臨時休業のおしらせ

そろそろ梅雨の時候ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

5月29日から31日の三日間、お店を臨時休業いたします。

皆様方には大変ご不便をおかけいたしますが、ご了承のほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

店主 拝

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営業を再開いたしました。

連休前の時候、いかがお過ごしでしょうか。

メンテナンスのため、一両日お休みいただきましたお店の方、営業を再開しております。どうぞご利用ください。

 

 

新老坑小硯を四面、あらたにリリースしております。お店のシステムの関係で、今までは商品グループごとに解説を入れることができなかったのですが、機能追加によりそれが可能になりました。

たとえば新老坑硯全体に共通する事項なども、いままでは個別の商品紹介のページに、同じような内容を記載していました。これはやや冗長の感がありますね。そうした共通の解説部分は、商品グループのページに徐々に記載してゆこうと思います。個別の商品には、その商品固有の情報だけのほうが、簡潔で分かりやすいかと思います。

 

 

今後とも、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

店主 拝

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臨時休業のおしらせ

いつもお世話になっております。

店舗メンテナンスのため、4月29日より1両日臨時休業いたします。

 

ご不便をおかけいたしますが、ご了承のほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

店主 拝

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営業を再開いたします。

いつもお世話になっております。本日より営業を再開いたしました。どうぞご利用ください。

”青山(せいざん)”というと元は遠方の山を形容した言葉なのですが、地平線近い遠くの山を眺めると、確かに青色の色味が強いですね。これは赤色など、波長の長い光が遮られることによるわけです。
山に限らず、水平線上に浮かぶ陸地が青く見えることから、蘇軾の「澄邁驛通潮閣」にも”青山一髮是中原”のように使われています。海のかなた、髪の毛一筋ほどに青く浮かぶ陸地、というところですね。

先日、香港から友人のO氏が大阪に遊びに来ておりました。和歌山に行きたいということなので、私も行ったことがない南紀白浜に行きました。曇天の海岸線を歩いていると、ふとO氏が遠くを指さして「山が青い!」というのですね。そういわれて遠方を眺めると、しらら浜の白い浜辺越しに見える山々が確かに青い.......遠くの山が青く見えるのはいつものことなのですが、この青さは記憶にないほどでした。青山といっても、たいていは淡く白を刷いたような色をしているものなのですが、白っぽさがまるでない......青というより藍色のような、深い青でした。写真に撮ってみたのですが、やはり少し灰色がかった色に写ってしまいます。(あえて写真は掲載しません。)

それがしばらくして天候が変わって風が吹いて快晴になったのですが、あらためて山の方を見ると、青いことは青いのですが、やはり薄く白を帯びた、薄い青に変わっていました。こういう現象は、海辺ではよくあるのでしょうか。思いがけなく珍しい経験ができました。
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臨時休業のお知らせ

4月10日から12日までの三日間、臨時休業いたします。ご不便をおかけいたしますが、ご了承のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、大阪のほうでは桜の見ごろはこの週末だったのではないかと思います。例年より一週間ほど遅い開花だったようです。しかし土曜い、日曜は、残念ながら小雨交じりの、あいにくのお天気でした。曇り空だと、太陽光線の赤い波長の光がさえぎられて地上にあまり届かなくなってしまうので、花の赤い色味がさえなくなります。
ソメイヨシノは一日で散ってしまうものではありませんが、見ごろがちょうど週末にあたり、なおかつ好天に恵まれるという年は、そう毎年というわけにはいかなかったように思い起こされます。ちょうど七夕や中秋の名月に晴天にあたることがそうそう無いのと同様、というところでしょうか。

中国では今年は4月4日が清明節にあたります。多くの地方ではお墓参りの日なのですが、郊外にある祖先の墓の掃除を兼ねての行楽の日でもあります。江南地方では、”春雨”というように、糠のような細かい霧雨に見舞われる事が多いとされます。
三月下旬から清明節に至る間の中国の花といえば”杏花”、つまりはアンズの花ですが、清明節はちょうど咲き終わるかどうかというころです。梅や桃に似た愛らしい花ですが、曇天の下では赤い色味がやや弱まり、白さが冴える印象になります。”杏花”といえば、”白い花”に挙げられますが、あるいはこの時期に咲くからかもしれません。いつか蘇州郊外で見た、煙霧に濡れる”杏花”も、風情があって良いものでした。
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携帯用 浄純狼毫小楷筆

久しい以前からの懸案であった、携帯狼毫筆の販売に踏み切った.......持ち運びに便利で、見た目も瀟洒、かつ専門家の実用に充分応え得る筆が欲しかったので、企画した筆である。

