徐渭の「雌木蘭替父従軍」

明代初中期には、それまで民間演劇の世界で演じられていた戯曲をまとめた「三国志演義」や「西遊記」「封神演義」が白話文(会話文)長編小説として成立している。が、これらの”小説”の作者ははっきりとは分かっていない。
そもそも戯曲・戯作、あるいは小説の類は、まっとうな士大夫の読むべき物、書くべき物とはみなされていなかった。また、演出には時に鋭い世上への批判、風刺を含むため、思想統制の厳しかった時代にあっては、やはり匿名である必要もあったのだろう。
ところが明代後期になると、歴とした士大夫達が、戯曲の作者として名を残している。およそ文名のある士大夫は、競って戯曲に打ち込んだと言っていいほどの時代であった。また戯曲は絵図を含んだ精緻な刻本が印刷され、盛んに出版され、読まれている。
徽州は西溪南鎮出身の汪道昆は、政界から身を引くと、郷里にこもって戯曲の創作にいそしんでいる。また汪道昆の友人であり、「方氏墨譜」や「程氏墨苑」に墨讃を残す屠隆も、当時著名な劇作家のひとりである。第一級の史学者、文学者であった王世貞には戯曲の研究があるばかりではなく、彼の作と疑われる戯曲がいくつか残っている。

日本では特に溌墨技法の画で知られる、徐文長こと徐渭であるが、彼も当時は有名な劇作家のひとりである。現代中国でも、徐渭の作品が改作されて演じられることがある。
徐文長は汪道昆とほぼ同時代人であり、汪道昆の元上官である胡宗憲の幕僚を務めている。また名墨匠である羅小華こと羅龍文の同僚であり、徐文長が胡宗憲に羅龍文を紹介したことで、羅龍文は歴史の舞台に登場するのである。また当時の胡宗憲の幕下には、文徴明などが名を連ねている。

徐渭の戯曲の代表作に「四声猿」という連作がある。これは「狂鼓吏漁陽三弄」「玉禅師翠郷一梦」「雌木蘭替父従軍」「女状元辞鳳得凰」という、独立した四部の作品から構成されている。
このうちの「雌木蘭」と「女状元」は、どちらも女性が男装し、男の独占世界であった軍隊と官界で活躍する物語である。
また「玉禅師翠郷一梦」は、男性の僧侶が女性に転生して妓女に身をおとすという、”男と女”、”聖と俗”の二重の転倒がある。当時の社会の性差というのは、現代社会とは比較にならないほど分離していた。その世界を転倒してみせたときの面白さというのは、現代人が感じる以上のものがあったかもしれない。

徐渭の出身地は紹興であり、胡宗憲に幕僚として紹興周辺地域を転戦していたほかは、彼の書画家、文学者としての活動も郷里の紹興が中心である。
紹興には”紹興戯”という、特有の演劇文化が根付いていた。これがのちに上海へ進出して”越劇”に昇華し、江南を代表する演劇として現在にいたっている。魯迅が子供のころに見ていたのも、紹興戯の系統の地方演劇であっただろう。
現代の越劇というと女性ばかりの劇団とされているが、初期のころは男性のみで演じられていたという。しかし昔から、地方演劇というのは、男性だけの劇団”男班”と、女性だけの劇団”女班”の両方が存在していたらしい。紅楼夢では、少女を買いあつめてお抱えの劇団を作る話があるが、これなどは”女班”である。また劇団が地方を巡業するに際しての、あるいは儒教倫理上の理由からだろうか。女性と男性が共存する舞台というのが、そもそも普通ではなかったのかもしれない。
そうなると必然的に女性が男性を演じる、あるいは男性が女性を演じる、ということが起こる。たとえば本来は女性である花木蘭を男性俳優が演じ、さらに演劇の中では花木蘭が男性を演じるのである。ここに脚本と役者による二段重ねの虚構が仕組まれるということになるが、実に主演俳優の技量が問われるような演目であっただろう。

