大陸の資産インフレの行方は....

別段、大陸の不動産の購入を検討しているわけではない。おもえば人の一生そのものがこの世の仮宿りのようなものであり、住んでいるところが借家か持ち家かなどということは、そもそも気にすることではない........というような態度は、かの国ではあまり賛同してもらえない。

それはさておき、不動産市場を少し気を付けて観察している理由は、控えめに言ってもこれが中国経済の”生命線”だからである。いや政経一体のかの国にとっては、経済どころか”政治”においても同様であろう。

新房、二手房


中国の検索サイト「百度」(http://www.baidu.cn)で「○○房价」と、○○に上海や北京など、都市名を入力して検索すると、大陸各地の主要都市の不動産価格(すなわち房价)の推移グラフが現れる。青い線は「新房」すなわち新築物件、黄色い線は”二手房”、つまりある人から売りに出された物件である。
”二手房”に”中古物件”という訳が充てられている例を目にするが、日本のマンションなどにおける”中古物件”と、現代中国の不動産市場における”二手房”は、やや違ったニュアンスがある。「二手」というのは誰かの手から手へ、というのが文字通りの意味であるが、かならずしも誰かが何年か住んでいた物件、ということではない。正確には新築物件が購入され、購入者が不動産登記を済ませた後、再び不動産市場に売りに出された物件、という意味である。
たとえば北京と上海を比較するだけでも面白いのであるが、北京は”二手房”が”新房”よりも2割以上高い。反対に上海は”二手房”が”新房”よりも1割以上安い。直感的に、新しい部屋よりも「古い」部屋が高いというのは理解しにくいのであるが、天津、杭州や南京、広州、武漢、成都などのほとんどの主要都市は同様に”二手房”の方が平米あたりの単価が高い。しかし上海や深 祁、南昌、蘇州、無錫といった都市は”新房”の方が高いのである。
この理由は、”二手房”というのは、すでに住居として完成しており、対して”新房”というのはまだ完成していない「完成予定」の部屋も含むのだという。内装も何もされていない部屋に比べて、内装などにコストをかけているために、高くなるのだという。また”二手房”は、周辺の商店や学校など、生活のインフラが整っている場合が多く、すぐに入居して生活を始められるだけに、需要が高いとも言う。他、税制や不動産登記の費用など、いくつかの理由があるそうな。
全国平均のデータは無いが、新房も二手房も、軒並み今年の5月から下落基調である。また昨今騒がれているような値下がりは今に始まった事ではなく、2011年の7月〜9月あたりから2012年末にかけて、横這い、ないし緩やかに下落している都市がほとんどであることもわかる。それが2013年の1月ごろから再度上昇に転じ、とくに昨年9月ごろからの上昇が目覚ましい。しかし早いところで今年の1月、遅いところでは4月にピークを打ち、そこから横ばい、あるいは微減を開始している。

断供棄房と炒房団


”弃(棄)房断供”あるいは”断供弃房”という語がある。”弃房(棄房)”は部屋を捨てるの意、”断供”は契約したローンの月々の返済が滞る事。要は住宅のローンを払いきれなくなってしまい、銀行からローン契約の違約を追求されて、部屋を手放さざる得なくなる状況の事である。現在大陸ではこれが急増している。こうした状況に陥った人の多くは、住むための部屋ではなく、”投資”ないし”投機”を目的として部屋を購入した人だという。このような不動産投資をこととする人を”炒房客”という。
”炒める”というのは要するに”煽(あお)る”ことであり、投資というより投機に熱心、というニュアンスがある。”炒飯(chao fan)”ならぬ”炒房(chao fang)”というわけである。”炒房団”といえば、”不動産投資グループ”という意味になるが、集団で価格を吊り上げる連中、というような意味でも使われる。”炒房客”は、お金持ちに限った話ではなく、銀行で長大なローンを組んで値上りをじっとまっている庶民もすくなからずいる。

ちなみに”炒股”といえば株への投資であるが、”炒股団”というと、どことなく”インサイダー”の匂いがしなくもない。またかつては”炒画団”(絵画投機グループ)や”炒瓷団”(陶磁器投機グループ)なんていう輩も、暗躍していた時期がある。鑑定家、批評家と結託して、贋物を本物と認めさせてオークションで高値で売ったり、オークションの落札品を高値で転売することを謀っていたのである。リーマンショックを境に減って、2011年ごろにはあまり聞かれなくなったが、絞り糟のような連中はまだそこかしこにいるものである。(あるいは”炒硯団”なんていうのも、はて?いるのかしらん。)

”炒房客”の発祥地といえば、浙江省の温州と言われており、また浙江省全体も”炒房客”が多いと言われている。浙江省の地方都市の庶民でも、やっとの思いでローンを組み、杭州や上海の手が届く部屋を2つ3つと購入して値上りを待っている、”炒房客”も多いのである。そうした”炒房客”はもともとそれほどの収入源を持っていないし、銀行以外にも頭金を親戚他から借金して払い込んでいる。だから何かの拍子に本業が傾くと、たちまち返済が滞ってしまい”断供棄房”ということになる。

温州房价


前述した百度検索で、「温州房价」と検索すると、この都市だけ特異な不動産価格の動きがみられることが分かる。2011年の11月に21,083元/平米のピークを付けた後、ほぼ3年間下がりっぱなしなのである。2014年7月の「新房」の価格はグラフから読めば13,679元、ピークからは30%にも及ぶ下落である。しかも今尚「底を打った」気配はない。とくに「温州炒房団」とよばれるほどの”炒房団”のメッカだけに、いち早く過熱した不動産市場が冷え、下落に向かった格好だ。
この温州では当然というべきか現在”断供棄房”が急増している。温州の”銀監分局”の統計によると、昨年の8月以来、温州で受理された”断供棄房”案件は1107件にのぼり、”棄房”に伴う不良債権額は64.04億元(およそ1000億円)に達するという。2013年の温州のGDPが4,000億元という事を考慮すると、GDP比で1.5%くらいだが、この程度では終わらないだろう。他、広東省の番禺などでも前年比で70%もこの種の訴訟が急増しているという。
温州や番禺の動向は、今後の大陸各都市の不動産市場の「未来形」を占う意味でも、注意した方が良いだろう。

ところで、当然ローンを払えなくなれば物件は押収されてしまうのであるが、アメリカの”サブプライム・ローン”と違い、部屋を手放してもローンの返済義務は残る。とはいえ、払えるはずもないので、残った借金は貸した側にとってはほぼ間違いなく”不良債権”になる。押収した物件は当然ながら競売にかけられるのであるが、期待通りの価格で落札される事も、もはや望めない情勢である。
温州の炒房団は、温州の不動産の高騰が頭打ちになると、売り抜けて杭州や上海など、さらに大都市の不動産の投資に向かった。この傾向は多かれ少なかれ大陸の地方都市に共通で、地方の中小都市の不動産が下げる中、上海や北京がしばし堅調だったのは、地方の物件を売り抜けた”炒房客”がより大都市の物件の投資に向かったからであると言われている。もっとも、上海や北京の市場が頭打ちの昨今、大都市の物件も売り抜けて、今度はロンドンやバンクーバー、シドニー、カルフォルニアといった海外の物件に向かっている。その後は........火星の物件にでも向かうかもしれない。

取消限购


”限购(限購)”という語があるが、不動産投資が過熱して価格が暴騰、庶民から不満が出たのに応じて、中央政府の指導により、地方政府が住宅用不動産の購入制限を実施したことを指す。この”政令”によって、一世帯が購入できる住宅用不動産が制限された。
これは各地方政府ごとに施行される”政令”で、2010年の4月に北京が実施したのを皮切りに、ほとんどの大都市がこれに追随した。北京は購入可能物件を”ひとつ”、深圳などは”ふたつ”など、制限の内容は都市によって違いがあるが、要は”炒房”の抑制である。
その”限购”も、今年の五月くらいから顕著になった不動産市場の低迷を背景に、”取消”する地方政府が相次いでいる。”取消限购”である。北京、上海、深圳など、不動産高騰の著しかった大都市を除く、地方政府ではこの傾向が顕著である。この際だから、投機でも投資でもいいから、”炒房団”に不動産を買ってほしい、という悲鳴にも似た政策の転換である。今のところ、上海や深圳は「限购」を堅守しているが、他は軒並み「取消」の情勢である。8月現在、主要70都市の中で、「取消限购」を施行したのは30都市に上る。
しかし不動産が下落を続ける状況下で、”炒房”が目的の連中が、”待ってました”とばかりに不動産投資に走るのかどうか。ここしばらく様子を見る必要があるが、”取消限购”した地方都市で不動産価格が力強い上昇に転じた、という話はいまのところ聞かない。住むわけでもない部屋は、値段が上がるから買うのであり、余力のある世帯でも、不要不急のものであればなおさら”様子見”するのが普通の判断だろう。

大陸の不動産市場は、もはや尋常な”需給関係”で指し測れるような市場ではない。不動産市場の低迷の原因を過剰在庫や購入制限に求めるのは、一面的に過ぎる見方であろう。

外匯占款


日本ではあまり注目されていないが、6月に入って中国の”外匯占款”が減少に転じたことが、大陸の経済ニュースではちょっとした話題になっている。
外匯占款は英語ではFunds outstanding for foreign exchangeという。日本語の訳では、これは金融機関のもつ「外国為替資金残高」になる。すなわち流入した外貨の"exchange"つまり両替に応じるための、各銀行の人民元の残高のことである。
中国は最近ようやく人民元で貿易代金を決済できるようになったそうだが、大半の中国の輸出企業は依然として米ドルで海外の取引先から輸出代金を受け取っている。あるいは広東の工場などは、米ドルあるいは香港ドルで受け取るところも少なくない。いずれにせよ”外貨”であるから、中国国内の決済には使えない。外貨では従業員の賃金や、資材調達の決済が出来ないから、これを人民元に交換する必要がある。人民元と外貨との交換には制限があるが、”輸出証明”という「この米ドルは、品物を輸出して受け取った代金ですよ。」という”証拠”を添えて申請すると、制限枠を超えて人民元に交換することができる。
なので中央銀行は、輸出や海外からの直接投資によって人民元の需要が増える都度、人民元を”増刷”し、外貨の”両替”の需要に応じる必要がある。”増刷”された人民元は、中央銀行から外貨を保有する商業銀行へ供給される。この外貨両替の需要に対応した”人民元”の総額が、外匯占款なのである。
外匯占款は、外貨が流入すれば増え、流出すれば減る。流出と流入を差し引いた残高が外匯占款である。流出と流入は常に双方向に流れているが、流入が流出を上回れば外匯占款は増え、逆の場合は減るのである。つまり外貨が流入超過することで外匯占款が増え、そのぶんの人民元が商業銀行に供給され、さらには中国国内に流通する人民元の総額の伸びにつながるのである。逆に外匯占款が減少すれば、流通する人民元の総額の減少につながる。市場に流通する資金量を”M2”というが、外匯占款の増加は”乗数効果”とあわせて、M2の伸びにダイレクトに作用する性格を持っている。

外匯占款の伸び悩み


外匯占款は毎月発表されるが、7月23日に公開されたデータでは、6月の外匯占款は294,513.41億元、その前の月の5月と比較すると-883億元の減少になったということである。減少と言っても微々たるものであるが、先月の5月末まで10か月連続で”増加”していたのが、ここにきて”減少”に転じている事は注目にあたいする。もっとも、減少の兆候は先月からあり、5月の外匯占款の”伸び”は前月からわずかに3.61億元であった。これは4月の外匯占款の”伸び”の1%を下回る非常に微小な”伸び”であった。また今年1月から5月まで外匯占款は増加を続けていたものの、その伸び率は漸減していた。ゆえに6月期の外匯占款の”マイナス”はある程度予想されていたことである。
7月の外匯占款の伸びは、378.35億元で、6月のマイナスを回復するほどではないが、若干のプラスに転じている。しかし2013年の10月の4,416億元、今年の1月の4,373億元に比較すると、1割に満たない規模であり、外匯占款のM2増大への貢献は既に限定的であるといえるだろう。
外匯占款の推移

