立夏の焼餅

立夏吃麺徽州のとある農村の朋友の実家を訪ねた時のこと。部屋にはいると、刻んだ韮のにおいが強烈に漂ってくる........徽州古鎮のその伝統的な家屋の厨房では、朋友の御母堂がせっせと粉をこねている。餃子をつくっているのかな?と思ったら、焼餅(シャオ・ピン)なのであった。焼餅は具材を皮で丸く包み、それを平らな円盤状に伸ばして作られる。というわけで、その日の昼食は菜種油の香りも香ばしい、きれいに焼かれた二種類の焼餅が出てきたのである。
立夏吃麺立夏吃麺焼餅より一回り小さな皿に載った焼餅は、焼き鍋から取り出したばかり、手で持つと火傷しかねまじき熱さである。熱くて手で触れないので箸をもらったが、地元の人は箸も使わず片手でささえた皿にのせたまま、端の方から少しづつずらしながらかじってゆくのである。
ひとつは炒った鶏卵と韮、干豆腐(豆腐を押し固めて水分を抜いたもの)、筍、それにひいた鶏肉が入ったもの。材料は極々細かく刻まれている。無論、材料はすべてこの家の畑や庭で採れたものであり、新鮮な鶏卵と鶏肉に、柔らかい韮の風味が効いている。細かく刻まれた干豆腐と筍(マダケ)の食感も小気味良い。
もうひとつは「香椿」という、椿の新芽にやはり鶏肉を引いたものがはいったものである。口に含むと、かすかにほろ苦いお茶の香りを感じるのは、椿も茶樹も同じ仲間だからであろうか。口の中がさわやかになる。手のひらの大きさ程もある焼餅は、二枚も食べればそれでお腹はいっぱいである。
「もっと食べないか?」と勧められるので、もう半分だけ同行の朋友とシェアしておしまいにする。無論、食べきってしまえば、また次々に出てくるのである。
立夏吃麺大陸では来客に水餃子など、小麦粉を使った点心を出す習慣があるが、あるいはそういう意味なのか?と思ったのであるが、そうではなく、これは節句の習慣なのである。
すなわち過日5月6日は二十四節句の立夏であったのだが、立夏には餃子や焼餅など、小麦粉を使った点心を作って食べる習慣がある。日本語における「麺(メン)」とやや異なり、中国では小麦粉が練られたものは餃子や拉麺などもすべて「麺」で総称される。これは「立夏吃麺」、すなわち立夏の日に「麺」を食べる習俗なのである。
立夏吃麺上海の朋友に聞くと、上海などでは立夏には鶏卵を煮て食べるのだそうだ。小麦粉を使った「麺」を食べるのは、どちらかと言えば北方の習俗であるという。それは立夏の前に「麦秋」つまり麦が熟し、収穫の時期を迎えるからであるという。収穫後の豊富な麦を使って「麺」を食べ、豊作を言祝ぐ、という意味合いもあるそうだ。また北方に於いては必ずしも餃子や焼餅ではなく、拉麺のような文字通りの「麺」を食べるところも多いという。徽州のこの村で「吃麺」をするのは、あるいはこの村の祖先が北方から南遷してきたという名残りなのかも知れない。
立夏吃麺鶏卵を使うのは南方に多い習俗であるというが、察するに、鶏卵を食べるのも、一般的に鶏卵は春が旬とされるからではないだろうか。卵など年中ある現代であるが、本来の旬は繁殖期である春である。徽州のこの焼餅にも、豊富に鶏卵が使われている。
鶏卵にせよ「麺」にせよ、養生法の観点から言えば、夏に備えて体を壮健にする、という意味あいになるという。

ともあれ、徽州の古鎮で思いがけず「立夏吃麺」を経験する機会を得たわけである。二つの焼餅の味は忘れがたいものになりそうだ。
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