2019紹興行 列車と宿

........今回は合間を縫って1泊だけの日程で紹興に足を延ばすことにした。紹興を訪問するのは三度目で、6年ぶりである。仕事道具が詰まったスーツケースを1泊目に泊まった上海桂林路のビジネスホテルに預け、小型のリュックひとつに一泊分の着替え備品をつめてから駅に向かう。

南北に珠玉を連ねたように点在する江南の諸都市であるが、上海からさほど遠くない距離にあり、個人的に気に入っているのが揚州と紹興である。
江南で「地上の天堂」と併称されるのが「蘇州・杭州」であるが、蘇州の旧市街は今や繁華に傾きすぎたきらいがある。また人が多くて渋滞し、夕方は移動に難儀する。杭州の昔の中心市街はすっかり開発されてしまって、西湖周辺も近代的で趣にかけるものがあるうえに、やはり移動に難儀する。
その点、目覚ましい経済発展からはすっかり取り残された体であるが、それだけに揚州と紹興は古い江南水郷都市の雰囲気を濃厚に残している。もちろん嘉興からほど近い烏鎮など、江南水鎮をそのまま残したような場所もあるにはある。それはそれで情緒風情にあふれる場所なのであるが、中国史に残る古くからの都会というわけではない。
なんといっても紹興は紀元前の呉越の時代、会稽と呼ばれた昔から栄えた江南屈指の古都であり、三国時代の呉の主要都市を経て、さらには東晋政権の首都として、隋によって統一されるまで南方に依った漢民族政権の根拠地であり続けた。
杭州といえども、北宋に入りかの蘇軾が知事として赴任する時期に前後して大規模な開発が進み、南宋政権が根拠地とするに至って江南屈指の大都市に成長したのであり、江南にあっては新興の都市なのである。

いつもは上海の朋友に交通機関から宿泊先の手配まで依頼するのであるが、今回はインターネットの予約サイトを利用して、上海から紹興までの高速鉄道と宿を予約した。高速鉄道の予約はTrip.comで、宿の予約はBooking.comで、あっけないほど簡単にできてしまったものである。
高速鉄道が開通するよりずっと前の大陸の列車の旅といえば、まず乗車券の入手がひと仕事であった。予約システムなどないから駅の券売所にならぶ。それも1時間も2時間も、どんどん横入りされる切符売り場の窓口で並ばなければならない。乗車券の取得が半日仕事になることさえあった昔に比べれば、いまや格段に手軽になった。

高速鉄道の乗車券のオンライン予約は、中国国内では以前から可能だったが、駅で窓口に並んで乗車券と引き換える必要があった。人民のIDカードがあれば自動の発券機を利用することもできたが、パスポートの外国人は窓口に並んで乗車券と交換しなくてはならない。これも面倒なもので、30分前後は並ぶことを覚悟しなくてはならないから、広大な駅を移動する余裕を見て1時間前には駅に到着するように時間を見計らって移動していた。
しかし、今では予約サイトの予約番号とパスポートを改札で見せればそのまま乗車できるという。もちろん座席は予約時に決定している。そのような説明が予約番号を記載したメールに書いてあるにはある。しかしそこは大陸旅である。
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念のため、上海から行きの列車は上海虹橋の切符売り場の窓口にならぶ。上海虹橋駅には外国人専用の窓口もある。そこで予約番号の記載されたメールの画面とパスポートを窓口で渡すと、従来の磁気用紙の切符と交換してくれたのである。
しかし結論から言えば、このような手続きは不要だったのである。帰りの紹興の駅で再び切符売り場にならぶと、窓口で「切符との交換は不要だから、改札で予約番号とパスポートを見せなさい。」と言われ、切符と交換はしてくれなかった。そうは言われてもイザ乗車する段になって「切符がないと乗れません」ということはなかろうな?と乗る直前まで疑ってしまうあたりが習性であろうか。