携帯浄純狼毫小楷筆昔から「携帯用文房具セット」のようなものは、大陸のお土産物屋で売られていた。あるいは日本の書道用品店に、それらが輸入されていたものが扱われていることがあったものである。小さな硯や墨もセットになっており、かわいらしい作りのものもあるが、まさにお土産用で、残念ながらほとんど実用に耐え得るものではなかったのである。
携帯浄純狼毫小楷筆
ところが完成した筆に、いささか気になる点があった。ひとつは筆帽、つまりキャップがいささか外れやすい事。もうひとつは、筆鋒を付けたまま持ち運ぶと、筆鋒の付け根に曲がる圧力が加わった時に、牛骨で作られた白い筆管が折れてしまう事がある、という点である。
この点をカバーするために、専用の革製ないしは布製、あるいは金属製のケースを企画するなどしていたのだが、思ったようなケースが出来ない。またケースのコストも、許容範囲を超えてしまう見込みがあった。そういうわけでもう何年もしまったままであった。しかし時折、あの筆はいつ販売するのか?というお問い合わせをいただくことがあり、誠に心苦しく思っていたものである。
今回、少し筆の在庫整理をしながら出てきたこの筆を改めて眺めていると、もう永久にお蔵入りなのではないか?という思いがしたのである。しかし、それではせっかく作られた筆達にも大変申し訳ない。このとき心なしか、この筆達が悄然として見えたものである。
持ち運ばなくとも、普通に使う分にも、なかなか無いくらいの贅沢に材料を使用した狼毫筆なのである。このまま死蔵しておくのは、考えようによっては当方の身勝手というものかもしれない............

思案の挙句、お使いいただく方々にお取り扱い方法をお任せして、販売する事にしたのである。矢立など無い時代であるが、ペンケースなど、曲がらないような入れ物にいれて持ち運んでいただければ、破損する事はまず無い。
もとより丈夫につくられているのだが、筆帽をつけた状態で圧がかかると、ちょうど筆帽がテコの働きをしてしまい、牛骨部分が折れる危険性がある。
ただし裸のままポケットやカバンにいれて持ち歩くと、筆帽が外れたり、筆帽の付け根から筆鋒が折れる恐れがある点だけは、くれぐれもご注意いただきたい。
携帯浄純狼毫小楷筆
自用の筆を持ち運ぶほどの通人であれば、そのあたりのご配慮は当方ごときがあれこれ考えてより高価な商品になってしまうよりも、お任せしても大丈夫であろうと考えた。携帯用の自用の小文房セットなどをあつらえておられる方であれば、この筆も一本、忍ばせるに好適である。
あるいは持ち運ばなくとも、座右においてちょっとした書き物にも使い勝手が良いものである。
携帯浄純狼毫小楷筆
筆管の材質は筆匠が「紅木」とよぶ木で作られており、これに光沢を出して仕上げ、それに牛骨、牛角でアクセントをつけている。筆鋒はむろん厳選された純狼毫である。性能的には以前販売して高価にもかかわらずご好評いただいていた、”浄純狼毫小楷筆”を若干太くした気味である。鋭利な書き味は、小楷や写経はもちろん、出先での芳名、宛名書きにも重宝するであろう。あるいは木炭などと一緒に、ちょっとした写生旅行へ携帯するのも、面白いかもしれない。
携帯浄純狼毫小楷筆
筆管が惜しいので、いっそ、筆鋒のみを交換可能につくればよかったという思いもあるが、それはそれで構造的に難しい問題も出てくるので今後の課題という事で。
いうまでもなく精良な狼毫を厳選しているので、大切にお使いいただければ相当長い間活躍してくれるはずである。

長年の懸案、結局そのままの形で販売するということで、長らくお待ちいただいたお客様方には大変申し訳なく、ここに謹んでお詫び申し上げたい。平に平にご容赦いただければと思う次第であります。
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臨時休業と営業再開につきまして

いつもお世話になっております。

 

所用のため、27、28日一両日を臨時休業にしなければならなかったのですが、インターネット接続環境の

トラブルにより、告知が出来ておりませんでした。

ご不信、ご不便をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます。

 

3月1日より、お店の方を再開いたしております。

 

何卒よろしくお願い申し上げます。

 

店主 頓首百拝

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倣古乾隆蝋箋(再入荷)

少量ですが、ご要望の多かった倣古乾隆蝋箋を再入荷いたしました。21x22cmサイズで、色紙的な構成にも使いやすいサイズになっております。


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毎回のロットごとに紙の大きさと価格が違うものになってしまうのは、昨今の仕入れ事情等をご勘案いただき、どうぞご容赦願います。実のところお求めいただく方は非常に少ないのですが、入荷数もごく少ないので致し方ないと考えております。

