今日は四新


昨年の暮れは”三末”、では今年の新年は?というと”四新”というのだそうです。
四新?三末なら、三新はわかるのですが.......新しい週、新しい月、新しい年......それに新しい一日が加わって、四新、ということだそうです。毎年、”三新”はかたいところですが、週の初めがこれに加わるのは数年に一度、という事ですね。

昨今、世上を賑わすのが人工知能、AI、ですね。まあ、AIの開発にもコストがかかることですから、世の中のあらゆる分野がAIにとってかわる、という事でもないと思います。とはいえ、事業をする上でもっともコストが高いのが人件費、ということであれば今まで高い人件費を支払っていた分野ほど、AIが進出してゆきそうですね。合理化、機械化も「人を使った方が安い」うちは進みませんから、世の中の低賃金の仕事ほど、AIやロボット化は進まないでしょう。人間の仕事を機械に奪われる、というのは何も今に始まったことではなく、紡績業の昔もそうですね。建設現場でも、昔に比べれば、だいぶ少ない人数でより大規模な建築が可能になっています。ここ十数年でいえば、身近なところでは、DTPやWEBの仕事等も、仕事そのものがなくなりそうな勢いで単価が下がっていった分野だと思います。これは機械というよりも、ソフトウェアの進歩とコスト低下によるものですが、要はAIに限らず、テクノロジーの進歩によって今までの仕事の価値(≒相場)が変わってしまう、という事はあるという事です。それは今までもありましたし、これからもあるでしょう。あるひとつの仕事で一生ご飯を食べて行ける、という事がまず無いのは、普通に仕事をしていてもすくなからずあることだと思います。

書道に関しても、コンピューターグラフィックスに落とし込むような”書文字”の分野などは、商業的な面から言えば、そのうち大部分がAIの書いた文字に置き換わるような気がしています。要は大差ないのですね。
では人間はどうしましょうか?という事になるのですが、やはり手書きで、良い紙、良い墨で作品をつくる、という事に尽きるのかもしれません。書道が出来るロボットはすでにあるようですが、ロボットが書いた字や絵を部屋に飾る、というのはあまり好まれないような気がします。AI同士の将棋の対戦が、研究上の関心は呼んでも、人間の興味をさほどひかない、という事と同じだと思います。
きれいなイラストやグラフィックも、デジタルで描画して、簡単に大量配布できる時代になりました。しかしひとりの人間が、その人の生きた時間を使って、手でもって書いた(描いた)作品というのは、やはりその一点しかないわけです。そのあたりの価値というのが見直されるのではないか?という気がしています。

大阪にはたくさんの外国人観光客が訪れています。日本に限らず、地球上は人類史上空前の大旅行時代になっていると言われます。その大きな理由として、インターネットとスマートフォンによって、いろんな地域のさまざまな瞬間について、大量の画像や動画を世界中にの人が閲覧できるようになったか、という事があります。ヒトは、映像や動画で満足してしまうものではなく、やはり現地に行きたい、実物を観たい、体験したい、という欲求があるようです。
初めからコンピューターグラフィックスで書かれた(描かれた)書や絵というのは、そのデータが”実物”なのですね。完成した時からデジタルデータの実物があり、実物がたくさん複製できてしまう。複製と実物に、本質的な違いは全くありません。ところが手書きの書画であれば、それが画像となって流通したとしても、やはりどこかに”実物”があるわけです。一点しかない。複製と本物。その”違い”に価値の差がある、というところは、変わらないのではないか?と思います。

技術が未熟で、社会の生産性が低い時代は、ひとつの国では食べるのに精いっぱいでした。そこで生存圏をかけて隣国と戦争を繰り返す、ようなことが起きていたわけですが、権力のヒエラルキーも、富の分配と戦争の遂行の必要として牢固に構築されてきたわけです。それが技術の進歩によって社会の生産性があがり、豊かになると本当は戦争する必要がなくなるわけです。同時に権力のヒエラルキーも、実は不要になるか、さほど強固な形では必要なくなるわけですね。ところが既存の権力を維持するために、危機だの戦争の必要性だのを演出する、という事はまだしばらく続くのでしょう。
振り返れば「豊かになれるなら死んだって良い。」という、本末転倒な事を繰り返してきたのが戦争の歴史なのですが、それがテクノロジーと産業の進化によって、いよいよ必要がなくなる時代が来るのかもしれません。重要なのは平和や平等をもたらしたのは、とどのつまりサイエンスやテクノロジーを基礎とした産業の進化なのであって、社会を豊かに変えていったのは、実は特定誰かの思想ではない、というところでしょうか。そう考えてみると、特段、どこかのセンセイが賢いとか偉いとかいうことも、たぶん意味がなくなるのでしょう。むろん、そんなことは、大昔の哲人達はとっくにわかっていたことであるのでしょうけれど。”AIの社会進出”によって、自分の知性に疑いを持つ人が増えてくるのだとすれば、これこそAIの優れた効能ではないかと思います。

本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

店主 拝
落款印01


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