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ともあれ大陸の高速鉄道の予約から乗車までは格段に速くなった。以前は高速鉄道の駅が空港並みに離れていることと、窓口に並ぶ時間のロスから近距離の利用では都心から出発する高速バスとトータルの所要時間が大差ないのではないか?と思うくらいであったのだが、これも改善されたことになる。また上海起点の高速鉄道の本数もだいぶ増えた様子で、連休や週末にかからなければ当日でも座席が確保しやすくなっている。数年前は数日前に予約しないと「无座」といって立っていかなければならないこともあったのであるが。
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高速鉄道の駅の構内に入るにはパスポートを提示し、荷物を検査機に通す必要がある。これなども以前は形式的なものであったのだが、だんだんと空港並みに厳しいチェックになってきている。
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高速鉄道になる際は、外国人はパスポートを機械にスキャンする必要がある。しかし、今回は紹興往復と、また別途湖州に行く際に嘉興を往復したのであるが、都合四回の乗車機会に際して一度もこのパスポートスキャンの機械が正しく動作しない。そこには駅の係員が立っており、結局は係員にパスポートと予約番号を見せて無事乗車することができたのである。パスポートのスキャンがうまくいかないことを見越して、あらかじめ人員を配置しているような恰好である。
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高速鉄道の改札は、乗車時と降車時の2回通るのであるが、以前からうまく動作しないことが多い。乗車時はともかく、降車時では機械の不調で渋滞したころ合いで、駅員がゲートを開放して降車した乗客を通してしまうようなこともある。
磁気用紙の切符が不要になって便利になったのであるが、この外国人はパスポートチェックを降車時にもしなくてはならない。たいていは改札の右側に一か所だけ専用のゲートがあり、そこで機械にかけるなり駅員に確認してもらうなりしないといけないので要注意である。
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さて、高速鉄道で上海から紹興までは1時間半程度の旅であるが、そこは取り立てて書くこと事はない。
紹興北という高速鉄道専用の駅に到着し、それから市内に向かう。宿は魯迅故里にほど近い場所に位置している。かれこれ20年近く前の昔は、列車の駅から中心市街の魯迅故里まで歩こうと思えば歩ける距離にあったのだが、高速鉄道の駅は例にもれず旧市街地からは相当な距離がある。地下鉄が建設中であるが、まだ開通していない。市内へは”BRT”という直通バスが通っていて、3元で市内に移動できる。これに乗るのが便利である。いくつか路線があるが、多くは魯迅故里に停車するので問題はない。
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旧市街地へ向かう途中、郊外の開発区や建設中の高層ビル群を目にするのは今や江南諸都市共通の光景である。
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日本でも今や”民泊”経営が盛んであるが、大陸の観光地にも昔はなかった民宿が増えている。
今夜の宿の「老台門魯迅故里青年旅舎」も江南の故民居を改装した民宿であり、京都でいえば「町屋旅館」といったところであろうか。「青年旅舎」といっても別段年齢制限があるわけではない。紹興観光の中心地ともいうべき魯迅故里の通りを中興中路から反対側に通り抜けた出口付近に位置していて、ほど近くには咸亨酒店や紹興には少ないSTARBUCKSがある。観光の拠点としてはすこぶる便利である。
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受付で日本で予約した際の予約確認メールとパスポートを見せるとあっさり受付が完了した。1泊の宿賃は日本円で2千円しない。部屋は二階である。
カードを二枚渡され、部屋に案内される。部屋は二階である。中庭を囲んで軒をめぐらした建物の構造は、もちろんのことこの家がある程度の格式を備えた物件であったことを意味している。
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若い人達が宿泊客の中心なのであろう、壁には無数の落書きがみられる。廊下の柱や壁面は、現代的な樹脂塗料ではあるが赤く塗られている。王朝時代であれば「紅楼朱閣」というように、建物を赤く塗装できるのは官舎や貴族、寺院などの限られた身分格式の建物だけである。日本でいえば加賀藩に由来する東大「赤門」といったところである。
紹興にあっては中産階級の邸宅であったであろう建物ではあるが「朱閣」にするのはやや大げさである。しかし古い建物を改修する際に何か塗装しようということで”赤”になったのであろう。
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中庭を見下ろすように取り囲んだ廊下の手すりに沿って長い腰かけがあるが、これを「廊椅」あるいは「飛来椅」といい、また別名「美人欄」という。いわゆる「欄干」の一種なのであるが、夏の暑い日はここに座って涼むこともできるし、刺繍や裁縫など、明るい光が必要な作業もここで行われるのである。
