唐解元一笑姻縁(三/四)

華安は媒酌人の老婆の口を借りて、自らの想いを夫人に伝えたのである。そこで夫人は華学士に相談した。

学士曰く

「これは誠に、華安と我々の双方に都合がいい話ではないか。もともと華安がこの屋敷に初めてまいった時、”身価”を求めず、一部屋と良き妻を求めただけであった。今日になってみれば、わが屋敷の為に力を尽くして欠かせない人物になっている。もし其の意にかなうように配慮してやらなければ、かの者の忠勤を保つのは難しくなるかもしれない。かれを中堂に呼び寄せ、大勢の丫鬟(ヤーファン)のなかから、自分で選ばせるのがよいだろう。」

夫人はうなずいたのだった。

(訳者注)
丫鬟(ヤーファン)は、ミズラ、あるいはモトドリを丸く結った髪型で、”丫(ヤー)”は枝分かれの意味であるが、髪型そのものを表す語である。おおよそ、大家に仕える若い侍女たちの髪型を言い、転じて侍女たちそのものを丫鬟、あるいは丫頭と呼称する。侍女と訳しても良いが、雰囲気が出ないので原文のまま丫鬟とする。
ちなみに中堂は、その邸宅の中心をなす広い建物。

その晩になると、夫人は中堂に出て座した。たくさんの燭台の明かりがきらめく中、二十人あまりの若い丫鬟(ヤーファン)たちはそれぞれに装いを凝らし、夫人の両側に並んだのである。あたかも一群の仙女達が、西王母を取り囲んで瑤池の上に現れたのかのようであった。
丫鬟達にしてみれば、主管の伴侶となってこの屋敷に残れるのであるから、選ばれることがあれば、勿怪(もっけ)の幸いなのである。まして新しい主管は以前から噂になっており、風采人柄もよく、才長けた人物であるというではないか。

夫人は側仕えの者を通じ、華安を喚(よ)んだ。華安は中堂に進み、夫人に拝閲した。

夫人が言うに

「旦那様はそなたが細心に勤めるのを常々ご覧になっており、褒美にそなたに部屋をひとつと、妻を与えたいと思し召された。ここにいる何人かの婢(はしため)でよければ、そなたが自分で選び取るがよい。」

そして老姆姆(ラオマーマー)に燭台をもって堂を下らせ、堂下に控える華安を照らし出した。

(訳者注)姆姆(マーマー)といえば、もとはキリスト教の修道女を指す。老尼と訳してもいいかもしれないが、原文のまま老姆姆(ラオマーマー)とする。大家の中には、家の女性達の宗教上の方便から、尼僧や女道士を置いているところも珍しくはない。紅樓夢における妙玉の如く、一族の中から選ばれてその任にあたっている者もいた。明代は大陸にもキリスト教が伝播しており、江南地方では一定の支持を得ていたようである。

華安は燭台の光の下(もと)で、並み居る丫鬟達をひとたび見渡したが、その化粧を凝らし着飾った少女たちのひとりひとりをいくら眺めても、かの青い衣の少女はその中にいないのであった。華安はその場に立ち尽くし、だまりこくったまま、一言も言葉を発することが出来なかった。

夫人が老姆姆に言った。

「老姆姆よ、そなたは華安に問うが良い。”汝の意にかなう者はだれですか?その者をそなたに添わせよう”と。」

老姆姆が華安にたずねても、華安はただ口を閉ざしたままである。夫人は心中楽しからぬ思いがして、華安に言った。

「華安、そなた、その大きな”まなこ”をもちながら、わたくしの丫鬟達のなかに、意にかなうものがいないというのですか?」

華安は答えて

「奥様に申し上げます。華安、奥様のおはからいを賜り、また華安に自由に選び取ることをお許しくださり、このご厚恩、身を粉にしても報いがたく思います。ただ、ここにおられるのは、夫人のおそば近くお仕えの方々、すべてが御揃いでしょうか?すでに恩典を賜りました上は、懼(おそ)れながらすべての方々を拝見いたしとう存じます。」

夫人は笑って言うに

「そなたはあえてわたしが出し惜しみをしていると、そう疑っておるのだな?やれ、よろしい!部屋にはさらに四人の者がいる。一度に呼びだしてそなたに見せ、そなたの心願をかなえようではないか。」

