深圳の食卓にて

...........S小姐の旦那さんは、今なにかと話題の華為(ファー・ウェイ)にお勤めである。かなりのハードワークのようで、夕食時に帰ってこられないときも多い。深圳に滞在中はS小姐の家で夕ご飯をご馳走になる毎日なのであるが、ひとりで貿易会社を営んでいるS小姐は週に5日ほど、家政婦さんに来てもらっている。
家政婦さんはフルタイムではなく、一日4時間程度、お掃除と夕食をお願いしているという。家政婦さんを雇う費用がどれくらいかというと、仮にフルタイム8時間で週5日の場合、深圳だと5千元くらいだそうである。S小姐は月に三千元ほどを、家政婦さんに支払っている。曰く、「掃除はあまり上手ではないが、料理は上手。」とのこと。ちなみにS小姐は潔癖症ではないにしても、かなりの綺麗好き、掃除好きであり、いつも部屋はピカピカにしている。家政婦さんの掃除では飽き足らず、自分でもまめに片づけをしているような人である。
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家政婦さんは広東の人であるから、料理も広東風の家庭料理である。S小姐の夫婦は湖北省の出身であるが、湖北省も湖南省と同じく、家庭料理でも唐辛子辣い味付けを好む。以前は小生がとてもついてゆけないほど辣い料理も出てきたものであるが、現在は夫婦ともに広東の味に慣れ、たまに実家の料理を食べると辣さについてゆけないという。広東料理は全国の料理の中でも、比較的アッサリとした味付けで、油脂もあまり使わない。
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この日の献立は一品だけ、S小姐作の”バイ貝の十三香辣煮”が出た。広東、とくに深圳ではこのバイ貝が良く食べられる。青唐辛子が入って、少し辣い味付けである。
家政婦さんは年のころ40歳くらいであろうか。S小姐の家族からは「〇〇姐さん」と呼ばれている。食事を用意したら帰ってゆくのが普通なのであるが、そこは地方出身者の家庭の気さくなところであろうか、夕食時は家政婦さんも一緒に食卓を囲み、食事が終わると家政婦さんは帰ってゆく。フルタイムではないので、食材の買い物はS小姐が行うのであるが、材料をみて臨機応変にお菜(さい)を整えるのが手腕というものであろう。ちなみに中国の家庭の多数例にもれず、S小姐の旦那さんも簡単な料理はするし、S小姐のお父さんが滞在中は、夕食はもっぱらこのお父さんが作る。しかしなんといっても旦那さんは多忙であるし、S小姐も子供の世話と仕事でいっぱいである。そこでS小姐の両親が滞在して子供の世話や家事を手伝うことがあるのだが、S小姐は四姉妹で、姐のところにも去年女の子が生まれたため、両親としてはそちらの方を手伝いに行くときもある。現在の大陸には多い、一人っ子同士の夫婦の場合にはないことであるが、ご両親も娘たち家族の面倒を順番に見ないといけないのである。ゆえにS小姐の家庭で手が足りないときには、家政婦さんに来てもらっているのである。ちなみに、こうして家庭に入って家事や育児をサポートするのは、やはりほとんどの場合は妻方の実家である。

日本でも女性が働くのが普通となった時代であるが、日本の若い夫婦で家政婦を雇う余力のある家庭がどの程度あるか?という事は考えてみてもいいかもしれない。むろん、小なりとはいえビジネスをやっているS小姐に、旦那さんは今を時めく華為の正社員、という、収入的には比較的恵まれた家庭ではある。

家政婦さんへの報酬が、フルタイムで五千元(邦貨で八万五千円)というと、深圳では工場の工員の給与水準であり、決して高給とはいえない。もし地方から深圳に出て、部屋を借りて仕事をしているのであれば、今や余裕のある収入とはいえない。しかし、住むところのある近場の主婦であれば、それほど悪い仕事ではないという。

収入にしてもぶっちゃけた話をするのが大陸の人であるが、30歳を少し過ぎた旦那さんの年収は、月の給与で邦貨にして年に600万程度、またそれと同じくらいのボーナスがあるという。日本の30代前半のサラリーマンと比較しても、稀な高給取りであるとはいえるだろう。
しかしS小姐が少し浮かない顔をしているのは「会社に言われて、華為の株を5万株ほど買ったから、今は少し手元に現金がない。」という事であった。今年の旦那さんのボーナスはほぼ勤めている会社の株の購入に充てられた、というわけである。ちなみに5万株で40万元(邦貨で680万程度)だったそうだ。それは外資系の新興企業によくある”ストックオプション”というような、報酬代わりに自社株を譲渡するのではなく、あくまで社員による買取である。ちなみに華為は上場していない。上場して株価が上がれば大変結構なことであるが、上場の予定はあるのだろうか。

