是或いは一道なり 〜「方外史墓誌銘」?

郷里に帰った方于魯は、汪道昆の詩社にはいり、汪道昆から製墨に携わるよう、奨められるのである。

「汪先生為豊干社,能詩者推遜建元。顧其家貧,汪先生策之曰『吾郡故能為墨,羅氏與金同価,今亡矣,子何不為墨。古人遠山磨隃糜以助文思,是或一道也,且可治生,豈賈竪之事,汚辱之処,如楊?所云乎』建元諾,命其子按朱万初、潘谷、郭圯、李廷珪父子諸家法,選烟和膠。墨成,傾其郡中。」

「汪先生は豊干社を為し、詩を能(よ)くする者は建元を推遜(すいそん)す。其(そ)の家(いえ)貧なることを顧(かえり)みて、汪先生は之を策して曰く『吾(わ)が群は能く墨を為す故に、羅氏と金は価を同じくす。今亡ぶや、子何ぞ墨を為さんや。古人は遠山に隃糜(ゆび)を磨(ま)し以って文思を助すく。是れ或いは一道なり。且(か)つ生を治むる可(べ)し、豈(あ)に賈堅(こじ)の事、汚辱(おじょく)の処、楊?(よううん)の如き所と云わんや。』建元諾(だく)し、其の子に命じて朱万初、潘谷、郭圯、李廷珪父子の諸家法を按(あん)し、選烟(せんえん)して和膠(わこう)す。墨成(な)り、其郡中を傾く。」

「汪先生為豊干社,能詩者推遜建元」とあるが、汪道昆は郷里の歙県で豊干社という詩社を作る。そのなかで、詩文に長けたものは皆、方于魯を「推遜」すなわち推薦した、ということになる。
この豊干社の設立にあたって、方姓の人物が多数加入しており、設立時の主要なメンバーであったことから、親族ないし宗族つながりで方于魯も汪道昆に紹介されたと推測される。
方于魯が豊干社に入った時期ははっきりとはわからないが、程君房(大約)の下で墨工を働いていた時期からかもしれないし、程君房と決裂した後かもしれない。ともかくそのころ方于魯は都の生活ですっかり財産を使い果たし、窮迫していた時期であったのだろう。
「顧其家貧,汪先生策之曰(其の家の貧しきを顧みて)」ということで汪道昆は、彼が生計を立てる道を考えて教えさとしたのであろう。まずは「吾郡故能為墨(吾が郡は能く墨を為す)」というのである。
ここでいう“郡“は歙州(県)一帯ということになる。休寧県や婺源を含む徽州の中でも歙県の製墨はとりわけ名高い。そして「羅氏與金同価(羅氏と金は値を同じくす)」すなわち、羅小華の墨は金と同じ値だ、と言っているのである。羅小華の出身地の呈坎も、もちろん歙州(県)の範囲である。
「今亡矣,子何不為墨(今亡ぶや、子何ぞ墨を為さん)」は、すなわちその羅小華もすでにこの世にない、であればどうしてあなたは墨を作り、かつての羅小華に代ろうとしないのか、といっているのである。
「古人遠山磨隃糜以助文思、是或一道也(古人、遠山は隃糜を磨すを以て文思を助く、是れ或いは一道なり)」と言っている。「隃糜」は陝西省の一地方で古代の墨の産地。「隃糜」といえば墨のこと。
また明の焦?の「玉堂叢語」、任達の章に「吴元中起草,令远山磨隃糜,是或一道也」とあるが、この一文を踏まえているのであろう。呉元中は北宋徽宗時代の高官、呉敏(字は元中)である。蔡京がその文章を好み、その娘を妻に欲したが固辞したという。
呉敏には美しく文才に優れた遠山という侍女がおり、呉敏が中書舎人にあったとき、呉敏が草案を考える傍らで墨を磨ってこれを助けたという。また汪道昆の作った戯曲にそのことを題材にした「遠山賦」がある。つまり墨を磨ることも文芸を助ける重要な仕事なのだから、その墨をつくるのも立派な仕事ではないか、と言っているのである。
方建元はどうも詩文のみで身を建てようと考えていたのか、当初は製墨に積極的ではなかったフシも感じられる。程君房の下で働いていた時も、それなりに熱心に勤めながらも志は詩文にあったのかもしれない。
しかし家族を抱えて、“食えない詩人”ではどうしようもない。詩文の才能は優れていたとしても、当時は文豪達がひしめいており、仲間内では多少名が知られていたとはいえ、蘇州や杭州などの大都会の富豪から、詩文を乞われるほどではなかったのであろう。
科挙は狭き門とはいえ、進士及第者は別として、生員、挙人などの地方の官僚予備軍は溢れ返っており、それを吸収する地方政府の下僚のポストも足りていなかった。
ここが科挙に合格して役職を歴任した経験の無い者の辛いところで、当時だってやはり詩文の内容よりも、作者の名声に需要があつまったのであろう。また、官僚時代に築いた中央での人脈や、地方への赴任によって広がったネットワークも、モノを言ったかもしれない。
布衣(官職にない読書人)であっても売文で身をたてることが出来た時代になったとはいえ、当初からまったく一度も科挙試験とは無縁に過ごしていた者に、詩文の依頼が来るということはあまりなかったのかもしれない。
徐文長も、試験はマトモに合格したことがないが、一応は推薦で挙人という、中央での試験(殿試)を受けることが出来る身分にはなっている。また幕僚あるいは私設秘書とはいえ、胡宗憲の下で活躍し交友をひろめる機会はあったであろう。それでも売文で十分な生計を立てることが出来たとは言い難い。後世、乾隆時代の金冬心も、識者の間ではその詩文を非常に高く評価されたていたが、やはり窮迫した。官界を退き、布衣でありながら売文で富を得た袁枚の如きは、やはり一般的とは言い難い。

