不動産バブル再燃

さて、深圳の宝安区といえば、大中小の工場の寄り集まった工業地帯でもある。小生が滞在していたホテルの界隈では、夕方になると工場の制服を着た若い男女が路傍にあふれ出てくる。彼らのほとんどは、田舎から出稼ぎにきた人々なのであるが、彼ら若い人の飲食の需要を満たすような安価な飲食店や、ビリヤードや卓球台を置いた遊技場が辻辻に軒を連ねている。
なんとなく、このあたりの雰囲気で今の深圳の景気の様子が見て取れるようなところがあるのだが、今回訪問した4月の終わりごろの様相では、昨年11月ごろの状況に比べると、いくらか活気が戻っているような気配があった。
やはり深圳の宝安区に住む朋友のSさんに聞いても「1月、2月まではひどかったが、3月の終わりから急によくなった。」というような回答である。SさんはLED照明やソーラーパネルを商材として扱う、”ひとり商社”を営んでいるのだが、日本をはじめとする海外市場のほかに、ここ数年は大陸国内の市場にも注力している。なので大陸市場の需給には敏感である。くわえて妹君は電子基板の検査治具を扱う、これも個人商店を営んでいるから、さまざまな工場の生産状況の動向も大掴みしている。さらには類は友を呼ぶではないが、まわりにその種の業界の、個人経営や家族経営の”小老板”が多いから、彼等彼女達に聞くと、なんとなく深圳の工場の景気の様子がうかがえるのである。
そういう方面からの話を総合すると、こと深圳に限って言えば、それなりに景気は回復しているようである。昨年の11月の終わりごろなどは、いささか閑散としていた感のある路傍にも、工場の従業員であろう若い人達が深夜まで遊んでいる姿が多くみられるようになっている。
 

むろんこれは、中国政府の景気のテコ入れがある程度奏功している結果であろう。度重なる利下げによる金融の緩和政策により、とまっていた案件が動き出した、というところではないかと考えている。なんだかんだといっても大陸市場は巨大であり、少し上向きになれば、深圳のような工業都市に活気が戻る。
深圳は従来は輸出を主力にした工場が多かったのであるが、リーマンショック以来の海外市場の減速に応じて、ここ数年は大陸市場に注力する企業が増えているという。海外市場で鍛えられているだけに、深圳が生み出す工業製品は、やはり品質の面で大陸市場においては競争力がある、という事情もプラスに働いている。3月、4月までの製造業PMIは下り気味であったが、5月期の統計では幾分は改善するかもしれない、という予想を裏付けているようでもあった。
ただこの景気の浮揚に持続性があるかどうかは、はなはだ心もとないものがある。あくまで金融緩和の結果であって、端緒についたばかりの構造改革の成果とは、もちろんまだまだ言い難い。金融緩和の結果、即活況を呈するということは、従来の産業が息を吹き返しているということであって、新しい産業が育っているということではないというわけだ。
 

ところでSさんは、最近お部屋を購入したという。宝安区の地下鉄直上の、ショッピングセンターと連結した好物件である。地下駐車場もついている。そこに来年結婚する予定の彼と、Sさんの妹、従弟の四人で住んでいるのである。広さは70平米強と、100平米が標準の大陸のマンションとしてはやや小ぶりであるが、若者四人で暮らすには十分な広さがある。親類縁者ばかりではあるが、日本でも今流行りの”シェア・ハウス”というところだろうか。それぞれ仕事を持っているわけであるが、やはり単独で部屋を賃貸するとなると、このような好物件をおいそれとは借りれないわけである。大陸の大都市では、このような若い人の”ルームシェア”は割と普通なのである。
この好物件、平米単価は3万元を超える。30年で組んだローンの支払いは月に1万1千元で、彼と折半なのだそうだ。現在のレートで換算すると、日本円で月に22万円のローンの支払いというのは、なかなか大変なのではないだろうか。自分で商売をやっているSさんはまだしも、テレビ・メーカーに勤務する彼が一か月に5千5百元というのは相当な負担であろう。二人ともまだ20代後半であるから、頑張っているといえばそうなのだろうけれど.........
 