ハードワークで知られる華為であるが、S小姐の旦那さんの表情をうかがうと、特段の悲壮感のようなものは感ぜられない。帰宅して食事をして、1歳になる子供と遊んで実に楽しそうである。
「華為は今、日本で初任給40万円で新入社員を募集しているよね。」とS小姐に言ったら「華為は中国での採用でも、社員は最低2万元からよ。」と言われてしまった。ここのところ人件費も急激にあがって、上海の平均給与が9000元を超えることと比較しても、新人に支払うにしてはかなりの高給である。いや、日本の企業が若者に払う給与が、すでに安すぎるのかもしれない。

さて、私の滞在の最終日は、皆で火鍋を囲もう、という事になった。材料を買いに行きましょう、という事で、子供と一緒にS小姐の車でスーパーに出かけたのである。車は最近買った、BMWのSUVである。マンションの地下駐車場には外資系メーカーの、大型の車が並んでいる。好みもあろうが、特に子供の小さな家庭では、小型の車は事故に遭った際に危険、という考え方もある。しかし道が渋滞していて、いつもは5分で到着する会員制のスーパーに、30分かけてたどり着いた。
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こぎれいに商品が陳列されており、日本のスーパーのように販促のための試食をすすめるスタッフもいる。日本から輸入された調味料なども多く並んでいるが、値段は輸入品だけにやや高い。
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今夜は四川風の辣い鍋であり、肉を主体にしようという。そこで食肉のコーナーに行くと”火鍋用”という事でパッケージされて販売されているのは、多くは豪州や米国産の牛肉や羊肉である。おそらく向こうの工場でスライスされ、包装後に冷凍で輸入されたのであろう。日本のスーパーのように、食肉を加工する職人を置いていないのかもしれない。
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スライスされた牛肉、牛タン、野菜や豆腐類を適当に買い込み、お会計である。ところがこのスーパー、スタッフを置いたレジというものがない。買い物客は、機械にバーコードを読み取らせ、適当に袋につめて持ち帰る。会員制だけに、はじめからデポジットされたポイントから清算されるのである。スタッフレスにキャッシュレス、なのである。
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さて火鍋であるが、火に鍋をかけるから”火鍋”であって、日本のちゃんこ鍋や湯豆腐鍋や、てっちりも”火鍋”である。しかし大陸の火鍋は辛い場合が多く、個人的に”火鍋”から連想されるのは”口から火が出るように辣い鍋”である。事実、大陸では一般に四川や重慶を本場とする、辣い鍋が流行しているのである。今日は四川から直接取り寄せたという、”火鍋スープの素”を使うという。広東料理に慣れたからといっても、たまに辣い料理を食べたくなるのであろう。
とはいえ、火鍋は中央で分割されており、一方には豚のスペアリブとトウモロコシを煮込んだスープを使う。トウモロコシの芯の甘みが溶け込んで、こちらは当然辣くはない。

これに”火鍋油”という、缶に入った香味油をたっぷりつけて食べるのである。小鉢にたっぷりと油が注がれるのを見て、一瞬ひるんだが、この油に浸して食べることで、四川風のスープの辣さが緩和されるのである。この”火鍋油”に薬味としてネギと香菜を刻んだもの、おろしたニンニクと生姜をじっくり炒めたペーストを添える。
ありていに言えば、スライスされて冷凍輸入された牛肉などは、日本のスーパーの精肉コーナーでグラム100円前後で特売されている、外国産の牛肉や豚肉類に比べても、食味に勝るという事はまったくない。しかし四川風の激辛スープと、薬味を入れた”火鍋油”に浸して食べると、調味料の味でおいしく食べられるものである。しかし肉の触感はするのであるが、牛肉と羊肉の味の違いがあまりわからない.........羊肉に関しては、たとえば上海や北京などでは冷凍していない羊肉を使った火鍋を出す店がある。しかし食肉用の牛を飼育する歴史が浅く、サッと過熱して食べても美味しい牛肉の流通にはまだ時間がかかるのかもしれない。大陸の伝統的な牛肉料理と言えば、老牛の肉を長時間煮込み、薄く切って冷菜として供する料理が定番である。
ともあれ小生には四川風のスープはやはり辛すぎで、途中からはもっぱらトウモロコシを煮だした、白いスープの方で食べることにする。やはり湖北省出身の家庭であるから、たまにはとても辣い料理を食べたくなるものなのだろう。