蝋箋に書を書くのはなかなか緊張するものなのですが、書の作品以外にも、収蔵品の桐箱や布箱、巻子といったものの題箋などにご使用いただきますと、大変古雅な感じになります。

蝋箋と言いますと、表面がツルツルしていて墨をはじくのかと思いきや、大変墨のノリが良い物です。松烟ですと、紙の艶に負けてくすんだ感じになってしまいます。可能であれば、出来るだけ良質な油烟墨をお使いください。

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新老坑小硯三面

毎度、お知らせばかりで恐縮です。長引いた風邪もようやく終息に向かいつつある気配なのですが、咳がしつこく残って難儀しています。嗅覚がマヒして食べ物の味が分からないので、何を食べても面白くない日々ではあります。思えば風邪でここまでこじらせたのは、人生で初めてかもしれません。風邪をひかない馬鹿だと思っていたのですが、寄る年波で少しは知恵がついてきた、ということでしょうか。
皆様もくれぐれもお気を付けください。
新老坑小硯
ようやく、新老坑の小さな硯を三点ばかりリリースいたしました。長らくお待たせいたしまして、申し訳ございませんでした。
あまりこういう事は言いたくないのですが、続いてきた新老坑小硯もそろそろ打ち止めになります.....ちょっとづつ仕入れができた時分にはいつまでもあると、当方も思ってしまうものなのですが、天然石だけに数に限りがあるという事ですね。
新老坑小硯
新老坑についてはあと数点単位でお出しする事があるかもしれませんが、その後は当分、新規の仕入れのめどが立たない格好になります。猛烈な勢いで大陸に硯が還流している昨今、逆の流れで仕入れる、というのは想像以上に厳しいものがあります。
まあ、新老坑がなくなったらなくなったで、他の資源を探すことになりますが、端溪はますます難しい状況です。歙州は無理ではないのですが、なかなかお高い....。蠖村石がたくさん取れればいいのですが、これもなかなか。蠖村石も宋代の出土硯にみられるような鋒鋩の良い物は現代は少ない物です。さて、どうしてゆこうか........
新老坑小硯
最近、王安石の詩を読んでいるのですが、良いですね。王安石は唐代の李商隱への傾倒がみられますが、彼のような艶麗な恋愛詩はつくらない。詩的表現美の純粋さを継承して、自分のものにしています。また前時代の詩句を採用するときなどは典故に厳格で、対句に使うのはふたつとも同じ時代の語句から引用するほど。それでいて字句の持つ意味の限界に挑戦するような、突っ込んだ表現の追求があって面白い。
王安石は言うまでもなく新法派の領袖として、蘇軾や黄庭堅、司馬光といった旧法派の最大の政敵でありました。ところが詩人、文学者としては、政治上の主張を越えて互いに深く尊敬しあう関係でもありました。

戯作の世界では「すねもの宰相」というように悪役として描かれ、近代まで”奸臣”の部類に貶められてしまったような王安石でした。林語堂の書いた「蘇軾」は講談社学術文庫で読めますが、その中でも「いじっぱり宰相」というように、蘇軾の政敵、国政を混乱させたこのましからざる人物として書かれています。林語堂の「いじっぱり宰相」も、たぶんに戯作の影響を受けた人物像と言えるでしょう。林語堂は当時優れた文学者のひとりですが、このあたりの認識は古いまま。
それが社会主義革命の流れの中で王安石とその”新法”は再評価され、今では非常に高い評価を受けています。いうなれば千年前に国家資本主義をおしすすめようとした、王安石の先進性が後の社会主義よりの知識人に評価された、というところでしょう。
そうした”進歩的知識人”の一派からは、新法に反対した蘇軾や司馬光は、大小地主の既得権益を代表する固陋な人物として貶められる始末。何事も極端から極端へ傾くものですね。

王安石は、まさに聖人に限りなく近い君子。心にはいつも下層の民の事があります。”神宗”と諡されたほどの英明な皇帝に、これほどの君子の徳を備えた宰相という組み合わせは、大陸の長い歴史の中でもそうは無いと思います。
しかし王安石の新法は、結局のところうまくいきません。その原因は旧法派の根強い抵抗によるもの、というような説明があります。しかし本質的には、王安石が理想としたような国家資本主義は、当時の情報通信や情報処理、交通といった面での技術力では、広い大陸での実施に限界があったと考えています。
新法は中小地主階級の既得権をとりあげて国家が管理する、というところにひとつの眼目がありました。何かと弊害とみられる中小地主階級ですが、蘇軾などの新たな知識人階級や、また軍事力における戦士団の供給、といった役割を担っていました。新法の施行によって地主階級(=中産資本家階級)が没落すると、教育を受けた人材や、強い結束を持った戦士団の供給が途絶えることになります。
事実、王安石が宮廷を去った後ですが、新法を継続した神宗は西夏遠征に大敗を喫します。
当時のテクノロジーでは、広大な大陸を宮廷が直接支配するのは不可能であり、中産階級に大なり小なり権益を認めたうえで義務を課す、といった方法に拠らざる得ないところがあったのでしょう。