6月に急減した外匯占款が7月に入ってある程度回復したのは何故か?と考えていた。外匯占款はおもに輸出代金の受け取りとと対中直接投資によって伸びてゆく。
7月の輸出は前月比で14%の伸びを見せている。しかし商務省が公開している「中国实际外商直接投资」をみると、7月は4割減となった日本を筆頭に、アメリカもユーロも、ASEAN諸国も、対中投資はのきなみ2割近い減少をみせている。かわって、イギリスが前月比70%を超える伸びを見せ、また韓国も伸びて、投資額では日本を上回る額に達している。
日米欧の直接投資の減少はイギリスと韓国が埋め、なおかつ輸出が急増したために、なんとか2か月連続での外匯占款の減少は防がれた格好である。しかしそれでも、6月の減少を回復するには至っていない。8月のデータは9月に公表されるが、さてどうなるであろうか?
それにしても、ここにきてイギリスからのタイムリーな対中直接投資の伸びは、何か政治的な背景が察せられるところである。

外匯占款→M2→不動産


この外匯占款がM2の伸びに大きく影響する事については先に述べた。外匯占款の増大に比例して、世間に流通する資金量が増えるのである。そしてM2の増大が......不動産を筆頭とする大陸の”資産インフレ”を支えてきたことが、それぞれの推移を比較すると如実に明らかなのである。
2008年以降の不動産価格の推移は都市ごとに異なっているが、俗に「北上広深」と言われる、不動産価格が高くかつ上昇の著しい四都市、北京、上海、広州、深圳の価格推移は良く似通っている。またこれら大都市の不動産価格の推移と中国のM2の推移は、グラフをみる限りではほぼ一致する。すなわちM2が大きく増える時期は不動産価格も上昇し、M2が横這いないし微増減する時期には、不動産価格も横ばいないし微増減にとどまっている。日本の”異次元緩和”が狙ったように、市場に流通する資金量が増えれば資産インフレが起こるという、そのメカニズムはことさら説明するまでもないだろう。
とくに昨年の9月から1月まで、外匯占款は大きな伸びを見せ、つられてM2も増大し、上海を筆頭に不動産価格が押し上げられている。上海は実に前年比30%もの伸びである........異常というよりない。さらに言えば、M2の拡大に支えられている大陸不動産市場は、需給関係といったような、市場原理による価格の決定メカニズムとはすでに大きく乖離してしまっている、と見ることも出来る。

外匯占款と人民元キャリートレード


今年の2月に人民元が急落している。中国の金融当局の誘導によるという見方が主流であるが、元安誘導の目的は何であろうか?元安誘導によって輸出を伸ばす、という事も理由の一つかもしれないが、より直接的には昨年の9月以来の海外からの投機資金の流入の流れを、一度断ち切りたかったと考えられる。
昨年の9月から、米中間の金利差を利用した、ドルと人民元のいわゆる”キャリートレード”が規模を拡大していた。つまり金利の安いドルを借り、金利の高い人民元(建ての資産)に投資するだけで、金利差によって楽に利益をあげる事が出来たのである。何故、昨年の9月から急増したかといえば、おそらく9月にFRBが量的緩和の縮小開始を今年の2月と宣言した事が関係してるかもしれない。すくなくとも2月までは、緩和縮小はしないという確約が取れた事で、米国内にありあまったドルが人民元建て資産の投資に向かったと考えられる。
この”キャリートレード”の急増のおかげで、年初来停滞気味だった大陸の不動産市場は昨年9月から再び過熱し、上海では30%もの上昇をみせている。上海が特に伸びたのは”自貿区”の設置による、経済発展に期待が寄せられたという事もあるかもしれないが、それでもその”原資”の多くは、海外からの”ホット・マネー”の流入であったことがうかがえる。6月の水面下での金融危機を受け、下半期では緩和に傾いた人民銀行ではあったが、それにしても不動産バブルのこれ以上の昂進は望んでいなかったはずである。

大陸の金融当局の思惑を察するに、”M2→資産インフレ”の流れに関しては、これ以上の急激な伸びは困るが、急減も困る、というところであろう。外匯占款のM2に寄与する割合が”横這い”であれば、M2の増減は金融当局......人民銀行のさじ加減でコントロールしやすくなる。
しかし海外との資金の流出入に関しては、必ずしも当局の思惑通りにはいかないものである。5月、6月の外匯占款の急減を見て、ふたたび人民元を上昇基調に戻したのは、海外からの対中直接投資が急激に減る事を防ぐ狙いもあったのだろう。
しかし当局の思惑通り、M2が横ばいに推移すれば、不動産市場価格も横ばい.......と考えたいところだが、価格が上がらなければ、”炒房客”は不動産を買わない。また”投機”目的ではなく、庶民が”マイホーム”としてやっとの思いで買うにしても、高い金利のローンは、不動産価格があがると思えばこそ組めるのである。不動産デベロッパーも地方政府も、多額の借金をして不動産開発を行っている。借金には利息が付くから、仮に価格が横這いであっても、いつまでも持ち続けられるわけではない。現金化するために値段を下げてでも売らざる得なくなる。

QE3の終了、アメリカの利上げと大陸不動産バブルの終焉


アメリカの量的緩和QE3が終了し、10年ぶりにアメリカが金利を上げる時、世界中のドルのアメリカへの回流の流れは決定的になるだろう。すでにそれを織り込んだ流れになっているともみられるし、今年の初めからアルゼンチンなどの新興国で起きている金融不安は、世界中にばらまかれたドルが引き揚げられているからでもある。
思い起こせば”量的緩和”は世界の中央銀行に先駆けて、日銀が初めてやった手法である。2006年3月まで続いた日銀の量的緩和による円の膨張は、円安と日本の”超低金利”を生み出した。低い金利で円を借り、ドルに交換して、アメリカの不動産市場に投資する........いわゆる円の”キャリートレード”が、アメリカの”サブ・プライム・ローン”の膨張させたという事実は記憶に新しい。2006年に日銀の量的緩和が終了した後も、2007年の半ばまで円安は継続し、大量の円がドルに交換されてアメリカに流れ込んだ。が、その”巻き戻し”が起きたとき、”サブ・プライム・ローン”は破綻し、2008年の”リーマンショック”を迎えているのである。

2006年〜2008年と同様に、アメリカと中国、すなわち”ドル”と”人民元”の金利差を利用した”人民元キャリートレード”も、QE3の終結と利上げによって終焉を迎え、”巻き戻し”が起こることは確実である。
中国の不動産融資は”サブ・プライム・ローン”と違って、不動産を放棄しても返済義務は残るから、銀行が破綻する事は無い、という楽観論もある。あるいは多めの頭金を払い込んでいるから大丈夫、という意味不明の楽観論も散見される。が、これはさすがに楽観的に過ぎるだろう。先の”断供棄房”が増え、不動産市場が底割れすれば、最終的に債権の回収はほとんど出来なくなる。むろん、現金一括購入で”炒房”していた連中も多かったのであるが、大半は売り抜けてしまっている。
それよりなにより、地方政府の”土地財政”が回らなくなる。杭州や福州、天津といった、大規模開発に失敗し、財政が火の車の地方政府が辛うじて”回って”いるのは、大手不動産デベロッパーに、相場の半値で土地使用権を叩き売っているからである。大手不動産デベロッパーは、理財商品でその資金をかき集めているが、物件が供給過剰の現在、そのシステムをいつまで継続できるかは不透明だ。

不動産バブルの崩壊を不動産関連産業のみに限って算出する向きもあるが、それは消極的な見方で、これに公共事業のほとんどが付随するだろう。また財政難となれば、国営企業や公務員の給与も圧力を受ける為、個人消費にももちろん影響してくるだろう。言われるように、金融危機や債務危機が起こらない、あるいは表面化しないのであれば、代わりに別の形で人民の生活に影響が出るような現象が起こるだけである。

今後の展開は....?


資金がドルに変わって流出する分、人民銀行は人民元を”印刷”して商業銀行に供給を続けるかもしれない。商業銀行は中央政府の指示で、不良債権化覚悟で、不動産市場を支える資金を供給し続けるかもしれない。結果的に起こるのは、国有企業、地方政府、銀行の、すべての部門のバランス・シートの劣化である。最後は家計に及ぶだろう........
そもそもいくら人民元を増刷しても、アメリカの金利が高い局面になれば、かなりの部分は結局ドルに変わって海外へ流出してしまうだろう。資金補充の意図が補充にならない。日本の”異次元緩和”のよる円の増発が、結局金利の高いドルやユーロに変わって日本から流出してしまい、日本の資産インフレにはほとんど効果が無かったのと同様である。
それでも”リーマンショック”のような、株価の大暴落や為替相場の激変は、中国の場合は起こらないかもしれない。大陸の株式市場は2007年をピークにすでに暴落し、低迷を続けている。為替相場は変動幅を拡大したとはいえ、当局が基準値をコントロールすることができるからである。

しかし為替相場や金利に限らず、ことあるごとに”中国政府は経済をコントロールできている”ことが強調されているが、仮に”コントロール”出来ていたとしても、”コントロール”することによって、市場の歪みがますます蓄積され、”リスク”が解消しないまま拡大している.......これをいくら続けても、経済が”健康体”に戻る事はもう無いだろう。
経済に政治があまりに深く、広く介入してしまっているかの国では、金融や経済の問題を純粋に経済問題として処理できない。経済問題は政治問題に直結し、政治の問題は要は利権の奪い合いなのである。いろいろな楽観論も聞かれるが、ここ数年の動きを見る限りでは、打ち出した改革のほとんどが奏効しないか、あるいは別の副作用を生んでいる。
例を挙げれば低所得者向け住宅、「保障性住宅」の大量供給がある。住宅が過剰に在庫を抱えている現状で、この政策がもつ意味は何であろうか?市場原理に沿って住宅価格が下がり、低所得者の手の届く価格になるのが本道であろうが、市場原理を歪め、高すぎる不動産を下げないことを前提に、低所得者向けの住宅を大量供給しようとしている.......矛盾に満ちた政策である。そもそも絶望的に開いてしまった所得格差の是正を進めるのが、本来の”御政道”ではないかと思うのだが。ともあれ、政策的に作られた膨大な「保障性住宅」の存在は、不動産市場の”歪み”を拡大するだけの結果に終わるだろう。

大陸経済は、もはや自力更生は無理な段階に入っているのかもしれない........それでも、もしアメリカの景気に影が差し、利上げの延期やまたぞろ量的緩和だQE4だ、という事になれば、再び投機資金が流れ込み、あるいは大陸の経済は持ち直すかもしれない。しかしその成長は従前と同じ、不動産を中心とした”資産インフレ”が吸収してしまうことになるだろう...........
ともあれ、外匯占款とM2の関係に現れるように、世界第2位の規模の経済体になって尚、その経済の根幹が外資の流出入に短期的にも大きく影響されるというのは、注意して良いだろう。

...........大陸の資産インフレがいつまで続くか?というのは、ここ数年来の関心事であったのだが、それは硯石とか宣紙の価格とか、そういったものの価格が今後どうなってゆくのか?という事を考えていたからである。ここ10年の大陸の文房四寶の全般的な傾向をみると、価格は上がるは質は下がるわで、良い事はあまりなかった。値段が上がる中で「より良い物を」と求めてきたが、それもだんだん限界に近付いてきたところで、ようやく終わりの見えなかった大陸の”資産バブル”にも先が見えてきた。不動産が暴落したところで、硯や筆が劇的に安価になるとは限らないが、もう少し落ち着いてくるのではないかと期待している..........もっとも、当の中国は”それどころではない”と血相を変えているところであるだろうけれど。
落款印01

カン州のレアアース

贛州の八境台に上った時、董必武(1886-1975)の五言律詩(の複製)が楼閣を登る階段の壁に掲げられていた。董必武は共産党創建者のひとり、毛沢東に準ずる建党の元勲である。
直下桐木嶺
驅車入贛州
雙流章貢合
八境石花收
礦有鎢砂著
材多樟樹虬
今年又豐收(産)
歡樂遍山陬

