梅花と友誼 〜汪士慎「梅画図軸」(上海博物館蔵)

上海博物館蔵、汪士慎「梅画図軸」である。前回訪れたときと展示されている絵が代わっている。前回展示されていたのは壮年期の作品だが、この「梅画」はそれよりも幾分老境に入った頃の作か。老熟した描線である。
汪士慎(1686-1759)は字を近人、号に巣林、別号渓東外史、七峰。とくに梅花を愛し、また非常なお茶好きで「茶仙」とも号した。詩、書、画、そして篆刻に優れていた。徽州は歙県の富渓村で生まれたという。
流浪の末に揚州へたどり着き、ここで塩業を営む徽州の大商人、馬兄弟にめぐり合う。馬兄弟は、揚州画壇のパトロン的存在の中でも、もっとも大きな影響を与えた人物と言って良いだろう。汪士慎「梅画図軸」徽州で商業が盛んになった理由は、山間の狭隘な地形に人口が密集し、農業ではその人々を養いきれないためであった。「前世不修,生在徽州。十三四歳,往外一去」(前世の因果か徽州に生まれ、13、4の頃から出稼ぎよ)といった俗謡がある。徽州人の多くは、周辺地域との交易によって生計をたてたのである。しかし、この環境こそが、この地に高度な教育と文化が熟成される要因ともなったのである。汪士慎「梅画図軸」漢代末期の戦乱、また唐代末期の戦乱を避け、徽州一帯に移り住んだ中原の人々は、黄河流域に発展した高度な文明技術をこの地にもたらした。当初は、木材、漆、茶、工芸品などの特産品を扱っていたが、次第に薬剤、布、陶磁器、絲綢などに産品を拡張してゆく。そして明代中期から急速に勃興したのが塩業、出版業、金融業であった。また「塩、出版、茶、木材」は、徽商の主要な四大産業とみなされている。
中でも徽商の興隆を担い、そしてその衰亡の要因ともなったのが「塩業」であった。汪士慎「梅画図軸」揚州は、江南地方における塩の集散地であり、江南諸都市の巨大な市場を背景に、朝廷から塩の専売権を与えられた徽州商人たちはこの地で巨万の富を築きあげた。俗に”揚州商人”とも言われるが、清朝中期までは、その実体は徽州商人達であったと言っても良いだろう。
徽州の祁門出身の馬日(1688-1755)と馬日(生卒不詳)の兄弟は、そうした塩業を営む商人たちのなかでも、乾隆年間に「揚州二馬」と呼ばれ、特に盛況を誇った商人であった。汪士慎「梅画図軸」馬兄弟は、“徽商”の例にもれず、単なる商人ではない。兄弟で経史を研究し、詩文でも当時名高い文学者であった。また馬日は乾隆年間に挙人となり、国子生にもなっている。そして塩業で得た巨万の富を、文化事業や在野の学者達の支援に投じたのである。
兄弟は非常な蔵書家であり、万巻の図書を揚州「小玲瓏山館」に蓄えた。稀覯本には千金を惜しまなかったという。また出版事業を手がけ、「叢書楼目録」を編んだ。また馬日琯は著書に「谷集」がある。馬日は「南斎集」,「清史列伝」がある。
馬兄弟は客を好み、才能ある人士と進んで交際し、支援した。「小玲瓏山館」は、当時の在野の学者や売文売画で生計を立てるものたちが集まる為の、格好の場として提供された。また窮乏した彼ら文人たちが一時身を寄せるための部屋も用意されていたのである。

流浪の末、揚州にたどり着いた汪士慎は窮乏の極みにあり、住むところもままならないありさまであった。その汪士慎を知った馬兄弟は彼を熱心に引き留め、汪士慎は暫時「小玲瓏山館」にとどまることになる。汪士慎と馬兄弟の友誼は日増しに深まり、また汪士慎は馬兄弟を通じて金農や羅聘、鄭板橋、高翔などと知り合い、交流を深めていった。

彼等の交際の篤さは、幾つかの逸話として語り遺されている。
馬兄弟には今一人長兄の馬日楚がおり、汪士慎とは特に親しかったが、汪士慎が「小玲瓏山館」を去った後、惜しくも早世した。雍正六年春、汪士慎は馬日楚を追憶する「梅花」という詩を作っている。後にその詩を読んだ馬兄弟は亡兄を想って感激し、汪士慎に兄の代わりに「小玲瓏山館」に住むように懇請した。「小玲瓏山館」に残る「七峰草堂」は汪士慎の住んだ部屋である。
汪士慎は篆刻を能くしたが、54歳(一説に51歳)の時に病で左目の視力を失い、それから後は専ら梅画のみを描き、”左盲生”と号した。67歳になって右目の視力も失い全盲となり、以後は大字狂草のみを能くし、“心観道人“と称した。これを金農は「盲其目不盲其心」と賛じ、その書はかえって妙を極めたという。
一生を清貧に送ったという汪士慎であったが、彼自身はあまり貧乏を気にかけず、人柄はいつも晴朗闊達であったという。
「清貧」というが、いやいや、「小玲瓏山館」に住み、梅花を愛で、銘茶を喫し、金農や高翔等文雅の人士と親しく交際する毎日とは、なかなか得がたい贅沢な生活であったと、思われてならない。

落款印01


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