新老坑硯数面

.......「四体筆勢」を自分で宿題にしておきながら、諸事情で立て込んでしまって内容が進まない。まずは近日中に、店頭の在庫も残り少なくなった新老坑硯を何面か追加したいと考えている。以下はそのうちの四面。
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宿題といえば、いつか何傳瑤の「寶硯堂硯辨(ほうけんどうけんべん)」も解説してみたいのであるが、いつになることやら。
愛硯家のバイブルと言われる「寶硯堂硯辨」が面白いのは、老坑水巌を説きながら他の雑坑の記述に及んでいるところである。すなわち大西洞の後に小西洞について述べられるわけではなく、大西洞と似た雑坑を列記し、しかる後に正洞について説き、続いて正洞に似た雑坑を列記......これを以下小西洞、東洞、として老坑四坑洞について述べている。
要するにそれだけ老坑四洞の特徴に似た端溪の雑坑が存在するというわけで、「寶硯堂硯辨」で老坑以外に言及される”雑坑”は三十一にも及んでいる。その中には現在ではどこの坑洞なのかわからないような坑洞もある。大西洞に近似の”雑坑”の中には坑仔巌も麻子坑も入っているから、ひとからげに雑坑と言ってしまうと語弊があるだろう。
しかし何傳瑤の価値観では、老坑水巌以外の諸坑にはとるべきところがないのである。宋坑に至っては砥石あつかいなのである。
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「寶硯堂硯辨」の初版は道光十年(1830年)であり、この時代にはむろん新老坑(戦後に開坑)はまだ開坑されていない。もし新老坑を見ていたら何傳瑤がどのように述べたことだろう。さらにいえば、70年代以降に大規模に開坑され、現在も採石が続いている、俗にいう沙浦石というものがある。沙浦は老坑のある斧柯山とは離れた場所の石であるが、なんと露天掘りで麻子坑、坑仔巌、老坑水巌に似た石が採れるのである。しかも巨材にも事欠かない。これも何傳瑤が知っていたら、どのように評価したであろう。
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雑坑でも老坑水巌の石品の特徴を持っていれば、これを強いて老坑として売れば高く売れるわけである。端溪の硯工達が雑坑の中から氷紋の出る硯石を老坑としている旨も「寶硯堂硯辨」には述べられている。
古今、硯にかけては百戦錬磨の硯工達がそのようなことをするからこそ、老坑水巌と雑坑の弁別が重要なのである。そこが何傳瑤をして「寶硯堂硯辨」をあらわしめさせた、主たる動機であるともいえるだろう。
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以前「金線があれば老坑なのか?」という記事で述べたが、たとえ金線銀線があっても、あるいは氷紋があっても、かならずしも老坑とは断定できない。このことはすでに「寶硯堂硯辨」の大西洞近似の雑坑の中で述べられている。
そもそも金線の類は石瑕(いしきず)とされている。また老坑にあっても特に佳材の出る二層三層の石層ではなく、四層以下、底の方の石層にこれが多いと述べられている。石品として珍重されるのはまず青花、魚脳、蕉葉白等であって、金線などではないのである。
大西洞は頂石、二層、三層、四層、と続き、五層をもって”底石”としてこれは硯材にならないと述べている。二層、ないし三層が佳材であり、大西洞の三層をさらに二つの層に分けて論じている。
何傳瑤は三層目を特に佳材としているのであるが、ここには金線や銀線の記述はない。また底石に近くなるにつれて金線銀線が増えるのは、大西洞以下の老坑全般の傾向であることが「寶硯堂硯辨」からは読み取れる。
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昨今、特に金線をもって”老坑の証”と主張する向きがある。これは近年、経験の浅い業者が多数参入した結果の”胡説(でたらめ)”である。古くから老坑水巌を扱っている者なら、魚脳や蕉葉白、青花、天青といった石品を珍重するが、金線をもって老坑水巌とみなす、という見方はまずしないものである。
また新老坑には金線が比較的多くみられるのは、経験にてらせば事実である。新老坑は老坑の近傍の石脈であり、老坑水巌の”底石”に近い性格を持っているということなのだろう。
しかし金線が出るからと言って、新老坑とは限らない。また金線が認められないような新老坑も存在するのである。
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新老坑を弁別する過程で、金線のある硯石を多く過眼することになる。冒頭に掲げた四面の新老坑硯にもすべて金線が認められる。