書き下しのみ示す。

直ちに下る桐木嶺(とうぼくれい)
車を驅(か)りて贛州(かんしゅう)に入る
雙流(そうりゅう)章貢(しょうこう)合(ごう)し
八境(はっきょう)石花(せきか)を收む
礦(こう)は鎢砂(うしゃ)の著(はなはだし)きあり
材(ざい)は樟樹(しょうじゅ)の虬(おびただし..?訓読未詳)き多し
今年(こんねん)又た豐收(ほうしゅう)
歡樂(かんらく)山陬(さんしゅ:山の隅々まで)に遍(あまね)く
江西省 贛州市また著名な文学者の郭沫若氏も、八景台の詩を残している。

「登贛州城內八境臺」郭沫若

三江日狂流
八境歲華逎
廣廈雲間列
長橋水上浮
辦林冠贛省
鎢產甲神州
一步竿頭進
力爭最上遊

これも書き下しのみ示す。

三江(さんこう)日に狂流(きょうりゅう)し
八境(はっきょう)歲華(さいか)逎(せま)る
廣廈(こうこう:大きなビル)雲間(うんかん)に列し
長橋(ちょうきょう)水上(すいじょう)に浮ぶ
林(りん)を辦(べん)じれば贛省(かんしょう)に冠たり
鎢(う)を產(さん)しては神州(しんしゅう)に甲たり
一步(いっぽ)竿頭(かんとう:竿の先。釣りの情景)に進み
力(つとめ)て爭(あらそ)わん最上の遊

ちょっと政治臭がする両詩であり、あえて大意は示すまでもないだろう。
董必武は詩中「鎢砂」と詠み、郭沫若は「産鎢」と詠んでいる。
この「鎢(う)」は、タングステンのことであり、タングステンといえば、レアメタルに数えられる希少資源である。実は江西省は大陸におけるレアメタルの主要な産地であり、贛州はその中心的な生産地なのである。
郭沫若の詩の制作年はわからないが、タングステンと”樟樹”すなわち木材資源に言及しているあたりは、董必武の詩を踏まえて詠んだフシがある。
周知のとおりタングステンは重く硬い金属で、鋼材には欠かせない。より端的には、戦車の装甲や砲弾の材料として非常に重要な資源なのである。
董必武の詩(複製であるが)の落款からは、「1963年11月20日」と読める。1960年代といえば「中ソ対立」の緊張が高まっていた時期である。
かつてのソ連は中国にとっては現実的な、かつ最大の脅威であった。北京の地下に築かれた巨大な防空壕(現在は公開されている)などは、それを如実に物語っている。当時の中国の首脳は、核攻撃はもとより、ソ連の戦車がいつ国境を越えて侵攻してくるか、常に神経を尖らせていた。ソ連の膨大な戦車部隊に対抗するには、戦車の装甲を破る、強力な砲弾が必要である。それを造るため必須のタングステンが贛州には豊富にある......だからソ連が攻めてきても大丈夫だ、ということを指導者として明言
する必要があった........というような時代背景が察せられるのである。書の落款には「井岡山」と、江西省吉安市に位置する地名が記されているから、おそらくは董必武の江西省視察時に詠ん詩ではないだろうか。
江西省 贛州市また贛州はレアメタルと同時に、レアアース(希土類)も豊富に産出することで知られている。
レアアースといえば、2010年頃から、日本との間でひと悶着あった経緯がある。あの時は、”尖閣諸島”の問題と絡めて、日本側への経済圧力の一環としてレアアースの輸出制限がかけられた、というような事になっている。それは結果的にそういう事になってしまった......という見方も出来る。実はレアアースの輸出制限については、”島”の問題が勃発するかなり前から中国側から日本に申し入れがあり、日本側は輸出枠を緩めるように、再三の交渉に努めていたのである......この事実は、”島”の問題が起こる以前は大して大きなニュースになっていなかった。だから外交摩擦が起きて以降は、あたかも”経済制裁”として、”レアアース”の輸出制限をかけたような恰好のままになってしまっている。

実のところ、大陸のレアアースの精製技術は高い物とは言えない。自国で精製すると、多量の原材料を浪費してしまっていたのが実情である。なのでいかに膨大な埋蔵量、産出量を誇るとはいえ、将来的に自国で使用する分にも足りなくなるかもしれない、というような見通しがあった.......ことになっている。なので「輸出制限をかけますよ」という事なのであるが、ひとつには日本の精製技術を提供してほしい、という思惑があったとも言われる。「輸出制限」をチラつかせて、レアアースの精製技術を引っ張り出したかったところが、”島”の問題が勃発して、それが外交問題にスライドしててそのままになってしまった、というような見方も出来るのである。

その後、日本は調達先を多様化したり、代換技術を開発して、逆に大陸のレアアースの需要が落ち込んで価格は暴落した、というような経緯がある。それは確かにそうなのであるが、その一方で大陸のレアアース(レアメタルも)相当な余剰生産力、多量の在庫を抱えていた、という事実もある。
江西省 贛州市”余剰生産力”という意味では、大陸の石炭や製鉄に至るまで、およそ鉱物資源はことごとく”供給過剰”が問題になっている。問題にならないのは”金(ゴールド)”くらいかもしれない。
実際の需要を超えて過剰な在庫を持ち、また供給過剰になってしまっているのは、鉄にしろ銅やレアメタル、レアアースにせよ、資源価格の”値上がり”を見込んだ投機対象になっていたからである。「持っておいても腐るものではないし」ではないが、生産して在庫を山積みにしていても、市場に放出しなければ資源相場には影響しない。在庫の資源を担保にして融資を引き出し、それを別の投機対象につぎ込む、というような事が相当な規模で行われていた...........とここまで見てゆくと、先に述べた「レアアースの輸出制限」のオモテムキの理由、「将来的に、国内での使用する分にも足らない」という話も、本当だったのかどうかは疑わしくなる。在庫が国内に山積みになっているということは、実情としてさほど需給は逼迫していなかったことになる。いつになるかわからないが”将来的に足りなくなるから制限する”というのは、いささか根拠が弱いようでもある。

世界の生産量の9割を中国が占めているレアアースは、中国が輸出を制限すれば世界のレアアース市場は簡単に高騰してしまう、という構図があった。しかしあるいは、大陸の有力者がレアアースに大規模に投機し、政治的な働きかけで海外への輸出制限を進めたとしたら......という想像が働かないでもない。
ともあれレアアース、レアメタルの需要の急減速(世界、国内ともに)と、世界最大の輸入国であった日本の技術革新と調達の多様化によって、希少資源の相場は急落した。担保にしていた在庫の価格が下落すれば、担保割れを起こす.........大陸のレアアース関連産業の株価は”白菜価(白菜がやっと買える値段)”にまで暴落して低迷している。
江西省 贛州市江西省 贛州市?小平は「中東に石油あり。中国にレアアース有り。」と豪語したというが、この点に関しては?小平も市場経済を理解していなかったのではないかと思う。もちろん、?小平存命時は、原油および産油国の世界への影響力は大きかった。
ただし「オイルを握るものが世界を支配する」と言われた時代があったのは事実であるが、中東産油諸国ないしアメリカの石油産業が絶大な力を持ったのはほんの一時である。思い起こせば中東の産油国が原油をエンパーゴして世界経済と国際政治に揺さぶりをかけたのは再三にわたった。日本経済もそのたびに翻弄されたのは事実である。が、結局のところ中東の産油国も原油を輸出しないことには経済が成り立たない。いつもどこかの国かが脱落して禁輸が解けてゆくのが常であった。しかもその都度、世界各地に新しい油田が開発され、また石油に代わるエネルギーの開発や、省エネルギー化も進んでいった。
現在、中東の原油が世界経済を左右するほどの力を持っているか?また国際政治へどれほどの影響力を持っているか?これは考えてみる必要があるだろう。
富国強兵を夢見た?小平であったが、”レアアース”を外交カードとして戦略的に利用する事が。かえって裏目に出た事実を知ったらなんと言っただろうか。
大陸は圧倒的なシェアを持つ、世界最大のレアアースの供給源である。しかし一方で日本は最大の輸入国であり、レアアースの消費大国である。いうなれば最大の生産者と最大の消費者という図式であり、”市場原理”に基づけば価格は”需要”と”供給”のバランスで決まる、という事を考えれば、そもそも”レアアース”を”外交カード”に使うべきだったのかどうか、ここは熟慮しなければならなかったところかもしれない。まして年々値上がりを続けていたレアアースを、さらに出し惜しみをして値上げを計るような事を考えるのもいかがなものか......

戦国時代、周の大商人の白圭は「人の捨てる物を私は拾い、人の欲しい物を私は与える」と述べ、豊作の年は蓄え、凶作の歳は放出する事を実践した。
越王勾践を助けて呉を滅ぼした范蠡(はんれい)は、経済政策にあたって計然(けいぜん)の策を用いたが、計然も「物が高い時は捨てるようにこれを与えよ」として、需給のバランスを説いた。後に范蠡は計然の策を応用して商人として大成功したと言われる。いずれにせよ「モノが高い時は買い占めて出し惜しみし、さらに値上がりを待つ」とは誰も言っていない。大陸を割拠した各国の間の交易の盛んだった戦国春秋時代、白圭も計然も自国の国内市場の事だけを考えているのではない......単純な事ではあるが、これが出来る人物というのはいつの時代もさほど多くは無いのかもしれない。
落款印01

日本式幼稚園

湖南省から来た交換留学生のYさんに、しばらく中国語のレッスンをしてもらっていた。彼女は洞庭湖の南、湘江の西、長沙の出身である。湖南大学に通い、修士課程の途中で1年間の交換留学で日本に来ていたのである。そのYさんも先週、交換留学の期間が終わって故郷へと帰って行った。

Yさんは日本語については留学前にすでに一級を取得し、滞在期間が短いにも関わらず、その生真面目な性格そのままの非常に正確な日本語を話せるし書けた。大学で勉強したくらいでこうも正しく話せるようになるものかと、語学に(かぎらず)まったく才能の無い小生などは舌を巻いてしまう。
一昔前は、日本に来たばかりの留学生は、ほとんど日本語が話せなかった人が多かった。しかし最近の若い留学生は、すでにかなりのレベルに達している人が多いように思える。

帰国の日も近くなって、東京へ数日行くという。観光かな?と思ったら、湖南大学の指導教授が東京に出張に来るので、それに同行するのだという。最後に東京を観て帰るのも良いでしょう、と思っていた。Yさんが東京から戻ったところで、最後の中国語のレッスンがあった。Yさんに、東京行きの感想を聞いてみた。Yさん曰く、

「指導教授と、横浜の幼稚園に見学に行きました。」
「へえ。」
「私の指導教授は、中国に日本の幼稚園のような幼稚園をつくりたいと考えています。」
「え?日本の幼稚園のような幼稚園?」

「日本式」の幼稚園.....あるいは保育園でも同じかもしれないが、昨今の日本の幼稚園ないし保育園は、ケシカラヌことを子供に教えるものだ、と個人的には思っていた。知人の小さな子が幼稚園に通っているのであるが、アニメの歌やアイドルの踊りなどを覚えさせられて帰ってくる。こんな小さな頃から、大人の趣味で商業主義に汚染された流行文化に毒される子供たちは可哀想である。こうした子供たちは将来の消費者予備軍となるのだろう。さほどお金を出さなくても楽しめる、昔ながらの遊びもたくさんあるはずなのであるが.......中国の幼稚園はどうなのだろう?Yさん曰く、

