百年前の乳母車

安徽省黄山市の中心の屯溪区には、いつも徽州訪問の際にホテルや車等の手配を依頼している、地元の旅行会社に勤める朋友がいるのですが、昨年の5月に長男が生まれました。
彼女の実家は屯溪観光の中心、”老街”で骨董店を営んでいるのですが、屯溪に行く度にここを訪問しています。ひとつには古い硯を観るのが目当てでもあります(良い硯がいつもあるわけではないですが)。骨董店を営む彼女の父親は、稀になかなか良い硯を探し出してきてくれることがあります。老街の骨董店や硯店をしらみつぶしに回るのに疲れると、ここへきてお茶を飲んだりしています。
今回も昼間に用件を済ませた夕方に、老街の骨董店を訪問すると、朋友が旦那さんと長男君と一緒に帰省(といっても同じ屯溪区に住んでいるのですが)していました.................見ると朋友の長男君が、何やら木製のカートのようなものに入っています。
徽州 昔のベビーカー徽州 昔のベビーカーこれは骨董店を営む朋友の父親、つまりは長男君のおじいさんが探してきたもので、徽州の昔の乳母車なのでした。およそ100年くらい前のものだと言います。車輪は壊れていて動かないのですが、今でもちゃんと機能しています。長男君もすでに慣れているのか、動かない乳母車の中でおとなしくしています。
徽州 昔のベビーカー100年前の乳母車意匠を見ると、まさに徽州派木彫の特徴を備えたつくりをしています。囲みの中に板をはめると子供が座ることも出来、また外すと立つことも出来る構造になっています。
しかし”ベビーカー”というよりも、やはり”乳母車”と呼ぶにふさわしい恰好です。男の子なので、思わず「大五郎。」と呼びかけたくなりました。
100年前の乳母車仮に車輪が動いたとしても、これを推しながら子供を連れて買い物に行くのは大変そうです。家の中では”ベビーチェアー”の代わりに機能しているようです。しかし良い木を使用し、家具としての作りは立派で、これもなかなか豪華なベビーチェアーと言えるでしょう。

徽州 昔のベビーカー大陸の田舎の子供というのは、知らない人が来ても好意的ですね。都会の小さい子は、警戒心が強いのか恥ずかしがって、笑ってもくれないことが普通なのですが、このあたりの田舎の子はどんどん前に出てきます。
夏休みという事もあって、徽州の片田舎にも小さな子供を見ることが多いのですが、見知らぬ外国人のわたしにも非常に愛想が良い。大人たちは硯や墨を見ながらあれこれと細かい相談をしているのですが、子供達にはまったく関係ないですね。
徽州 昔のベビーカー初対面の子供に笑ってもらえているうちは棄てたものではないと、救われたような気持ちになるのが不思議です。今回はちょっと複雑かつ”没想到”な話が出てきて、頭を悩ませているところだったのですが、つまりは童心に帰って考えろということなのかもしれません。
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