カン州のレアアース

贛州の八境台に上った時、董必武(1886-1975)の五言律詩(の複製)が楼閣を登る階段の壁に掲げられていた。董必武は共産党創建者のひとり、毛沢東に準ずる建党の元勲である。
直下桐木嶺
驅車入贛州
雙流章貢合
八境石花收
礦有鎢砂著
材多樟樹虬
今年又豐收(産)
歡樂遍山陬

書き下しのみ示す。

直ちに下る桐木嶺(とうぼくれい)
車を驅(か)りて贛州(かんしゅう)に入る
雙流(そうりゅう)章貢(しょうこう)合(ごう)し
八境(はっきょう)石花(せきか)を收む
礦(こう)は鎢砂(うしゃ)の著(はなはだし)きあり
材(ざい)は樟樹(しょうじゅ)の虬(おびただし..?訓読未詳)き多し
今年(こんねん)又た豐收(ほうしゅう)
歡樂(かんらく)山陬(さんしゅ:山の隅々まで)に遍(あまね)く
江西省 贛州市また著名な文学者の郭沫若氏も、八景台の詩を残している。

「登贛州城內八境臺」郭沫若

三江日狂流
八境歲華逎
廣廈雲間列
長橋水上浮
辦林冠贛省
鎢產甲神州
一步竿頭進
力爭最上遊

これも書き下しのみ示す。

三江(さんこう)日に狂流(きょうりゅう)し
八境(はっきょう)歲華(さいか)逎(せま)る
廣廈(こうこう:大きなビル)雲間(うんかん)に列し
長橋(ちょうきょう)水上(すいじょう)に浮ぶ
林(りん)を辦(べん)じれば贛省(かんしょう)に冠たり
鎢(う)を產(さん)しては神州(しんしゅう)に甲たり
一步(いっぽ)竿頭(かんとう:竿の先。釣りの情景)に進み
力(つとめ)て爭(あらそ)わん最上の遊

ちょっと政治臭がする両詩であり、あえて大意は示すまでもないだろう。
董必武は詩中「鎢砂」と詠み、郭沫若は「産鎢」と詠んでいる。
この「鎢(う)」は、タングステンのことであり、タングステンといえば、レアメタルに数えられる希少資源である。実は江西省は大陸におけるレアメタルの主要な産地であり、贛州はその中心的な生産地なのである。
郭沫若の詩の制作年はわからないが、タングステンと”樟樹”すなわち木材資源に言及しているあたりは、董必武の詩を踏まえて詠んだフシがある。
周知のとおりタングステンは重く硬い金属で、鋼材には欠かせない。より端的には、戦車の装甲や砲弾の材料として非常に重要な資源なのである。
董必武の詩(複製であるが)の落款からは、「1963年11月20日」と読める。1960年代といえば「中ソ対立」の緊張が高まっていた時期である。
かつてのソ連は中国にとっては現実的な、かつ最大の脅威であった。北京の地下に築かれた巨大な防空壕(現在は公開されている)などは、それを如実に物語っている。当時の中国の首脳は、核攻撃はもとより、ソ連の戦車がいつ国境を越えて侵攻してくるか、常に神経を尖らせていた。ソ連の膨大な戦車部隊に対抗するには、戦車の装甲を破る、強力な砲弾が必要である。それを造るため必須のタングステンが贛州には豊富にある......だからソ連が攻めてきても大丈夫だ、ということを指導者として明言
する必要があった........というような時代背景が察せられるのである。書の落款には「井岡山」と、江西省吉安市に位置する地名が記されているから、おそらくは董必武の江西省視察時に詠ん詩ではないだろうか。
江西省 贛州市また贛州はレアメタルと同時に、レアアース(希土類)も豊富に産出することで知られている。
レアアースといえば、2010年頃から、日本との間でひと悶着あった経緯がある。あの時は、”尖閣諸島”の問題と絡めて、日本側への経済圧力の一環としてレアアースの輸出制限がかけられた、というような事になっている。それは結果的にそういう事になってしまった......という見方も出来る。実はレアアースの輸出制限については、”島”の問題が勃発するかなり前から中国側から日本に申し入れがあり、日本側は輸出枠を緩めるように、再三の交渉に努めていたのである......この事実は、”島”の問題が起こる以前は大して大きなニュースになっていなかった。だから外交摩擦が起きて以降は、あたかも”経済制裁”として、”レアアース”の輸出制限をかけたような恰好のままになってしまっている。

実のところ、大陸のレアアースの精製技術は高い物とは言えない。自国で精製すると、多量の原材料を浪費してしまっていたのが実情である。なのでいかに膨大な埋蔵量、産出量を誇るとはいえ、将来的に自国で使用する分にも足りなくなるかもしれない、というような見通しがあった.......ことになっている。なので「輸出制限をかけますよ」という事なのであるが、ひとつには日本の精製技術を提供してほしい、という思惑があったとも言われる。「輸出制限」をチラつかせて、レアアースの精製技術を引っ張り出したかったところが、”島”の問題が勃発して、それが外交問題にスライドしててそのままになってしまった、というような見方も出来るのである。

