天津静文斎南紙店「玉版宣」

天津静文斎南紙店の「玉版宣」である。紙の掲載が悩ましいのは、なかなか質感が伝わらないことである。
静文斎南紙店玉版宣「南紙店」というのは、その名の通り「南方の紙」を売っている店、という意味である。「南紙」とは特に宣紙を指すのであるが、北方の、北京、天津、あるいは大連、瀋陽などの都市の文房具店の名に見られる。北京の「清秘閣南紙店」「斎源昌南紙店」などである。「栄豊斎」の前身である「松竹斎」も初めは「松竹閣南紙店」といった。
書画家用の紙のほか、彩筆を施した独自の加工紙を扱っていた。また紙のみならず、筆や墨も扱っており、また表具も手がけていた。普通に「南紙店」といえば、そういった書画全般に関わる専門店のことを指したのである。静文斎南紙店玉版宣自然と書画家が集まる南紙店は、それら書画家の作品も扱うようになる。紙や筆、墨などの書画材料に事欠く書画家達から、ツケの清算に書画をもって充てた、ということもよく行われたという。後に画廊を併設して、書画骨董の売買を手がけるようになった店が多い。静文斎南紙店玉版宣紙の端の方がめくれており、三層の紙であることが見て取れる。夾宣に玉版加工を施した紙かもしれない。表面に光沢があり、強靭だがしなやかである。

前にも述べたかもしれないが、「玉版宣」には二通りの意味があるようである。安徽省の宣紙工場のあたりでは、高級紙一般を「玉版宣」と呼称している。綿料でも浄皮でも、単宣でも二層紙でも「玉版」の名称を冠する製品を目にする。現在普通に言うところの「玉版宣」はこちらの意味である。
また一方、加工を施した紙「熟宣」に対して、未加工の紙を「生宣」と言い、その中間程度の性質をもった半加工紙としての「玉版宣」という意味もある。「熟宣」は礬砂を施すなどして滲みを徹底的に抑え、工筆画などに用いられる。対して「生宣」は未加工の紙であり、滲みが大きいが、墨の発色も良いとされる。「玉版宣」はにじみすぎず、滑らかな紙面は筆を滞らせることなく、また墨の発色も良いもので、墨色の効果を頼む文人画や書に適した紙である。
加工を施した「玉版宣」の製法には様々なものがあるそうだが、膠や重湯を塗布し、重ねて叩いたり、玉片や貝殻で磨くなどの加工が施されているという。推測だが、そういった一枚一枚の紙に対する加工は、宣紙工場ではなく、都市部の「南紙店」で行われていたと考えられる。故にそれら半加工紙の「玉版宣」には各店の朱印が施されているのではないだろうか。
表具や、彩色、礬砂引きや蝋箋、詩箋の制作など、様々な装飾加工を行っている「南紙店」とすれば、書画家の需要に応じて、紙の性質を調整するのは容易であったことだろう。
また「玉版箋」という書き方も見られるが、これは元来は宋代の歙県を中心に作られていた、倣澄心堂紙などの高級加工紙を指し、「玉版宣」とは区別した意味に使われることがあるので注意が必要である。

さて、天津の「静文斎」であるが、来歴は詳らかではない。徐世昌(1854-1939)が、店の扁額を手がけたことで知られている。清末から民国にかけて北京の瑠璃廠を本店として、天津や南京にも分店があったようである。詩箋や加工紙に「静文斎」の名を散見するが、多くは北京の店のもののようである。
現在では、こういった半加工の「玉版宣」を見ることはない。自分で工夫して加工するより仕方が無いのだが、なかなか昔の「玉版宣」の効果を再現するのは難しいものである。
落款印01


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