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詩詞で「斜倚欄(欄にななめによりかかる)」というと美女の形容であるが、橋の欄干のように立って寄りかかる恰好というよりも、このように座れる欄干に座りながら背もたれ部分によりかかってくつろぐ風情である。腰掛けながら体をひねって欄干に体を預け、中庭や夜空を眺めるのであるから、ほっそりとしなやかな女性の体つきが想起される、というわけである。
このような座れる欄干は日本の建物にはあまり見られないから、日本人の描いた美人画には橋の欄干にもたれた美女が登場する、ということになる。
唐代までは床に敷物を敷いて座る習慣があったが、北宋から徐々に椅子に座る習慣に変化したといわれる。初めは縁台や濡縁のような場所に低い欄干をめぐらせていたのが、椅子に座る習慣が浸透するにつれてこのような座れる欄干に変わっていったと考えられるが、このような「飛来椅」が建築に流行したのは元代だという。日本にある楼門や五重塔の手すりは低いが、五重塔の建築様式が渡来したのは大陸でいえば唐の時代で、まだ椅子に座る習慣はない。
この中庭に面した「美人欄」は往来から人にのぞかれることはない。座りながら琵琶も弾けるし笛も吹く。明清のころの都会の中流以上の家庭では”纏足”が当たり前だった昔、立っている姿勢というのは女性にとって楽ではなかった、ということは思い返す必要があるだろう。
あいにくこの日は気温も低く、曇天である。たとえば暖かい季節の月の明るい晩などに、この「飛来椅」に座ってみたいものである。
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方形の回廊の一辺の中ほどにある扉をカードキーで開ける。正面左右にトイレとシャワールームがある。そして左手右手にそれぞれ部屋があり、もう一枚のカードキーで入室するのである。右手の部屋が自分の部屋であったが、左手の部屋には若い二人連れがが宿泊しているようだ。
中庭を挟んで対面のちょうど同じ位置にも部屋がある。ほぼ東西南北対称に家屋が造られているようである。
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古民居であるから、当然広い部屋ではない。四畳半ほどの部屋には窓と反対側に頭を向けた広いベッドと、枕の頭上にエアコンが一台。ベッドわきに木製のサイドボード、廊下に面した窓の下には机と椅子が置かれている。いたって質素な部屋だが、かえって読書人の家を思わせる。
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いわゆる「明窓浄机」とはこのように窓のすぐそばに机が置かれる事で、室内照明などあまりなかった昔の家屋では、机はかならず明るい窓に面しておかれていたのである。
また道路がアスファルトで舗装されていなかった時代、屋外からはしばしば風に乗って粉塵が舞い込むものである。砂埃が硯に落ちては厄介であるから、硯と窓の間に「硯屏」が置かれることがある。江南はまだしも、北方の冬などは必須であろう。
日本のように縁側や濡縁を挟んで座敷に机を置く場合はさまでほこりは入り込まないから、硯屏の必要性は薄い。ゆえに単なる文房の装飾品と解釈している向きもあるが、大陸式の家屋や家具の構造を理解していればその必要性もわかるだろう。
また蓋ができる構造の硯があるのは、墨が蒸発することを防ぐと同時に、やはり砂埃を避けることが理由である。
前述のように椅子と机に座る習慣は北宋からで、これが徐々に広まり、筆書に向かう姿勢が変化する。これが筆の持ち方に作用し、ゆえに書体にも影響したのである。北宋の蘇軾が筆を寝かせる斜筆、ないしは偏筆なのは、蘇軾の故郷の四川省にはまだ椅子と机の習慣が浸透していなかったことを示唆している。
また床に置かれていた硯が次第に机の上に置かれるようになり、勢い小型化し、硯の高さも低くなるわけである。
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屋内の壁や梁は塗装をし直してあるが、故民居特有の曲線的に削り出された梁の形状が見て取れる。
塗料を塗ってしまっているのはもったいない気もするが、このように改修しながら観光用に利用されるからこそ、建物として残ってゆくのかもしれない。
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翌朝、格子窓を通して白い朝の光が差し込んでくる。この机で何か書き物でもしたいくらいであるが、文房用具はすべて上海に置いてきている。午前中はさらに紹興の街を散策の予定であるから、ほどほどに準備して宿を後にすることにする。
隣の部屋と共同のシャワーとトイレ、というのは民宿ならではである。しかしそういった点を気にしないのであれば宿賃もいたって廉価であるし、利用してみるのも一興であろう。すくなくとも紹興観光の拠点として、場所は非常にいい。
ただし夜間は12時の門限があるので、夜更けまで遊びたい向きは注意が必要であろう。しかし今の紹興は夜はひっそりと静かである。昔の、それこそ夜通しの喧噪がうそのようである。ちなみにこの宿にはテラスをしつらえたレストランカフェ&バーもあり、朝食から昼食、夕食もここでとることができる。
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とはいえさすがは古代から知られた銘酒の産地であり、地元の人でにぎわう酒と料理の店はある。その話題はまた稿を改めたい。





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