その後、日本は調達先を多様化したり、代換技術を開発して、逆に大陸のレアアースの需要が落ち込んで価格は暴落した、というような経緯がある。それは確かにそうなのであるが、その一方で大陸のレアアース(レアメタルも)相当な余剰生産力、多量の在庫を抱えていた、という事実もある。
江西省 贛州市”余剰生産力”という意味では、大陸の石炭や製鉄に至るまで、およそ鉱物資源はことごとく”供給過剰”が問題になっている。問題にならないのは”金(ゴールド)”くらいかもしれない。
実際の需要を超えて過剰な在庫を持ち、また供給過剰になってしまっているのは、鉄にしろ銅やレアメタル、レアアースにせよ、資源価格の”値上がり”を見込んだ投機対象になっていたからである。「持っておいても腐るものではないし」ではないが、生産して在庫を山積みにしていても、市場に放出しなければ資源相場には影響しない。在庫の資源を担保にして融資を引き出し、それを別の投機対象につぎ込む、というような事が相当な規模で行われていた...........とここまで見てゆくと、先に述べた「レアアースの輸出制限」のオモテムキの理由、「将来的に、国内での使用する分にも足らない」という話も、本当だったのかどうかは疑わしくなる。在庫が国内に山積みになっているということは、実情としてさほど需給は逼迫していなかったことになる。いつになるかわからないが”将来的に足りなくなるから制限する”というのは、いささか根拠が弱いようでもある。

世界の生産量の9割を中国が占めているレアアースは、中国が輸出を制限すれば世界のレアアース市場は簡単に高騰してしまう、という構図があった。しかしあるいは、大陸の有力者がレアアースに大規模に投機し、政治的な働きかけで海外への輸出制限を進めたとしたら......という想像が働かないでもない。
ともあれレアアース、レアメタルの需要の急減速(世界、国内ともに)と、世界最大の輸入国であった日本の技術革新と調達の多様化によって、希少資源の相場は急落した。担保にしていた在庫の価格が下落すれば、担保割れを起こす.........大陸のレアアース関連産業の株価は”白菜価(白菜がやっと買える値段)”にまで暴落して低迷している。
江西省 贛州市江西省 贛州市?小平は「中東に石油あり。中国にレアアース有り。」と豪語したというが、この点に関しては?小平も市場経済を理解していなかったのではないかと思う。もちろん、?小平存命時は、原油および産油国の世界への影響力は大きかった。
ただし「オイルを握るものが世界を支配する」と言われた時代があったのは事実であるが、中東産油諸国ないしアメリカの石油産業が絶大な力を持ったのはほんの一時である。思い起こせば中東の産油国が原油をエンパーゴして世界経済と国際政治に揺さぶりをかけたのは再三にわたった。日本経済もそのたびに翻弄されたのは事実である。が、結局のところ中東の産油国も原油を輸出しないことには経済が成り立たない。いつもどこかの国かが脱落して禁輸が解けてゆくのが常であった。しかもその都度、世界各地に新しい油田が開発され、また石油に代わるエネルギーの開発や、省エネルギー化も進んでいった。
現在、中東の原油が世界経済を左右するほどの力を持っているか?また国際政治へどれほどの影響力を持っているか?これは考えてみる必要があるだろう。
富国強兵を夢見た?小平であったが、”レアアース”を外交カードとして戦略的に利用する事が。かえって裏目に出た事実を知ったらなんと言っただろうか。
大陸は圧倒的なシェアを持つ、世界最大のレアアースの供給源である。しかし一方で日本は最大の輸入国であり、レアアースの消費大国である。いうなれば最大の生産者と最大の消費者という図式であり、”市場原理”に基づけば価格は”需要”と”供給”のバランスで決まる、という事を考えれば、そもそも”レアアース”を”外交カード”に使うべきだったのかどうか、ここは熟慮しなければならなかったところかもしれない。まして年々値上がりを続けていたレアアースを、さらに出し惜しみをして値上げを計るような事を考えるのもいかがなものか......

戦国時代、周の大商人の白圭は「人の捨てる物を私は拾い、人の欲しい物を私は与える」と述べ、豊作の年は蓄え、凶作の歳は放出する事を実践した。
越王勾践を助けて呉を滅ぼした范蠡(はんれい)は、経済政策にあたって計然(けいぜん)の策を用いたが、計然も「物が高い時は捨てるようにこれを与えよ」として、需給のバランスを説いた。後に范蠡は計然の策を応用して商人として大成功したと言われる。いずれにせよ「モノが高い時は買い占めて出し惜しみし、さらに値上がりを待つ」とは誰も言っていない。大陸を割拠した各国の間の交易の盛んだった戦国春秋時代、白圭も計然も自国の国内市場の事だけを考えているのではない......単純な事ではあるが、これが出来る人物というのはいつの時代もさほど多くは無いのかもしれない。
落款印01


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