新老坑硯 三面

.............近々、新老坑硯を三面、リリースの予定。
若干寂しい数であるが、なかなか数をそろえるのが難しくなっている昨今。先日渡航の際にも上海の南京東路にある某店をのぞいたが、店頭には老坑水巌はおろか新老坑すら見当たらない。むろん、値札には「老坑」と表記してあって、それなりの値段がついているのであるが。金線のある硯も散見されるが、新老坑には届かない。また作硯も軒並み凡庸である。
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新老坑が何たるものか?についての説明はいまさらこの場では不要であろう。以下、少し脱線。

大陸の景気でいえば、実のところ地方都市はかなり厳しい状況がみられるのが事実である。しかし北京、上海、深圳といった大都市はやや別格で、少なくとも表面的には景況感の悪化はそれほど見られない。市街地の商店がやや閑散としているのは、消費のかなりの部分がインターネットに重点が移っているということも割り引いて考える必要があるだろう。
大陸中国でインターネットによる通販が突出して伸びているのは、物流から小売りに至る消費財の流通のインフラが、たとえば日本ほど成熟していなかった、ということも考え合わせる必要がある。
これは中国でスマートフォンによる電子決済が爆発的に普及した事情とも似ている。小銭を含めた現金決済のシステムが便利に普及している日本では、少額の買い物にいたるまでカード決済で済ませるという習慣が根付きにくい。貨幣や紙幣を選別するメカニズムを、メンテナンスを含めて管理運用するノウハウが、そもそも大陸中国にはほとんどなかったのである(中国に限らないかもしれない)。それは大都市の地下鉄の券売機が始終故障しているような現状を見ているとよくわかる。

大規模小売店舗が地方にいたるまで出店している現在の日本では、地域による価格差はほとんどないといっていいだろう。しかしその昔、日本でも地方から秋葉原に家電を買いに行く、ような時代があったのである。地方の家電用品店にも品物があるにはあるが種類も少なく価格も割高、というような昭和の時代に、突如としてインターネットの小売網が出現し、全国どこでも平準化された価格で品物が買えるのだとすれば、地方の小売店などはひとたまりもなかっただろう。(日本の場合は法改正による大規模小売店の出現により商店街が衰退する、という過程を踏んでいる)。

大陸の不動産バブルを象徴する、万達集団という商業不動産を中心とする不動産デベロッパーがある。万達を率いる王健林は連年大陸中国の「首富」つまりは富豪ランキングの首位であったが、今は十数位に陥落し、かえってその負債総額の巨大さから「首負(借金王)」と揶揄されている。
この万達集団の中核事業である”万達広場”という複合商業施設については、すでに”富力”という他の大手不動産デベロッパーに売却済みである。その売却が2017年あたりから始まっていたというから、大陸の不動産バブルがピークアウトする予兆はそのころだったのかもしれない。

今後の万達集団がどのような道をたどるかは不透明であるが、日本の昔でいえばかつての某私鉄グループの盛衰に例えられるのではないだろうか。そう考えると大陸の不動産バブルもすでに不可逆的な低迷の過程に入っているとみていいだろう。

とはいえ、全般的な統計データを見ると、大陸各都市の不動産価格は表面的にはさまで下落を見せていない。マイナス1〜2%がせいぜいである。しかし「有価無市」という言葉があり、要は「価格はあっても市場がない」という意味であるが、公表価格と実勢価格で大きな乖離がある、ということである。
実際、公表価格の2〜3割引きで不動産を売りに出しても、1年たっても買い手がつかない、というような話が多い。今や売れるのは有名小学校の近傍など、結婚して新しく家庭を築くうえ切実な需要のある物件のみで、郊外の豪華な別荘や別邸の類や、交通インフラや学校、病院などが未整備なエリアの不動産はまず買い手がつかないのが実情である。
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.............という硯と関係ない話題が長々と続いて恐縮であるが、文房四寶の需要や価格の動向を占ううえで、やはり大陸全般の景況感は気になるところなのである。特に硯に関しては不動産ならぬ”動産”としての側面と切り離せない部分があり、扱う側としては動向を注視せざる得ないのである。
実際、大陸の文房四寶市場の全般的な傾向を見ると、硯はやや停滞気味である。要はあまり売れない。しかし価格は下がるどころか騰がっている。これも不動産と同じ「有価無市」に近い状態なのかどうか。
一方で消耗品である筆、墨、紙の需要は底堅いものがあるが、これも一般的な普及品はあまり売れず、専門家仕様の高級品の需要が伸びているようなところがある。この傾向は数年前から見られたのであるが、今年に入っていよいよ顕著になってきている。

上海の福州路にも多くの書道用品店があったが、現在は書道用具を販売しつつも、筆や墨の陳列がめっきり少なくなっている。これは販売の主流がインターネットに移行した、ということもあるだろう。しかし実際のところ福州路では、以前からごく一部の店舗を除いて安価なだけの粗悪な筆や墨が売られていたものであるが、その程度の品ではユーザーの需要を満たせなくなっているのだろう。
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やや取り残された感のある硯であるが、その原因として、墨汁の使用は今に始まったことではないから理由にはならない。近年、大陸中国では専門家を中心に固形の墨の使用が広まっている。とはいえ硯への認識はまだそれほど深くないのかもしれない。またよほどの硯癖の持ち主でない限り、複数の硯を所有して楽しみたいという人は稀、ということもあるだろう。
しかし筆や墨のように、生産者がその気になればある程度の水準の製品が継続して生産されるのと違って、硯に関しては原材料である硯石の問題がある。特に老坑を含む旧坑系の硯石は採石が事実上不可能になって已に十年が経過している。いよいよ市場に払底してきたのかもしれない。とはいえ、世上に老坑をうたった硯は多く流通しているのであるが、大半は沙浦などのいわゆる山岩であろう。沙浦は70年代から老坑に似た硯石を輩出してきた硯坑であるが、閉鎖されてしまった旧坑洞と違い、現在も採石が続けられている。むろん硯石の性能は著しく劣っているのであるが、硯を置物にしたい向きには好適なのであろう。
70年代から80年代にかけて空前の硯ブーム(背景には空前の書道ブーム)に沸いた日本市場に対して、沙浦より採石された大硯が猛威を振るったものである。しかし現在は相当にスケールダウンしてはいるものの、その再演がみられるのである。
「悪貨が良貨を駆逐する」状況は消費の早い紙や筆墨よりも耐久消費財たる硯において顕著なのであるが、供給する側としては、選別をより厳正にしながらこの時期をやり過ごすよりないと考えている。
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ワインはやウイスキーは、製造して数年で販売、消費されることを前提にしたものと、10年、数十年と寝かせることを想定して造られたものでは、材料・製法ともに違いがある。安いウイスキーを12年寝かせれば12年物になるかといえばそうではない。
同じように、これも文房四寶全般に言えることであるが、年数が経過したからと言って悪いものが良いものに化けることはない。筆などは、寝かせることで毛質にコシが出て書き味がよりよくなるのは事実であるが、粗悪な古い筆が精良な現在の筆に勝ることはない。墨や紙にしても同様である。
インフレギャップの錯覚や、消費されて希少価値が出て相場があがるのは事実であるが、品物が本質的によくなるわけではない。
硯は硯石の時点ですでに勝負が決まっているのだから、古いからと言って良い硯ではなく、新しいからと言って悪い硯ということでは決してない。しかし質の劣った硯が供給過多気味な現在、割合でいえば良い硯がどんどん少なくなっている。
何事につけ変化の激しい時代ではあるが、その点については供給者としてよくよく注意していかなければならないと考えている。
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