以下に「雌木蘭」の冒頭から花木蘭が出征するまでの段の大意を紹介してみる。
セリフの中で「俺」が頻出するが、これは「我」に置き換えられる一人称である。現代中国でも北方では「我」のかわりに「俺」が用いられることがある。日本で「オレ」と言えばほぼ男性のみが使う一人称であるが、中国では使用にあたって男女の区別はみられない。
また語尾に「儿(アル)」が頻出するが、とくに意味はなく、北方で多用される語尾の巻き舌音である。関西弁でいうところの「〜や。」というところだろうか。また「儿」単独で、親が子供を呼ぶ時に使われている。
花木蘭の活躍した時代は北魏時代であるとされるから、隋唐よりもずっと古い時代である。いわゆる漢族からみれば、北魏王朝自体が北方で起こった鮮卑族の「拓跋氏」による異民族王朝である。である。その北魏も絶えず北方からの侵略に悩まされていた。

【花木蘭】:妾身姓花名木蘭,祖上在西漢時,以六郡良家子,世住河北魏郡。

私(わたくし)、姓は”花”、名は木蘭、先祖は後漢の時代には(強兵の産地で名高い北方の)六郡の良家の家の出で、代々河北の魏郡に住んでおりました。

(西漢は前漢時代。つまり花木蘭は漢族である。「隴西 、 天水 、 安定 、 北地 、 上郡 、 西河」の六郡は「六郡多壮士」とうたわれ、強兵の出身地として知られている。)

【花木蘭】:俺父親名弧字桑之,平生好武能文,旧時也做一个有名的千夫長。娶過俺母親賈氏,生下妾身,今年才一十七歳。雖有一个妹子木難,和小兄弟咬儿,可都不曽成人長大。」

父親の名は”弧”、字(あざな)は桑之、平生より武芸を好み、また文才もあり、昔は名のある千夫長の一人でございました。私の母である賈氏を娶り、私が生まれましたが、今年で十七歳になります。一人の妹”木難”と、幼い弟の”咬儿”がおりますが、ふたりともまだとても幼いのです。

(妹の名は”木難(ムーナン)”であり、これは姉の”木蘭(ムーラン)”に合わせた名であろうが、”木難”とは宝珠のことをいう)

【花木蘭】:昨日聞得黒山賊首豹子皮,領着十来万人馬,造反称王。俺大魏拓跋克汗,下郡征兵。

昨日聞いたところでは、”黒山賊”の首領、その名も”豹子皮”が、十万人の人馬をひきつれて反乱を起こし、王を称したとか。わが大魏国の拓跋克汗は都を出て、この賊の征伐にむかいました。

【花木蘭】:軍書絡繹,有十二巻来的,巻巻有俺家爺的名字。俺想起来俺爺又老了,以下又再没一人。

過去の出征の記録は家に何巻もありますが、すべての巻に父の名が記されております。私は父がすでに年老いたことを想い起すにつけ、父が再びここへ名を連ねることはできないとおもっています。

【花木蘭】:況且俺小時節,一了有些小気力,又有些小聡明,就随着俺的爺也読過書,学過些武芸。這就是俺今日該替爺的報頭了。

私は小さいころから、ちょっとした気力があり、またすこしばかり機転のきくところがあったのか、父について本を読み、いささかの武芸も習いおぼえました。そういうわけで、今日この日こそは、私が父に替って、出征者の名簿に名を連ねようというわけです。

【花木蘭】:你且看那書上説,秦休和那缇萦両个,一个拚着死,一个拚着入官為奴,都只為着父親。終不然這両个都是包網儿、戴帽儿、不穿両截裙襖的麼?

あなたも本で読んでいるでしょうけど、惰弱な弟に代わって親の仇討をした秦休や、父の罪をかぶって妓女になろうとした淳于缇萦といった、古(いにし)えの孝女達に私も倣おうというのです。ひとりは死をも厭(いと)わず、ひとりは奴婢になることも辞さなかったけれど、ふたりとも父親のためにしたこと。結局は秦休も捕えられてしまうこともなければ、缇萦は妓女になることもなかった。けれど彼女たちだって、帽子をかぶり、スカートをはかない(つまり男装する)、なんて羽目にはなったかしら?