「中国の幼稚園は、小さいころから英語や算数を勉強させます。日本の幼稚園は、勉強はあまりしないで、みんなで遊んでいます。」
「日本の幼稚園はユルイですね。」
「でも、私の指導教授はその方が良いというのです。あまり小さなころから勉強や競争ばかりさせると、利己心の強い人間になってしまうと。」
「まあ、あるいはそうなりやすいかもしれないですね。」
「横浜のその幼稚園では、親が子供達を迎えに来る時に、先生たちはひとりひとりの子供を抱きしめてからお別れをしていました。」
「へえ。」
「中国の幼稚園では......親は幼稚園の先生にプレゼントをするのですが.....幼稚園の先生はプレゼントをくれた親の子供だけを抱きしめて帰します.......。」
「...........。」
「中国の幼稚園の先生は、みんな親からプレゼントを受け取っています。これが普通なんです。」

このような事は小生も複数の方面から聞いたことがある。上海の友人の同級生の奥さんは幼稚園の先生なのであるが、収入の三分の一は親からのプレゼント.......現金でなくてもそれに準ずる金券など......と聞いた。上海に住んでいる小さな子供がいる朋友も「まわりの親たちはみんな先生にプレゼントをしています。ウチはしてないのですが......」というような話を聞いていた。これは別段強制ではなく、慣習なのであるが、親としては「ウチだけしないというのも」という心理に陥りやすいだろう。
保母をやっていた叔母が二人いたので、日本の事情もなんとなく知っているのであるが、昔は日本も先生が父兄からお中元、お歳暮くらいはもらっていた時代があったのである。それがだんだん厳しくなって、今はそういうことはほとんど聞かない。

中国の「センセイ」の収入は、幼稚園、小学校が高いという。ついで中学校、高校で、大学の先生が一番低い、のだそうだ。これは「プレゼント」を含めた”収入”である。基本給にさほどの違いはないのであるが「プレゼント」が占める割合が、幼稚園や小学校で高いのだそうだ。

現政権の「贅沢禁止令」によって、政府の人間への”贈り物”はかなり制限されている。なので大陸の骨董・美術品市場はかなり冷え込んでしまっている。しかし幼稚園や小学校の先生に対する”贈り物”はどうなっているのだろう?という事は少し考えてしまう。現主席がいうような「腐敗の根絶」を目指すなら、教育現場も手をつけなければならないだろう。親から先生への「贈り物」を、その子供がどう認識しているかは知らないが、小学生くらいになればまったく耳に入らない事もないだろう。学校の先生が「よし」としていることを、子供が「悪い事」とは思わないはずである。「贈答文化」と言ってしまえばそれまでだが、近代化のために「伝統文化」を破壊してきたのが大陸の現政権である。「古典文化」を葬り去ったように、「贈答文化」を根絶することが出来るかどうか...........

「指導教授は、小さいうちは子供は遊ばせたほうが、協調性や社会性を持った人間に育つと考えています。」
「なるほど、それは非常に立派なココロザシのように思いますが、しかしその幼稚園に通った子供たちは、たぶん中国の社会で生きて行き辛くなるんじゃないかな....?」
「私もそう思いますが........。」

最近の日本の幼稚園はあまりに自由放任すぎて、それが小学校での「学級崩壊」を引き起こしているという見方もある。なので「遊び」にもルールがあることも教えるべきと考えているのだが、それとは別に勉強のさせ過ぎもあまりよくないかもしれない。
鈍才の小生がいうのもなんであるが、幼児英才教育、エリート教育には信頼を置いていない。英才、エリート教育がある程度効果を発揮するのは、スポーツの世界だけであろうと考えている。肉体的素質は持って生まれたものがあり、またスポーツはルールがあり、評価基準がはっきりしているからだ。

社会的成功ないし社会貢献が出来る人材は、いわゆる英才教育ではなかなか育たないだろう。知性一本で勝負できる分野は狭く限られている。また、その子供が成人した時の社会の価値観がどうなっているかも、わからない。
英才教育によってその国の国力が増すというのであれば、半島の某国などはよほど強大ははずであるが、そうなってはいない。優れた頭脳を持った子供がいたとしても、覚え込まされるのが”主体思想”とか”唯物論”では、複雑な国際競争の中で力を発揮することは、たぶん難しい。さらにいえば、優れた才能が有ってもそれが生かされる社会環境がなければ、能力が成果として発揮されることは無い。
あるいは、その国の特殊な環境の中だけで仕事をする分にはいいかもしれないが、他国と比較した場合の”国の力”の競争には勝てないだろう。まあ、それでいいならいいのだが、そういう事をやっている国ほど”国の力”にこだわっているのだから不思議である。

教育する側が、その子供が大きくなった後の社会を想定して、必要な知識を覚え込ませることが出来ればよいのだが、そのような予見を持てる教育者は稀だろう。それであればいっそ、いつの時代も必要な「人として」という部分を身に着けさせた方が良いかもしれない。
日本にかぎらず東洋では、教育や学問の目的は、第一に「人格をつくる」ことだったはずなのであるが、今では立身出世か職能のための知識の習得がそれになっている。

ともあれ、現代中国というのは「競争が厳しい」社会なのだそうだ。だから親たちは、子供のうちからせっせと勉強させている。そういった親たちが、Yさんの指導教授がつくろうとしている「日本の幼稚園」のような遊んでばかりの幼稚園に、子供を通わせたいと思うかどうか.........

「Yさんは、帰国して卒業したらどうしますか?」
という質問をしたら、
「指導教授から、一緒に幼稚園をつくりましょう、と言われています......でも私はとても、指導教授のように立派な女性ではないので......」

その指導教授の先生にお会いしたことはないが、話を聞く限りでは教育に理想と情熱を持った方のようである。でなければよりによって「日本式」の幼稚園をつくろうなどという、聞くだに難事業を起こそうとは考えないだろう。その先生が真面目で聡明なYさんを勧誘したい気持ちも、なんとなくわからなくないのであるが.........
幼児英才教育を重視する大陸では、幼稚園も立派な教育機関である。幼稚園の先生も教育に関する「論文」を書いて発表する。また政府からは「指導」の名目で、党員が派遣される。Yさんの通う湖南大学は、淵源をさかのぼれば北宋に達しようかという湖南省の名門校で、全国の大学評価でも総合大学としては常に上位にあるのだが、そこの卒業生の就職先として「幼稚園」というのは別段、不思議なところではない。いや「幼稚園の先生」は、大陸の若い女子学生にとっては(中国でもやはり女性中心の職場)非常に倍率の高い、人気の職種なのである。
Yさんの先生は、現代の中国の社会に対して問題意識を持っていて、それを是正するために「日本式幼稚園」をつくろうと考えているのだろう。無論、日本社会は理想の社会でも何でもない。「協調性」の名のもとに、コンセンサスに偏重し過ぎる政治や会社や組織に、ところどころ限界が見られる昨今である。
ただ現代の大陸は、政治エリート達が似たり寄ったりの価値観に基づいて利己的な業績競争に暴走した挙句、環境も経済もボロボロになっている。特権を利用してさんざん蓄財した後に、多くの”エリート”達は汚染された祖国を見捨てて海外に移住しているのだから、「利己的」といえばこれに過ぎる行動もあまり例をみないだろう........なので軌道修正は必要なのかもしれない。「日本式幼稚園」がその解になるかどうかはわからないけれども。

あるいは近い将来、湖南省のどこかの街にポツンと「日本式幼稚園」が出来ているかもしれない。そこに子供達を送り迎えするYさんがいるかどうかは.......現時点では予見しがたいものがある。
落款印01

謹賀新年

旧暦のお正月という事で、”うま年”にちなんだ一首。

光陰如快馬
一去復無歸
事似江南雪
雖來旦已非

光陰(こういん)快馬(かいば)の如く
一(ひと)たび去(さ)りて復(ま)た歸(かえ)らず
事(こと)は江南の雪に似(に)て
來(きた)ると雖(いえど)旦(あした)に已(すで)に非(あら)じ

落款印01

「欧陽修」って誰?

上海の本屋を回っていると、一冊の本が目をひいた。
「天下知音 欧陽修」
とある。「欧陽修って誰だろう?」と思って、数ページ読んでみたら、これが文公欧陽脩(1007〜1073)の本なのである。でも欧陽修ではなく、欧陽ではないの??
欧陽脩
大陸の検索エンジン「百度」で「欧陽脩」と入力して検索をかけると、検索結果は「欧陽修」に変換されてしまう。「脩」単独で検索しても、検索結果は「修」になってしまう。どうも現代の簡体字世界では「脩」は抹殺された文字らしい.....
周知のとおり「脩」は字形に「月(肉月)」を含むことからもわかるように、”干した肉”が原義である。日本では今でもお稽古事の「お師匠」に月謝を納めるときに、「束脩」と書いた封筒に現金を入れる(ところも少ないかもしれないが)。これは孔子サマの時代、弟子たちは先生に鹿の干し肉を束ねて授業料としておさめた習慣に由来する。ゆえに「脩」は「おさめる」とも訓読するが、細長い干し肉が原義であるから「ながい」と訓読する方が、より元の意味に近い。
対して「修」は、「彡」を含み、これは”毛”ないし、”かざり”の紋様を表わしている。ゆえに「修」はかざる、手を加えてなおす、という意味が原義であり、”修理”や”修飾”の意味がある。ととのえる、という意味から「国をおさめる」という「治修」という語にも用いられる。
訓読するとどちらも「おさめる」なのであるが、「脩(おさめ)る」は「納(おさ)める」であり、「修(おさめ)る」は「治(おさ)める」方である.......何が言いたいかというと、両者はまったく異なる漢字であって、繁体字を簡体字にしたらこうなるとか、そんなレベルの話ではない、ということである。
ちなみに欧陽脩は字(あざな)を「永叔」という。名の「脩」は前述の「ながい」という意味において、字(あざな)の「永(なが)い」に対応しているのであって、「脩」が正しい。欧陽修と書いたら別の人である。
日本の検索サイトで検索すると、まれに「欧陽修とも書く」というような頼りない記述も見られる。ブンガクブの先生だったら「北宋時代に文公と称された人物の姓名を書け」という問題をだして「欧陽修」と書いた学生に点をあげられるだろうか.......日本語世界はともかく、現代の大陸の言語世界では「欧陽脩」という人物は存在しない......繁体字世界の台湾や香港の方では「欧陽脩」になっていた。幸いなるかな。
蘇軾が簡体字になって「苏轼」になっているのもかなり違和感を覚えるのだが、簡体字繁体字で対応しているのであれば、一応は納得もしようというところ。しかし元の字と全く違っているのは大問題。名前を間違えるというのは、大陸では(日本でも)かなり失礼な話である。

欧陽脩といえば文公と称され、唐宋八大家に名を連ねる名文家にして蘇軾の師匠である。北宋の新法旧法の政争では、旧法派の元老として、新法派との論戦を繰り広げた......王安石の新法は「国家社会主義」の先駆者とも評価されている。対して旧法派は、地方の地主階級の既得権益を守る派閥とされている。現代の大陸では、たぶん「社会主義」イデオロギーのタテマエから、「国家社会主義」の新法が優れていたとされている。あるいはそういった「政治的」な理由が尾を引いて「脩」の字は抹殺され、呪いを込めて「欧陽修」にされてしまっていると考えるのはうがちすぎか。あるいは孔子の時代に「脩(ほしにく)」を授業料としておさめた事を”封建的”と断罪する意味で抹殺したとか.......こういった、現代中国の漢字世界で抹殺された文字はほかにもあるのだろうか。”脩”と”修”は”異体字”ということになっている記述もある。しかし字の成り立ちがそもそも違うのである。
あるいは、どこかの時代で「諱(いみな)」にひっかかって、「脩」が「修」に改められたとか。しかし「脩」という字そのものを無くしてしまう理由にはならないような気がしてしまう。

自明な話だが、文字をきちんと知らないと古典は読めない。あるいは文字を改編し、一部の文字を抹殺することで、現代の大陸の人が自国の古典世界にアクセスできない様にしたのだろうか?とかなんとか、いろいろ”政治的な”意味を穿(うが)って考えてしまう。なんといっても欧陽脩は”文公”。現代の大陸がいかに「文」をないがしろにしているか、この一件でもよくわかる.....などと”鬼の首とった”ように騒ぐのもどうかというところだが、現代の大陸の人にとっては、こんなことはどうだっていいことなのだろうか..........。
落款印01