もとより、その四人はそれぞれ専門の仕事を持つ、夫人側近の奥女中で、名を春媚,夏清,秋香,冬瑞、と言った。春媚は、夫人の装身具と化粧のお世話を受け持っていた。夏清は、香を焚くことと、湯茶を供する事。また秋香は折々の衣服の出し入れを担当し、冬瑞は酒食の用を仰せつかっている。

老姆姆が夫人の命を伝えるや、その四人の側仕えの侍女が現れた。四人は仕事のさなかに呼び出されたので、着替えるにはおよばず、普段の化粧と装束であらわれたが、その気品は並み居る丫鬟達を圧するものがあった。秋香は華安の念頭を去ることなき、あの日の青い衣のままである。

老姆姆は四人を中堂に引き出すと、夫人のすぐそばの背後に立たせたのである。無数の燭台の明かりで、中堂の中は真昼のような明るさである。華安は既に四人の中に、秋香を認めていた。以前、垣間見た通りの優美な姿態が、いま宛然として目の前にあるのである。春媚,夏清,冬瑞の三人も、いずれ劣らぬ優れた器量であったが、ともかく華安の目と心は、ただただ秋香一人が占めていたのである。
華安、感慨のあまり、かえって口がひらかなくなってしまった。老姆姆はこの様子を目にし、意中の女が四人のうちの一人であることを見て取った。そこでまず華安に問いかけるに、

「おめがねにかなうのは、誰でしょうか?」

華安の心の中は秋香とはっきりと決まっていたが、あえてその名を口にせず、ただ秋香を指さし、

「もしこの青い衣をきたお嬢さんをいただけますなら、生涯添い遂げるに充分でございます。」

とだけ言ったのである。

夫人は秋香をかえりみると、ゆっくりとほほ笑んだ。秋香は軽く息を飲み、わずかに目を伏せたが、耳元に朱が上(のぼ)ったようである。三人の秋香の朋輩は慎み深く表情を崩さないが、横目でちらりと秋香をみやった。ただ二十人あまりのその他の丫鬟達は、思わず顔を見合わせるもの、羨望のまなざしを秋香に向けるもの、落胆と讃嘆の入り混じったかすかなため息が、さざ波のように中堂に広がった。夫人は丫鬟達のざわめくのを見て、華安に退出するように言ったのである。

華安は執務室の中をあるきまわり、一方では喜び、一方では懼(おそ)れた。その機会よろしきを得たことを喜んだものの、あまりにうまくゆき過ぎたようでもあり、かえって成就しないのではないか?と恐れたのである。図に当たって事が運んだ歓喜に我を忘れることもなく、完遂するまでは事を仕損じる懸念が頭を去らないあたり、真に智者と言うべきか。

たまたま真昼のような月明かりを目にして、ひとり歩き回りながら一首の詩を吟じた。

徙倚無聊夜臥遲
冤棉靜鳥棲枝
難將心事和人說
說與青天明月知

歩き回っても気は晴れず、夜遅く床につくよりない。
緑の楊(やなぎ)、風静まって、鳥は枝に棲まう。
まさにこの心の中を人に説明するのは難しい。
ただ青天の名月に語りかけて知ってもらおう。

次の日、夫人が学士に昨日の事を話した。別にひとつのこざっぱりとした部屋を整理し、寝台や帳(とばり)、家具の類をたくさん運び込み、そろわないもののないようにした。

(訳者注)部屋、といっても、屋敷の敷地内の独立した建物であろう。

また家の使用人たちを残らず集め、華安を新しい主管として承認させるや、華安は彼等を東にかつがせ西に送るといった指図ぶりである。一室にあって大勢の使用人を随意に使いこなす事、もう何十年もこの屋敷で主管を勤めていたかのような働きぶりである。

また吉日が選ばれ、華学士と夫人の仲人をもって、華安と秋香の婚礼が行われた。

華安と秋香は中堂にてともに拝礼し、楽(がく)の音に送られて新しい部屋に入った。そしてともどもに固めの杯を交わして、婚姻の成就を悦び合った事については、ここでくだくだしく述べるまでもない。