逆に金線がありながら新老坑ではない、といって、では逐一どこの坑洞であるか?というところまでは正直わからない。しかし少なくとも「新老坑ではない」と言い切れるのは、墨を磨るための基本的な特性である”鋒鋩”がまるで違うからである。

言うまでもなく、老坑水巌が何故貴とばれたかといえば、石品が美しいのは二の次で、緻密で強靭な鋒鋩を持つからである。新老坑は石品の美しさや温潤さという面では老坑水巌に及ばないものの、やはり強靭で密生した鋒鋩を持ち、墨をよく溌墨させてくれるのである。実用的価値において、新老坑を推す由縁である。
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金線、銀線、あるいは氷紋であっても、老坑水巌と比較した場合には、やはり雑坑や新老坑では微妙に違う形態が認めることができるのである。しかしそれは「おおむね」の話であって、中には非常によく似た格好で現れる場合もある。
以下の写真は、新老坑の金線に非常に似ているので悩ませるのであるが、この硯石は鋒鋩がまるでなく、つるつるしているだけで墨が全く下りない。詳細はつかみかねているが、あるいは端溪の硯石ではない可能性もある。
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また老坑水巌にせよ、新老坑にせよ、巨材はなかなか出ない。直方体をなすような、いわゆる四直の硯板をつくろうと思えば相当部分を捨てなければならない。手のひらに乗るような小さな硯板でも、もとは幼児の頭ほどの硯石であったと考えなければならない。
ゆえに材を惜しんだ結果、老坑ないし新老坑は天然の不定形をしている場合が多く、四直に切った硯板であっても、四辺のどこかに天然の趣をのこしているものである。また”四辺天然硯”といって、四辺のすべてに天然石の面影を残した形勢を貴ぶ向きもある。
なので硯板状の硯で8インチを超す大きさがあり、四直に切ってあって氷紋や金線が出ている硯材というのは、老坑水巌であれば珍しい部類といっていい。そんな硯材は始終お目にかかれるものではなく、少し疑ってかかった方がいいくらいである。特に沙浦は巨材を産し、氷紋や鸜鵒眼など、老坑水巌固有の石品が出ることがあるから注意が必要である。
新老坑にせよ、沙浦にせよ、何傳瑤の時代には開坑されていなかった点は改めて注意していいだろう。

以下の写真は新老坑硯であるが、天然の石の皮を残した作硯例である。
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新老坑を扱っていて、まれに老坑水巌に近い温潤な性格を示す硯に出会うことがある。老坑も四層以下の石は金線が多く出、その質はやや粗燥であるという。それでも同じ老坑水巌の二層や三層と比較した場合であって、新老坑に比べればもう少し温潤な性質をもつものかもしれない。
何傳瑤曰く「底石は硯にならない」というが、老坑は貴重である。底石ないし四層の石であっても、ある程度見どころがあれば、硯に仕立てられることもあっただろう。そのような材が新老坑硯のような顔をして世に現れていたとしても、それを弁別するのは相当難しいだろう。自身、そういった硯を新老坑に区分してしまっている可能性がないとは言い切れない。
巷間、老坑水巌と新老坑を区別している者は少ない。新老坑もすべて”老坑”にしてしまった方が、売るには都合がいいのは確かである。それ以前に区別ができない、というのが実際なのだろう。新老坑が区別できないのはすなわち老坑水巌がわからないのと同義である。新老坑と老坑水巌を混同している方面には、用心してかかった方がいいかもしれない。

ともかくも扱う硯は墨を繰り返し磨ってみて、鋒鋩の堅実なることを確かめたものに限っている。老坑水巌の端くれが混じっている可能性はあるが、沙浦そのほかの雑坑が入り込んでいる可能性はまずない、と考えている次第である。
落款印01


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