湖州の霧

例年通り、筆匠に会いに湖州市善?鎮を訪れた。前夜に上海から移動して、湖州市内で一泊、翌朝善?に向かうという日程である。

湖州市内のホテルの一室で、明け方に目が覚めた。そのままベッドの中で悶々と、窓の外がだんだんと白んでくる様子を眺めていたのだが、明るさが増してくる一方で、いつまでたっても白いままである。曇天なのかと、起きて窓の外を見ると何も見えない。街が消えたんじゃないかと思わせるような、凄い濃霧である。
湖州の霧霾そのまま湖州市内からタクシーを飛ばして善?鎮に向かったのであるが、途中ずっと地表を濃い霧が覆ったままであった。濃霧を透かして、黄色い太陽がぼんやりと見える。本来は今日は晴れのはずである。善?鎮に到着したが、湖州市内ほどではないにしても、善?鎮も濃い霧でおおわれている。

湖州はその名の通り、太湖という大きな湖のほとりに位置している。浙江省北端の都市である。善?鎮は湖州市からタクシーで1時間内外、より太湖に近づいている。水路が縦横に走り、この土地全体が水の上に浮かんでいるような地方である。水辺の街であるから、時折濃霧が発生するのは自然現象と考えられる......この時はそう考えた。思えばこの季節の湖州では、何度か濃霧に遭遇した記憶がある。それにしても今回はすごい。

善?鎮で筆の制作の相談を終え、食事時に濃い霧の事を聞いてみた。筆匠曰く「これは空気汚染だよ。」という。湖州市も年々大気汚染がひどくなってきており、片田舎と思っていた善?鎮も例外ではないそうだ。「しかし農地ばかりの、こんな田舎まで汚染されているのですか?」と聞くと「ゴミの焼却場がたくさんあって、そこからの排煙が凄いんだよ。」とのこと。なるほど、ゴミの焼却場。これは深刻だ。

大気汚染は、自動車の交通渋滞、石炭火力発電、製鉄所、各種工場、集中暖房の石炭燃料、家庭用燃料の燃焼、などが主な原因と考えていたが、ゴミの焼却処理場を見落としていた。この濃霧......霧霾(むり:ウーマイ)の発生源の一つがゴミの焼却場なのだとすれば、健康被害については神経質にならざる得ない。
実は日本でも、ゴミの最終処分は隠れた大問題なのである。大陸でゴミの処理をどうしているか?ということなどは、もう想像を絶するものがある。
湖州の霧霾........ところで大陸の法律では、未だに市民の自発的な”集会”は禁止されている。一定人数の人を集めるイベントは、事前に届け出が必要であるし、”指導”目的の党員もちゃんと派遣されるのである。日本や香港でも、デモ行進などは警察に事前の届け出が必要であるが、それは交通整理等が目的であって、政治的な意図からこれを禁止することは原則出来ないのである。

おもえば”自由民権運動”が盛んであった明治の日本でも、集会と言えば憲兵が派遣され、監視された。弁士の演説が危険と判断されると、集会の解散が命ぜられた時代があったわけである。大陸は今でもそうなのである、というより政治にかかわる講演なんて出来ない分だけ、明治の日本よりも言論に関しては抑圧的な体制である。

ここまで環境汚染が悪化しているなら、デモ行進なり抗議集会なり、多発してもおかしくはないのであるが、法的に禁じられ、報道も適度に管制されているので目立たない。だから稀に抗議行動が起こるとすれば、非常に暴発的なものとなる。事実、抗議行動が頻発するようになっているのであるが、日本や欧米のように「地道な粘り強い抗議行動」といった性格ではなく、暴動に近い恰好になるのである。

江戸時代の日本でも、百姓一揆が起こると、その領地を治める藩は、多くの場合統治能力を疑われて幕府によって改易させられた。一方で一揆も禁止されていたから、一揆の首謀者は罪に服さなければならない。
「お上にたてつく」のが禁じられていると、圧政を被る方も、いうなれば捨て身の、ある意味では破れかぶれ的な抗議行動にならざるえないわけである。今の大陸の状況はそれに似ている。一揆がおこらないようにするには、せいぜい「善政」に期待するしかない。
湖州の霧霾それにしても今年は上海周辺、江南の方でも汚染がひどいようだ。個人的な記憶に限っても、ここ数年、特に昨年の上海周辺はこうではなかった。一方で北の北京の方も楽観できないが「昨年に比べれば、今年は改善された」という話も聞いている。この話を上海の朋友にしたら「今年は北の方の鉄鋼の生産を減らした分、南の方での生産が増えているんです。他の工場の操業も同じ。だからですよ。」と教えてくれた.......うーむ。

当局の自信満々と裏腹に、一年経過しても、抜本的な対策があまり進んでいないのが実情なのだろう。さまざまな弊害を含む一党独裁も、意思決定と実施がスピーディなのが取り柄のはずなのであるが........経済問題が政治問題と切り離せないのと同様、環境問題も政治問題、端的には政権内の権力関係に絡むのだから、すぐにはどうにもならないのかもしれない.......一市民ですら政治参加できないのだから、一外国人がどうこう言っても始まらないのであるが、ともかく早いところ、この”霧”が晴れてくれることを、今は願うばかりである。

大陸では昔から”まつりごと”が乱れると天が怒り、天変地異が起こる、と信じられてきた。反対に、政治が優れていたら天がこれを寿(ことほ)いで”瑞兆”が下るのである。
してみれば現代、この異常な”霧霾”となってあらわれる”環境汚染”は、汚職、腐敗がすすみ、かつ政権内部で何をやっているのかわからない”不透明”な現在の大陸政治を、如実に示しているとはいえまいか。事実、”まつりごと”が人の道に外れ、天道にそむいたからこそ、このような異常な現象が起こるのである。古代からの聖賢の教えは、やはり正しかったと、そう考えたくなる。
落款印01

上海「ツー・マオ・チー」

ツー・マオ・チー


上海は「自由貿易試験区」の話題で持ち切りだ。略して「自貿区(強いてカタカナで発音表記すればツー・マオ・チーだろうか)」と呼ばれている。
小生の朋友も早速会社を登記していた。登記費用に1万元、他に登記場所の賃貸に年間2万かかるということである。登記場所の賃貸といっても、その場所にオフィスを借りるわけではなく、書類上の登記場所である。当初はその賃料は年間8000元だったのだが、登記が殺到したために瞬く間に値上がりしているという。会社を登記する人の中には、この登記場所の賃貸料の値上がりを見込んで会社を設立している人も少なくないそうだ。それ以外にも、5年以内に30万元の資本金を積まないといけないということであるが、この制限は撤廃される見通しなので、事実上資本金ゼロ円でも会社が作れるのだそうだ。日本もかつて会社法を改正するときに、似たような移行の仕方をしたように記憶している。

「自由貿易試験区」といっても、その場所はオフィスビルが立ち並ぶ”ビジネスセンター”というわけではない。現在の上海保税区をそのエリアに宛てているのであり、実際は倉庫街である。前述の登記場所も書類上のことであり、登記する会社のほとんどは、オフィスを「自由貿易試験区」に持つわけではない。いわゆる「ペーパーカンパニー」ということである。
日本でも会社の登記場所に必ずしもオフィスを持つ必要はないわけであるが、人もいないような場所に登記しようとしても、銀行が口座を開いてくれないだろう。香港の場合は、会社の会計を担当する会計事務所の住所などで登記された「ペーパーカンパニー」が多く、口座を持つことも可能である。「自貿区」への登記もそれに近いと言えるかもしれない。
上海や外資系企業に限らず、中国全土から「自貿区」へ登記する個人、法人が集まっている。その数はすでに数万社を突破しているということである。「自貿区」に会社を作ると、どんなご利益があるか、朋友に聞いてみたのであるが「人民元と外貨のチェンジの制限がなくなります。」ということである。これはなかなか凄い事である。

外貨交換の自由化?


世界中を席巻しているかのような「チャイナ・マネー」であるが、その資金は中国国内にあふれかえっている人民元のごく一部である。個人であれば市中の銀行で両替ができるが、外貨との両替は、年間五万米ドルに制限されている。これは人民元をドルに換えるのも、ドルを人民元に換えるのも、合算して五万ドルなのである。つまり外貨を買うのも売るのにも制限がかかっているのである。
法人、たとえばアメリカへ製品を輸出している会社などであれば、米ドルで決済した売上を人民元にチェンジする際には、輸出したという証明が必要になる。どういう経緯で得たかわからないような外貨は、人民元に換える事すら出来ないのである。それは海外から輸入する場合も同じで、ドルで決済するために人民元をドルにチェンジしたのであれば、輸入の証明を添えなければならない。

まあそうはいっても、いろいろ抜け道はあり、地下銀行のようなものはたくさんある。銀行のロビーにゆけば、両替屋はウロウロしている。彼らに外貨両替を希望すれば、銀行のロビーに置いてある100元札のカウント・マシーンを使ってお札を数える。そうして金額に間違いない事を示すのである。銀行員も警備員も知らん顔である。
といってもやはり制限は制限であり、日本のように手数料を払えば無制限に外貨に両替できるというわけではない。相当規模の人民元が海外に流出し、また現在は逆に相当な額の外貨が人民元に還元されているのであるが、その流れの大半は、正規ルートでの資金の流れではないといわれている。
「自貿区」で外貨の交換が自由になるというのは、法人口座上の事なのだろう。しかし使途を限定しないままにいつでも外貨に交換できるというのは、これはこれで便利な事に違いない。

人民元の外貨本位制


人民元と外貨の交換に制限が設けられている最大の理由は、人民元の価値が外貨で担保されていることにあるといえるかもしれない。オフィシャルに認めているわけではないが、人民元は事実上の「外貨本位制」なのである。
外貨と言っても、より端的には米ドルである。現在は無くなった規制であるが、一昔前の中国の輸出企業は、決済代金として米ドルを受け取った場合に、三か月以内に人民元に交換しなければならないという規則があった。米ドルが中国に入ってきた時に、人民銀行は見合うだけの人民元を発行し、ドルとチェンジさせるのである。自動的に米ドルは中国の銀行に保有され、発行された人民元の価値を保証する、という仕組みである。つまり「いざとなれば米ドルに交換できる紙幣」として、人民元の信用が担保されているのである。

89年に天安門事件が起こった際、外資が大陸から一斉に引き上げた数年後の93年から、中国国内は年率十数%から20%を超す極度のインフレに陥った。天安門事件以来、人民元の価値を担保するべき外貨が流出してしまって戻って来なくなる.......当時の中国も公共投資のために多量の人民元を発行していた.......人民元の供給量に外貨の伸びがついてゆかなければ、極端なインフレにおちいるのは当然なのである。だから93年から登壇した朱鎔基元総理の「改革」は、まずは経済特区の制度緩和を図ることで、外資の呼び戻しを図る事だった。同時に金融を引き締め、重度のインフレを抑制することにこの時は成功している。
昔昔の金本位制の時代は、紙幣は金と交換する事を保証することで、その価値を担保していた。現在の人民元の場合は、事実上それが米ドルなのである。加えて最近はユーロや円も持つようになった。結果的に大陸は膨大な外貨準備高を抱えているし、米国債を大量に保有しているのである。この構造は東アジアでは、日本を除いた、韓国や台湾などの中小国家の通貨と実のところ大きな違いはない。
だから大陸は、海外に対しては常に「魅力的な投資先」である事を演出し続ける必要がある。あるいは輸出を促進しなければならない。公共投資で経済を牽引する以上、人民元はどんどん発行しなければいけないのであり、その分だけ外貨準備を積み上げないといけないからである。

