時代の狭間に 〜上海筆店精製「宿純羊毫屏筆」

上海筆店「宿純羊毫屏筆」である。日本ではあまり知られている筆店ではないだろう。小生も日本国内の筆店で目にしたことはなかった。
「上海筆店」は1958年の「公私合営」によって出来た、国営企業の一つである。上海老周虎臣、楊振華、李鼎和、老文元、など当時の上海製筆業を代表する8店舗が合併して成立したという。そのときに中心となったのは、上海製筆業一番の老舗である、老周虎臣であったという。
この「公私合営」は段階的に行われたようで、「上海筆店」もまず1956年に老周虎臣を中心に各筆店との経営の統合がおこなわれ、1958年に国有化されたという経緯をたどっている。その少し前にも李鼎和と楊振華が合併するなど、この時期業界再編の動きがあったことが見て取れる。
日中国交正常化前の1960年代初頭、日本へ李鼎和や戴月軒の筆が入ってきているが、これらの筆は統合前の各筆店の在庫品であったと考えられる。あるいは経営統合後も、文革の影響が濃厚になる以前は、旧名称で筆を作っていたのかもしれない。上海筆店「宿純羊毫屏筆」日本で広く知られ、戦後における唐筆の代名詞ともいうべき「上海工芸」は、実は中国ではあまり知られてない。そもそも「上海工芸」とは「上海工芸品進出口公司」といい、日本を中心とする諸外国へ中国の工芸品を輸出する商社であった。たとえば、宣紙の「紅星牌」なども、複数の宣紙工場の品を、上海工芸が品質管理をして輸出していたブランドである。また「鐵齋翁書画寶墨」などの上海墨廠の製品も、上海工芸が一手に輸出を管理していたのである。
ほぼ、日本への輸出専用の製品であった「鐵齋翁書画寶墨」が現代の中国でもあまり知られてないのと同様に、「上海工芸」の筆も知られていない。(現在でも依然として「上海工芸」の名の筆が日本で流通しているのを目にするが、どこの筆工場が作っているのだろうか?)
1980年初頭の改革開放経済によって、国有化された企業が再び民営化されるまで、中国国内では「北京製筆廠」や「天津製筆廠」、「蘇州製筆廠」「浙江湖筆」あるいはこの「上海筆店」などの、国営企業の筆が流通していたのである。
上海筆店「宿純羊毫屏筆」上海筆店「宿純羊毫屏筆」
筆銘の「宿純羊毫屏筆」が、爽やかなライト・ブルーの顔料で埋められ、「上海筆店精選」は古格な朱色の顔料で埋められている。中国の伝統的な製筆のスタイルを踏襲しており、民国時代の余薫を感じさせる美しい筆管である。
筆銘には旧字体が使用されていることから、1958年の「上海筆店」の成立時期から、文革が勃発する1960年代後半までの頃の製品であると思われる。
筆鋒の付け根は、極々薄く削りこまれており、羊毫の質は精良である。「上海筆店」に統合された筆店のなかでも、特に李鼎和の影響を感じさせる筆である。
上海筆店「宿純羊毫屏筆」上海筆店「宿純羊毫屏筆」
「上海筆店」の操業の実態は不明だが、あるいは上海工芸の下請けとして、輸出用の筆の生産を行っていた可能性もある。上海のやや年配の朋友が小学生くらいの頃、上海はまだ食糧難だった記憶があるという。書画どころではなかったそうだ。上海きっての名店が集まった「上海筆店」が、その技術と生産力を国内消費向けに限定していたとは考え難いのである。

ところで上海工芸の筆は、その商標”火炬牌”で有名であるが、主にどこで作っていた筆なのであろうか?上海工芸は商社であるが、1956年に善?鎮に出資して、含山湖筆廠を創建している。この含山湖筆廠では”火炬牌”ないし”双喜牌”の筆を生産しており、大半は”上海工芸”の商標で海外へ輸出されたと考えられる。ちなみにこの”含山湖筆廠”は現在も操業しており、”双羊牌”などの商標で、筆都善?鎮を代表するメーカーである。
古老の話によると、1960年代初頭には、まだ李鼎和や戴月軒という旧商標の筆銘の筆が購入できたそうである。しかし1960年代の後半から「上海工芸」や「善?湖筆廠」といった筆が入ってくるようになり、旧来の商標は姿を消していったとのことである。
「上海工芸」もその最初期の製品は、旧時代の筆を思わせる精良な材料と作りであったそうである。それが価格の低下と同時に、だんだんと質も低下させていったのは、墨の鐵斎翁書画寶墨、宣紙の紅星牌と同じような傾向である。
日本でも中国でも、「上海筆店」の名を見ることが少ないのは、やはりその生産力の多くが「上海工芸」に振り分けられたと考えているのだが、真相は定かではない。
李鼎和や、楊振華、周虎臣が旧に復するのは、1981年であったという。1958年に成立した「上海筆店」の名で操業していたのは、長くても20年余りの期間であったと考えられる。
一度統合され、20年近くにわたって共同で経営していた筆匠たちも、改革開放経済下で旧時代の名称に復帰しているのは、やはりそれぞれの出自にたいする誇りがあったのだろう。しかし、現在の製品にかつての威光は見る影もない。
中国の文房四寶の中でも、とりわけ製筆業はその技術の伝承が危ぶまれている.....小生が個人的に危機感を抱いているのだが......国営時代は材料はすべて精良なものが国から支給され、筆管に使う竹も専用の竹林が国によって管理されていたという。現在の平均的な水準と比べれば、はるかに良質な筆が生産されていたと言えるだろう。戦後の唐筆の質の変遷には、現代中国の社会の変化や政策が、色濃く反映されている。
現代の市場経済下で伝統工芸が質を保持し、生き延びるためにはどのような経営が必要なのか?「上海筆店」の製品を前に、しばし考えさせられるのである。
落款印01


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