李耘萍印泥

印泥の重要性


市場に印泥の良いものが少なくなった。大陸では、普通に店頭で販売されている印泥は質を落としている。色がさえないし、劣化退色するものも少なくない。あるいは柔らかすぎ、すぐに油が分離してしまう。

書画を見るとき、落款印を見るのはひとつのポイントである。印が良い事も大切だが、印泥の色、質も見る必要がある。大陸の現代書画バブルもひと段落した格好であるが、濫作された現代作家の作品の落款印の中には、ろくな印泥を使っていないものを多く目にしてきた。
押したときはそれなりに”紅(あか)い”色だったのだろうが、数年を経ないうちに退色してしまっている。あたかも血痕が赤黒く変色したような、何とも言えない嫌な色に成り下がっているのである。そういった書画を買ってしまった人こそ悲劇である。このような”劣化の早い”作品が、後世高く評価されることはまずないからである。

経験のある美術品のコレクターは、美術品、古美術品を選ぶ際に”クオリティー”を重視する。作品に表現されている内容以前に、作品を構成する材料の品質や、その使い方が適切かどうか?というところを見るのである。コレクターや愛好家は、何年も収蔵して楽しんだ後は、手放してほかの作品を買うなりして楽しみを続けることが多い。その際に”劣化”しているような作品は、そもそも収蔵する価値が無いのである。一見古く見えたとしても、それが経年によるものか、そもそも悪い材料が劣化した結果なのか、その見極めも出来なくてはならない。
無論、”劣化”は作品の風采を直接的に損なう。作品を買う側ではなく、作る側の立場から考えても、早く劣化するようでは、数年、十数年、数十年先のその作家の評価も高いものにはならないだろう。早いうちから材料に意を用いない作家というのは、将来の成功もおぼつかないのである。それは紙や墨、絵の具の質に至るまで同様のことである。

悪い印泥を使うと、わずか数年で劣化して、多くの場合赤黒くなる。日本の表具店で額装した場合、最近は紫外線カットのガラスやアクリルでカバーされているため、劣化が起こりにくい。しかし大陸の額装の多くは普通のガラスをはめているだけである。太陽光線の差し込むところ、また蛍光灯の近くに飾られていたら、紫外線の影響で悪い印泥はみるみる劣化してしまう。
かなり有名な作家の作品であっても、印泥を見ると”残念”ということも少なくないのである。
書画家は自分の作品に押すのでまだ良いかもしれないが、他人の作品に収蔵印なり題跋を書いて印を押すなどする場合、質の悪い印泥を用いるのはまさに破壊行為である。古い書画を善くみる蒐集家の場合、かならず古い印泥、ないし現代の製品でも良い印泥を持っているものである。古い印泥が良いのは、色が良い事も理由であるが、年数が経過して劣化していないのだから、安心して押せる、というわけである。

良い製品もあるが....


70年代 北京一得閣 八寶印泥麗華斎 八寶印泥かつては福建省の”漳州麗華齋”がもっともよいとされ、また”杭州西泠印社”、また江蘇省常州の”?玉堂”を合わせて”三大印泥”と称されていた。他に”蘇州姜思序堂”、”微州益壽堂”、”北京栄豊齋”等も良い。しかし現代の製品については、よくわからないところがある。
印そのものが作品である篆刻家などは、常々良い印泥を探しているものである。篆刻を専門としない人は、知り合いの篆刻家に現在良い印泥は何であるか?聞いて選択したほうがいいかもしれない。小生も篆刻はかじった程度しかやったことがないので、現在の良い印泥については知友の篆刻家に聞くことにしている。

大陸の文房四寶は値上がりが続いているが、印泥の値段も良い品ほど高いものになっている。数年前から墨匠は朱墨の原料である水銀化合物、”朱砂”が高騰しているとこぼしていた。印泥も同じ”朱砂”を原料とするため、値上がりは避けられないのかもしれない。
無論、安価な印泥もあるのだが、質は保証の限りではない。やはり色が良く、固さも適度で安定性のある印泥となると、ある程度の値段はしてしまうものなのである。
数十年経過して退色していない印泥であれば安心であるが、そういった品も今やなかなか見つからないものである。