現在人民元は米ドルに対して上昇を続けている。アメリカは量的緩和を継続し、米ドルを大量に発行し続けている。大陸には膨大な米ドルが保有されているから、アメリカの量的緩和によって米ドルの価値が下がるということは、相対的に人民元の価値がドルに対しては上昇するということである。
人民元の独歩高は大陸の輸出企業にとっては痛手であるが、これは人民元という貨幣がドル本位制である以上は、避けられない事なのである。同じような事は東アジアの中小国家の貨幣にも起きていて、どこの国も災難を被っている。円安になって喜んでいるのは日本くらいなものである。これは円を売って緩和で膨らむアメリカの株や債権に投資する動きが加速するからで、単純に日本円が外貨の売り買いで為替の相場が決まる通貨だからである。

同床異夢の自貿区


大陸で膨大に膨らんだ人民元であるが、国内にはすでに有望な投資先が見当たらず、投資先を求めて資金がうねっているような状態である。それが時折、間歇的に骨董や美術品に投機され、プチバブルがふくらんでは弾けている。多くの資産家や投資家は海外に投資したいが、「規制」の為に必ずしも自由に投資できるわけではない。なんらかの手段があるにはあるが、やはり不自由この上ない。
「自貿区」に会社を設立し、外貨との交換が自由になれば、商社なり投資会社をつくって、より大規模な海外への投資が始まるかもしれない。ただし自貿区を設置した大陸政府の思惑としては、国内の資本を海外に投資と同時に、やはり外資を再びひきつけるのが狙いなのだろう。
今年の6月7月の水面下での金融危機を経て、人民銀行は再び金融の緩和にシフトしている。人民元の増刷に踏み切っているのである。対して外資は中国市場への投資を減らす傾向にあるから、このままでは人民元の増刷の余地が縮小してしまう。人民銀行が金融を緩和するのは、巨大な債務を抱える地方政府や国有企業を延命させるためであるが、端的には特権階級の既得権益を守るためである。その構造の延命のために人民元を供給し続けるために、外資を惹きつける窓口が欲しい。それが「自貿区」と言ってもいいかもしれない。
しかし大陸の政権内にも、市場の自由化を進めようとする改革派官僚がおり、彼らにとっては「自貿区」は、改革開放によって既得権益を打破するための突破口と位置づけられている。
故に「自貿区」は政権内の守旧派と改革派にとってまさに「同床異夢」であり、その実際上の制度をどうするかを巡って、激しい駆け引きが続いているとみられる。大雑把にいえば、主席をトップとする守旧派は、外資だけを取り込んで、国内の国有企業群や地方政府の財政を維持したい。また総理をトップとする改革派は、既得権益構造そのものを崩したいと考えているのである。
それぞれ思惑が違いながら、内情は表には見せないから、改革派よりの報道内容もあれば、守旧派寄りの内容もある。守旧派も、大陸経済の将来を考えて譲歩やむなしとしているという論調もあれば、改革派の改革が口先だけで、実は守旧派と妥協済みというような言われ方もあって、何が何だかわからない。

人民元が自由化されるなら.....


大陸の人にとってはすでにめぼしい投資先が無いかのように見えていても、ノウハウを持った外資にとっては、依然として未開拓の魅力的な市場に見えるかもしれない。大陸国内の資金は、すでに完成された海外の物件や事業に投資して儲けようとする。一方で、外資は依然として未成熟な大陸内の市場や事業に投資し、ブラッシュアップすることで収益を上げようとするだろう。要は投資の仕方、端的には「お金の使い方」について、海外の投資家の方がよりアイデアとノウハウがある、とも言えるのかもしれない。実のところ、大陸の投資市場は、既存産業と金融・不動産投資以外の”アイデア”に乏しい点は否めない。
その結果、資金不足の欧米の事業には「チャイナ・マネー」が注ぎ込まれて息を吹き返し、停滞していた中国国内の市場は海外のノウハウが導入されて再び活況を呈する...........そうであればいいのだが。

もし人民元と外貨の交換が自由化されれば、行き場を失っている大陸の投機資金は海外へ流出するだろう。一方で、外資の大陸への投資が進むかもしれない。しかし流出する投機・投資資金は、大陸内の収益性が低下している産業から資金を引き上げての流出である。大陸内の資本が引き上げた事業へ、ちょうど外資が入り込むなら、外資の技術や経営ノウハウで効率化が図られるかもしれない。しかし国内資本が見捨ててしまい、外資にも見向きもされない産業の部分というのも、相当規模に上るだろう。そういった部分は資金難に陥って、淘汰されてゆくはずである。しかしそれが社会不安を引き起こしかねない規模であった場合は、別の対策が必要になってくる。それを完全にコントロールすることが、果たして可能だろうか。

いづれ働く?市場原理


先日、上海で日系メーカーの支社長をしている老板と食事をしたのだが、上海の不動産は再び活況を呈しているのだという。庶民が「もう高くて買えない」と思っていた不動産が前年比で2割も上昇し、それでも買い手が多く、銀行は不動産向けの融資を制限しているほどである。不動産向け融資の制限は不動産の高騰を抑制するために設けられたのであるが、制限枠いっぱいに融資されたということは、市場の活況を表わしてもいる。傍で話を聞いていた若い朋友等は、話を聞いて溜息をついていたのであるが。
しかし老板の話では、上海や北京(おそらくは天津や広州も)を除く、地方都市では不動産市場が低迷しているのだそうだ。上海と北京はやはりどこか別格で、特に上海は「自貿区」のおかげでさらに「特権都市」としての地位が強固なものになるだろうという。バブル崩壊後の日本でも、東京はさほどの低迷を経験しなかった事と、事情が似ていると言えるのかもしれない。それはそれで、地方との格差の矛盾を生むのだろうが。
老板が面白い事を言っていた。「政府はね、”市場原理はいづれ働く”と言っているんですよ。」なかなか意味深長なお言葉である。つまり現時点の大陸経済は、相当部分が国策に「お手盛り」された市場であり、市場原理に則っていないということを国家も認めているというわけだ。また「いずれ働く」というのは、当面は経済を市場原理にゆだねる気はないという意味ともとれる。さらに言えば「いづれ働く」その時に、では一体どうなるのか?という事も考えてみたくなる。

富める者はさらに富み....


さて、「自貿区」へ登記した朋友であるが、自貿区に会社を作るとどんなご利益があるのか?小生が重ねて質問すると「いやあ、細かいところはまだ決まっていないんですよ。」と言うから面白い。その中身は、11月の「三中会」の後に細則が決まってくるのだそうだ。
またたまたま上海に来ていた香港の朋友に「自貿区で人民元の交換が自由化されれば、香港の特権的な地位も危うくなりますかね?」という話をしたら「うーん、それは実際にどういう制度にするかだねえ。情報を自由化できなければ、金融センター化は難しいんじゃない?」と懐疑的だった。
要は今の時点では、なんだかよくわからないが自貿区に会社をつくっておいて損はないだろう、くらいの話なのである。いや、駄目だったらそれはそれでいいや、くらいの勢いなのだろう。大陸にはまあ、この手の「チャンス」が何度かあったのも事実である。かつてその手の機会をモノにしてきた人達は見逃さないし、乗り遅れてきた人々にとっては「今度こそは」と思うのだろう。今も登記手続きが殺到している。

資産バブルの時代、いくばくかの元手がある人にとっては、さらに儲けるチャンスがあるわけであるが、その日その月の生活に精一杯の人は生活コストの圧力に喘ぐことになる。自貿区への会社登記には、当面3万元(50万円)くらいのコストが必要なだけであるが、必ずしも大陸に住むすべての人にそれが可能なわけではない。
「自貿区」の設置で、上海一都市に限って言えば、今後もしばらくは繁栄を続けるかもしれない。地方との格差の拡大が、逆に新しい機会を創出するだろう。一方で矛盾も増えるだろう......どうなるかは、それこそ「自貿区」の制度の細則と同様、現時点では予測がつかないところがある。「いづれ働く市場原理」が、あるいはここから始まるのだろうか.......とはいえこの「自貿区」、どことなく「上海租界」の昔を思わせる制度ではある。改革開放が始まってから30年、そもそもこういう「特区」の設置が依然として必要な点、改革開放経済の初期の頃とあまり変わっていないようでもある。
落款印01

公募展と書の在り方

某大型公募展、N展の審査が今年は中止になったそうだ。その理由を聞けば、N展への入選が会派の力関係や審査員への謝礼の多寡で決まっていたからだそうである。つまりは「談合」と「贈賄」が、権威あるN展の入選を決めていたというわけである。これを聞いて「何をいまさら」と思った人も多いだろう。そんなことはいわば「公然の秘密」であった。
この記事を掲載したのがA新聞であって、Y新聞やM新聞ではないところも意味深なのであるが、A新聞にしても今まで知らなかったとすれば不可思議なくらいである。しかしこの問題、いきなり本丸に内通者が出て火の手が上がったのが興味深い。いずれ二の丸三の丸にも飛び火するのだろうか。いやいや、本丸どころか権威づけの”奥の院”である、書芸院や芸術院にまで飛び火するかもしれない。
公募展は出品料と称して出品者からお金を取っていたのだから、公正な審査をしていなかったのだとしたら、お金を取ることの正統性も疑われかねないところだ。まあ、あくまで会場費用と展示のための手間賃ですよ、と開き直ってしまえばそうかもしれないが、そうであれば落選者には返金したっていいだろう。

しかし物事には表裏があり、光と影がある。N展の在り方に問題があったとしても、N展を頂点とする大型公募展や社中展が、書道会と書道用品業界を支えてきたのも、これまた事実なのである。この構造が崩れてしまうと、書道用品業界の市場は極端に縮小してしまうだろう。現代の日本社会においては、書には実用性はほとんどなくなってしまっている。実用性の無いにも関わらず、まがりなりにも「産業」として余喘を保っていたのは、大型公募展の存在が文字通り”大きかった”といえるだろう。
N展以外にもM展やY展、各社中展、都道府県市町村の公募展などなど、日本は書展が多い。これは明治の昔からそうである。大陸でも書展は行われているが、日本に比べるとこじんまりとしているし、権威ある大型公募展、というような存在はみられない。

日本と大陸での、”書”の社会における在り方の違いについて少し考えてみた。

日本の場合、書の作品そのものが”売れる”、という事はまずない。著名な書家の作品であっても、二束三文の値である。書道家としての生計は、周知のとおり、教室を開いて月謝をとることで賄われる。あるいは学校の書道教諭としての職もあるが、要は作品を売って収入を得るのではなく、授業料が収入のほとんどである。お手本を書いて「お手本代」を求められるところもあるが、「お手本」はあくまで指導の一環であって、独立した作品としての価値が認められているわけではない。
書道以外にも、茶道や華道や日本舞踊など、伝統文化を教える教室が日本にはある。茶道にせよ華道にせよ舞踊にせよ、作品がカタチとして残るものではないから、師匠が”束脩”をとって弟子に教えないことにはどうしようもない。書道は作品が残るわけであるが、本質的には茶道や華道と同じような文化の在り方であるといえるだろう。
故に大型公募展での受賞は、会派の師範や教室の「権威付け」のためにあるといえる。社中展は身内の書展であるから、内輪の評価の域を出ない。会派を超えた書展での受賞が、権威付けには必要である。しかし賞を乱発すると、賞そのものの権威が失墜する。限られた数の賞は、どこの会派も欲しいのであるが、そこにある種の「談合」が生まれ、賞を譲る代償として「謝礼」が必要になる、という構造が造られたというわけである。

