生意還可以

大阪の挨拶に「もうかってまっか?」「ぼちぼちでんな。」という受け答えがあるという事は、大阪以外に住んでいる人にも広く知られているだろう。しかし大阪にかれこれ十数年住んでいて、実際にそのようなやり取りを耳にしたのはほんの数回である。普通に街を歩いているくらいでは、まず耳に入ってこないやり取りであろう。
どのような状況で使われるかというと、場所で言えばキタやミナミの繁華街や、オフィス街などではなく、どちらかというと下町寄りの地域。人で言えば”商い”を長くやっているような、それはそれは年季の入った商売人が、それも長年の商売相手同士が会った時にのみ、ごく自然とかわされるものである。なので大阪に長く住んでいても、そういう地域や人に近いところでなければほとんど聞いたことが無く、耳にしたときは思わず”ハッ”とするほど珍しいものである。

「もうかりまっか?」を、大阪で普通の人が使う事はまずありえない。しかし「ぼちぼち。」というのはなかなか使い勝手の良い言葉で、時々使用される。商売の様相だけではなく、進捗の度合いを表現するにも「まあ、ぼちぼち進めておきますわ」のように使えるものである。
また知られているように「もうかりまっか」に対する返答の「ぼちぼち」は、実際に「儲かって」いるかどうかにはかかわらず、常に「ぼちぼち」なのである。「もうかってまっか?」に「今月はあかんわ」と答えるのは、それこそ「お早うございます」に「もう10時ですが?」と答えるようなものかもしれない。
そこは長い付き合いを大切にする大阪の商売人の間で交わされる挨拶である。同じ「ぼちぼち」であっても、その時のなじみの相手の顔つきや口調から実際の景気が悪いかどうかはすぐに察せられる、という塩梅であり、そうでなくては小商いを長く出来るものではない。
仮にもし「もうかってまっか?」に対して「大繁盛してるよ。」などと言おうものなら、そこは商売同士のやっかみもあろうし、取引相手なら「じゃあ、少し値引してや」などという、余計な話に発展しかねない。
また反対に「いやあ、全然だめだね。」などと言おうものなら、ゲンを担ぐ商売人なら「不景気がうつるわ」と思われて嫌な顔をされたり、もしかしたら借金を申し込まれかねないから早く退散しようとか.......ともかく「いらんこと」を言わないという大阪の流儀に則った、もっとも無難な返答が「ぼちぼち」なのである、というのが大阪でかれこれ十年以上暮らしている、東京人としての自分の理解である。

日本では景気はタクシー運転手に聞け、と言われる事があるが、大陸においてもそれは同様である。日本のタクシーではここ十年ほど、「景気はどうですかね?」と聞いたところで「まあ、良くないねえ。」という様な返事が返ってくるものであった。
同様に大陸に出かけている間、タクシーに乗る時などは運転手に「最近生意好不好?(生意は景気;景気はどうですか?)」という質問をしてみる事にしている。
この質問に対して、ここ数年ほど最も多い返答が「还可以」であった。「还」は繁体字で書けば「還」になるのだが、現代中国語では「还」は冠詞的に使われた時は「まだ、なお」というような意味になる。「可以」は良い、OKくらいの意味なのだが、「还可以」というと「まあまあ」とか「まあ良い」という意味に相当するとされる。
「生意好嗎?」あるいは「生意好不好?」に対しては、ほぼ「还可以」という返事が返ってくるので、なるほど景気は「まあまあ」なのかと思っていた。なので「那好啊(それならいいね)」というように返事をしていた。要は「还可以」も大阪における「ぼちぼち」と同じ程度の、文字通り良くも悪くもない、というくらいの意味にとらえていたのである。

しかしある時、上海で朋友と一緒のタクシーでいつものようなやり取りをしているのを聞いた朋友が「还可以、というのはですね、それほどいい意味ではないですよ。」という。「日本語で”悪くない”、というと、どちらかといえば良い方の意味に傾いていますが、中国語の”还可以”はどちらかというと悪い方の意味です。」という事だ。そこで朋友が上海語(小生には聞き取れない)でタクシーの運転手と二言三言話をした後で「なんとかやっていってる、なんとか食べていけている、という感じだそうです。」と教えてくれた。なるほど。
おもえば今まで「なんとか食べていけているよ。」という返事に「それなら良いね。」と答えていたのは、”皮肉”な意味合いに受け取られていたかもしれない........しかし思い返せば、ずいぶん前から景気はあまり良くなかったのかもしれない。

ともあれ、渡航中の見聞による限りでは、経済指標はともかく、巷の景況感は必ずしも芳しいものではない。屯溪の老街で商売をやっている朋友などからは、はっきり「不景気」という声も聞こえてくる。目下日本は大陸からの観光客が押し寄せ、唖然とするほど大量の買い物をしてゆく姿を目にするが、それに反比例して大陸の個人消費は冷え込んでいるように思える。これはあながち現政権の「贅沢禁止令」の影響だけではなく、そもそも個人消費の拡大に必要となる、健全な流通と市場の形成を怠ってきた、その”ツケ”が響いているともいえるかもしれない。逆に考えれば、その部分を改善すれば、まだ大陸経済に成長の余地はある、というのは事実である。経済派官僚のコメントを見る限りでは、彼等はそれに期待している。しかしそれも、現時点ではあくまで机上論である。経済に占める政府の役割があまりに大きく、かつ権威主義的な政治体制下にあっては、大陸の人が日本や欧米諸国で”爆買い”しているような、”便利な商品”や廉価ながらも”洗練されたサービス”は生まれにくい...........

日本もバブル崩壊後、国内景気が低迷する半面、海外旅行や海外投資は盛んだった。国内でお金が使われず、海外で使われるものだから、国内景気が不活発なのも道理なのである。現代の中国は、かつて日本で起きたことがより極端な形で進行しているように思えるのである。「日本の道をたどりつつある...」というような事が良く言われるのだが、バブルのピークにおける日本の状況と、近年の大陸の状況を比較すると、その”同じ道”はどこかで必ず分かれる時期が来ると考えないわけにはいかないところである。

さて、今年の大陸庶民の景況感は「还可以」が続くのか、それとも........
落款印01


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