李耘萍印泥


小生は70年代の一得閣の八寶印泥や、同じく70年代の漳州麗華齋を常用していたが、同じものは現在求めがたい。何か良い印泥がないかと探していたところ、上海の博印堂の主人に勧められたのが”耘萍潜泉印泥”である。
この印泥を作っているのは、上海呉氏潜泉印泥三代目の継承者、李耘萍女史である。上海耘萍工藝品有限公司を設立し、印泥を制作、販売している。
上海は近代になって勃興した都会と思われがちだが、「松江」と言われた明代の終わりから、いわゆる「海上顧氏」を中心とした古印や篆刻の研究が盛んな土地である。出版された印譜としては最古の「顧氏集古印譜」も、海上の顧従徳が編纂したものである。蘇州や杭州と連絡しつつ、長きにわたって江南篆刻界の中心で有り続けた。また古い書画の蒐集にも熱心な土地柄であったから、勢い優れた印(収蔵印用途)、印泥の需要が高かった地域なのである。

”潜泉印泥”の創設者、呉隱は字を石潜、号を潜泉といった。浙江紹興の人である。書画に巧みで、篆刻や碑刻を良くした。古印をあつめた「古今楹聯匯刻」を編纂している。またその婦人の孫織雲女史も篆刻に巧みであった。
呉隱は1940年に杭州で西泠印社を設立が設立された際、呉昌碩や丁輔等とともに中心メンバーの一人であった。また呉昌碩氏の指導の下、呉潜泉は妻とともに印泥の制作に取り組み、優れた印泥を作り上げた。その製法は呉潜泉の息子夫婦に受け継がれ、かの李耘萍女史は三代目、ということである。
上海福州路にある博印堂はその名の通り、もともとは篆刻用品の専門店であり、主人の趙正範氏は上海でも著名な篆刻家である。趙氏のみならず、この店には多くの篆刻家、書画家が集まるのであるが、彼らの間で愛用されている印泥でもある。

李耘萍女史は高式熊の名を冠した印泥でも知られるが、値段やオーダーに合わせていろいろな色、配合の製品をつくっている。高価なものだと1両(約30g)で数千元のものまであり、ひとくちに「李耘萍印泥」と言っても、いろいろな価格帯の製品がある。また普通の「潜泉印泥」とは品質も(価格も)別格である。
小生も数年前から使っているが、色に安定感があり、朱磦には古い時代の印泥のような色の明るさと沈着な趣がある。いろいろな場面に使用できるので、入手難になった古い八寶印泥などに代わって、もっぱら李耘萍印泥を使うようになった。また知友の篆刻家、高黄鵬氏も作品用に愛用していて、いつも渡航するたびに購入を頼まれていたものである。
現在の日本の市場では、どれが良い印泥なのかわからなくなっているような現状がある。確実に良い、安心して使える印泥も必要であろうと考え、今回入荷することにしたのである。

博印堂印泥


博印堂 李耘萍印泥入荷を考えたのは、李耘萍印泥の中でも博印堂が特注した「博印堂印泥」である。それも今回は朱磦(シュヒョウ)に限っている。日本人はどちらかと言えば美麗や光明のような、赤味の鮮烈な色を好むようで、展覧会でも美麗を押している作品を多く見かける。ただ、古い時代の書画の印泥の色はもう少し明るい、朱色に近い色をしている。こうした色の印を押した方が、落ち着いた古雅な趣が出て良いかもしれない。落款印、題跋、収蔵印に用いて良く、むろん劣化退色するようなことはない。また適度な硬さがあり、繊細な篆刻の刻線もつぶれることなくきれいにおすことができる。(柔らかすぎると、篆刻の線がつぶれやすい)。
博印堂特注の李耘萍印泥は、色味と言い、固さと言い、非常にバランスよくできている。プロの篆刻家も納得の印泥である。一般的な印泥よりは少し値が張るが、李耘萍女史の製品の中では手頃な方である。また篆刻作家でなければ、それほど印泥を消費するという事はないものである。書画をたしなむというほどの方であれば、文房にひとつくらい、良い印泥があっても良いのではないだろうか。

ご希望の方には色見本を


今回は容器のみで、印泥の色を特に掲示していないのは、曇っていて撮影のコンディションが悪いからである。太陽光に含まれる、赤い光の波長は曇天や大気中に水蒸気が多い日は、雲に遮られて地上に届かない。印泥など、赤い色味のモノの見え方がさえないのである。今週末も天候が悪いというから、しばらく商品写真も撮影できないかもしれない。晴天をねらって撮影を試みる。もっとも、写真の印象と実際の色味はまたズレがあるものであるが。希望の方には押印した色見本のサンプルをお送りする予定なので、お申し付けいただければ幸いである。
落款印01


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