夜半、秋香が華安に言うに

「あなたさまとは、まるで以前からのお知り合いのように親しく思えますの。いったいもとはどちらからおいでになったのですか?」

華安は

「お嬢さんが自分であててごらん」

と答えただけだった。
また幾日か過ぎると、秋香がふと華安に訊ねるに

「いつか、蘇州の閶門の遊び船の中でお見かけしましたのが、ひょっとしてあなたさまでしたかしら?」

華安は笑って

「実はそうなのさ。」

「もしそうであれば、あなたさまは下賤の輩などではありません。どうしてこのように身をおとしめてここに来られたのですか?」

「私はお嬢さんがすれ違う船の上でひとたびほほ笑むのを見て、その時わが心に浮かんだ情を忘れることが出来ず、いろいろ手を尽くしてこのようになったのです。」

「私はかつて、若い人たちがあなたさまを取り囲み、無地の扇面を出して画を求めているところを目にしました。あなたさまときたら一向にかえりみず、窓に寄りかかってお酒をのんでいましたわ。まさに傍若無人なそのお姿に、私は非凡な気品をみいだしまして、それでおもわず”一笑(わらって)”しまっただけなんですの。」

「ふむ、女先生は、よくぞ俗流の中に名士を見出しましたな。それこそ”紅拂刔”でとも言うべきか!」

(訳者注)”紅拂刔”は”紅拂”紅い払子に、”刔”古代の名琴の事であるが、紅拂は南北朝時代の女性。流浪の後に楊素の歌妓となり、後に李靖を見出して添った。俗人の中から名士を見出す、という故事成語。

秋香がまた言う「その次の日に、無錫南門の街で、また似た方をおみかけしたようですけれど?」

華安笑って

「まったく良い目をしているね。しかりしかり。」

「あなたさまはこちらの主管におなりになり、もう下々(しもじも)の者ではありません。実のところ、どのようなお方ですの?本当のお名前を教えてくださいませ。」

華安がいうに

「我こそは何を隠そう、すなわち蘇州の唐解元なり。そなたと三世の縁あって、ともに相(あ)い和(わ)して暮らしたいと思ったが、今夜すでに打ち明けてしまったからには、長くここにはとどまれまい。”夫婦共白髪”の策を按ずるに、そなたはわたしに従い、一緒にここを去ってくれるかな?」

すると秋香

「解元様がわたくしのような卑しい女のため、千金のお体を屈(かが)めて辱(はずかし)めるのすら惜しまなかったというのに、どうしてわたくしごとき、あなたさまと一緒にまいらないということがありましょうや。」


華安こと唐解元は、次の日、屋敷の出納帳をこまごまと冊子にまとめた。また部屋の中の衣服や首飾り、ベッドや什器にいたるまで別に一冊の目録に書き付けて整理した。またさまざまなひとからの贈り物を漏らさず帳簿にかきつけ、さらに一冊とした。うけとったものは、毛一筋も持ち去らずに返そうというのである。
そしてその三冊の冊子を一緒に、厳重な書類入れの箱にしまって鍵をかけ、その鍵を錠前にかけておいた。

また壁に一首の詩を書きつけた。

擬向華陽洞裏遊
行蹤端為可人留
願隨紅拂同高蹈
敢向朱家惜下流
好事已成誰索笑
屈身今去尚含羞
主人若問真名姓
只在康宣兩字頭

”華陽洞”の中で遊び暮らす仙人の真似事と洒落てみようか。
その足跡は、まさに人の気をひくものだろう。
願わくば紅拂の故事に倣って、共に高みに上(のぼ)りたいもの。
あえて朱家が(侠客をかくまったように、華学士が拾った)下々の者を惜しむことにはなりますまい。
良き事、すでに成就したからには、誰がこれを笑えよう。
目的のために卑屈に身を屈(かが)めたこと、今去るものの、なお羞(はず)かしい思いもある。
主人がもし本当の名を問うたならば、
ただ”康宣”の二字がその頭(あたま)にあると。


そして一隻の小舟を雇うと、河下(かわしも)に碇泊させておいた。黄昏(たそがれ)過ぎて人が寝静まると、部屋を戸締りし、秋香をつれて船にのり、夜をついで蘇州に下り去ったのである。


(続く)
 
落款印01


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