金線があれば老坑なのか?

老坑水巌や新老坑など、いわゆる老坑系の硯石に特徴的な石紋として、硯面上に認められる線状の模様、”金線”、”銀線”、あるいは”氷紋”がある。氷紋は古くは”氷紋凍”とも呼ばれた。長い年月をかけた造岩の過程で、地中の圧力によって岩石に亀裂が生じ、そこへ周辺の鉱物成分が浸透し、固化することで形成されたと考えられる。
黄色味を帯び、光の下でわずかに反射光を呈するものを金線という。また白色の勝ったものが銀線と呼ばれている。銀線のような白色の線状模様が複数本交錯し、あたかも凍結したるがごとく、あるいは氷板に亀裂が走っているように見える場合に”氷紋”と認められることになる。以下は老坑における金線、銀線の例。

金線、銀線、氷紋は、老坑水巌あるいは新老坑に特徴的な石紋、と述べたが、無論の事、すべての老坑系の硯石に金線や銀線、氷紋が認められるわけではない。金線、銀線ともに存在しない、あるいは存在しないように作硯された老坑硯もある。
また多く硯石を過眼してきた経験に照らせば、老坑水巌よりも新老坑のほうに、より金線、銀線が認められることが多いようである。

最近では金線の存在を以て「老坑」と認定する向きもある。たしかに老坑や新老坑など、老坑系の硯石に多く見られる金線であるが、金線が無いからと言って老坑ではないとは限らない。清の呉蘭修の「端溪硯史」などでは、金線は”石瑕”に数えられているくらいであるから、氷紋などと違い、あえて珍重すべき「石品」のひとつには数えられていないのである。
ゆえに金線が出ない、あるいは金線を避けて作硯された硯もあるから、金線が出ていないからと言って老坑ないしは新老坑とは言えない。すなわち

金線が無い→老坑(あるいは新老坑)ではない。

という命題は成立しない。金線が無いことは老坑ではない事の必要条件であって十分条件ではない。では、

金線がある→老坑(あるいは新老坑)である。

という命題は成立するだろうか?
これはただちに反証しうる。老坑ないしは新老坑以外の硯石にも、金線が現れるからである。以下は明らかな梅花坑であるが、明瞭に金線が認められる。
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すなわち「金線がある」ということは「老坑(あるいは新老坑)」であることの、必要条件であって十分条件ではない、というところなのである。
また梅花坑以外の、諸坑や雑坑にも金線ないしは銀線は存在しうる。以下はその例である。
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もっとも、白っぽい線については銀線以外にも、白線や水線、という言い方がある。「寶硯堂硯辨(ほうけんどうけんべん)」に曰く「白線巌」という老坑ではない坑洞があり、

”多白筋如粗銀線,石工以之充冰紋凍,然石筋粗大無活色,且一片紅灰混濁氣,無潔白融液如大西冰紋者。”

「粗い銀線のような白い筋が多く,石工は之をもって冰紋凍に充(あ)てる。然るに石筋は粗大で活色が無く,且つ一片の紅灰色の気が混濁としており,大西の冰紋のような潔白で融液のようなところがない」

と評される。また端溪硯史では、他の坑道について

”白紋如線,適損毫非所尚矣”

「線のような白い紋様は、(筆の)毫を損なうに適い、尚なり(=望ましい)とするところに非ず」

といって区別している。
言葉の定義というのは難しいのであるが、老坑に現れる白っぽい線は銀線で、そのほかの諸硯坑の硯石に現れる白っぽい線は水線ないし白線なのである、というように言ってしまうと何が何だかわからなくなる。黄色い線だの白い線だので安易に硯石を断定してはならない、というところだろう。
また以下の硯石は端溪かどうかも疑わしい硯石?の例。鋒鋩がまるでないのである。しかし金線は非常に新老坑のそれに類似している。
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「寶硯堂硯辨」によれば老坑水巌にのみ氷紋が現れるとしているが、当時はまだ新老坑が開坑されていない。新老坑にも氷紋と呼ぶべき石品は現れる。しかし老坑水巌のそれには及ばない。「寶硯堂硯辨」にも

”若冰紋帶青花乃千百中之一、二,謂之絕品可也。”

「もし氷紋の青花を帯びたものは千百中の一、二であり、これを絶品というべきなり。」

とあって、極めて珍しいとしている。老坑の金線、水線、氷紋については別の機会に詳述することもあるだろう。

ともかく、金線、銀線、ないしは水線ともいうべき、線状の石紋が現れていたからと言って老坑ないし新老坑と断定するのはまったくもって早計なのである。金線があるから老坑です、という売り方をしている向きがあれば疑ってかかったほうがいいかもしれない。
また金線や銀線にだけ注目して老坑をさがしていれば、あたら佳材を見落とすことになりかねない。ここに注意を喚起する次第である。
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