そのSさんのお家で皆で食事をしましょう、ということになり訪問した時の事。エレベーターが誰かの引っ越し作業で占有されている。どういうことかと聞いたら、
「家賃が高くなりすぎたので、引っ越す人も増えました。」
という話。実はSさんは以前は妹や従弟、また同じ故郷出身のルームメイトと時期によって3〜4人で、同じマンションの別の部屋を借りて住んでいた。その部屋のオーナーに支払う家賃は、2011年の頃は3,000元だったと聞いている。それが3,500元、4,000元と、年々高くなってゆき、今年のはじめには、ついに5,000元にまで上昇したのである。
普通、ここまで家賃を急に吊り上げると文句が出そうであるが「無理なら出て行ってくれていい。ほかに借りたい人はたくさんいるから」と、大家さんも強気なのである。別段、この部屋だけ特別高い家賃というわけではなく、同じマンションの部屋は軒並みそのくらいの家賃が相場なのである。
そこで「家賃を払うよりは、ローンを組んで家を買った方が良い。」という、”よく耳にする”ような一見合理的な理由によって、同じマンションで売りに出ていた別の部屋を購入したのである。
実のところ、今年の4月以降、大陸の不動産価格は大都市を中心に再び上昇基調である。特に深圳が激しい。昨年は凋落傾向にあった不動産市場も、ここにきて活況を呈している。しかしこの不動産市場の再燃の背景には、やはり家賃の高騰があると思われる。
上海の浦東新区にオフィス兼住居の物件を借りて住んでいる朋友も、2010年ごろは3,000元程度だった家賃が5,000元に揚がったと嘆いている。彼は日本の不動産バブルの事をよく知っており、不動産を買うなど馬鹿らしいと常々言っていたのだが、この家賃の値上がりをみて「もっと早く買っておけばよかった。」と、後悔を漏らしている。
 

おそらく、賃貸に住みながら不動産価格の凋落を様子見していた人々を、ここにきて購入に踏み切らせた動機には、やはり家賃の高騰があるのだろう。日本でも「家賃を払うくらいなら買った方が良い。」というのが、マンション購入の主な要因ではないだろうか。
また深圳がとりわけ高騰しているのも、ひとつには深圳は広東省の人ではなく、四川省や湖北省、湖南省といったいわゆる”外省人”が多い街、という事情も関係しているといわれる。夫婦ともに外省戸籍の人が子供ができて学校に通わせる段になると、評価の高い公立学校に優先的入れないなど、いろいろな制度上の差別があるのである。そこで都市の戸籍を取得したいと思うわけであるが、そのためにはその地に住居を所有していないといけないのである。これが大陸の不動産バブルを下支えしている、強力な要因でもある。
Sさんもかなり背伸びして部屋を購入した事を自覚しているが、将来の家庭生活の事を考えると、やむを得ないということだ。
 

都市化の勢いが止まった大陸では、不動産市場の地域毎の勝ち負けが鮮明になってきている。地方の中小都市より大都市、大都市でも利便性や、文教エリアなど、すでにインフラの整った地域に限って高騰している。「これからの値上がりを見越して郊外に投資用の物件を」という雰囲気ではなくなってきている。
実はSさんも数年前に、恵州という、香港の北方に位置する地方都市に投資用の物件を買っていた。恵州といえばその昔、蘇軾の流刑地でもある。そこに投資用のマンションを1部屋、邦貨で言えば1千万円くらいの価格だが、30年ローンを組んで買っていたのである。しかしそこはいわゆる「鬼城」という、だれも住んでいない郊外の開発区なのであった。よって値上りもしないし、売れる見込みも無いのだという。Sさんが今回多少の無理をしてでも好物件を買った理由としても、自分用の住居でもあるが、値上りが見込める物件で過去の投資の失敗をキャンセルしようという意識も垣間見える。
郊外の投資の失敗の回収を、都心の好物件への投資で回収しようというのは、下落して塩漬けになった株の損失を、あらたに有望株に投資することで、せめて帳消しにしようとするようなものだろうか。
 

