屯溪 鎮海橋の崩壊

連日の豪雨である。九州を中心に大きな被害が出ており、なお十分な警戒が必要であろう。
西日本の状況も全く楽観視できない今現在、となりの国の事を言うのもどうか?とみられる向きもあるやもしれないが、依然として九州北部に停滞を続けているこの線状降水帯は、気象衛星の画像を見ると、長く大陸の江南地方から内陸部まで続いている。ほぼ長江の流域に沿って長く厚い雲が覆っている。まさに東アジア規模の大豪雨であり、状況は予断を許さないものがある。

何度も訪れている安徽省黄山市の屯溪区は老街という古い商店街がある。老街はほぼ新安江に沿って続いているのだが、その一方の出口付近に、明代の嘉靖年間に創建された古い橋が架かっていた。今日7月7日、それが崩壊したという連絡が屯溪の朋友から入り、愕然とした。

痛心!黄山明代镇海桥被山洪冲毁 市民伤心抹泪:我走了50年
安徽黄山“镇海桥”遭山洪冲毁:始建于明代 国家级重点文物
黄山市近500年的屯溪老大桥(镇海桥)没了

屯溪老大橋とも呼称される鎮海橋は、省級保護文物に指定される文化財でもあるが、創建は明の嘉靖15年(1536年)という。その後毀損したが清の康熙15年(1676)に重修され、また康熙三十四年(1695)にふたたび水害で毀損し、康熙三十八年(1699)にさらに重修されている。長さ133m、幅15m七つの橋脚からなるアーチを連続した美しい石橋であり、当時の建築技術の高さを物語っている。安徽省に現存する古橋としては20番目の古さであったという。
また実見していないが、報道では安徽省旌徳県三渓鎮に残る明嘉靖22年(1543)創建の楽成橋も倒壊したという。


自身も屯溪訪問の折にはこの橋の上を何度も往来したものであるが、屯溪の歴史を象徴する建造物であり、今まで幾多の風雪に耐え、屯溪区の人々の生活を支えてきた橋であった。屯溪人で心痛まぬ者はないという。
以下は老街でカフェを営む今一人の朋友から送られてきた写真である。カフェの二階の窓から見える倒壊した橋が見えているが、終日茫然とした心地で眺めているという。

屯溪を含む徽州は盆地であるが、徽州盆地を貫流する新安江は平年の流量に対して非常に広い河道が建設されてきたため、暴雨に見舞われても比較的市街地への被害が少なかった地域である。それが7月7日未明、屯溪上流の新安江ダムの貯水量が限界に近づき、放流したため急激に増水し、ついに鎮海橋も激流を耐えることが出来なかったと考えられる。


実は長江南岸地域は昨年以来大干ばつに見舞われ、3月くらいまでは長江や鄱陽湖、洞庭湖が記録的な低水位に下がっていた。それが現在では鄱陽湖や九江市など、長江下流域のほとんどの観測点で警戒水位を超えてしまっている。今回の豪雨がいかに異常な規模であることか。その膨大な雲の連なりが、日本の九州にかかっているのである。

屯溪の鎮海橋の崩壊は、これが数百年に一度の洪水であることを物語ってるのかもしれない。

落款印01


calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM