微妙玄通 墨の試作品

墨匠からは色々な試作品をもらうのであるが、中には写真のような棒状の墨も多い。こういった棒状の墨は、墨匠が墨の材料を手の平でコロコロと転がして、長細い円柱状にまとめただけの墨である。
表面は作業台の木目や墨匠の掌紋がうつっていて、文字通りの「お手製」の墨である。たまに表面に磨きをかけて艶を出していることもある。
徽州 唐墨の試作品このような棒状の墨は、清末から民国時代に、安価な筆記用の墨として生産されたものを時折目にすることがある。棒状の墨に紙でラベルをしてあるのが一般的だが、この手の墨に墨質の良いものは見たことがない。型に投資する必要が無い、いかにも量産に向いた形状ではある。
また正倉院御物などで見られる唐代の墨は、楕円形ないし紡錘形を扁平に押し潰したような恰好をしている。こういった墨も、型入れをせずに手作業で成形され、中央に封泥よろしく型押しされて作られたと考えられる。

ところで墨匠が試作用に造るこれらの墨は、見た目こそ質朴であるが、材料も製法も十二分に意を用いて作られている。またこの棒状の墨は、工程上は成形する一歩手前の墨である。成形した墨を作る場合も、やはり墨型の大きさに合わせて材料をとり、型に入れやすいようにコロコロと転がして、棒状にまとめるのである。しかる後に墨型にいれ、型を圧着して成形する。
丸めただけの棒状の墨は、型入れのように圧力を加えて成形していないので、墨の密度はそれどほ高くないのではないかと考えてしまう。またできたばかりの棒状の墨は柔らかいので、型入れした墨に比べて軟弱なのではないかと単純に考えていた。しかし墨匠に聞いたところ、墨の固さは墨の材料と製法で決まるという。つまり型入れしてもしなくても、乾燥すれば最終的には同じ固さ、密度になるのだという。
実際にこれら棒状の墨も、時間が経過すると型入れした墨と遜色ないほどの固さになる。磨り味も固い感触で、すり口も密である。
次々に試作品を作って試す場合、いちいち型入れするよりは、こういった形状の方が便利ではある。ひとつひとつには、およその材料や製法が書かれているが、ここでは伏せてさせていただく。さらに具体的な材料・製法は墨匠のみぞ知る、である。
徽州 唐墨の試作品微妙に材料の配合を変えた何種類かの墨を試すのは、研究と同時に大きな楽しみでもある。無論、ひとつひとつの配合の詳細までは立ち入って教えてはもらえない。しかし微妙な違いを知る事で、墨に対する認識がより深くなってゆく心地がする。無論、墨への認識は究極的には墨匠に及ばないしても、使う立場から墨匠と語り合うための知識や感覚は、やはり試作品を繰り返し試用することしか得られないのである。

墨の配合は秘中の秘なのであるが、墨匠に「配合は書き記しているのですか?」と聞くと「大雑把なところは記録しているが、具体的な量などはとても微妙で書ききれない。頭の中にしかない」という。重要なのは二十数種類にも及ぶという、漢方生薬の配合である。それぞれ墨に与える性質が違い、また相互にも作用する。求める墨の性質をイメージしながら配合を考え、出来た墨をテストしてさらに考え直す。「その違いは微妙で、とても言葉では語りつくせない。」のだそうだ。どこかしら老荘の徒が「道」の働きについて語っているかような雰囲気である。

老子に「微妙玄通」という語がある。緻密な奥深い心理に到達することを言うが、”玄”は墨の異称でもある。まさに優れた墨への到達も、要訣は”微妙”なところにあるに違いない。
落款印01


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