白居易 「紫毫筆歌」 

昨今、兎毫がどうしようもないくらいに高騰してしまっている。唐代の白居易に「紫毫筆歌」という詩歌があり、そこに「紫毫之價如金貴」すなわち「紫毫の値は金の如く高(貴)い」と詠われているが、まさにそういった状況である。
筆の値上がりは人件費の部分もあるのだが、それ以上に原材料の高騰が響いている。兎毫は羊毫のように大量にストックして寝かせてから使う、ということがあまりないので、その年の相場が直接響いてくるのである。
兎毫の高騰は、そもそも材料となる野生の兎の捕獲数が減少した事が言われている。また捕る人の人件費の問題であるともいう。全体の消費動向はわからないが、筆の消費量自体は、大陸でも増えているという。特に若い人の間でも佛教が流行し、寫經に努める人もひそかに増えているという。あるいは大陸における寫卷筆の需要も増えているのかもしれない。
前述のように唐代の白居易に、この紫毫筆を詠んだ「紫毫筆歌」がある。ここに掲げておこう。

「紫毫筆歌」 白居易

紫毫筆尖如錐、兮利如刀
江南石上有老兔、吃竹飲泉生紫毫
宣城之人采為筆、千萬毛中揀一毫
毫雖輕功甚重
管勒工名充歲貢、君兮臣兮勿輕用
勿輕用將何如
願賜東西府禦史
願頒左右臺起居
搦管趨入黃金闕、抽毫立在白玉除
臣有奸邪正衙奏、君有動言直筆書
起居郎、侍禦史、爾知紫毫不易致
每歲宣城進筆時、紫毫之價如金貴
慎勿空將彈失儀、慎勿空將錄制詞

紫毫筆(しごうひつ)尖(とが)ること錐(きり)の如く利(するど)きこと刀の如し
江南(こうなん)石上(せきじょう)老兔(ろうと)有り、竹を吃(くら)い泉(いずみ)を飲み紫毫(しごう)生ず
宣城(せんじょう)の人采(と)りて筆を為すに、千萬(せんまん)毛中(もうちゅう)一毫(いちごう)を揀(えら)ぶ
毫(ごう)輕きと雖(いえど)も功(こう)甚(はなは)だ重き
管勒(かんろく)工名(こうみょう)歲貢(さいこう)に充(あ)て君(くん)兮(けい)臣(しん)兮(けい)輕用(けいよう)するなかれ。
輕用(けいよう)するなかれば將に何如(いかん)。
東西府(とうざいふ)の禦史(ぎょし)、なにとぞ賜(たまわ)らんことを
左右臺(さゆうだい)の起居(きい)、なにとぞ頒(わか)たんことを
管を搦(と)りて趨(はし)り入る黃金闕(おうごんけつ)、毫(ごう)を抽(ぬ)きて立ちて在る白玉除(はくぎょくじょ)
臣に奸邪(かんじゃ)あれば正衙(せいご)に奏(そう)し、君に動言(どうげん)あれば直筆(ちょくひつ)に書(しょ)す有り
起居郎(きいろう)よ侍禦史(じぎょし)よ
爾(なんじ)は知るか紫毫(しごう)、致(いた)し易(やす)からぬを
每歲(まいさい)宣城(せんじょう)筆を進めるの時
紫毫の價(あたい)金の如く貴(たか)き
慎しんで空しく失儀(しつぎ)を弾ずる勿(なか)れ
慎んで空しく制詞(せいし)を録(ろく)する勿(なか)れ

管勒:すなわち筆管
工名:制作者の名前。すなわち貢納をしたもの(納税者)、ということになる。
禦史(ぎょし):古代の官名。秘書官。
起居(きい):古代官名。宮廷内の記録係。
黃金闕:黄金の宮殿。宮廷の事。
白玉除:白玉でできた階段。宮廷で官吏が侍する場所。
正衙(せいご):朝政の場。
動言:すなわち言動。
失儀:礼節にもとる行為。
制詞:公文書の文言。

(大意)

紫毫筆(しごうひつ)は錐(きり)のようにとがり、筆致は刀のように鋭い切れ味だ。
江南の岩山の上には老いた兔が住んでいて、竹を吃(くら)い、清泉の水を飲んで生きているうちに、体には鋭い紫毫(しごう)が生えてくるのだ。
宣城(せんじょう)の人はこの兎の毛をとって筆をつくるのに、千萬(千万)の毛のなかから一本の毛を選び出すという厳選ぶり。
この兎の毛は軽いものであるが、その働きがあげる功績はとても重いものなのだ。
筆管に製作者の名を刻んで毎年貢納するのであるけれど、主君といい、臣下といい、軽々しく使うことがないように。
軽々しくつかわないのなら、いったいどのように使えばよいのだろう?
この筆は、東西の府庁につとめる禦史(ぎょし)たちに、どうか賜(たまわ)らんことをおねがいします。
また左右の臺にいる起居(きい)たちに、なにとぞ頒(わか)たんことをおねがいします。
筆管を手に取って小走りで黄金輝く宮廷に入り、筆帽から筆鋒を抜いていつでも文書をかけるように、白玉を磨いた階段の下、士大夫たちが並び立つ。
臣下によこしまな心があれば朝政の場でそれを奏上し、主君の言動は、直接筆をとって書き記せ。
起居郎(きいろう)よ、侍禦史(じぎょし)よ。
あなたはご存じだろうか?紫毫筆というものが入手しがたいものであることを
毎年、宣城(せんじょう)では筆を貢納する時、紫毫の價(あたい)は同じ重さの金の如く高価になるのだ。
慎(つつ)しんで、些細な礼節に違う事をとがめて人を弾劾するような(無駄な)事に(この貴重な筆を)使わないように。
慎(つつ)しんで、公文書に虚飾にみちた意味のない文言を書くことに使わないように。


世情に対する、なかなか辛辣な風刺を含んだ歌であるが、紫毫の特質をよくとらえている。唐代のころは紫毫(兎毫)筆はもっぱら貢納されて宮廷や官界で用いられ、一般には流通しない高級品であったという。
「宣城」の名が出てくるが、現在の宣城市周辺地域一帯で野生の兎がとれる。この野生の兎は、ヤマアラシのような硬い毛をもっており、これが製筆材料の兎毫になるのである。現在も宣城市からほど近い、?県(けいけん)というところで「宣筆」が作られている。これは数年前に訪問してここで紹介したことがある。また?県は宣紙工場の多い場所でもある。もっとも、?県の宣筆はいい品が少ない。この?県から兎毫を仕入れ、湖州で作られている紫毫筆がより優れていると思われる。製筆は毛の選別が品質を決めるが、毛の選別の技術は湖州の方が上手である。
ともあれ「紫毫筆歌」で歌われているように、紫毫は貴重な天然材料なのであるから、あだやおろそかに用いてはならないだろう。
落款印01


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