屯溪の小皇帝

........前回、1月に徽州を訪れた時の事。いつも、地元で旅行代理店につとめるP小姐に宿の手配などを依頼している。彼女は父親は屯溪老街で骨董店を営んでおり、母親は昔は老胡開文墨店で働いていたという、生粋の”屯溪っ子”である。そのP小姐も数年前に結婚し、今は6歳になる男の子がひとりいる。やんちゃ盛りの事、実に”活発な”男の子なのである。今回は婺源にも、績溪にもP小姐が行きたいというので一緒にいったのである。子供は母親に預けてゆくつもりであったところ、この子、自分も行きたいと言ってきかない。要は母親と離れたくないのであるが、結局、小生、D君、D君の彼女、老街の硯店の陳小姐、P小姐、とその息子、の7人が行動したのであった。先方、田舎の大きな家であるとはいえ、あまり大所帯で押しかけるのもどうか?というところなのである。とはいえまあ、この子も徽州の子であるから、徽州の地元の伝統文化と、屯溪よりもさらに田舎の古い村を訪れておくのも教育上よろしかろうと思い、一緒に行く事にしたのである。といっても、もし仮に”ダメ”といったところで聞かなかったであろうけれど。
幸いこの日の車はP小姐の手配のミニバンである。大人六人に子供一人が乗れないことは無い。いつもお願いしたタクシーの運転手氏は、今や小事業で成功し、タクシーの運転手はやめているという事だ。

さてこの男の子、仮にU君、としよう。実に、実に”活発”なのである.......日本語的に別の言い方をすれば少々.......いや、かなり”お行儀”がよろしくない。食事時などは、大人のグラスから勝手にビールを飲みだす始末である。P小姐、むろんたしなめるのであるが......甘い。いう事を聞かない。そもそも共働きがほとんどの中国の家庭では、小さいころは子供の祖母祖父に預けられることが多い。田舎の方であれば、ほとんどそのようにして育てられる。定年が55歳と早い田舎の方では、年金暮らしで暇を持て余す両親に子供を預けるのは、迷惑どころではない。これもひとつの、いや最大の親孝行、なのである。地方では20代くらいで結婚、出産をするから、両親もまだ50代、くらいでまだまだ元気なのである。
さて、P小姐のご両親であるが、もちろんのこと、孫にはとてもとても甘い。極甘である。いうなれば蜜漬けのような環境なのである。小学校に上がる歳になっても、朝ごはんなどはおかゆをレンゲですくって”あ〜ん”としている。わがまま放題の子供”小皇帝”という言葉があるが、まじかに見る思いである。
ちなみに中国では夫婦別姓で、子供は父方の姓を継ぐのが通例である(稀にそうでない場合もある)そのかわりなのかどうなのか、孫の面倒はおもに母親の両親が中心である。もちろん、父方の両親も孫をかわいがりたいのであるが、子育てという行為の必要上もあって、預けられるのはほとんどが母親の両親のもとなのである。
孫に非常に甘いP小姐の両親を見ていると、P小姐もきっとこのようにして育てられたのであろう、と考えてしまう。いや、両親に甘やかされた、というよりもやはり母方の祖母祖父に、なのかもしれないが。

これはかつて儒教教育が盛んであった徽州の伝統的な価値観も影響しているのかもしれない。儒教というと”長幼の序”、というものがあって年長者がまずもって”偉い”とされるのであるが、それは成人して後の事である。儒教の根幹をなす価値観のなかでは、子々孫々を絶やさぬことが絶対善なのであり、つまりは子供は”至宝”であるともいえる。子孫が途絶えれば祖先の祭祀が執り行われなくなり、”あの世”での祖先たちの生活に支障をきたす、という考え方がある。要は先に生まれ死んだ一族をうやまう”祖先崇拝”は、ひるがえって今いる子供、また未来の孫孫を大事にするべし、という考え方につながっているのである。現世利益ばかりが追及され、後世にツケばかり押し付けてゆく現代、このあたりは少し見直されてもいいかもしれない。
話がそれたが、U君のお行儀の悪さ、苦笑いするしかないのであるが、後で同行してくれた上海出身のD君に言わせると「とんでもない。P小姐は甘すぎる」と、少々問題視していた。さらに上海で子育て中のZ小姐に聞いても、眉をしかめて「日本なら母親が軽蔑されますよ。」と言っていた。まあ、それはそうかもしれない。上海あたりならもう少し厳しい目線にさらされるかもしれないし、日本なら本気でU君の将来が心配されるだろうし、P小姐の母親としての見識も問われてしまうかもしれない。

屯溪のレストランで食事した時なども、お行儀のわるいのは何もU君に限ったことではなく、子供は好き放題している。この時はP小姐の他、陳小姐という屯溪の地元の女性も一緒だったのであるが、大学生の娘がいる陳小姐も、べつだん咎めるでもたしなめるでもない。さらに同行したD君の彼女は北方の地方都市の出身なのであるが、なんとも思っていない様子。またさらにレストランの給仕の女性も、困惑するどころかU君のわがままをきいてやっている...........つまりは全般的に、特に女性は、子供には甘い環境なのである。そうした雰囲気の場でU君が騒いでいても、これはまあ、小生としても不思議とあまり気にならないものなのだ。これが日本の飲食店などであれば.......周囲に気兼ねして”なんとかしたくなる”かもしれない。要は屯溪.......もしかすると大陸の、地方の大半のところでは似たような雰囲気なのかもしれない。ある意味、子育てのストレスは少ないであろう。育児ストレスに悩む親の多い日本でも、この辺の事情は考慮してもいいかもしれない。

しかしながら、あまりに甘いと、U君が今後どうなってしまうのか?いささかの不安を覚えなくもないところであるが、この点はあまり心配ないのかもしれない。というのはP小姐にせよ、祖父祖母は非常に甘かったはずで、それでも今や仕事をして家族を営んでいる。付き合う上では、時折田舎の”お嬢さん”的な素質の片鱗を見せることがあるが、困るほどのことは無い。いうなれば上海のD君にしても祖父祖母は相当にあまかったはずであるが、その後社会でもまれて後天的に社会性を身に着けるに至っているのである。
U君も学校に通うことで、似たような”小皇帝””小皇后”の中で揉まれるわけである。家庭でのような”わがまま”は通らない、という事を身を以て知るであろう。また大陸中国では、学校教師はいまもって非常に”怖い”存在なのであるが。教師の権威は今なお絶対で、日本のように親がねじ込めるわけでもない。こうして大人になるうちに、ある程度の社会性やマナーを身に着ける、というわけである。事実、いまの大陸の若い人たちは、おおむね”お行儀”が良い。半面、大陸でも問題になるのは、わりと年配の人の公共におけるマナーである。
歳のころは50代〜60代。これはもしかすると、文革の時期に幼少期を過ごしたことと、何か関係があるのかもしれない。文化大革命の影響で知識人が弾圧され、学校教師などは戦々恐々としていた時期であり、権威どころか迫害、つるし上げを食っていたころのことである。まともな公共のマナー、あるいは”躾”といったようなものを受ける機会を、大幅に奪われてしまったことが、関係してはいないだろうか。

ともあれ、元気な屯溪のU君、一抹の不安がないでもないが、今後の成長が楽しみでもある。
落款印01


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