蘇軾が地方の行政官として優れていたのは、中小地主階級の権益における収奪の行き過ぎを改め、民力の実情とバランスをとったところにあるのではないかと思います。

戯作の世界では、蘇軾を左遷したのは「いじっぱり宰相」こと王安石、というような役回りになっているのですが、蘇軾が黄州左遷の憂き目にあう「烏台詩案」が起こるのは元豊二年(1079年)。しかし王安石は先立つ煕寧7年(1074年)には既に宰相を解任されて左遷にあい、煕寧9年(1076年)にはすべての職を辞して南京の鐘山に隠棲しています。
むしろ王安石が宮廷にいた頃の方が、蘇軾にせよ自由に発言する事も出来たようで、王安石も蘇軾の才能を高く買っていたところがあります。
王安石は政治家としては厳格ですが、決して冷酷な人間ではない。むしろ非常に優しい心根の持ち主です。たとえば彼の姉妹や従姉妹には才媛が多いのですが、嫁いだ後の彼女らともマメに手紙を交換して心配したり、押韻した詩を作ってあげるなどしています。こういう人物は、実はなかなかいない。
もし王安石が宮廷におれば、後年の蘇軾も海南島まで流されることはなかったのではないでしょうか。

さて、現代のテクノロジーをもってすれば、王安石が理想とした「国家資本主義」もある完成度では実現可能なのでしょう。事実、それを推し進めているのが現在の大陸ですね。しかし案の定というべきか、肥大化した官僚機構による巨大な弊害が起きています。その原因はとどのつまり法治の不徹底にありますが、あるいは官僚機構を構成する官吏のひとりひとりが、王安石のような君子には程遠い、というところにもあるのではないかと思います。北宋の士大夫達が身につけていたような人文の深い素養の代わりに、今の人の頭にはいったい何が詰まっているのか?不思議に思うような昨今であります。
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再度 おしらせ

.......師走の折、皆様いかがお過ごしでしょうか。前回の”お知らせ”からだいぶん間が空いてしまって申し訳ありません。墨や新老坑の販売をしないといけないのですが、あいにく風邪をひいてしまいました。ことしの風邪はしつこいようで、かれこれ1週間以上、咳と微熱が続いているという体たらくでした。
だいたい、生姜湯飲んで布団かぶって汗をかいたら治ってしまうものなのですが、咳がひどくて睡眠が妨げられ、それでもって体力を消耗してしまったのがよくなかったのかもしれません。
商品の梱包・出荷程度は出来るのですが、新老坑の商品説明など、なかなか作業がはかどらないといった有様で、ながらくお待たせして申し訳ありません。
新老坑と同じ時期に青麟髄と玄松脂を販売開始しようとおもったのですが、こちらは在庫数を少し戻すだけなので、先に手配いたしました。
体調もとりあえず快方に向かっているので、今週中にはなんとか新老坑をリリースしようと考えていおります。

過日、香港嘉徳において、硯のオークションが行われました。結果を見る限りでは、もうひとつ、といったところですね。だいたい、昨今のオークションのパターンなのですが、一点、とびぬけて高く落札された品が出ると、それに似たような物が陸続と現れるようになります。”ほしい人の数だけ骨董はある”という事で、初めは希少な品と思ったら、割と似たような硯が出てくるので興ざめする、というような事の繰り返しになります。これは硯に限りません。ようはどういった品が良いのか?という点について、透徹したものが無い。

それはまあ、大陸の事情。一方の日本に目を移せば、硯どころか、書道用品全体の地盤沈下の速度が速まっているように感じます。いや、書道に限らず、華道も茶道もほぼ同じ傾向で凋落の憂き目を見ているとか。まあ、そういったものが軽視される世の中になった、という事かもしれませんが”書道”という文化自体にも、在り方が問われているのではないかと思う次第です。

今年の冬は寒暖の差が激しいようで、皆様方におかれましては、くれぐれも建康にご留意いただけますよう、何卒お願い申し上げます。
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