..........大陸の場合は、書でも画でも、作品が売れる”市場”が存在している。国家レベルの有名作家を頂点として、省レベル、市町村レベルの有名作家が存在している。主に公的機関の建物を飾る作品が発注されたり、政府幹部の贈答需要で作品を書いている。これ以外にも、民間の蒐集家もいれば、企業家のオフィスを飾る需要もある。また各家庭でも、書や絵を飾る習慣が今尚続いているのである。
なので大陸で書画を習う場合は、先生が弟子から”束脩”を徴収することはあまりない。書法家の収入源は”作品”であり、”束脩”ではないのである。たまに授業料をとって教えている人もいるが、小生が昔大陸の書法家に聞いたのは「上達したければ、授業料を取る人に教えてもらっていてはいけない。」ということだった。
また大陸では日本のように「段・級」を設けて、10年、20年かけて昇級昇段を目指す、というような事もない。先生に教えてもらうのはほんの基礎的な技法であり、あとは自習するようになっている。
また先生は弟子に「お手本」を書かないので、弟子の作品は先生には基本的には「似ない」。書法の鍛錬の見本にするのは、王朝時代の書法家の筆跡であって、それ以外にない。古典の名跡のいくつかの作風を組み合わせ、そこに自分の工夫を加えて独自の書風をつくってゆく。「書は人を表わす」ものであり、大陸書法の究極的な目標は、その人なりの書風を創り上げる事なのである。
もっとも「作品を売れる」ようになるほどの人はほとんどいない。また将来的に作品を売って生計を立てることを考えているのであれば、やはり作品を売って生計を立てられるほどの作家の弟子になる必要があるといわれる。

昔は優れた作品であれば、書き手の経歴など、ほとんど問われなかったものである。しかし最近は大陸でも「学歴志向」というか、有名な先生についたとか有名な美術大学を出た、と言うような事が評価されているフシもある。
それでも、まったく無名であっても、優れた作品には値段が付く。まったくの趣味でやっているような人の作品でも、数百元〜数千元(数千円〜数万円)くらい値段がつくものはある。日本だと書壇のトップクラスの作品が、せいぜいそれくらいの値段だろうか.......無論、無名でも売れるほどの書き手や作品は大陸でも稀なのであるが、そのような市場が存在するのは事実なのである。また”専業”ではなく、”兼業”というのも「アリ」で、他の職業につきながら作品をつくって収入を得ている人も少なくない。
無論「プロ」以外にも、純然たる個人的な趣味として書をやっている人も多いのである。愛好家が数人あつまって「好好」と講評しあうような、ごくごく狭い範囲で自足するような楽しみ方である。別段、大きな書展で賞をもらったりしなくても、それくらいで「事足れり」としているのである。
ともあれ「書」という、形式はほぼ同じでありながら、その社会的な在り方は日本と大陸でまったく異なる文化があるというのは、興味深い点である。

大陸でも書壇なり、画壇なりというのは、確たるものがある。たとえば今の上海画壇のトップは物故された有名作家の御内儀なのであって、彼女の作品はまあ、夫であった近現代の大家ほどではないとおもうのだが、そういう事になっている。正直なところそれはいかがなものか?というところなのだが、そういうこともあるにはある。有名作家の周りに群がる有象無象も多いわけで、式典や行事などの仰々しい場も多く設けられるし、政治的な力学も働く。単に有名だからということで高い値が付いたり、つまらない作品がぬきんでて評価されているという、胡散臭い話も多くある。また現在の大陸の書画の市場の大部分は”官製”の市場であり、作品の内容とは別次元のところで評価される向きもある。
また大陸では弟子は先生の作品に「似ない」と述べたが、「似る」人もいる。いや、積極的に「似せる」人もいる。あるいは師匠の作品の代作をするような人もいる。近現代の作家についていえば、二代目三代目がそっくりな書や画を描いていることも珍しくない。また「売れっ子」作家の作風は、積極的に模倣される。気づいたら同じような作品ばかり、という事もある。あるいは師匠の贋作を作ることもある。言うまでもなく、そすれば「売れる」からである。しかし師匠に作風が似た弟子の作品と言うのは、とどのつまりは二番煎じ三番煎じであり、ついに評価は師匠を超えることが無い。弟子自身が一家を構えるには、やはり独自の作風を生み出さないと難しいのである。それほどの才能はやはり多くは無いのだが、これはどこの国、いつの時代でも同じかもしれない。

しかし「食わんがため」に模倣が行われる一方で、わりと自由気ままにやっている人も多い。別段、売るために書をやっているわけではないが、その中から優れた作品が生まれてくることもある。流行や書壇の評価を頼りに買う人も多いが、自分の主観でパッと買う人もいる。書き手も気ままなら、買い手も気ままに買っている人がいるのである。大陸の個人主義的な気質が、こと芸術の面、特に主観が支配するようになった現代の美術作品の世界で言えば、これがプラスの方向で作用しているという事かもしれない。

やりがいや達成感をどこで感じるかは人それぞれである。公募展で賞をもらって達成感を得る人もいれば、誰かが収蔵して部屋に飾ってもらうことで満足感を得る人もあるだろう。
日本の場合、公募展や社中展が無くなってしまうと、書をやるモチベーションの維持に困るようになってしまう人が多いかもしれない。日本で現在の大陸にみられるような書画の作品市場を日本に求めるのは、すでに難しくなっている時代である。

ここで話が少しそれる。小生は漫画は全く読まないが、日本でも大陸でも、漫画好きの若者に出会う事は多い。若者というよりも、かなりの年配の人でも読むのはもっぱら漫画、という人も珍しくない。特に日本では漫画を読むばかりではなく、趣味で描く人も多いそうな。そしてそういった愛好家があつまって、同人誌を作り、それを販売する会も盛んなのだという。日本の年若い知人のひとりにその趣味があり、話を聞いたことがある。
彼も会社に勤める傍で、同好の士とともに会を作り、漫画を描いて同人誌を作っている。そして毎年季節ごとに開かれる同人誌の配布会で、つくった同人誌を販売しているのであるが、その売り上げによる収入は、会社からもらう年収を超えているのだという........ちゃんと確定申告しないさいよ、というところだが、これにはちょっと驚いた。つまり会社辞めても食べてゆけるじゃない、という事である........話ではその収入はすべて趣味に投じる、ということなのだそうだが。
小生は漫画家というのは、雑誌に掲載して原稿料をもらい、漫画本の印税で収入を得ているものと考えていたのだが、今やそればかりではないらしい。いうなればセミプロ、兼業作家も少なくないのだという。
配布会は国際見本市会場のような、非常に大きな会場で数百の店が出店するのだという。であれば、作家の人数は数千は下るまいと思われる。もちろんそのすべての会が黒字経営ではないであろうし、それだけで生計を立てられる作家も多くは無いのだろう。しかし兼業にせよ専業にせよ、作品を販売する「市場」があるというのは面白い。

話を戻す。この漫画市場の在り方は、大陸の書や画の市場の在り方に少し似ていると思った。趣味が支える作品の市場である。日本でもこうした趣味世界の作品市場が成立する余地があるという事実は、考えさせられるものがある。しかし今更、日本の書道の世界で、同じような”作品市場”を成立させるのは無理がある。なので今後も日本の書道の世界が成立するためには、大型公募展は必要なのかもしれない。先に述べたように、日本の書道における書展というのは、茶道における茶会と同じで、その場限りのものなのである。その作品は枯れたら無くなってしまう、華道における作品と同じといえようか。書展の時期が過ぎたら、無いも同然のものなのである。作品の保存性など初めから考えていないから、紙の質や耐久性もどうでも良い事であるし、墨汁を使っても良い、ということになる。それをどう考えるか?
何はともあれ、今回の件を契機に大型公募展が衰退すれば、ただでさえ少子高齢化で凋落傾向の書道用品業界は大打撃を受けるだろう。

大型公募展における「談合」「謝礼」の事実は、いうなれば「公然の秘密」ではあったが、それを知るのは書道会である程度の段位、師範クラスに進んだ人である。もっとも「謝礼」を支払えばだれでも入選出来るわけではなく、会派に属し、会派の中での実力を上げ、推薦されるくらいの力が無ければ入選することはできない。会派としても、他の会派への手前、あまりに力のない人物を推薦する事はできないわけである。
しかしN展を観に來る大勢の人の中には、この「公然の秘密」を知らない人の方が多かっただろう。公募と信じて毎回1万円の出品料を支払って出し続けていた人もいるかもしれない。また今回の告発によって、「特選何回」の権威付けは意味が無くなってしまっただろう。「特選一回一千万円」とも言われる投資が”パー”になってしまったのであれば、それは泣くに泣けない人もいるだろう。これからどうなるのだろうか。

大型公募展が今後も続くとして、一つ思うのは、「談合」なしに今後どのように特選を決めるのかな?ということである。完全な目隠し審査。しかしN展の作品といえど、師匠の手本を使って書いているのがほとんどであるから、どこの会派に属するかは見る人が見れば一目瞭然であろう。そうなると、勢力の大きな会派から入選が多く出て、弱小会派などは一点も入選できなくなるかもしれない。
いや、そもそもやはり、今回の件で大型公募展そのものが衰亡に向かうかもしれない。まず会派に属さない一般の人が出品しなくなる。会派に属していても、入選に価値がないのだから、無理算段してまで出品することもしなくなる.......”賞”というのは”名実”における”名”であって、審査の公平性に拠ってきた(と信じられていた)権威の有無がすべてなのである。それを喪失してしまったということは、その公募展の存在理由が無くなってしまったに等しい。たとえば「ノーベル賞」の審査員が「謝礼」を受け取って受賞が決まっていたとしたら、受賞者を国を挙げて、また世界中が讃える事もないだろう。いや、ノーベル賞といえど、とある国の学術団体が決めている賞であって、そこに「思惑」が皆無とは言えないのである。
しかしもし「ノーベル賞」が無くなっても、物理学界や文学界が無くなってしまうということもないだろう。しかし大型公募展の権威が無くなった時、日本の「書道界」は果たして維持されるのであろうか。また大型公募展に支えられていた書道用品の市場は、どのように変わってゆくのだろうか........まあ書道会派の中でも、社中展のみで大型公募展にはまったく無縁の会もある。今後はそういった会派ごとの書展の活動や、自治体レベルの公募展のみになるだけのことかもしれない。それでも、書道用品業界にとってはすくなからぬ痛手になるではあろうけれど。

蘇軾は「石蒼舒酔墨堂」という詩の中で、書の面白さを

自言其中有至樂
適意無異逍遙遊

自ら言う、その中に(書を書く行為の中に)至楽ありて
意にかなう事、逍遙遊に異なる無し

と詠っている。「逍遙遊」は荘子で言うところの別天地にあそぶ、精神が解放された楽しみである。書の真の面白さと言うのは、受賞や入選、段位などで得られる達成感とは別次元の愉悦なのである。それを知る者こそが、真の書の愛好者というものであろう。
落款印01

上海漏水房子

上海の朋友が賃貸オフィスの物件を探しているというので、一緒に行って見ることにしました。
上海 漏水房子不動産屋さんから連絡があったということで、上海の浦東区の、とあるオフィス兼住居ビルの何部屋かを見て回りました。”オフィス兼住居”というのは、事業所にしながら住んでもいい、という物件で、大陸では開発エリアに多い物件です。創業して間もない事業家が、生活と仕事場を兼ねて借りることを想定していますが、普通に住んでいるだけの人も結構多いのだとか。70平米の部屋は2階があり、家賃は平均3,000元〜4,000元。
上海 漏水房子上海 漏水房子ここは築三年くらいのビルなのですが.........案内された部屋の壁を見て絶句してしまいました。壁や天井に亀裂がはいって、一部剥離しています。朋友が「これはたぶん、どこかから湿気が入り込んでいる。」というので、二階に上がってみたのですが、部屋の一隅に何やら大きなシミが出来ています。上海 漏水房子上海 漏水房子おそらく、定常的に水分がにじみ出ている箇所なのでしょう。カビらしきものも繁殖しています。「これじゃ、とてもじゃないが借りれない」ということで、その物件はパス。
彼は当初ほかの物件を契約していたのですが、やはり水漏れが分かって即解約したそうです。水漏れが起こる原因としては、配管の材料か、設置の仕方が良くないのだそうです。日本のビルでこの手の欠陥が多発した日には、大変な補償問題になりそうですが、最近建てたビルでは「よくあること」という話です。
賃貸くらいであればまだ良いかもしれませんが、買ってからわかったら悲劇ですね。ローンを組んでやっと買ったお部屋の壁にシミが出来て、それがどんどん大きく広がって.....実は欠陥住宅、これは下手な怪談より怖い話です。
もちろん、このビルのすべての部屋が水漏れするわけではないのでしょうが、配管と言う、目に見えない部分で一か所不具合があったとすると、他もわかったものではありません。
上海漏水房子築三十年ではなく、築三年のビルでこれでは.......外観は現代的なオフィスビルなのですが、中身の作りは「結構適当」なのだとか。またメンテナンスの体制もよろしくないのだとか。このビルのお部屋は、買えば1平米2万元くらいはします。平均70平米の部屋なので、日本で言えば2,300万円くらいになるでしょうか。今日日、上海にしてはこれでも手頃な物件です。しかし築三年のマンションで水漏れして壁が剥離して始めたら、不動産会社は真っ青になるでしょうね。施工会社が呼び出されて、えらい騒動になりそうです。

