揚州燙干絲

揚州独特の料理に、”燙干絲(タン・ガン・スー)”というものがある。”燙”は湯を下から火であぶる格好の字なのであるが、熱湯という意味である。字形を見る限り、ポットのお湯などではなく沸かしたての、火からおろしたばかりの沸沸たる熱湯、という様相を想起させるところがある。
揚州燙干絲
”干絲(ガン・スー)”とは、”豆腐干(トウフ・ガン)”を細く切ったものである。”豆腐干”は、固く作った豆腐に重しをかけてさらに水気を抜き、かるく干した食材である。手で持っても崩れず、常温で放置しておくことが出来る。原料の豆腐自体が、かなり固い豆腐なのである。”絲”とあるように、これを細かく切るか、薄くスライスして料理に使われる。魚肉の練り物のような、しっかりとした歯ごたえがあるので、精進料理では肉の代わりをつとめることもある。
”豆腐干”を細く切った”干絲”を使った料理は揚州に限らず、江南各地に多くみられる。上海の家庭料理(家常菜)を出す店などでは、これに香菜などと和えた冷菜としてよく出される。
上海以外でも”干絲”といえば概ね、冷菜に使われる。しかし揚州の食べ方は少し独特で、”干絲”を温めて供するのである。その方法は、朱自清先生の「説揚州」に簡潔ではあるが、要玦が説き尽くされている。

”先將一大塊方的白豆腐干飛快地切成薄片、再切為細絲、放在小碗裏、用開水一澆、干絲便熟了、潷去了水、摶成圓錐似的、再倒上麻醬油、擱一撮蝦米和干筍絲在尖兒、就成。”

意訳すれば
『まず大きな一塊の”豆腐干”をすばやく薄くスライスし、ふたたび切って細かい絲のようにし、小椀の中に入れ、湯をかけて洗い、干絲が温まったら、椀を傾けて湯を捨て去り、円錐状にまとめ、上からごま醤油をかけ、ひとつかみの干しエビと干し筍の千切りを載せ、完成。』

ということである。

蛇足ながら補足すれば、干絲を深めの皿に入れ、熱湯を上からかけまわす。そして干絲が温まったら、箸で抑えながら湯を切る。これで豆腐の豆臭さを抜き、締まった干絲を温めて柔らかくするのである。この温まった干絲を、円錐状にうずたかくまとめる。この干絲の小丘の脇に、濃い醤油のタレとごま油を注ぎ入れ、少量の”海米”と呼ばれる小さな干しエビ、干し筍をもどして細く切ったもの、数切れの香菜、ないしは刻んだネギが小丘に載せられる。さらに細く刻んだ生姜を載せるところもある。
醤油のタレは、”老醤油”という黒いくらいの濃い色をした醤油を使っている。これは濃い色ほどに辛くはない醤油で、陽春麺などにも使われていて、濃い醤油色を呈するのである。これに干しエビ、沸かした酒などからできているようだ。干しエビが無ければ、醤油を酒で割って煮たてたくらいでも十分に思える。ごま油の量は店によるが、印象としてはかなりたっぷりとかけている。このごま油が、程よく枯れて香りの良いものでないといけない。日本の市販のごま油の多くでは、新しいと香りがキツ過ぎる嫌いがある。
揚州燙干絲
この燙干絲に載った香菜は、細く青いネギを刻んだものが使われる場合もある。香菜は大陸でも好まない人もいるから、嫌いであれば除けて食べればいい。干し筍は無い場合もある。熱湯をかけられているものの、やけどしかねまじき熱さではなく、舌にちょうど温かい程度である。
地元の人の食べ方を見ると、出された燙干絲をまず箸でよく混ぜている。そしてタレとごま油が干絲になじんで全体が褐色に、混然一体となってから食べ始めるのである。私はどうも、盛られた燙干絲の姿をすぐに崩してしまうのが惜しく、また部分的に醤油やごま油の濃淡があった方が面白いので、いつも崩さずに食べている。好き好きだろう。

燙干絲は、観光客向けに終日出しているところもある。しかし基本的に揚州では”早点”、すなわち朝食のメニューなのである。”治春”や”富春”といった、旧国営系の大手茶館の観光客向けの”早点套”(朝食の点心セット)にも、通常は一皿の燙干絲が入っている。他にも、朝早くから点心を供する揚州特有の”茶館”では、きまって出されている料理なのである。日常的に燙干絲を食べるのは、揚州の他、揚州に近い泰州だけなのだそうだ。
一見、かなり量が多いのであるが、もとが豆腐だけに軽く食べられてしまう。燙干絲を食べ終わってから、包子や麺を食べる人もいる。お腹にさほどたまらない、軽い料理なのである。しかしごま油のせいか、腹持ちは悪くない。とはいえもたれるほどではないから、なるほど朝食には適した料理であろう。
揚州燙干絲
揚州で干絲といえば、朝食に限ったわけではない。夜のメニューにも干絲を使った料理がある。これには鶏スープと煮込んだ”鶏火煮干絲”や、蟹味噌の黄色いスープに浸した”蟹黄干絲”など、夜の食事なりに豪華な料理に仕立てられている。
とはいえ、やはり揚州で干絲といえば朝の燙干絲の印象が強い。ホロッと崩れるような特有の食感、香り高いごま油と共に忘れ難いものがある。
日本でも朝食などにこの燙干絲を食べることが出来たら.........と思う事が時にある。作り方は至極簡単であり、”豆腐干”以外の材料は、日本で入手できる品でも妥協できよう。しかし主役の”豆腐干”が難しい。
燙干絲は繊細な姿の割に至極安価な、庶民的な朝の軽食なのである。とはいえもとは、揚州で栄えた塩商達の、夜ごとの酒宴の翌日、お腹に優しい朝食として考案された料理なのだという。考えてみれば、朝から豆腐の加工品をふんだんに使った料理を食べること自体、非常に贅沢な事であっただろう。やはりこれも昔日の揚州の富強なることを忍ばせる料理である。
落款印01


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