黄ヒョウ、氷紋、金線

今回発売する硯の二面には氷紋が、もう一面には氷紋状の金線が認められる。日頃、氷紋金線があるからといって老坑とは限らないし、氷紋金線がないからといって老坑(ないしは新老坑)ではないとは限らない、と述べておきながら恐縮ではある。
硯癖を持つ玄人が重視するのは青花や天青、ついで蕉葉白、魚脳凍、さらに火捺をともなうかどうか?なのであるが、なぜかといえばこういった石品を持った硯石というのは、材質が優れているからなのである。しかし困ったことに、こうした石品はほかの諸坑でもままみられるものであるし、特に多量の硯石が砕石される山岩の沙浦では豊富にみられるものである。つぶさに観察すれば、老坑水巌と沙浦とでは、青花にせよ火捺にせよ、似て非なる様相を持つものなのであるが、そこまでわからないと”青花”の存在をもって佳材である、としてしまいがちなのである。
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石品に惑わされるのは硯の選び方としてはあまり良くないのである。しかし老坑水巌、ないしは新老坑間違いない硯材に豊富な石品が現れていると、それはそれで見どころなのは事実である。

今回は三面とも”黄膘(こうひょう)”すなわち黄いろ味を帯びた、薄い皮状の表皮をどこかに持っている。老坑や新老坑のような狭い坑洞の薄い層状の鉱脈から硯材が採掘されたとき、表面はほぼこのような黄色い皮目でおおわれており、それを取り去って初めて硯になるわけであるが、その硯材の出自を痕跡としてとどめるように作硯するのである。
新老坑の小硯は数多くここで扱ってきているが、やはりある程度の大きさにならないと、この黄膘はあらわれない。昔は黄膘を持っているから水巌だ、という早合点もあったくらいなのであるが、もちろん諸坑にも表れる。
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ところで硯背硯面を水平に、四辺を直交するように四直に落とした硯板を作る際は天然の不定形を平面直角にそろえる過程でこうした黄膘や不定な部分を切り落としてしまうのであるから、四直の硯板がいかに大きな硯材からしか作られないか?お判りいただけると思う。この三面をもし四直にそろえようとすれば、面積にして軽く三分の一以下になるであろうことは間違いないし、それでもどこかに若干は、不定形の痕跡を残さないわけにはゆかない。
よって四直の硯板で、四辺にも硯背にもどこにも天然の痕跡やノミ跡を残していないような硯板というのは、老坑水巌や新老坑では極めて珍しい硯板である。
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老坑をうたった四直硯板が陸続と現れたことがあるが、寸法や縦横の比率がほぼ同じであるという、あり得ない状況からそのほとんどが巨材のとれる沙浦や宋坑といったいわゆる山岩であると知れるのである。
逆に四辺天然硯といって、硯面硯背を除く四辺のすべてに黄膘が残るように作硯された硯をとくに”四辺天然硯”と呼ぶことがある。これも稀にしか見られない。無理に四辺に天然を残そうとすると、多くの場合は造形的にバランスが悪かったり、良くない部分を残さざるえなかったりするものなのである。
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鶴と松の硯は氷紋こそ認められないが、無数の金線が氷紋状に現れている珍しい硯である。この金線があつまるところが左側面の一隅にのこされた黄膘と連結しており、金線がというのは基本的に黄膘と同質の鉱物成分でできていることをうかがわせる。すなわち硯石の造岩の過程で地中の高い圧力が加わってできた細かい亀裂に、黄膘の成分が浸透して形成されたのではあるまいか。氷紋に関しては、同じく亀裂に魚脳凍や蕉葉白といった、白色に近い成分が浸透して出来たのではないだろうか。
いずれにせよ元も亀裂を完全にふさいで同質化しており、触れたり墨を磨ってもそこに異物があるようには感ぜられない。天然自然がもたらす造化の作用の神巧なるゆえんであろうか。
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様々な石品が現れる端溪の硯材であるが、石品や石品の境界に異物感を覚える硯材もあり、たいていの場合あまりいいものではない。華麗な石品を持ちながら、墨を磨っていてもそこはおしなべて細潤緻密ですこぶる心地よいもの、それでなくては新老坑とすら認めがたいものなのである
落款印01


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