しかしそもそも家賃が上昇したというのは、すでに物件を所有しているオーナーが、家賃を吊り上げざる得ない状況に至ったということである。ひとつには今年の3月に導入された、新しい不動産税の影響であるという。大ざっぱに言えば、二つ以上の不動産を所有する家庭に対して課税される税金である。二つ持っていれば、80平米以上の市場評価額について1〜3%、三つ目の不動産については4〜5%、四つ目については10%、という具合である。店舗などが入る商業物件については家賃収入の12%を納税しなくてはならなくなった.......不動産バブル鎮静のための政策ではある。実のところこの種の不動産税の導入は、過去にもいくつか試行されたことがある。しかし統一的な不動産登記が厳密に実施されていないという現実があり、そのため不動産税の実効性については疑問も残るのであるが、ともかく投資用に購入していた物件に課税されるというのが、ここにきて家賃急上昇の要因であるという。
またSさんではないが、不動産投資に走っていた人の多くが物件を複数もっているわけだが、その中にも値上りも見込めず、売却も困難な物件がいくつかある。その損失を、好物件の家賃を上げることでキャンセルしようという算段も影響しているという。
ともあれ、この不動産税導入の主目的不動産投機の抑制にあるのだが、それが好物件の賃貸価格上昇を促し、不動産相場を押し上げて庶民に悲鳴を上げさせているとすれば皮肉な結果である。「不動産バブル再燃」のようであるものの、ある部分は実需に基づいている、ともいえる。
 

原因が税制であるにせよ過去の不動産への過剰投資にあるにせよ、家賃が揚がって悲鳴を上げているのは庶民である。今までは不動産価格の上昇にくらべて家賃の上昇は穏やかであったのだが、ここに至っての急上昇は家計や将来設計を直撃していることだろう。商業物件の家賃も揚がっているから、それは外食レストランや、小売店の価格にも直接的に反映しはじめている。家賃だけではなく、人件費も揚がっている。小生が依頼する筆匠のいる湖州でも、今年のはじめ北京から政府の役人が来て、一律に工賃を二倍にするように通達していったという。また全国の公務員の給与も一斉に引き上げている。公務員の給与を上げる理由としては、民間企業の給与上昇に合わせて、ということであるが、要は人件費が上がり続けているのである。
工場の街深圳でも、工場の工員は2010年ごろは1か月3,000元くらいで充分集められたものが、今では5,000元でもなかなか数をそろえるのが難しいという。一方で大卒の初任給は平均で2500元程度であったりするので、大学を卒業してしばらく工場で組み立て作業に従事する若者も少なくないのだとか。
人件費があがる最大要因は生活費が高くなったからであるが、とどのつまりは家賃の上昇が主要因であろう。なので人件費が揚がる、給与が上がるといっても、それほど生活が楽になるわけではないのである。
 

家賃があがる要因も、要は過剰な不動産投資のツケが庶民に回されているということである。それは何も今に始まったことではない。90年代の朱鎔基の国営企業改革の断行において、当時累積していた不良債権は専用の受け皿会社に処理に回された。そして膨大な不良債権を償却するために、金利は低い水準に据え置かれて2000年代初頭の高度成長期を迎える。結果的に不良債権を償却したのは、本来であれば預金者が受け取れたはずの利息なのであるが、いわば広く薄く庶民にツケをまわしたことになる。また成長率に比べて低く据え置かれた金利が、2000年代の空前の不動産バブルを生むことになったともいえる........昨年の10月から半年ほどで基準金利を3回も下げているが、低金利への誘導は”経済のモデルチェンジ”を掲げる李克強首相の思惑とは逆に、不動産バブルの延命を支える結果になるのではないだろうか。90年代初頭の状況などすっかり忘れてしまっているかもしれないが、2000年代の不動産バブルは、いわば改革開放経済以来の不動産バブルの再演なのである。
 

日本の報道では中国もデフレ圧力が高まっている、というような内容を見かけるが、それはメーカーからの出荷価格が低迷しているということであって、実のところ市内の商品価格は軒並み上昇しているのである。
製鉄に代表されるように、偏った分野への過剰投資の結果、製品の供給過剰によって過剰在庫を抱え、工場出荷価格は下落圧力が強い。しかし不動産高騰のあおりで流通コストが増大し、市中の店頭小売価格は上昇しているのが実態である。企業は利益が減る一方で、人件費は上げざるを得ない。人々は市場で割高な商品を買うことを余儀なくされている.......その大本の要因をたどってゆくと、やはり不動産に突き当たるのである。

高額なローンを組んで不動産を買う庶民は、皮肉な見方をすれば、政府が”こしらえた”負債をまたしても肩代わりしているということなのだが........大半はそうとは考えていない。あるいは気づかない方が良いことなのかもしれない。
 

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