、とりわけ二種類の毛を重ねてほぼ完全な円錐にまとめ上げた姿もみごとであるが、芯を取り巻く羊毫の先端が......さながら結いあげたる仕女の黒髪の生え際の如く(と言うかどうかは知らないが).........この上なく整って美しい。見ているだけで身震いするほどである。
寫卷寫卷そして李鼎和のこちらは「雙料(そうりょう:双料)寫卷」。ラベルと筆銘の書体から、これも文革前の製品であると考えられる。合資合営でいったん「李鼎和」という名称が消えるのが50年代後半であるから、先の寫奏とともに文革前の製品であると思われる。やはり芯を取り巻く羊毫も優美である。
寫卷寫卷李鼎和の「寫卷」。「雙料」のつく寫卷が紫毫を使用しているのとは違い、単に「寫卷」である。明らかに「黄尖毫」を使用している。そもそも”雙料”は「ふたつの材料」の意味であるが、羊毫と兎毫を指すといわれる。しかしそれなら黄尖も「雙料」になるはずである。すくなくともこの時代は、高級な寫卷系の筆には「雙料」が冠せられていたようである。
寫卷寫卷老文元復記の「寫卷」。上の李鼎和とほぼ同時期、合資合営か、すくなくとも文革前とみられる。毛はやはり黄尖が使われている。しかし芯をとりまく羊毫はよく整っている。
ちなみに文革によって「寫奏」が「寫卷」に変わったという人がいる。しかし実際は文革以前に「寫卷」と「寫奏」はともに存在し、文革中に「寫奏」が消えたために「寫卷」のみになった、と考えた方がよさそうである。
1957年ごろから民間企業の国有化、いわゆる合資合営の政策によって「上海筆店」に統合され、李鼎和の名は姿を消す。
寫卷寫卷湖州にその名も高い国営工場、善?湖筆廠の「七紫三羊」である。「廠」が簡体字になっている筆銘と、銀紙のラベルから判断して、80年代前半の製品と思われる。合資合営時代は「筆荘」を名乗っていたのが、文革のある時期から「筆廠」に変わってからの製品である。数少ない「筆荘」時代の筆は、今なお垂涎の的である......あるいは小生が依頼している筆匠の、青春時代に作られた筆かもしれない。この時代の寫卷も、芯を取り巻く羊毫は文革前ほどではないにせよ、よく整っている。
寫卷寫卷李鼎和の「珠円玉潤小楷」である。ラベルの表記が左から「上海」になっている。古くは「海上」である。
80年代の改革開放経済以後、再び「李鼎和」を名乗って筆が作られるようになったのである。この「上海」ラベルの「李鼎和」は、昔日のそれに及ばないことから、「ニセ李鼎和」と呼ぶ人もいる。しかし今となってはこれも品質のいい貴重な筆である。芯を含めた見た目も悪くない。「寫卷」でありながら、名称は「珠円玉潤」となっている例である。筆管に青みが残っているが、密閉状態で保存してあると、竹はなかなか黄変しないのである。
寫卷寫卷同じく「上海」ラベルの李鼎和寫卷。「珠円玉潤」とほぼ同じ、黄尖毫を用いた寫卷筆である。このころには筆銘と材料や筆銘の対応付けは関係がなくなってきていることがうかがえる。
寫卷の比較古い「李鼎和雙料寫卷」と弊店の「純紫寫卷」を比較すると、その違いがおわかりだろうか。上が「李鼎和」、下が「純紫寫卷」である。残念ながら、小生の目には「純紫寫卷」の羊毫は、文革前の製品には及んでいないように映るのである。

筆匠にこれらふるい時代の寫卷筆を見せると、その製法は彼らも知っているのであるが、材料に使う子山羊の毛が、現在入手が難しいのだと言う.......が、在庫の中から近い毛を探して、なるべく近づけてくれる事を合意してくれた。うまく出来てくれることを祈るばかりである。ちなみにこの改良によるコスト増は言われていない。今回はもっぱら、紫毫の価格高騰によるものなのだという。
うまく行けば次回入荷分の純紫寫卷は、名前を変えなくても筆鋒をつぶさに観察すれば見分けがつくかもしれない。ただし、実現の程度は現時点ではわからない。首尾よく出来たら「極品」と冠したところを「精品」とでも変えようか。仮に従前のとおりであっても、書き味に遜色は無いはずである。

寫卷は価格が上がったとしても、あまり高い値段では買ってくれる人がいなくなる。しかし兎毫の選別は手間のかかる仕事であるし、2種類の毛を合わせて作る小さな筆は、技術のいる仕事である。最近の大陸の文房具店では、寫卷に限らず単価の安い筆が少なくなった。職人に特別に注文をしないと、質の良いものは入手が難しいのである。文房具店の店主にそれなりの見識があれば、そういった安価な小筆を懇意の筆匠にオーダーするであろうが、そうではなくてただ売れる筆だけ揃えておけばいいということであれば、羊毫の超長鋒なりをそろえておけばいいのである。実際に、そういう店は多くなった。仕事で証書や賞状を書いたり、写経や小楷、尺牘などを静かに楽しみたいという人には難儀な時代になったものである。日本でも友人の篆刻家が「小楷を書いていると腕が落ちる、なんていう書家もいる。」とこぼす始末。書はますます巨大化と紙墨濫用の時代に傾斜してゆくのであろうか.......何はともあれ、次回入荷の純紫寫卷をお待ちいただければと思う次第。
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紫頴筆を使う

昨年の暮れに紫頴筆をリリースしたが、いかんせんこの種の筆は現在の市場に流通していないためか、使い方についてはいろいろご質問をお寄せいただいた。
どの部分まで下して使うか?がひとつのポイントになるが、少なくとも筆鋒の先端から膨らんだ部分を超えない程度までをおろして使う格好になると思われる。端正な楷書を書くのに好適の筆であるが、近頃は繊細緻密な小楷などは流行っていないのもまた事実である。あるいは写経の練習に使うのにはややもったいない気もしなくはないが、浄書にはいかもしれない。
やや細身の「小紫頴筆」と、太めの「倣御製蘭蕊紫頴筆」がある。大は小を兼ねる意味では「倣御製蘭蕊紫頴筆」で足りるが、やはり「小紫頴筆」にも特有の書き味がある。
今回、上海に滞在中、博印堂で香港人の書画家のマイケルを捕まえて、それぞれの筆を使ってもらった。その様子を動画で撮影し、閲覧できる状態にしてみた。
まずは「倣御製蘭蕊紫頴筆」。ほんの手すさびのつもりなのであるが、書いているのは般若心経の冒頭のようである。紙は竹を原料とする毛辺のやや古い紙。墨が滲まず、紙の表面はごく滑らかである。歙州硯で油烟墨を濃い目に磨ってある。


次に小紫頴筆。同じ調子で書いているが、マイケルはこちらのほうが好みと言っていた。


違う筆にも関わらず、ほとんど同じ太さの筆線で書いている。要は筆先のどの部分までを使うかの違い、ということだろう。運筆法の特徴としては、やはり鉛直気味に筆を立てて書いているのがポイントである。手首は机に載せた枕腕法である。
要するに「筆は使いよう」なのであるが、これもひとつの使い方として参考にしていただければ幸いである。
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