(秦休は、戦国春秋時代の燕国の孝女。惰弱な弟に代わって父母の仇を市中で殺害し、自首した。その孝心によって赦され、のちに燕国王の妻となった。
淳于缇萦は前漢時代の孝女。父親の淳于意が肉刑(肉体を傷つける刑罰)に処せられそうになった際に、自らが官婢(官府で使われる奴婢)になることで、父親の刑罰を購おうとした。漢の文帝が彼女の孝心に感心し、肉刑を廃止したといわれる。
両截裙襖は上下が別々にわかれた着物で、下はスカート状の着物をみにつける、女性の服装である。軍務につけば、下はスカートではなくズボンを穿くことになるのである。


【花木蘭】:只是一件,若要替呵,這弓馬槍刀衣鞋等項,却須索従新別做一番,也要略略的演習一二才好。

ただほかにも、もし父に替わるのであれば、弓や馬や槍刀、衣類は靴といったものは、すべて探して用意するか、新しく作ったほうがいいですね。そして男を演じる練習のひとつふたつを、すこしばかりすればいいことでしょう。

【花木蘭】:把這要替的情由,告訴他們得知。他豈不知事出无奈,一定也不苦苦留俺。叫小鬟那里?

そして父に替わらなければならない理由があることを、家族達にもわかるように説明することにしましょう。父もこれはどうしようもないことと、わからないわけでもないだろうから、きっと私を無理に引き止めたりはしないでしょう...........下男の小鬟(しょうびん)はどこにいるのだろう?呼んでみよう。

(このあと、下男の小鬟に馬や武装を買ってこさせる。また纏足していた両足をほどいて、秘薬を塗りこんで足を大きくする。すっかり男の恰好を整えると、家族の前に現れるのである。もちろん両親弟妹はびっくり仰天。)

【賈氏】:儿,今日呵!你怎的那等样打扮?一双脚又放大了,好怪也!好怪也!

おまえ、今日はどうしたっていうの?なんて恰好をしているんだい?両足もこんなに縛らずに放りだしたまんまで、おかしい、おかしいよ!

【花木蘭】:娘,爺該従軍,怎么不去?

母さん、父さんは従軍しなければならないはずだけど、どうして出発しないの?

(娘、というのは母親の呼称である)

【賈氏】:他老了,怎么去得?

父さんはもう年だからね。どうして戦(いくさ)にいけるもんかね。

【花木蘭】:妹子兄弟,也就去不得了。

わたしの弟は、行けないというの?

【賈氏】:你瘋了!他両个多大的人,去得。

馬鹿なことをおっしゃい!あの子はあと二年もしたら、いけるでしょうよ。

【花木蘭】:這等様儿,都不去罢。

このようすじゃ、二人(父と弟)とも行けないわね。

【賈氏】:正為此没个法儿、你的爺急得要上吊。

まったくこれはどうしようもないのよ。父さんは首を吊らなくてはならないわ。

【花木蘭】:似孩儿這等様儿,去得去不得。

私がこんな格好をしたとしたら、戦にいけないなんてことがあるかしら?

【賈氏】:儿,俺暁得你的本事,去倒去得。

お前、母さんはあなたの言いたいことはわかっているわ。行けるのだったら行ってもいいわ。

【花弧】:只是俺老両口儿怎麼舎得你去?又一桩,便去呵,你又是个女孩儿,千郷万里,同行搭伴,朝餐暮宿,你保得不露出那話儿麼?這成什麼勾当!?

【花弧】:ただもしもお前が行ってしまったら、わしと母さんはどうやって暮らしていけばいいだろう!いやいや、まだいろいろあるぞ。もし戦に行けば、お前は若い女の身でひとりなのに、千里万里、男どもに交じって旅をする。朝は一緒に食事し、夜は同じ宿営地に寝る、バレないなんてことがあろうか?そんなことは出来っこないだろう!?

【花木蘭】:娘,你尽放心,還你一个闺女儿回来。

母さん、安心してよ。戻ってきたらおとなしい女の子にもどるから。(みんな泣く)

軍人二人組:這里可是花家麼?

ここが花氏の家か?

【家の外】你問怎麼?

「何でしょう?」

【軍人】:俺們也是从征的。俺本官説這坊廂里,有个花弧,教俺們来催発他,一同去路。快着些!

我々もこれから出征するのだ。私の上官はこの街に、花弧という古つわものがいるから、我々が彼を誘い、一緒に来るように命令されたのだ。早く出発してくれ。

【花木蘭】:哥儿們少坐,待俺略収拾些儿,就好同行。小鬟,你去帯回馬来!