さらに汪道昆は「且可治生,豈賈竪之事,汚辱之処,如楊?所云乎」という。「且可治生(且つ生を治るべし)」は「生を治(おさむ)る」であるから生計を立てることである。また「豈賈竪之事,汚辱之処,如楊?所云乎(豈、賈堅の事、汚辱の処、楊?の如き所と云わんや)」であるが、「賈竪(こじ)之事」は、つまり「賈」は商売のことであり、つまり利益は手堅いということ。「汚辱之処,如楊?所云乎」であるが、「汚辱」は置いておいて、「如楊?」を考える。「楊?」とは、漢代の司馬遷の孫、楊?(よううん)のことであろう。
楊?は人に施すのが好きで、義理人情に厚かった。宮廷でも活躍したが、筆禍によって罷免され、その後は商売に転じている。あるいはこの人物にたとえたと考えられるが、この楊?は後に不敬罪で処刑されており、終わりを良くしていない。ただ楊?によって、秘蔵されていた司馬遷の史記が広まったといわれているから、文学史上では重要な人物ではある。
方于魯が都で友人の窮状を救うために散財して財産を失ったことと重ねていると考えられる。
問題は「汚辱」であり、これはたんに貧乏を恥としたことと考えられるが、あるいは方建元と程大約の決別の原因となった事件をさしているのかもしれない。この部分、やはりだいぶぼかされているのである。
実は方建元と程大約が離別した原因の前後関係、因果関係がはっきりとわかっていない。二人は当初一緒に製墨に携わっていたが、そりが合わずに別れてしまい、その後方建元が程大約の愛妾を奪ったのだろうか。あるいは愛妾を奪ったのが離別の原因となったのか。そもそも愛妾を奪えばたたでは済まないのであり、それが程大約の下で働いていた時期であれば、相当な覚悟の上である。
手切れした後であれば禍根を残すにせよ、道義上の負い目は方建元に少ない…。この箇所は、いずれ程大約側の文章も読みながら、考えてゆきたいということでひとまず置いておきたい。なんせ、程大約側の文をよむと、一方的に方建元が悪いということになっており、方建元側の文では徹頭徹尾、程大約が悪いのである。現時点では、あまり偏らないようにしたいと思う。
「汚辱の処」の「処」は「止める」という意味がある。これ以上の恥を晒さない、積極的には恥辱を晴らすというところであろうか。

そして「建元諾,命其子按朱万初、潘谷、郭圯、李廷珪父子諸家法」である。墨匠の名が列記されているが、個々の墨匠を説明していると果てしなく長くなるので、ここはサラッと通過したい。「建元諾」つまり方于魯は承諾し、その子に命じて歴代の名墨匠の製法をしらべさせたのである。その子はおそらく長子の嘉樹であろう。
すなわち「朱万初」は元代、「潘谷」と「郭圯(玉)」は北宋、「李廷珪」は南唐の、それぞれの時代の名墨匠である。「潘谷」については、蘇軾との関係で軽く触れるにとどまっているが、いずれ紹介したい。いずれも各時代を代表する名工達である。あるいは伝承などによって、墨の製法を推測したのかもしれない。
そして「選烟和膠」つまり、煤を選別し、「和膠」すなわち膠と混ぜることで「墨成」墨が出来上がるということになる。「傾其郡中」ということだから、「郡中」すなわち歙県一帯で評判を呼んだ、ということになる。

ながくなったのでひとまずここまでとする。(3回ではとても終わりそうもない…)

(拙訳)
「汪道昆は豊干社という詩社を作り、詩文に長けた者は皆建元を推薦した。汪道昆は方建元の家が貧しいことを見て、方策をたてて言った「われわれの地元の歙州は昔から墨作りに長けている。だからかつて羅小華の作った墨は、金と同じ値なのだ。今や羅小華は身を滅ぼしてしまったが、あなたはどうして墨をつくろうとしないのか。古人は婢の遠山が墨を磨って主の文芸を助けた。墨作りもまた立派な道と言えるだろう。さらに生計を立てることもできる。この商売は手堅いし、また汚辱も晴らすこともできよう。まるで古の楊?が、宮廷を追われて商売で成功したことと同じではないか。」建元は承諾し、その子に命じて朱万初、潘谷、郭圯、李廷珪父子など諸家の製墨法を調査させ、煙を選別して膠と合わせた。墨は出来上がり、歙県一帯の評判を呼んだ。」

(つづく)
落款印01


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