徐文長の「応制咏墨詞」を読む?

だいぶ間があいてしまったが、徐文長の「応制咏墨詞」の解釈の続きを。写真はあまり関係ないが、徐文長こと徐渭の「花卉図巻」(上海博物館蔵)より。挿絵代わりということで。徐渭「花卉図巻」(上海博物館蔵)詩の全文は前回を参照していただければと思う。まずは第一句”侯拜松滋”である。
書き下せば、「侯、松滋を拝し」となる。”松滋国を拝領し”と訳せるか。「松滋侯」(しょうじこう)はすなわち墨の美称である。
唐末〜五代の文嵩(ぶんすう)は、文房四宝を擬人化し、四つの評伝を創作した。硯の「即墨侯伝」、筆の「管城侯伝」、紙の「好畤侯伝」、そして墨の「松滋侯伝」である。原文は失われ、宋の蘇易簡「文房四譜・墨譜」に引用されている。
そのうちの「松滋侯伝」に"易玄光,燕人也,其先号青松子,頗有才干,封松滋侯"とある。意訳すれば『易玄光という人は燕の国の人である。その先号は青松子といい、すこぶる才幹があり、松滋侯に封じられた。』となるだろうか。
「易玄光」の「易」はすなわち燕の易水(現在の河北省易県)を意味し、易水(えきすい)は北京の南西140kmに位置する、現在の河北省易県一帯である。ここは古代の墨の生産地であった。大きな地図で見る「玄光」の"玄"(元ともされる)は墨を指し、すなわち墨の色が黒く艶やかであることを言う。「青松子」は松煙のことで、明代以前は、松煙が主な原材料であった。そして、「松滋侯」ということであるが、この「松滋」という地名は、現在の湖北省の松滋市のことではなく、安徽省にあった古代の行政区である。
漢代の高祖四年、安徽省の西南部に松滋侯国が設置され、文帝の御世に県が置かれる。のち平帝の時代に「松滋県」と称され、隋の開皇18年(598)には宿松県と称されていた。「宿松」とは松滋の意味である。さらに時代が下って、清の順治初頭には安慶府に属し、民国元年には安徽省に属し、1932年になって安慶市に属することになる。
また墨を擬人化した人名の”易玄光”は、伝説的な名墨匠、李廷圭のことを指しているとも考えられる。”歙県志”によれば、南唐(937〜975)の時代、燕の国に墨工、奚超と奚廷圭という親子がいた。奚親子は華北の戦乱を避け、一族を引き連れて易水を渡り、現在の歙県近郊に居を構えた。その地で製墨を興隆させ、松煙を用いて精良な墨を作った。子の廷圭は、後に南唐の後主、李?から墨務官に任じられ、国姓”李”を賜り、李廷圭を名乗ることになるのである。
これを当時の人は”燕の人、易玄光,字(あざな)を処晦(晦きところ、すなわち墨の黒さ)”と評したという。
文嵩は生没年がはっきりしないが、ほぼ同時代人であるから、あるいはこの李廷圭の話を伝聞し、「松滋侯伝」を創作したのかもしれない。
またこの”易玄光,字処晦”であるが、読みようによっては「晦き君主の処」、すなわち南唐の暗愚な(しかし芸術的素養に優れた)君主、李?に仕えたことを風刺しているともとれる。
ここで徽州の製墨業の歴史をふと振り返る。徽州に見られる宗族ごとに固まった古い村落は、漢代末期から三国時代、また唐代末期から五代にかけて創建されたと言われている。両時期の中国北方、いわゆる中原の戦乱を避け、安徽省南部に移り住んだ人々が建設したということである。
とすれば、唐代末期の人、文嵩の一文の意味するところは、李廷圭一人のみを指すのではないかもしれない。おそらくは易水の墨工達が、戦乱をさけて安徽省南部一帯に移り住み、再び製墨業を盛んにした事情をも暗示しているのではないだろうか。「松滋候国」はその名のとおり、大きな松林があった地域である。墨工達も墨の原材料の入手に事欠くことは無かったであろう。
ちなみに「松滋候国」があったとされる安慶市は、徽州、すなわち現在の黄山市周辺地域の北西に位置している大きな地図で見る周紹良氏の「清墨談叢」では、徽州の製墨地域を、歙県、休寧県、婺源県(ぶげんけん)の3つにわけ、それぞれの地域の墨の特色を述べている。そのうちもっとも西側に位置する婺源県は、歙県や休寧県で作られる墨の原材料、煤の生産地でもあったとも述べられている。婺源県が松林が豊かな古の「松滋侯国」に近接することを考えれば、これも理解出来る話である。
安慶市付近の一帯地域は、湖北省黄海にも隣接している。古い墨名にも「黄海松心」や「黄海松煙」といった名称が見られるのもその故だろうか。
また明代から清朝にかけて作られた墨にも、「倣易水法」、あるいは「易水法製」といった表記が墨面に繰り返し現れる。このような表記にも、徽州の墨匠達の"ルーツ"に対する自負と尊崇の念が込められているのであろう。徐渭「花卉図巻」(上海博物館蔵)”侯拜松滋”の解釈はひとまずこれくらいにして先に進みたいが、長くなったので続きはまた回を改めることとしたい。
(調べきれていないところもあり.....)
落款印01


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