不足を言い出したらキリがない、というのが生活というものかもしれない。S小姐の家庭はすでに平均以上の所得を持ち、いわゆる良い場所にお部屋もローンで購入している。しかしそれでも”生活が楽”、という実感に乏しいという気配が感ぜらるところがある。その根本的な要因はおそらく部屋のローンの支払いなのであろうけれど、深圳の物価高もあるだろう。一緒に買い物をしていても、野菜を除いた肉や魚は、日本と大差がないか、質的に比較すると高いくらいである。質を問わなければ安いモノは確かにあるが、質を求めれば日本の方がおそらくほとんどの分野で安価かもしれない。

「深圳の景気は?」と聞いたら、「良くない。」という返事。大陸の朋友等がはっきり「不景気」と言うようになったのは、今年入ってからである。たしかに、深圳に限らないが、かつての沸き立つような好景気はもう昔の話であり、経済は方向感を失っているようにも見える。GDPなどの指標と、巷間の景況感の乖離が開く一方、という実感がある。GDPが6%の成長率で何故不景気に感じるのか?というのは不思議としか言いようがないが、GDPというのも問題のある指標である。売れない住宅をたくさん建設しても、GDPの増加にカウントされてしまうのである。自由主義市場経済の国では、売れなくて在庫が増えれば生産が抑制されるものであるが、統制経済の国では生産を続けることが可能になるのである。

4年前に購入したS小姐夫婦のお部屋も、値段が倍以上に騰がっている。地下鉄の駅直上の、ショッピングセンターに直結する”好物件”である。しかし子供が生まれてしばらくたつと、「近くにあまり良い学校が無い。」ということを不満に思うようになって来たという。「深圳のGDPは中国で1番だけど、平均所得は16番目。貧乏な人も多いから、決して豊かな都市ではないのよ。海外の高級ブランドのお店も、中心市街に数店舗しかない。」ともいう。

大陸では公立の小中学校にも地域によってレベルの違いが厳然としてあるそうだ。そのうち”実験”の二字を冠した”実験小学校”、”実験中学校”が一番いいとされるのであるが、”実験”というのは新しい教育方法を実験的に実施するという意味である。そういうと生徒をモルモットにして学習法を研究しているかのような印象を受けるが、より先進的な教育法を試行するだけに、優秀な教員と生徒が集められる、という事でもあるそうな。半面、あまり良くないとされるのが、深圳に不動産を持たない外省人の子弟を集めた小中学校であるとされる。これは深圳に限らず上海や北京といった都市でも同様である。他所の省から来た住人の子供は、その都市に両親が住居を賃貸ではなく所有しない限りは、原則その都市の戸籍を持つことが出来ないのだ。そこに明確な差別があり、深圳籍や上海籍を持たない子弟が通える学校と、通えない学校があるのである。その都市の戸籍のない子供が通える学校は、市政府も予算をあまり割かないためもあり、また経済的に恵まれていない外省の家庭の子供が集められるということもあり、あまりよろしくない、というようにみなされているのである。
ゆえに外省から来た住人にとっては、その都市で不動産を持つという事は一大事なのである。日本のように賃貸で充分、というわけにはいかない。そうした切実な需要が、大陸の不動産バブルを下支えしてきた、という現実がある。その都市の政府にしてみれば、不動産開発によって財政を賄ってきたという経緯もある。その都市や地域の不動産を買う、というのは、いわば住民税を支払っているようなものなのであろう。不動産を持たない住民の子に上質の公共サービスは提供出来ませんよ、というところだろうか。

ともあれ、無謀な開発事業を重ねた結果、大陸の地方政府の財政の多くは事実上破綻している。唯一深圳だけは、債務がほとんどない。これからもインフラ整備や学校、病院といった公共事業を行う余力があるかもしれないから、S小姐の住んでいる地域の人口も増えるにしたがって、新しい学校も建設されるかもしれない。
以前は「深圳まで不景気になったら中国経済はオシマイ。」と言っていたS小姐であるが、その深圳の景気も思わしくはない。しかし外省人で成り立ち、民間経済が発達し、財政に余力のある深圳の先行きは、他の地域に比べればまだ明るさが期待できるところである。
大陸の今後の経済状況については考えさせられるとこが多いが、それとは別に、朋友達の小さな家庭の幸福が続く事を祈るばかりである。
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