兄さんたち、ちょっとお座りください。私が少しだけ準備を整えるのをお待ちいただければ、喜んで同行しますから。小鬟、行って馬を連れておいで!

【花弧】:好馬好器械儿!你去一定成功,喝採回来。好歹信儿可要長梢一封,也免得俺老両口儿作念。偌咱要逓你一杯酒儿,又忙劫劫的。才叫小鬟買得几个熱波波,你拿着路上也好嚼一嚼。有些針儿線儿,也安在你搭連里了,也預備着,也好縫些破衣断甲。

これは良い馬に良い武具だ。お前はきっと手柄を立てて、喝采を浴びながら凱旋するだろうよ。いいことでもわるいことでも、手紙で知らせてくるんだぞ。わしと母さんを少しだけでも安心させておくれ。
さあ、酒を一杯飲むがいい。まったくあわただしいことだな。ちょっと小鬟を呼んで、温かい食べ物でも買ってこさせよう。お前が道々少しづつ食べられるような物をな。ちょっとした針や糸も必要だからな。これを準備しておけば、破れた衣類や鎧を繕うこともできるからな。

【軍人二人組】:快着些!

少し急いでもらえませんか!

【花木蘭】:大哥們,労久待了。請就上馬趱行。

兄さんたち、大変お待たせしましたね。馬に乗って急ぎましょう。

【軍人二人組】:這花弧倒生得好个模様儿,倒不象个長官,倒是个秫秫,明日倒好拿来応応急

この花弧ってのはまったく奇麗な若者だな。これじゃ部隊長というよりは、まるでお小姓じゃないか。まま、とにかく明日までに連れて来いということだから、急ぐとしようか。

(一応ここまで)

現代の価値観からすれば、老いた父親の身代わりに若い娘が戦場へゆくなどありえないと考えられるかもしれない。しかしながら、現実に若者が出征し、親より先に死んでゆくのが戦争なのである。儒教的な倫理観からすれば、親のために子が死ぬのは最大の孝行とされて肯定されていた。そういう時代の物語である。
無論「雌木蘭」のストーリーの中には”自己犠牲”をうかがわせるような悲壮感はなく、男装の花木蘭の武勇伝に満ちている。
徐渭は胡宗憲の倭寇征伐に功績をたてているが、胡宗憲の幕僚にはいる以前は、地元の義勇軍を率いて倭寇や匪賊と闘っていたといわれる。花木蘭が北方から侵入する異民族と戦う物語には、徐渭自身の軍務の経験が生かされていたことだろう。またこの時代の江南地方の人々は、倭寇の跳梁に苦しんだ。花木蘭の活躍は、当時の江南の人々にとっても、身近に感じられる話だったはずである。

「木蘭従軍」を素材とした最近の作品としては、2009年に趙薇主演の映画がある。この映画の結末と徐渭の「雌木蘭」の結末はだいぶ趣を異にするのであるが、映画のほうは未見の方もおられると思うので伏せておこう。

徐渭の「雌木蘭」では花木蘭が出征したのは17歳であり、当時としてはちょうど結婚適齢期である。その後12年間もの間、従軍して手柄を立てる。ゆえに軍務を終えて帰郷したときには、29歳になっているはずである。父親のためとはいえ、当時の常識で考えれば婚期を逃してしまっているところである。また男に交じって従軍していた娘など、はたして貰い手がいるかどうか?というところである。しかし「雌木蘭」の最終場面では、彼女の孝心と愛国心を聞いた前途有望な若者から求婚されるのである。男装を解いた花木蘭は、花婿との対面の段になって、羞恥のあまり背中を向けてしまう。それを見た母親が、すかさず花木蘭をしかりつける。

「女儿!十二年的長官,還害什麼羞哩?」

「おまえ!十二年も隊長をしておいて、まだ恥ずかしいということがあるもんかね?」ということであるが、母親に叱られた花木蘭が、くるりと身を翻すところで戯曲は終わっている。
帰郷したら女の子に戻るという、母への約束を果たす場面でもある。ここは観客はドッと笑いに沸くところだろう。徐渭の温かいユーモアが感じられる幕切れである。
落款印01


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