元宵節(げんしょうせつ)

今年の2月22日は旧暦の1月15日、元宵節(げんしょうせつ)にあたる。

この元宵節は、日本ではあまり注意されることのなくなった節句であるが、大陸では今でもわりと重んじられている。
由来はいろいろ言われているが、漢の文帝が、呂氏一族を平定した事を記念して定めた、という説がある。高祖劉邦死後、呂后一族の専横によって劉氏が滅ぼされかねまじき勢いであったが、呂后の死後、周勃、陳平の策で呂氏は滅ぼされる。いうなれば漢代における”クーデター鎮圧記念日”とでも言うべきか。

元宵節には、”湯円”といって、ゆでた団子をだべる。麹を発酵させて作った、あまいスープに入った場合もある。団子の中にも餡、とくに胡麻餡を入れるところが多いようだ。ナツメやクコの実、乾燥させた桂花(キンモクセイ)を浮かべることもある。この料理、上海のレストランなどでは、季節に限らず食べられるようになった。
日本では”湯円”を食べる風習がないが、上新粉で中に餡を入れた団子を作り、湯がいてゆで汁ごと器に盛れば、それらしいものができる。あるいは甘酒に浮かべても良いかもしれない。

由来やまつわる風習については、上記のほかにもさまざまであるが、少し調べればわかることなので、ここでくだくだしく述べるまでもない。

言うまでもなく、丸い団子には「(一家)団欒(だんらん)」という意味がある。ゆえに家族そろって元宵節を祝うわけであるが、田舎の方では春節の帰省もこの日で終わり、明日から都会に働きに戻る、というような意味もある。もっとも、春節後の平均的な始業は先週からなのであるが、経済状況を反映してか、いつもより春節の休みが長くとられる業種もある。今年に関しては、工場の工員などは相当早く帰省し、まだ都会に帰らない、という話も聞く。あるいは仕事を探すために、帰省しないでずっと都会に残っている、というようなことも聞く。

紅樓夢では、元宵節に、皇帝の后となっていた元春が帰省を許される場面がある。賈家では、皇族となった元春を迎えるために、新たに庭園を造営するなどして盛大に準備する。これがすなわち物語の舞台となる大観園なのである。皇室に嫁いだ以上、父母といえども娘から見れば臣下なのであり、その帰省にあたっても相当な容儀を整えなければならないのである。結局、賈家の没落の要因が、この大観園造成事業なのであり、建設費用もさることながら、後々までの莫大な維持費に苦しむのである。
賈家で幅を利かせていた熙鳳の経営手腕などは、実のところ穴だらけなのである。いよいよとなって実家が商家の宝釵が知恵を出し、苦労性の探春が辣腕をふるっても、もはやいかんともし難いほどのものであった........どことなく、現代にも通じる話のようである。

元宵節といえば、歴代王朝では、さまざま灯(あかり)をもちいた装飾が用いられた。紙を貼って彩色を施した花灯、彩灯,車輪のついた巨大な灯輪、灯樹、灯柱といったものであり、特に唐代が国威発揚を目論んで盛んであったという。盛大な明かりで節句を盛り上げようという感覚は、現代の祭典にも通じるものがある。
また宋代には男女無礼講の祭りで、着飾った女達が街へ繰り出し、男に入り混じって飲食を行ったという。この習俗はその後もある程度継続したようで、現代では元宵節は「情人節」ということにもなっているそうだ。儒教道徳の厳しい時代、ある程度の家の家庭では、夫婦といえども、常々同じ食卓で食事をとることはなかった。紅樓夢でも、ほとんど女性だけで食事をとっている。子供の頃はともかく、ある程度大人になった宝玉が侍女達に混じって食べているのは、大家の御曹司としては、やはりちょっと変わっているのである。
このあたりの分け隔ての厳しい感覚は、”唐解元一笑姻縁”にも表れる。まして他家の男女が席を同じくするという事などは、日常的にははなはだ不道徳とされたのである。なので男性と日常一緒にお酒を飲めるといえば、妓楼の妓女なのである。それが元宵節だけは、一般の女子も男性に同席して飲食してよいというのだから、それはたしかに盛り上がるのかもしれない。それは大都市部よりも、郷村で盛んであったようだ。息苦しい封建社会にあっても、適度にこのような機会というのはあったようである。漢代の話だが、司馬遷の史記滑稽列伝の淳于 髠でも、そのような話が語られている。

明の唐寅の「元宵節」という詩に、当時の雰囲気がよく出ている。詩中”開口笑”というのは、古くは干したナツメを半分に切って餡を挟んだ菓子であるが、湯円に相当する物であろう。村娘、とあるのは蘇州近郊の農村の娘だろうか。どうも唐寅、このような分け隔てなくにぎやかな雰囲気を好んだようである。場所は蘇州とすれば、郊外の農村の娘たちが、元宵節に合わせて蘇州の繁華街に繰り出してきたのだろうか。あるいは唐寅の方から、蘇州近郊の小鎮に遊びに行った時の情景かもしれない。

明 唐寅「元宵節」

有燈無月不娛人
有月無燈不算春
春到人間人似玉
燈燒月下月如銀
滿街珠翠遊村女
沸地笙歌賽社神
不展芳尊開口笑
如何消得此良辰

(大意)

夜の灯があっても、月が出てなけりゃおもしろくない。
月が出ていても、元宵節の灯がなけりゃ、春は来ないってもんだ。
春さえくれば、世間の人は玉石のように華やぐよ。
たくさんの灯が月明かりの下で赤く燃えれば、月は銀のように白く輝く。
街中、玉飾りをつけて遊び歩く村娘たちでいっぱいだ。
楽(がく)の音や歌が地から沸くように起こり、お宮の神を祀(まつ)っている。
今日は美酒をあけるまえに、まず”開口笑”をひとつつまもうか。
この楽しい夜を、どのように味わい尽くしたらよいだろう。
 
落款印01


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