上海の朋友が言うには「上海でも、文革前の建物はわりとつくりが堅牢なのですけどね。最近のは全然ダメです。メンテナンスも悪いし。」との事。「だから僕は買うなら日本のお部屋が良い。」と言います。たまたまこのビルだけが悪いわけではない事を、彼は多くの物件を見て知っています。
そんな朋友には「日本のお部屋は三十年たつと市場価値が無くなるよ。」と教えてあげるのですが、朋友曰く「それは中国も借地権の年限があるから、30年後の市場価値がどうなっているかなんてわからない。住んでいる間は快適な方が良い。」とのこと。年月が経過しても価値が減りそうにないなら香港がいいのでは?という事も言うのですが、さすがに香港は手の届く物件が狭すぎる、ということでやはり日本が良いという。
上海漏水房子上海漏水房子このビルは部屋だけではなく、エレベーター前の踊り場なども「本当に築三年?」と思いたくなるようなアラがたくさんあります。手すりの部品が外れていたり、タイルの継ぎ目が破損していたり、窓がきっちり閉まらなかったり.....マンションやアパートには、廊下や階段、踊場など、いわゆる公共スペースがありますが、そこの不具合についても、日本の住民はうるさいですからね。大陸の人は自分の部屋の不具合以外は、わりと気にしないそうですが。なので放置されているそうです。
「これくらいで驚いていたら、中国で生活できないよ。」ということで、そこは適当にやり過ごしてみんな暮らしているようです。しかしこれが”当たり前”であればなんとも思わないかもしれませんが、朋友のように日本やアメリカ、香港の住居を知っていると、とてもそう思えなくなると。
家ないしお部屋を買うというのは、大陸の人にとって非常に重要な事だけに、見る目も厳しいものがあります。一度良いものを知ってしまうと、もう悪い方には戻れない。朋友にとって上海の物件はもはや「苦労して買う価値が無い。」ということだとか。多少安く買えたとしても、修繕費が高くつきそうですね。
大陸にも香港や台湾、日本の施工会社が建てた物件もあるにはあるのですが、これらになるとさすがに非常に高価で、普通に働いたのでは手が届かない物件が多いものです。
しかしここまで粗製乱造されているとなると、確かに買うのは恐ろしい気がしますね。「文革前の建物は良い」というのでしたら、意外とまだ残っている故民居をメンテナンスして住んだ方が良いような気さえします。いや、それは本当に悪くないかも........今出来の粗悪品より、古い時代の良い品の方が良い.......なんだか墨や硯の話を聞いているようです......
落款印01

ある工場の老板の話

別段、香港のような快適な都会生活や豊かな自然に触れるのが渡航の目的ではない。やはり多少の不便さがあっても、求める物がそこにあるだけにやはり大陸の旅は面白い。徽州の古鎮に入り込むと、いかにも大陸の歴史文化の中に入り込んでいるかのような心地になるもので、美しい自然の中に身を置くのと甲乙つけがたい良さがある。文房四寶の現在進行形は、やはり大陸の方にあるといっていいだろう。
ただどうも、今回の大陸の旅では深刻な話を聞くことが多かったように思える。これは大陸の経済情勢が年々深刻化しているためなのか、小生と相手との関係が深まったことで話してくれるようになったのか、あるいはその両方なのか。ともかく「ありえない」と唸るような話をいろいろと聞かされるのである。

業界は伏せておくが、徽州で工芸品の工場を営む老板(らおぱん:社長)のお話。その地方の政府が、なんと老板の会社に借金を申し込む、という。省レベルか県レベルかは聞いていなかったが、おそらく県レベルの政府であろう。
「借金」と言っても、名目的には「税金の前払い」ということになっている。「税金の前払い」も穏当な話ではないわけであるが、当然断れるわけもなく、お金を用立ててあげないといけない。断ったらどうなるか、想像するだに恐ろしい。
老板は今年で還暦を迎える。上海の国営工場を長く勤めたあとで独立し、故郷に工場を開設して20年。接待の飲酒で糖尿病を患いながら、一代でその業界では屈指の企業を作り上げている。国とはなんの資本関係もない、歴とした民間資本の企業である。業界では大きな工場であるが、工場の規模そのものは、たとえば広東に数ある電子製品の工場に比べれば、家内制手工業といっていいほどの小さな規模である。そういう会社にまで、税金の前借にせよ何にせよ、地方の政府が資金の融通を依頼するという事実。やはり大陸の地方政府の台所事情は、相当に悪化していることをうかがわせる話である。またこういった事がこの地方だけで起きているとは、ちょっと考えにくい。
もっとも、法人税の実効税率は大陸の場合は25%であるという。日本の40%に比べるとまだ安いわけであるが、それでもその税率を前提に経営しているのだから「来年の分も払って」と言われたら、払う事が出来たとしても、困惑しないわけにはゆかないだろう。

老板の業界には、長い間休眠中の国営工場があった。業界では海外にも名を知られた有名工場である。その工場設備が残っている都市の政府から、老板に工場の再稼働を依頼されたそうだ。不動産の高い都市中心部に居住用の部屋まで用意されたのであるが、結局老板はオファーを断った。年齢に加えて健康問題もあるが、引き受けて工場を立て直したところで、所詮は”国営企業”ということで利権に”たかられる”だけ、ということはわかっていると。
老板が会食の席で、「私はもう若くない。あと10年若ければ、海外に移住したのだけどなあ。」という慨嘆を漏らしたのが印象に残っている。大陸の人は一般に生まれ育った場所から動きたくないものである。それは日本人とて大方はそうかもしれない。老板の場合は地元で苦労して成功して、今や経済的には何の不安もないはずなのであるが、それでも”海外へ”という。余程の圧力を感じていると察せられるところである。
老板には一人娘がいて、日本語学科を出て、日本にも行っている。また日本には取引相手もいて、日本の業界事情も分かっている。なので老板が”海外”と言った先は、暗に”日本”を指していることではないかと思う。ただ日本とて、働いて生活することが大変な事は変わりない。しかし老板のように事業である程度成功し、それなりの資産があれば、あるいは安心して生活できるのは日本の方、ということなのかもしれない。
あまり詳しくは聞かなかったが、事業がある程度の規模になってくると、いろいろと政府からの干渉をうけるのだそうだ。平たく言えば”儲かっているなら儲かっているなりのカネを出せ”ということなのである。しかしそれが何らかのルールに基づくものではなく、その時その時の当局担当者の裁量であるから、これはたまらないのである。

広東に行った際の会食の席で、ソーラーパネル工場の海外営業をしている20代前半くらいの女性が同席して、その話を聞く機会があった。彼女の姉の夫は内陸の某大都市で、道路設備関係の施工会社を経営している。道路の看板や標識、最近では電光掲示板といった設備の設置を手掛ける会社である。当然、政府案件を受注するという話になる。ところが最近は、別に民間相手のビジネスを開拓中なのだという。理由は、政府案件の支払いサイトがあまりにも長く、資金繰りが常に厳しいからだという。
その地方の政府の場合だけかどうかはわからないが、政府案件の支払い月は毎年12月で、その月に支払いが無いと「また来年」なのだそうだ。これもまた、ちょっと信じられないような話である。譬えるなら、江戸時代の日本で、藩が御用商人からの御用金の返済を待たせるような話に似ているだろうか。
そういえば、広東の番禺という街で道路工事の施工会社を経営している老板は、北京オリンピックの仕事の支払いは”完成の二年後だった”と語っていた。その話を思い出す。
大陸の場合、地方政府が主に実施する公共事業がGDPに占める割合が高い。大陸のGDPをけん引してきた公共事業(なかでも大きな建設・土木事業)の内幕の一端がめくれると、このような話がぽろぽろ出てくるのであるが、これらははたして僅少な例であろうか。

支払いを引き延ばすのは、当然支払うお金が無いからである。しかしいよいよ支払う時はどうしているかといえば、新しく決まった別の案件の予算を、過去の支払いに充てているのである。予算流用、自転車操業と言うべきか。このような有様が常態化しているとすれば、先の「税金の前払い」も、何の不思議もない話と思えてくる。
某県の硯職人は、国から下りるはずの助成金が、県の政府に一方的に”転用”を通告されて泣き寝入りである。ひとりの作硯家に下りる国の助成金など、県の予算から見ればたかが知れていると思うのであるが、それほど事態が深刻なのだろうか。

くだんの工場の老板曰く「政府の仕事は大きいが、(売掛金回収の)リスクも高いし、ややこしい”しがらみ”も出来る。精神的に割に合わない」という。小生も昔々、日本政府の某省の公共事業を請ける業界末端の会社に身を置いていたが、年度末の追い込み時期の非人間的な過酷さはともかくとして、さすがに「払ってくれない」ということはなかった。

中国経済は、底流の方ではすでに急減速がかかってきているように感じられる。ただ日本が89年にバブルが崩壊した後、95年までは惰性で景気が拡大したように、向こう5,6年は大陸の景気も拡大を続けるのかもしれない。高止まりする不動産価格に関していえば、日本のような民間主導の市場ではないために、大陸政府の”価格管制”によって、当面は暴落するようなことにはならないのかもしれない。

しかしぽろぽろ話に出てくる、地方政府が主導してきた公共事業の杜撰な運営の整理.......これだけでも相当に頭の痛い問題だろう。杜撰な事をし続けた当事者に”ちゃんとやれ”と言っても、能力的になかなか難しいだろう。長年のぬるま湯で弛緩した組織を、急速に効率化するという事は、よほどの辣腕を幹部に据えない限りは難しいのである。
すでにしわ寄せが、民間資本の企業や個人にまでもふりかかってきている。「公務員だから安心」とか「大手国営企業だから安心」ということも、もはや言えないという事も聞いている。
香港の朋友が言う「日本はバブルが崩壊した時に、社会基盤や制度は相当に整備されていた。公害問題もおさまっていた。政府の腐敗や汚職はわずかで、国民の経済格差は先進国最少だった。だからその後20年、GDPの成長が横ばいでも、国民の生活水準が大きく下がることはなかった。中国はこれから経済が減速してゆく中で、環境問題や年金制度の矛盾、経済格差の是正、政権の腐敗や汚職の問題に取り組まなければならない。とても楽観的にはなれないよ。」という分析が重い。

そうはいっても、日本が「地上的天堂」か?と言われるとそうではないだろう。税金も高いし、社会保障のコストも高い。年金制度も医療制度も矛盾が噴出している。ただ大陸にはその”コスト”を払える人もすでに相当数存在し、同じ”コスト”を払うならいっそのこと........という考え方のようだ。「隣の芝は青くみえるよ」と言ってあげるのだけれど「それはあなたが大陸で生活しているわけではないからわからないのだ。」と反論されると言い返せない。

ともかく小生が付き合っている文房四寶の職人氏達は、文字通りの”激動”をかいくぐってきているので、昨今の情勢については達観しているし、したたかに準備もしているようだ。ちょっとやそっとの事では、生産や取引が滞るようなことはないとみている。多くは大都会に住んでいない、というのも大きな利点だろう.......文房四寶の未来形を描けるには至っていないものの、急激に過去形に転じることはないと、信じている次第である。
落款印01

<< | 4/7PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< March 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM