日本式幼稚園

湖南省から来た交換留学生のYさんに、しばらく中国語のレッスンをしてもらっていた。彼女は洞庭湖の南、湘江の西、長沙の出身である。湖南大学に通い、修士課程の途中で1年間の交換留学で日本に来ていたのである。そのYさんも先週、交換留学の期間が終わって故郷へと帰って行った。

Yさんは日本語については留学前にすでに一級を取得し、滞在期間が短いにも関わらず、その生真面目な性格そのままの非常に正確な日本語を話せるし書けた。大学で勉強したくらいでこうも正しく話せるようになるものかと、語学に(かぎらず)まったく才能の無い小生などは舌を巻いてしまう。
一昔前は、日本に来たばかりの留学生は、ほとんど日本語が話せなかった人が多かった。しかし最近の若い留学生は、すでにかなりのレベルに達している人が多いように思える。

帰国の日も近くなって、東京へ数日行くという。観光かな?と思ったら、湖南大学の指導教授が東京に出張に来るので、それに同行するのだという。最後に東京を観て帰るのも良いでしょう、と思っていた。Yさんが東京から戻ったところで、最後の中国語のレッスンがあった。Yさんに、東京行きの感想を聞いてみた。Yさん曰く、

「指導教授と、横浜の幼稚園に見学に行きました。」
「へえ。」
「私の指導教授は、中国に日本の幼稚園のような幼稚園をつくりたいと考えています。」
「え?日本の幼稚園のような幼稚園?」

「日本式」の幼稚園.....あるいは保育園でも同じかもしれないが、昨今の日本の幼稚園ないし保育園は、ケシカラヌことを子供に教えるものだ、と個人的には思っていた。知人の小さな子が幼稚園に通っているのであるが、アニメの歌やアイドルの踊りなどを覚えさせられて帰ってくる。こんな小さな頃から、大人の趣味で商業主義に汚染された流行文化に毒される子供たちは可哀想である。こうした子供たちは将来の消費者予備軍となるのだろう。さほどお金を出さなくても楽しめる、昔ながらの遊びもたくさんあるはずなのであるが.......中国の幼稚園はどうなのだろう?Yさん曰く、

「中国の幼稚園は、小さいころから英語や算数を勉強させます。日本の幼稚園は、勉強はあまりしないで、みんなで遊んでいます。」
「日本の幼稚園はユルイですね。」
「でも、私の指導教授はその方が良いというのです。あまり小さなころから勉強や競争ばかりさせると、利己心の強い人間になってしまうと。」
「まあ、あるいはそうなりやすいかもしれないですね。」
「横浜のその幼稚園では、親が子供達を迎えに来る時に、先生たちはひとりひとりの子供を抱きしめてからお別れをしていました。」
「へえ。」
「中国の幼稚園では......親は幼稚園の先生にプレゼントをするのですが.....幼稚園の先生はプレゼントをくれた親の子供だけを抱きしめて帰します.......。」
「...........。」
「中国の幼稚園の先生は、みんな親からプレゼントを受け取っています。これが普通なんです。」

このような事は小生も複数の方面から聞いたことがある。上海の友人の同級生の奥さんは幼稚園の先生なのであるが、収入の三分の一は親からのプレゼント.......現金でなくてもそれに準ずる金券など......と聞いた。上海に住んでいる小さな子供がいる朋友も「まわりの親たちはみんな先生にプレゼントをしています。ウチはしてないのですが......」というような話を聞いていた。これは別段強制ではなく、慣習なのであるが、親としては「ウチだけしないというのも」という心理に陥りやすいだろう。
保母をやっていた叔母が二人いたので、日本の事情もなんとなく知っているのであるが、昔は日本も先生が父兄からお中元、お歳暮くらいはもらっていた時代があったのである。それがだんだん厳しくなって、今はそういうことはほとんど聞かない。

中国の「センセイ」の収入は、幼稚園、小学校が高いという。ついで中学校、高校で、大学の先生が一番低い、のだそうだ。これは「プレゼント」を含めた”収入”である。基本給にさほどの違いはないのであるが「プレゼント」が占める割合が、幼稚園や小学校で高いのだそうだ。

現政権の「贅沢禁止令」によって、政府の人間への”贈り物”はかなり制限されている。なので大陸の骨董・美術品市場はかなり冷え込んでしまっている。しかし幼稚園や小学校の先生に対する”贈り物”はどうなっているのだろう?という事は少し考えてしまう。現主席がいうような「腐敗の根絶」を目指すなら、教育現場も手をつけなければならないだろう。親から先生への「贈り物」を、その子供がどう認識しているかは知らないが、小学生くらいになればまったく耳に入らない事もないだろう。学校の先生が「よし」としていることを、子供が「悪い事」とは思わないはずである。「贈答文化」と言ってしまえばそれまでだが、近代化のために「伝統文化」を破壊してきたのが大陸の現政権である。「古典文化」を葬り去ったように、「贈答文化」を根絶することが出来るかどうか...........

「指導教授は、小さいうちは子供は遊ばせたほうが、協調性や社会性を持った人間に育つと考えています。」
「なるほど、それは非常に立派なココロザシのように思いますが、しかしその幼稚園に通った子供たちは、たぶん中国の社会で生きて行き辛くなるんじゃないかな....?」
「私もそう思いますが........。」

最近の日本の幼稚園はあまりに自由放任すぎて、それが小学校での「学級崩壊」を引き起こしているという見方もある。なので「遊び」にもルールがあることも教えるべきと考えているのだが、それとは別に勉強のさせ過ぎもあまりよくないかもしれない。
鈍才の小生がいうのもなんであるが、幼児英才教育、エリート教育には信頼を置いていない。英才、エリート教育がある程度効果を発揮するのは、スポーツの世界だけであろうと考えている。肉体的素質は持って生まれたものがあり、またスポーツはルールがあり、評価基準がはっきりしているからだ。

社会的成功ないし社会貢献が出来る人材は、いわゆる英才教育ではなかなか育たないだろう。知性一本で勝負できる分野は狭く限られている。また、その子供が成人した時の社会の価値観がどうなっているかも、わからない。
英才教育によってその国の国力が増すというのであれば、半島の某国などはよほど強大ははずであるが、そうなってはいない。優れた頭脳を持った子供がいたとしても、覚え込まされるのが”主体思想”とか”唯物論”では、複雑な国際競争の中で力を発揮することは、たぶん難しい。さらにいえば、優れた才能が有ってもそれが生かされる社会環境がなければ、能力が成果として発揮されることは無い。
あるいは、その国の特殊な環境の中だけで仕事をする分にはいいかもしれないが、他国と比較した場合の”国の力”の競争には勝てないだろう。まあ、それでいいならいいのだが、そういう事をやっている国ほど”国の力”にこだわっているのだから不思議である。

教育する側が、その子供が大きくなった後の社会を想定して、必要な知識を覚え込ませることが出来ればよいのだが、そのような予見を持てる教育者は稀だろう。それであればいっそ、いつの時代も必要な「人として」という部分を身に着けさせた方が良いかもしれない。
日本にかぎらず東洋では、教育や学問の目的は、第一に「人格をつくる」ことだったはずなのであるが、今では立身出世か職能のための知識の習得がそれになっている。

ともあれ、現代中国というのは「競争が厳しい」社会なのだそうだ。だから親たちは、子供のうちからせっせと勉強させている。そういった親たちが、Yさんの指導教授がつくろうとしている「日本の幼稚園」のような遊んでばかりの幼稚園に、子供を通わせたいと思うかどうか.........

「Yさんは、帰国して卒業したらどうしますか?」
という質問をしたら、
「指導教授から、一緒に幼稚園をつくりましょう、と言われています......でも私はとても、指導教授のように立派な女性ではないので......」

その指導教授の先生にお会いしたことはないが、話を聞く限りでは教育に理想と情熱を持った方のようである。でなければよりによって「日本式」の幼稚園をつくろうなどという、聞くだに難事業を起こそうとは考えないだろう。その先生が真面目で聡明なYさんを勧誘したい気持ちも、なんとなくわからなくないのであるが.........
幼児英才教育を重視する大陸では、幼稚園も立派な教育機関である。幼稚園の先生も教育に関する「論文」を書いて発表する。また政府からは「指導」の名目で、党員が派遣される。Yさんの通う湖南大学は、淵源をさかのぼれば北宋に達しようかという湖南省の名門校で、全国の大学評価でも総合大学としては常に上位にあるのだが、そこの卒業生の就職先として「幼稚園」というのは別段、不思議なところではない。いや「幼稚園の先生」は、大陸の若い女子学生にとっては(中国でもやはり女性中心の職場)非常に倍率の高い、人気の職種なのである。
Yさんの先生は、現代の中国の社会に対して問題意識を持っていて、それを是正するために「日本式幼稚園」をつくろうと考えているのだろう。無論、日本社会は理想の社会でも何でもない。「協調性」の名のもとに、コンセンサスに偏重し過ぎる政治や会社や組織に、ところどころ限界が見られる昨今である。
ただ現代の大陸は、政治エリート達が似たり寄ったりの価値観に基づいて利己的な業績競争に暴走した挙句、環境も経済もボロボロになっている。特権を利用してさんざん蓄財した後に、多くの”エリート”達は汚染された祖国を見捨てて海外に移住しているのだから、「利己的」といえばこれに過ぎる行動もあまり例をみないだろう........なので軌道修正は必要なのかもしれない。「日本式幼稚園」がその解になるかどうかはわからないけれども。

あるいは近い将来、湖南省のどこかの街にポツンと「日本式幼稚園」が出来ているかもしれない。そこに子供達を送り迎えするYさんがいるかどうかは.......現時点では予見しがたいものがある。
落款印01

謹賀新年

旧暦のお正月という事で、”うま年”にちなんだ一首。

光陰如快馬
一去復無歸
事似江南雪
雖來旦已非

光陰(こういん)快馬(かいば)の如く
一(ひと)たび去(さ)りて復(ま)た歸(かえ)らず
事(こと)は江南の雪に似(に)て
來(きた)ると雖(いえど)旦(あした)に已(すで)に非(あら)じ

落款印01

「欧陽修」って誰?

上海の本屋を回っていると、一冊の本が目をひいた。
「天下知音 欧陽修」
とある。「欧陽修って誰だろう?」と思って、数ページ読んでみたら、これが文公欧陽脩(1007〜1073)の本なのである。でも欧陽修ではなく、欧陽ではないの??
欧陽脩
大陸の検索エンジン「百度」で「欧陽脩」と入力して検索をかけると、検索結果は「欧陽修」に変換されてしまう。「脩」単独で検索しても、検索結果は「修」になってしまう。どうも現代の簡体字世界では「脩」は抹殺された文字らしい.....
周知のとおり「脩」は字形に「月(肉月)」を含むことからもわかるように、”干した肉”が原義である。日本では今でもお稽古事の「お師匠」に月謝を納めるときに、「束脩」と書いた封筒に現金を入れる(ところも少ないかもしれないが)。これは孔子サマの時代、弟子たちは先生に鹿の干し肉を束ねて授業料としておさめた習慣に由来する。ゆえに「脩」は「おさめる」とも訓読するが、細長い干し肉が原義であるから「ながい」と訓読する方が、より元の意味に近い。
対して「修」は、「彡」を含み、これは”毛”ないし、”かざり”の紋様を表わしている。ゆえに「修」はかざる、手を加えてなおす、という意味が原義であり、”修理”や”修飾”の意味がある。ととのえる、という意味から「国をおさめる」という「治修」という語にも用いられる。
訓読するとどちらも「おさめる」なのであるが、「脩(おさめ)る」は「納(おさ)める」であり、「修(おさめ)る」は「治(おさ)める」方である.......何が言いたいかというと、両者はまったく異なる漢字であって、繁体字を簡体字にしたらこうなるとか、そんなレベルの話ではない、ということである。
ちなみに欧陽脩は字(あざな)を「永叔」という。名の「脩」は前述の「ながい」という意味において、字(あざな)の「永(なが)い」に対応しているのであって、「脩」が正しい。欧陽修と書いたら別の人である。
日本の検索サイトで検索すると、まれに「欧陽修とも書く」というような頼りない記述も見られる。ブンガクブの先生だったら「北宋時代に文公と称された人物の姓名を書け」という問題をだして「欧陽修」と書いた学生に点をあげられるだろうか.......日本語世界はともかく、現代の大陸の言語世界では「欧陽脩」という人物は存在しない......繁体字世界の台湾や香港の方では「欧陽脩」になっていた。幸いなるかな。
蘇軾が簡体字になって「苏轼」になっているのもかなり違和感を覚えるのだが、簡体字繁体字で対応しているのであれば、一応は納得もしようというところ。しかし元の字と全く違っているのは大問題。名前を間違えるというのは、大陸では(日本でも)かなり失礼な話である。

欧陽脩といえば文公と称され、唐宋八大家に名を連ねる名文家にして蘇軾の師匠である。北宋の新法旧法の政争では、旧法派の元老として、新法派との論戦を繰り広げた......王安石の新法は「国家社会主義」の先駆者とも評価されている。対して旧法派は、地方の地主階級の既得権益を守る派閥とされている。現代の大陸では、たぶん「社会主義」イデオロギーのタテマエから、「国家社会主義」の新法が優れていたとされている。あるいはそういった「政治的」な理由が尾を引いて「脩」の字は抹殺され、呪いを込めて「欧陽修」にされてしまっていると考えるのはうがちすぎか。あるいは孔子の時代に「脩(ほしにく)」を授業料としておさめた事を”封建的”と断罪する意味で抹殺したとか.......こういった、現代中国の漢字世界で抹殺された文字はほかにもあるのだろうか。”脩”と”修”は”異体字”ということになっている記述もある。しかし字の成り立ちがそもそも違うのである。
あるいは、どこかの時代で「諱(いみな)」にひっかかって、「脩」が「修」に改められたとか。しかし「脩」という字そのものを無くしてしまう理由にはならないような気がしてしまう。

自明な話だが、文字をきちんと知らないと古典は読めない。あるいは文字を改編し、一部の文字を抹殺することで、現代の大陸の人が自国の古典世界にアクセスできない様にしたのだろうか?とかなんとか、いろいろ”政治的な”意味を穿(うが)って考えてしまう。なんといっても欧陽脩は”文公”。現代の大陸がいかに「文」をないがしろにしているか、この一件でもよくわかる.....などと”鬼の首とった”ように騒ぐのもどうかというところだが、現代の大陸の人にとっては、こんなことはどうだっていいことなのだろうか..........。
落款印01

湖州の霧

例年通り、筆匠に会いに湖州市善?鎮を訪れた。前夜に上海から移動して、湖州市内で一泊、翌朝善?に向かうという日程である。

湖州市内のホテルの一室で、明け方に目が覚めた。そのままベッドの中で悶々と、窓の外がだんだんと白んでくる様子を眺めていたのだが、明るさが増してくる一方で、いつまでたっても白いままである。曇天なのかと、起きて窓の外を見ると何も見えない。街が消えたんじゃないかと思わせるような、凄い濃霧である。
湖州の霧霾そのまま湖州市内からタクシーを飛ばして善?鎮に向かったのであるが、途中ずっと地表を濃い霧が覆ったままであった。濃霧を透かして、黄色い太陽がぼんやりと見える。本来は今日は晴れのはずである。善?鎮に到着したが、湖州市内ほどではないにしても、善?鎮も濃い霧でおおわれている。

湖州はその名の通り、太湖という大きな湖のほとりに位置している。浙江省北端の都市である。善?鎮は湖州市からタクシーで1時間内外、より太湖に近づいている。水路が縦横に走り、この土地全体が水の上に浮かんでいるような地方である。水辺の街であるから、時折濃霧が発生するのは自然現象と考えられる......この時はそう考えた。思えばこの季節の湖州では、何度か濃霧に遭遇した記憶がある。それにしても今回はすごい。

善?鎮で筆の制作の相談を終え、食事時に濃い霧の事を聞いてみた。筆匠曰く「これは空気汚染だよ。」という。湖州市も年々大気汚染がひどくなってきており、片田舎と思っていた善?鎮も例外ではないそうだ。「しかし農地ばかりの、こんな田舎まで汚染されているのですか?」と聞くと「ゴミの焼却場がたくさんあって、そこからの排煙が凄いんだよ。」とのこと。なるほど、ゴミの焼却場。これは深刻だ。

大気汚染は、自動車の交通渋滞、石炭火力発電、製鉄所、各種工場、集中暖房の石炭燃料、家庭用燃料の燃焼、などが主な原因と考えていたが、ゴミの焼却処理場を見落としていた。この濃霧......霧霾(むり:ウーマイ)の発生源の一つがゴミの焼却場なのだとすれば、健康被害については神経質にならざる得ない。
実は日本でも、ゴミの最終処分は隠れた大問題なのである。大陸でゴミの処理をどうしているか?ということなどは、もう想像を絶するものがある。
湖州の霧霾........ところで大陸の法律では、未だに市民の自発的な”集会”は禁止されている。一定人数の人を集めるイベントは、事前に届け出が必要であるし、”指導”目的の党員もちゃんと派遣されるのである。日本や香港でも、デモ行進などは警察に事前の届け出が必要であるが、それは交通整理等が目的であって、政治的な意図からこれを禁止することは原則出来ないのである。

おもえば”自由民権運動”が盛んであった明治の日本でも、集会と言えば憲兵が派遣され、監視された。弁士の演説が危険と判断されると、集会の解散が命ぜられた時代があったわけである。大陸は今でもそうなのである、というより政治にかかわる講演なんて出来ない分だけ、明治の日本よりも言論に関しては抑圧的な体制である。

ここまで環境汚染が悪化しているなら、デモ行進なり抗議集会なり、多発してもおかしくはないのであるが、法的に禁じられ、報道も適度に管制されているので目立たない。だから稀に抗議行動が起こるとすれば、非常に暴発的なものとなる。事実、抗議行動が頻発するようになっているのであるが、日本や欧米のように「地道な粘り強い抗議行動」といった性格ではなく、暴動に近い恰好になるのである。

江戸時代の日本でも、百姓一揆が起こると、その領地を治める藩は、多くの場合統治能力を疑われて幕府によって改易させられた。一方で一揆も禁止されていたから、一揆の首謀者は罪に服さなければならない。
「お上にたてつく」のが禁じられていると、圧政を被る方も、いうなれば捨て身の、ある意味では破れかぶれ的な抗議行動にならざるえないわけである。今の大陸の状況はそれに似ている。一揆がおこらないようにするには、せいぜい「善政」に期待するしかない。
湖州の霧霾それにしても今年は上海周辺、江南の方でも汚染がひどいようだ。個人的な記憶に限っても、ここ数年、特に昨年の上海周辺はこうではなかった。一方で北の北京の方も楽観できないが「昨年に比べれば、今年は改善された」という話も聞いている。この話を上海の朋友にしたら「今年は北の方の鉄鋼の生産を減らした分、南の方での生産が増えているんです。他の工場の操業も同じ。だからですよ。」と教えてくれた.......うーむ。

当局の自信満々と裏腹に、一年経過しても、抜本的な対策があまり進んでいないのが実情なのだろう。さまざまな弊害を含む一党独裁も、意思決定と実施がスピーディなのが取り柄のはずなのであるが........経済問題が政治問題と切り離せないのと同様、環境問題も政治問題、端的には政権内の権力関係に絡むのだから、すぐにはどうにもならないのかもしれない.......一市民ですら政治参加できないのだから、一外国人がどうこう言っても始まらないのであるが、ともかく早いところ、この”霧”が晴れてくれることを、今は願うばかりである。

大陸では昔から”まつりごと”が乱れると天が怒り、天変地異が起こる、と信じられてきた。反対に、政治が優れていたら天がこれを寿(ことほ)いで”瑞兆”が下るのである。
してみれば現代、この異常な”霧霾”となってあらわれる”環境汚染”は、汚職、腐敗がすすみ、かつ政権内部で何をやっているのかわからない”不透明”な現在の大陸政治を、如実に示しているとはいえまいか。事実、”まつりごと”が人の道に外れ、天道にそむいたからこそ、このような異常な現象が起こるのである。古代からの聖賢の教えは、やはり正しかったと、そう考えたくなる。
落款印01

上海「ツー・マオ・チー」

ツー・マオ・チー


上海は「自由貿易試験区」の話題で持ち切りだ。略して「自貿区(強いてカタカナで発音表記すればツー・マオ・チーだろうか)」と呼ばれている。
小生の朋友も早速会社を登記していた。登記費用に1万元、他に登記場所の賃貸に年間2万かかるということである。登記場所の賃貸といっても、その場所にオフィスを借りるわけではなく、書類上の登記場所である。当初はその賃料は年間8000元だったのだが、登記が殺到したために瞬く間に値上がりしているという。会社を登記する人の中には、この登記場所の賃貸料の値上がりを見込んで会社を設立している人も少なくないそうだ。それ以外にも、5年以内に30万元の資本金を積まないといけないということであるが、この制限は撤廃される見通しなので、事実上資本金ゼロ円でも会社が作れるのだそうだ。日本もかつて会社法を改正するときに、似たような移行の仕方をしたように記憶している。

「自由貿易試験区」といっても、その場所はオフィスビルが立ち並ぶ”ビジネスセンター”というわけではない。現在の上海保税区をそのエリアに宛てているのであり、実際は倉庫街である。前述の登記場所も書類上のことであり、登記する会社のほとんどは、オフィスを「自由貿易試験区」に持つわけではない。いわゆる「ペーパーカンパニー」ということである。
日本でも会社の登記場所に必ずしもオフィスを持つ必要はないわけであるが、人もいないような場所に登記しようとしても、銀行が口座を開いてくれないだろう。香港の場合は、会社の会計を担当する会計事務所の住所などで登記された「ペーパーカンパニー」が多く、口座を持つことも可能である。「自貿区」への登記もそれに近いと言えるかもしれない。
上海や外資系企業に限らず、中国全土から「自貿区」へ登記する個人、法人が集まっている。その数はすでに数万社を突破しているということである。「自貿区」に会社を作ると、どんなご利益があるか、朋友に聞いてみたのであるが「人民元と外貨のチェンジの制限がなくなります。」ということである。これはなかなか凄い事である。

外貨交換の自由化?


世界中を席巻しているかのような「チャイナ・マネー」であるが、その資金は中国国内にあふれかえっている人民元のごく一部である。個人であれば市中の銀行で両替ができるが、外貨との両替は、年間五万米ドルに制限されている。これは人民元をドルに換えるのも、ドルを人民元に換えるのも、合算して五万ドルなのである。つまり外貨を買うのも売るのにも制限がかかっているのである。
法人、たとえばアメリカへ製品を輸出している会社などであれば、米ドルで決済した売上を人民元にチェンジする際には、輸出したという証明が必要になる。どういう経緯で得たかわからないような外貨は、人民元に換える事すら出来ないのである。それは海外から輸入する場合も同じで、ドルで決済するために人民元をドルにチェンジしたのであれば、輸入の証明を添えなければならない。

まあそうはいっても、いろいろ抜け道はあり、地下銀行のようなものはたくさんある。銀行のロビーにゆけば、両替屋はウロウロしている。彼らに外貨両替を希望すれば、銀行のロビーに置いてある100元札のカウント・マシーンを使ってお札を数える。そうして金額に間違いない事を示すのである。銀行員も警備員も知らん顔である。
といってもやはり制限は制限であり、日本のように手数料を払えば無制限に外貨に両替できるというわけではない。相当規模の人民元が海外に流出し、また現在は逆に相当な額の外貨が人民元に還元されているのであるが、その流れの大半は、正規ルートでの資金の流れではないといわれている。
「自貿区」で外貨の交換が自由になるというのは、法人口座上の事なのだろう。しかし使途を限定しないままにいつでも外貨に交換できるというのは、これはこれで便利な事に違いない。

人民元の外貨本位制


人民元と外貨の交換に制限が設けられている最大の理由は、人民元の価値が外貨で担保されていることにあるといえるかもしれない。オフィシャルに認めているわけではないが、人民元は事実上の「外貨本位制」なのである。
外貨と言っても、より端的には米ドルである。現在は無くなった規制であるが、一昔前の中国の輸出企業は、決済代金として米ドルを受け取った場合に、三か月以内に人民元に交換しなければならないという規則があった。米ドルが中国に入ってきた時に、人民銀行は見合うだけの人民元を発行し、ドルとチェンジさせるのである。自動的に米ドルは中国の銀行に保有され、発行された人民元の価値を保証する、という仕組みである。つまり「いざとなれば米ドルに交換できる紙幣」として、人民元の信用が担保されているのである。

89年に天安門事件が起こった際、外資が大陸から一斉に引き上げた数年後の93年から、中国国内は年率十数%から20%を超す極度のインフレに陥った。天安門事件以来、人民元の価値を担保するべき外貨が流出してしまって戻って来なくなる.......当時の中国も公共投資のために多量の人民元を発行していた.......人民元の供給量に外貨の伸びがついてゆかなければ、極端なインフレにおちいるのは当然なのである。だから93年から登壇した朱鎔基元総理の「改革」は、まずは経済特区の制度緩和を図ることで、外資の呼び戻しを図る事だった。同時に金融を引き締め、重度のインフレを抑制することにこの時は成功している。
昔昔の金本位制の時代は、紙幣は金と交換する事を保証することで、その価値を担保していた。現在の人民元の場合は、事実上それが米ドルなのである。加えて最近はユーロや円も持つようになった。結果的に大陸は膨大な外貨準備高を抱えているし、米国債を大量に保有しているのである。この構造は東アジアでは、日本を除いた、韓国や台湾などの中小国家の通貨と実のところ大きな違いはない。
だから大陸は、海外に対しては常に「魅力的な投資先」である事を演出し続ける必要がある。あるいは輸出を促進しなければならない。公共投資で経済を牽引する以上、人民元はどんどん発行しなければいけないのであり、その分だけ外貨準備を積み上げないといけないからである。

現在人民元は米ドルに対して上昇を続けている。アメリカは量的緩和を継続し、米ドルを大量に発行し続けている。大陸には膨大な米ドルが保有されているから、アメリカの量的緩和によって米ドルの価値が下がるということは、相対的に人民元の価値がドルに対しては上昇するということである。
人民元の独歩高は大陸の輸出企業にとっては痛手であるが、これは人民元という貨幣がドル本位制である以上は、避けられない事なのである。同じような事は東アジアの中小国家の貨幣にも起きていて、どこの国も災難を被っている。円安になって喜んでいるのは日本くらいなものである。これは円を売って緩和で膨らむアメリカの株や債権に投資する動きが加速するからで、単純に日本円が外貨の売り買いで為替の相場が決まる通貨だからである。

同床異夢の自貿区


大陸で膨大に膨らんだ人民元であるが、国内にはすでに有望な投資先が見当たらず、投資先を求めて資金がうねっているような状態である。それが時折、間歇的に骨董や美術品に投機され、プチバブルがふくらんでは弾けている。多くの資産家や投資家は海外に投資したいが、「規制」の為に必ずしも自由に投資できるわけではない。なんらかの手段があるにはあるが、やはり不自由この上ない。
「自貿区」に会社を設立し、外貨との交換が自由になれば、商社なり投資会社をつくって、より大規模な海外への投資が始まるかもしれない。ただし自貿区を設置した大陸政府の思惑としては、国内の資本を海外に投資と同時に、やはり外資を再びひきつけるのが狙いなのだろう。
今年の6月7月の水面下での金融危機を経て、人民銀行は再び金融の緩和にシフトしている。人民元の増刷に踏み切っているのである。対して外資は中国市場への投資を減らす傾向にあるから、このままでは人民元の増刷の余地が縮小してしまう。人民銀行が金融を緩和するのは、巨大な債務を抱える地方政府や国有企業を延命させるためであるが、端的には特権階級の既得権益を守るためである。その構造の延命のために人民元を供給し続けるために、外資を惹きつける窓口が欲しい。それが「自貿区」と言ってもいいかもしれない。
しかし大陸の政権内にも、市場の自由化を進めようとする改革派官僚がおり、彼らにとっては「自貿区」は、改革開放によって既得権益を打破するための突破口と位置づけられている。
故に「自貿区」は政権内の守旧派と改革派にとってまさに「同床異夢」であり、その実際上の制度をどうするかを巡って、激しい駆け引きが続いているとみられる。大雑把にいえば、主席をトップとする守旧派は、外資だけを取り込んで、国内の国有企業群や地方政府の財政を維持したい。また総理をトップとする改革派は、既得権益構造そのものを崩したいと考えているのである。
それぞれ思惑が違いながら、内情は表には見せないから、改革派よりの報道内容もあれば、守旧派寄りの内容もある。守旧派も、大陸経済の将来を考えて譲歩やむなしとしているという論調もあれば、改革派の改革が口先だけで、実は守旧派と妥協済みというような言われ方もあって、何が何だかわからない。

人民元が自由化されるなら.....


大陸の人にとってはすでにめぼしい投資先が無いかのように見えていても、ノウハウを持った外資にとっては、依然として未開拓の魅力的な市場に見えるかもしれない。大陸国内の資金は、すでに完成された海外の物件や事業に投資して儲けようとする。一方で、外資は依然として未成熟な大陸内の市場や事業に投資し、ブラッシュアップすることで収益を上げようとするだろう。要は投資の仕方、端的には「お金の使い方」について、海外の投資家の方がよりアイデアとノウハウがある、とも言えるのかもしれない。実のところ、大陸の投資市場は、既存産業と金融・不動産投資以外の”アイデア”に乏しい点は否めない。
その結果、資金不足の欧米の事業には「チャイナ・マネー」が注ぎ込まれて息を吹き返し、停滞していた中国国内の市場は海外のノウハウが導入されて再び活況を呈する...........そうであればいいのだが。

もし人民元と外貨の交換が自由化されれば、行き場を失っている大陸の投機資金は海外へ流出するだろう。一方で、外資の大陸への投資が進むかもしれない。しかし流出する投機・投資資金は、大陸内の収益性が低下している産業から資金を引き上げての流出である。大陸内の資本が引き上げた事業へ、ちょうど外資が入り込むなら、外資の技術や経営ノウハウで効率化が図られるかもしれない。しかし国内資本が見捨ててしまい、外資にも見向きもされない産業の部分というのも、相当規模に上るだろう。そういった部分は資金難に陥って、淘汰されてゆくはずである。しかしそれが社会不安を引き起こしかねない規模であった場合は、別の対策が必要になってくる。それを完全にコントロールすることが、果たして可能だろうか。

いづれ働く?市場原理


先日、上海で日系メーカーの支社長をしている老板と食事をしたのだが、上海の不動産は再び活況を呈しているのだという。庶民が「もう高くて買えない」と思っていた不動産が前年比で2割も上昇し、それでも買い手が多く、銀行は不動産向けの融資を制限しているほどである。不動産向け融資の制限は不動産の高騰を抑制するために設けられたのであるが、制限枠いっぱいに融資されたということは、市場の活況を表わしてもいる。傍で話を聞いていた若い朋友等は、話を聞いて溜息をついていたのであるが。
しかし老板の話では、上海や北京(おそらくは天津や広州も)を除く、地方都市では不動産市場が低迷しているのだそうだ。上海と北京はやはりどこか別格で、特に上海は「自貿区」のおかげでさらに「特権都市」としての地位が強固なものになるだろうという。バブル崩壊後の日本でも、東京はさほどの低迷を経験しなかった事と、事情が似ていると言えるのかもしれない。それはそれで、地方との格差の矛盾を生むのだろうが。
老板が面白い事を言っていた。「政府はね、”市場原理はいづれ働く”と言っているんですよ。」なかなか意味深長なお言葉である。つまり現時点の大陸経済は、相当部分が国策に「お手盛り」された市場であり、市場原理に則っていないということを国家も認めているというわけだ。また「いずれ働く」というのは、当面は経済を市場原理にゆだねる気はないという意味ともとれる。さらに言えば「いづれ働く」その時に、では一体どうなるのか?という事も考えてみたくなる。

富める者はさらに富み....


さて、「自貿区」へ登記した朋友であるが、自貿区に会社を作るとどんなご利益があるのか?小生が重ねて質問すると「いやあ、細かいところはまだ決まっていないんですよ。」と言うから面白い。その中身は、11月の「三中会」の後に細則が決まってくるのだそうだ。
またたまたま上海に来ていた香港の朋友に「自貿区で人民元の交換が自由化されれば、香港の特権的な地位も危うくなりますかね?」という話をしたら「うーん、それは実際にどういう制度にするかだねえ。情報を自由化できなければ、金融センター化は難しいんじゃない?」と懐疑的だった。
要は今の時点では、なんだかよくわからないが自貿区に会社をつくっておいて損はないだろう、くらいの話なのである。いや、駄目だったらそれはそれでいいや、くらいの勢いなのだろう。大陸にはまあ、この手の「チャンス」が何度かあったのも事実である。かつてその手の機会をモノにしてきた人達は見逃さないし、乗り遅れてきた人々にとっては「今度こそは」と思うのだろう。今も登記手続きが殺到している。

資産バブルの時代、いくばくかの元手がある人にとっては、さらに儲けるチャンスがあるわけであるが、その日その月の生活に精一杯の人は生活コストの圧力に喘ぐことになる。自貿区への会社登記には、当面3万元(50万円)くらいのコストが必要なだけであるが、必ずしも大陸に住むすべての人にそれが可能なわけではない。
「自貿区」の設置で、上海一都市に限って言えば、今後もしばらくは繁栄を続けるかもしれない。地方との格差の拡大が、逆に新しい機会を創出するだろう。一方で矛盾も増えるだろう......どうなるかは、それこそ「自貿区」の制度の細則と同様、現時点では予測がつかないところがある。「いづれ働く市場原理」が、あるいはここから始まるのだろうか.......とはいえこの「自貿区」、どことなく「上海租界」の昔を思わせる制度ではある。改革開放が始まってから30年、そもそもこういう「特区」の設置が依然として必要な点、改革開放経済の初期の頃とあまり変わっていないようでもある。
落款印01

公募展と書の在り方

某大型公募展、N展の審査が今年は中止になったそうだ。その理由を聞けば、N展への入選が会派の力関係や審査員への謝礼の多寡で決まっていたからだそうである。つまりは「談合」と「贈賄」が、権威あるN展の入選を決めていたというわけである。これを聞いて「何をいまさら」と思った人も多いだろう。そんなことはいわば「公然の秘密」であった。
この記事を掲載したのがA新聞であって、Y新聞やM新聞ではないところも意味深なのであるが、A新聞にしても今まで知らなかったとすれば不可思議なくらいである。しかしこの問題、いきなり本丸に内通者が出て火の手が上がったのが興味深い。いずれ二の丸三の丸にも飛び火するのだろうか。いやいや、本丸どころか権威づけの”奥の院”である、書芸院や芸術院にまで飛び火するかもしれない。
公募展は出品料と称して出品者からお金を取っていたのだから、公正な審査をしていなかったのだとしたら、お金を取ることの正統性も疑われかねないところだ。まあ、あくまで会場費用と展示のための手間賃ですよ、と開き直ってしまえばそうかもしれないが、そうであれば落選者には返金したっていいだろう。

しかし物事には表裏があり、光と影がある。N展の在り方に問題があったとしても、N展を頂点とする大型公募展や社中展が、書道会と書道用品業界を支えてきたのも、これまた事実なのである。この構造が崩れてしまうと、書道用品業界の市場は極端に縮小してしまうだろう。現代の日本社会においては、書には実用性はほとんどなくなってしまっている。実用性の無いにも関わらず、まがりなりにも「産業」として余喘を保っていたのは、大型公募展の存在が文字通り”大きかった”といえるだろう。
N展以外にもM展やY展、各社中展、都道府県市町村の公募展などなど、日本は書展が多い。これは明治の昔からそうである。大陸でも書展は行われているが、日本に比べるとこじんまりとしているし、権威ある大型公募展、というような存在はみられない。

日本と大陸での、”書”の社会における在り方の違いについて少し考えてみた。

日本の場合、書の作品そのものが”売れる”、という事はまずない。著名な書家の作品であっても、二束三文の値である。書道家としての生計は、周知のとおり、教室を開いて月謝をとることで賄われる。あるいは学校の書道教諭としての職もあるが、要は作品を売って収入を得るのではなく、授業料が収入のほとんどである。お手本を書いて「お手本代」を求められるところもあるが、「お手本」はあくまで指導の一環であって、独立した作品としての価値が認められているわけではない。
書道以外にも、茶道や華道や日本舞踊など、伝統文化を教える教室が日本にはある。茶道にせよ華道にせよ舞踊にせよ、作品がカタチとして残るものではないから、師匠が”束脩”をとって弟子に教えないことにはどうしようもない。書道は作品が残るわけであるが、本質的には茶道や華道と同じような文化の在り方であるといえるだろう。
故に大型公募展での受賞は、会派の師範や教室の「権威付け」のためにあるといえる。社中展は身内の書展であるから、内輪の評価の域を出ない。会派を超えた書展での受賞が、権威付けには必要である。しかし賞を乱発すると、賞そのものの権威が失墜する。限られた数の賞は、どこの会派も欲しいのであるが、そこにある種の「談合」が生まれ、賞を譲る代償として「謝礼」が必要になる、という構造が造られたというわけである。

..........大陸の場合は、書でも画でも、作品が売れる”市場”が存在している。国家レベルの有名作家を頂点として、省レベル、市町村レベルの有名作家が存在している。主に公的機関の建物を飾る作品が発注されたり、政府幹部の贈答需要で作品を書いている。これ以外にも、民間の蒐集家もいれば、企業家のオフィスを飾る需要もある。また各家庭でも、書や絵を飾る習慣が今尚続いているのである。
なので大陸で書画を習う場合は、先生が弟子から”束脩”を徴収することはあまりない。書法家の収入源は”作品”であり、”束脩”ではないのである。たまに授業料をとって教えている人もいるが、小生が昔大陸の書法家に聞いたのは「上達したければ、授業料を取る人に教えてもらっていてはいけない。」ということだった。
また大陸では日本のように「段・級」を設けて、10年、20年かけて昇級昇段を目指す、というような事もない。先生に教えてもらうのはほんの基礎的な技法であり、あとは自習するようになっている。
また先生は弟子に「お手本」を書かないので、弟子の作品は先生には基本的には「似ない」。書法の鍛錬の見本にするのは、王朝時代の書法家の筆跡であって、それ以外にない。古典の名跡のいくつかの作風を組み合わせ、そこに自分の工夫を加えて独自の書風をつくってゆく。「書は人を表わす」ものであり、大陸書法の究極的な目標は、その人なりの書風を創り上げる事なのである。
もっとも「作品を売れる」ようになるほどの人はほとんどいない。また将来的に作品を売って生計を立てることを考えているのであれば、やはり作品を売って生計を立てられるほどの作家の弟子になる必要があるといわれる。

昔は優れた作品であれば、書き手の経歴など、ほとんど問われなかったものである。しかし最近は大陸でも「学歴志向」というか、有名な先生についたとか有名な美術大学を出た、と言うような事が評価されているフシもある。
それでも、まったく無名であっても、優れた作品には値段が付く。まったくの趣味でやっているような人の作品でも、数百元〜数千元(数千円〜数万円)くらい値段がつくものはある。日本だと書壇のトップクラスの作品が、せいぜいそれくらいの値段だろうか.......無論、無名でも売れるほどの書き手や作品は大陸でも稀なのであるが、そのような市場が存在するのは事実なのである。また”専業”ではなく、”兼業”というのも「アリ」で、他の職業につきながら作品をつくって収入を得ている人も少なくない。
無論「プロ」以外にも、純然たる個人的な趣味として書をやっている人も多いのである。愛好家が数人あつまって「好好」と講評しあうような、ごくごく狭い範囲で自足するような楽しみ方である。別段、大きな書展で賞をもらったりしなくても、それくらいで「事足れり」としているのである。
ともあれ「書」という、形式はほぼ同じでありながら、その社会的な在り方は日本と大陸でまったく異なる文化があるというのは、興味深い点である。

大陸でも書壇なり、画壇なりというのは、確たるものがある。たとえば今の上海画壇のトップは物故された有名作家の御内儀なのであって、彼女の作品はまあ、夫であった近現代の大家ほどではないとおもうのだが、そういう事になっている。正直なところそれはいかがなものか?というところなのだが、そういうこともあるにはある。有名作家の周りに群がる有象無象も多いわけで、式典や行事などの仰々しい場も多く設けられるし、政治的な力学も働く。単に有名だからということで高い値が付いたり、つまらない作品がぬきんでて評価されているという、胡散臭い話も多くある。また現在の大陸の書画の市場の大部分は”官製”の市場であり、作品の内容とは別次元のところで評価される向きもある。
また大陸では弟子は先生の作品に「似ない」と述べたが、「似る」人もいる。いや、積極的に「似せる」人もいる。あるいは師匠の作品の代作をするような人もいる。近現代の作家についていえば、二代目三代目がそっくりな書や画を描いていることも珍しくない。また「売れっ子」作家の作風は、積極的に模倣される。気づいたら同じような作品ばかり、という事もある。あるいは師匠の贋作を作ることもある。言うまでもなく、そすれば「売れる」からである。しかし師匠に作風が似た弟子の作品と言うのは、とどのつまりは二番煎じ三番煎じであり、ついに評価は師匠を超えることが無い。弟子自身が一家を構えるには、やはり独自の作風を生み出さないと難しいのである。それほどの才能はやはり多くは無いのだが、これはどこの国、いつの時代でも同じかもしれない。

しかし「食わんがため」に模倣が行われる一方で、わりと自由気ままにやっている人も多い。別段、売るために書をやっているわけではないが、その中から優れた作品が生まれてくることもある。流行や書壇の評価を頼りに買う人も多いが、自分の主観でパッと買う人もいる。書き手も気ままなら、買い手も気ままに買っている人がいるのである。大陸の個人主義的な気質が、こと芸術の面、特に主観が支配するようになった現代の美術作品の世界で言えば、これがプラスの方向で作用しているという事かもしれない。

やりがいや達成感をどこで感じるかは人それぞれである。公募展で賞をもらって達成感を得る人もいれば、誰かが収蔵して部屋に飾ってもらうことで満足感を得る人もあるだろう。
日本の場合、公募展や社中展が無くなってしまうと、書をやるモチベーションの維持に困るようになってしまう人が多いかもしれない。日本で現在の大陸にみられるような書画の作品市場を日本に求めるのは、すでに難しくなっている時代である。

ここで話が少しそれる。小生は漫画は全く読まないが、日本でも大陸でも、漫画好きの若者に出会う事は多い。若者というよりも、かなりの年配の人でも読むのはもっぱら漫画、という人も珍しくない。特に日本では漫画を読むばかりではなく、趣味で描く人も多いそうな。そしてそういった愛好家があつまって、同人誌を作り、それを販売する会も盛んなのだという。日本の年若い知人のひとりにその趣味があり、話を聞いたことがある。
彼も会社に勤める傍で、同好の士とともに会を作り、漫画を描いて同人誌を作っている。そして毎年季節ごとに開かれる同人誌の配布会で、つくった同人誌を販売しているのであるが、その売り上げによる収入は、会社からもらう年収を超えているのだという........ちゃんと確定申告しないさいよ、というところだが、これにはちょっと驚いた。つまり会社辞めても食べてゆけるじゃない、という事である........話ではその収入はすべて趣味に投じる、ということなのだそうだが。
小生は漫画家というのは、雑誌に掲載して原稿料をもらい、漫画本の印税で収入を得ているものと考えていたのだが、今やそればかりではないらしい。いうなればセミプロ、兼業作家も少なくないのだという。
配布会は国際見本市会場のような、非常に大きな会場で数百の店が出店するのだという。であれば、作家の人数は数千は下るまいと思われる。もちろんそのすべての会が黒字経営ではないであろうし、それだけで生計を立てられる作家も多くは無いのだろう。しかし兼業にせよ専業にせよ、作品を販売する「市場」があるというのは面白い。

話を戻す。この漫画市場の在り方は、大陸の書や画の市場の在り方に少し似ていると思った。趣味が支える作品の市場である。日本でもこうした趣味世界の作品市場が成立する余地があるという事実は、考えさせられるものがある。しかし今更、日本の書道の世界で、同じような”作品市場”を成立させるのは無理がある。なので今後も日本の書道の世界が成立するためには、大型公募展は必要なのかもしれない。先に述べたように、日本の書道における書展というのは、茶道における茶会と同じで、その場限りのものなのである。その作品は枯れたら無くなってしまう、華道における作品と同じといえようか。書展の時期が過ぎたら、無いも同然のものなのである。作品の保存性など初めから考えていないから、紙の質や耐久性もどうでも良い事であるし、墨汁を使っても良い、ということになる。それをどう考えるか?
何はともあれ、今回の件を契機に大型公募展が衰退すれば、ただでさえ少子高齢化で凋落傾向の書道用品業界は大打撃を受けるだろう。

大型公募展における「談合」「謝礼」の事実は、いうなれば「公然の秘密」ではあったが、それを知るのは書道会である程度の段位、師範クラスに進んだ人である。もっとも「謝礼」を支払えばだれでも入選出来るわけではなく、会派に属し、会派の中での実力を上げ、推薦されるくらいの力が無ければ入選することはできない。会派としても、他の会派への手前、あまりに力のない人物を推薦する事はできないわけである。
しかしN展を観に來る大勢の人の中には、この「公然の秘密」を知らない人の方が多かっただろう。公募と信じて毎回1万円の出品料を支払って出し続けていた人もいるかもしれない。また今回の告発によって、「特選何回」の権威付けは意味が無くなってしまっただろう。「特選一回一千万円」とも言われる投資が”パー”になってしまったのであれば、それは泣くに泣けない人もいるだろう。これからどうなるのだろうか。

大型公募展が今後も続くとして、一つ思うのは、「談合」なしに今後どのように特選を決めるのかな?ということである。完全な目隠し審査。しかしN展の作品といえど、師匠の手本を使って書いているのがほとんどであるから、どこの会派に属するかは見る人が見れば一目瞭然であろう。そうなると、勢力の大きな会派から入選が多く出て、弱小会派などは一点も入選できなくなるかもしれない。
いや、そもそもやはり、今回の件で大型公募展そのものが衰亡に向かうかもしれない。まず会派に属さない一般の人が出品しなくなる。会派に属していても、入選に価値がないのだから、無理算段してまで出品することもしなくなる.......”賞”というのは”名実”における”名”であって、審査の公平性に拠ってきた(と信じられていた)権威の有無がすべてなのである。それを喪失してしまったということは、その公募展の存在理由が無くなってしまったに等しい。たとえば「ノーベル賞」の審査員が「謝礼」を受け取って受賞が決まっていたとしたら、受賞者を国を挙げて、また世界中が讃える事もないだろう。いや、ノーベル賞といえど、とある国の学術団体が決めている賞であって、そこに「思惑」が皆無とは言えないのである。
しかしもし「ノーベル賞」が無くなっても、物理学界や文学界が無くなってしまうということもないだろう。しかし大型公募展の権威が無くなった時、日本の「書道界」は果たして維持されるのであろうか。また大型公募展に支えられていた書道用品の市場は、どのように変わってゆくのだろうか........まあ書道会派の中でも、社中展のみで大型公募展にはまったく無縁の会もある。今後はそういった会派ごとの書展の活動や、自治体レベルの公募展のみになるだけのことかもしれない。それでも、書道用品業界にとってはすくなからぬ痛手になるではあろうけれど。

蘇軾は「石蒼舒酔墨堂」という詩の中で、書の面白さを

自言其中有至樂
適意無異逍遙遊

自ら言う、その中に(書を書く行為の中に)至楽ありて
意にかなう事、逍遙遊に異なる無し

と詠っている。「逍遙遊」は荘子で言うところの別天地にあそぶ、精神が解放された楽しみである。書の真の面白さと言うのは、受賞や入選、段位などで得られる達成感とは別次元の愉悦なのである。それを知る者こそが、真の書の愛好者というものであろう。
落款印01

上海漏水房子

上海の朋友が賃貸オフィスの物件を探しているというので、一緒に行って見ることにしました。
上海 漏水房子不動産屋さんから連絡があったということで、上海の浦東区の、とあるオフィス兼住居ビルの何部屋かを見て回りました。”オフィス兼住居”というのは、事業所にしながら住んでもいい、という物件で、大陸では開発エリアに多い物件です。創業して間もない事業家が、生活と仕事場を兼ねて借りることを想定していますが、普通に住んでいるだけの人も結構多いのだとか。70平米の部屋は2階があり、家賃は平均3,000元〜4,000元。
上海 漏水房子上海 漏水房子ここは築三年くらいのビルなのですが.........案内された部屋の壁を見て絶句してしまいました。壁や天井に亀裂がはいって、一部剥離しています。朋友が「これはたぶん、どこかから湿気が入り込んでいる。」というので、二階に上がってみたのですが、部屋の一隅に何やら大きなシミが出来ています。上海 漏水房子上海 漏水房子おそらく、定常的に水分がにじみ出ている箇所なのでしょう。カビらしきものも繁殖しています。「これじゃ、とてもじゃないが借りれない」ということで、その物件はパス。
彼は当初ほかの物件を契約していたのですが、やはり水漏れが分かって即解約したそうです。水漏れが起こる原因としては、配管の材料か、設置の仕方が良くないのだそうです。日本のビルでこの手の欠陥が多発した日には、大変な補償問題になりそうですが、最近建てたビルでは「よくあること」という話です。
賃貸くらいであればまだ良いかもしれませんが、買ってからわかったら悲劇ですね。ローンを組んでやっと買ったお部屋の壁にシミが出来て、それがどんどん大きく広がって.....実は欠陥住宅、これは下手な怪談より怖い話です。
もちろん、このビルのすべての部屋が水漏れするわけではないのでしょうが、配管と言う、目に見えない部分で一か所不具合があったとすると、他もわかったものではありません。
上海漏水房子築三十年ではなく、築三年のビルでこれでは.......外観は現代的なオフィスビルなのですが、中身の作りは「結構適当」なのだとか。またメンテナンスの体制もよろしくないのだとか。このビルのお部屋は、買えば1平米2万元くらいはします。平均70平米の部屋なので、日本で言えば2,300万円くらいになるでしょうか。今日日、上海にしてはこれでも手頃な物件です。しかし築三年のマンションで水漏れして壁が剥離して始めたら、不動産会社は真っ青になるでしょうね。施工会社が呼び出されて、えらい騒動になりそうです。

上海の朋友が言うには「上海でも、文革前の建物はわりとつくりが堅牢なのですけどね。最近のは全然ダメです。メンテナンスも悪いし。」との事。「だから僕は買うなら日本のお部屋が良い。」と言います。たまたまこのビルだけが悪いわけではない事を、彼は多くの物件を見て知っています。
そんな朋友には「日本のお部屋は三十年たつと市場価値が無くなるよ。」と教えてあげるのですが、朋友曰く「それは中国も借地権の年限があるから、30年後の市場価値がどうなっているかなんてわからない。住んでいる間は快適な方が良い。」とのこと。年月が経過しても価値が減りそうにないなら香港がいいのでは?という事も言うのですが、さすがに香港は手の届く物件が狭すぎる、ということでやはり日本が良いという。
上海漏水房子上海漏水房子このビルは部屋だけではなく、エレベーター前の踊り場なども「本当に築三年?」と思いたくなるようなアラがたくさんあります。手すりの部品が外れていたり、タイルの継ぎ目が破損していたり、窓がきっちり閉まらなかったり.....マンションやアパートには、廊下や階段、踊場など、いわゆる公共スペースがありますが、そこの不具合についても、日本の住民はうるさいですからね。大陸の人は自分の部屋の不具合以外は、わりと気にしないそうですが。なので放置されているそうです。
「これくらいで驚いていたら、中国で生活できないよ。」ということで、そこは適当にやり過ごしてみんな暮らしているようです。しかしこれが”当たり前”であればなんとも思わないかもしれませんが、朋友のように日本やアメリカ、香港の住居を知っていると、とてもそう思えなくなると。
家ないしお部屋を買うというのは、大陸の人にとって非常に重要な事だけに、見る目も厳しいものがあります。一度良いものを知ってしまうと、もう悪い方には戻れない。朋友にとって上海の物件はもはや「苦労して買う価値が無い。」ということだとか。多少安く買えたとしても、修繕費が高くつきそうですね。
大陸にも香港や台湾、日本の施工会社が建てた物件もあるにはあるのですが、これらになるとさすがに非常に高価で、普通に働いたのでは手が届かない物件が多いものです。
しかしここまで粗製乱造されているとなると、確かに買うのは恐ろしい気がしますね。「文革前の建物は良い」というのでしたら、意外とまだ残っている故民居をメンテナンスして住んだ方が良いような気さえします。いや、それは本当に悪くないかも........今出来の粗悪品より、古い時代の良い品の方が良い.......なんだか墨や硯の話を聞いているようです......
落款印01

ある工場の老板の話

別段、香港のような快適な都会生活や豊かな自然に触れるのが渡航の目的ではない。やはり多少の不便さがあっても、求める物がそこにあるだけにやはり大陸の旅は面白い。徽州の古鎮に入り込むと、いかにも大陸の歴史文化の中に入り込んでいるかのような心地になるもので、美しい自然の中に身を置くのと甲乙つけがたい良さがある。文房四寶の現在進行形は、やはり大陸の方にあるといっていいだろう。
ただどうも、今回の大陸の旅では深刻な話を聞くことが多かったように思える。これは大陸の経済情勢が年々深刻化しているためなのか、小生と相手との関係が深まったことで話してくれるようになったのか、あるいはその両方なのか。ともかく「ありえない」と唸るような話をいろいろと聞かされるのである。

業界は伏せておくが、徽州で工芸品の工場を営む老板(らおぱん:社長)のお話。その地方の政府が、なんと老板の会社に借金を申し込む、という。省レベルか県レベルかは聞いていなかったが、おそらく県レベルの政府であろう。
「借金」と言っても、名目的には「税金の前払い」ということになっている。「税金の前払い」も穏当な話ではないわけであるが、当然断れるわけもなく、お金を用立ててあげないといけない。断ったらどうなるか、想像するだに恐ろしい。
老板は今年で還暦を迎える。上海の国営工場を長く勤めたあとで独立し、故郷に工場を開設して20年。接待の飲酒で糖尿病を患いながら、一代でその業界では屈指の企業を作り上げている。国とはなんの資本関係もない、歴とした民間資本の企業である。業界では大きな工場であるが、工場の規模そのものは、たとえば広東に数ある電子製品の工場に比べれば、家内制手工業といっていいほどの小さな規模である。そういう会社にまで、税金の前借にせよ何にせよ、地方の政府が資金の融通を依頼するという事実。やはり大陸の地方政府の台所事情は、相当に悪化していることをうかがわせる話である。またこういった事がこの地方だけで起きているとは、ちょっと考えにくい。
もっとも、法人税の実効税率は大陸の場合は25%であるという。日本の40%に比べるとまだ安いわけであるが、それでもその税率を前提に経営しているのだから「来年の分も払って」と言われたら、払う事が出来たとしても、困惑しないわけにはゆかないだろう。

老板の業界には、長い間休眠中の国営工場があった。業界では海外にも名を知られた有名工場である。その工場設備が残っている都市の政府から、老板に工場の再稼働を依頼されたそうだ。不動産の高い都市中心部に居住用の部屋まで用意されたのであるが、結局老板はオファーを断った。年齢に加えて健康問題もあるが、引き受けて工場を立て直したところで、所詮は”国営企業”ということで利権に”たかられる”だけ、ということはわかっていると。
老板が会食の席で、「私はもう若くない。あと10年若ければ、海外に移住したのだけどなあ。」という慨嘆を漏らしたのが印象に残っている。大陸の人は一般に生まれ育った場所から動きたくないものである。それは日本人とて大方はそうかもしれない。老板の場合は地元で苦労して成功して、今や経済的には何の不安もないはずなのであるが、それでも”海外へ”という。余程の圧力を感じていると察せられるところである。
老板には一人娘がいて、日本語学科を出て、日本にも行っている。また日本には取引相手もいて、日本の業界事情も分かっている。なので老板が”海外”と言った先は、暗に”日本”を指していることではないかと思う。ただ日本とて、働いて生活することが大変な事は変わりない。しかし老板のように事業である程度成功し、それなりの資産があれば、あるいは安心して生活できるのは日本の方、ということなのかもしれない。
あまり詳しくは聞かなかったが、事業がある程度の規模になってくると、いろいろと政府からの干渉をうけるのだそうだ。平たく言えば”儲かっているなら儲かっているなりのカネを出せ”ということなのである。しかしそれが何らかのルールに基づくものではなく、その時その時の当局担当者の裁量であるから、これはたまらないのである。

広東に行った際の会食の席で、ソーラーパネル工場の海外営業をしている20代前半くらいの女性が同席して、その話を聞く機会があった。彼女の姉の夫は内陸の某大都市で、道路設備関係の施工会社を経営している。道路の看板や標識、最近では電光掲示板といった設備の設置を手掛ける会社である。当然、政府案件を受注するという話になる。ところが最近は、別に民間相手のビジネスを開拓中なのだという。理由は、政府案件の支払いサイトがあまりにも長く、資金繰りが常に厳しいからだという。
その地方の政府の場合だけかどうかはわからないが、政府案件の支払い月は毎年12月で、その月に支払いが無いと「また来年」なのだそうだ。これもまた、ちょっと信じられないような話である。譬えるなら、江戸時代の日本で、藩が御用商人からの御用金の返済を待たせるような話に似ているだろうか。
そういえば、広東の番禺という街で道路工事の施工会社を経営している老板は、北京オリンピックの仕事の支払いは”完成の二年後だった”と語っていた。その話を思い出す。
大陸の場合、地方政府が主に実施する公共事業がGDPに占める割合が高い。大陸のGDPをけん引してきた公共事業(なかでも大きな建設・土木事業)の内幕の一端がめくれると、このような話がぽろぽろ出てくるのであるが、これらははたして僅少な例であろうか。

支払いを引き延ばすのは、当然支払うお金が無いからである。しかしいよいよ支払う時はどうしているかといえば、新しく決まった別の案件の予算を、過去の支払いに充てているのである。予算流用、自転車操業と言うべきか。このような有様が常態化しているとすれば、先の「税金の前払い」も、何の不思議もない話と思えてくる。
某県の硯職人は、国から下りるはずの助成金が、県の政府に一方的に”転用”を通告されて泣き寝入りである。ひとりの作硯家に下りる国の助成金など、県の予算から見ればたかが知れていると思うのであるが、それほど事態が深刻なのだろうか。

くだんの工場の老板曰く「政府の仕事は大きいが、(売掛金回収の)リスクも高いし、ややこしい”しがらみ”も出来る。精神的に割に合わない」という。小生も昔々、日本政府の某省の公共事業を請ける業界末端の会社に身を置いていたが、年度末の追い込み時期の非人間的な過酷さはともかくとして、さすがに「払ってくれない」ということはなかった。

中国経済は、底流の方ではすでに急減速がかかってきているように感じられる。ただ日本が89年にバブルが崩壊した後、95年までは惰性で景気が拡大したように、向こう5,6年は大陸の景気も拡大を続けるのかもしれない。高止まりする不動産価格に関していえば、日本のような民間主導の市場ではないために、大陸政府の”価格管制”によって、当面は暴落するようなことにはならないのかもしれない。

しかしぽろぽろ話に出てくる、地方政府が主導してきた公共事業の杜撰な運営の整理.......これだけでも相当に頭の痛い問題だろう。杜撰な事をし続けた当事者に”ちゃんとやれ”と言っても、能力的になかなか難しいだろう。長年のぬるま湯で弛緩した組織を、急速に効率化するという事は、よほどの辣腕を幹部に据えない限りは難しいのである。
すでにしわ寄せが、民間資本の企業や個人にまでもふりかかってきている。「公務員だから安心」とか「大手国営企業だから安心」ということも、もはや言えないという事も聞いている。
香港の朋友が言う「日本はバブルが崩壊した時に、社会基盤や制度は相当に整備されていた。公害問題もおさまっていた。政府の腐敗や汚職はわずかで、国民の経済格差は先進国最少だった。だからその後20年、GDPの成長が横ばいでも、国民の生活水準が大きく下がることはなかった。中国はこれから経済が減速してゆく中で、環境問題や年金制度の矛盾、経済格差の是正、政権の腐敗や汚職の問題に取り組まなければならない。とても楽観的にはなれないよ。」という分析が重い。

そうはいっても、日本が「地上的天堂」か?と言われるとそうではないだろう。税金も高いし、社会保障のコストも高い。年金制度も医療制度も矛盾が噴出している。ただ大陸にはその”コスト”を払える人もすでに相当数存在し、同じ”コスト”を払うならいっそのこと........という考え方のようだ。「隣の芝は青くみえるよ」と言ってあげるのだけれど「それはあなたが大陸で生活しているわけではないからわからないのだ。」と反論されると言い返せない。

ともかく小生が付き合っている文房四寶の職人氏達は、文字通りの”激動”をかいくぐってきているので、昨今の情勢については達観しているし、したたかに準備もしているようだ。ちょっとやそっとの事では、生産や取引が滞るようなことはないとみている。多くは大都会に住んでいない、というのも大きな利点だろう.......文房四寶の未来形を描けるには至っていないものの、急激に過去形に転じることはないと、信じている次第である。
落款印01

大陸債務危機雑考

金融危機が水面下で進行しているとみられる中国ですが、情報統制の影響もあってか、中国の表向きのメディアでは楽観論が支配的ですね。しかし個人的には、来るべくして来た、かなり深刻な事態であると考えています。

中国の地方政府、つまり省政府なり市町村政府に融資しているのは多くは国営銀行です。正確に言うと、「融資平台公司」と呼ばれる、地方政府が設立した融資の受け皿となる投資会社に対して、銀行は融資しています。「融資平台公司」は一種の独立行政法人のような会社です。
中国では制度的に地方政府が債券を発行することは禁止されていました。しかし不動産開発をはじめ、工業団地、道路建設や架橋などのプロジェクトを実施したい各地の地方政府は、財源不足を補うため「融資平台公司」呼ばれる、融資の受け皿となる投資運営会社を設立したわけです。
この「融資平台公司」が国営大手銀行や中小商業銀行から融資を受け、その資金が不動産開発、土木事業などのプロジェクトに投資されてきました。当然、「融資平台公司」の連帯保証人のような恰好で、事実上は地方政府に債務が積みあがるのでした。
また、「融資平台公司」への融資も、必ずしも銀行から直接融資しているものばかりではありません。いわゆる”シャドーバンキング(影の銀行システム)”という信用仲介の仕組みがあり、「融資平台公司」はここからも融資を受けています。
”シャドーバンキング”というのは正確には”Shadow Banking System”であって、平たく言えば「誰かから金を借りて、誰かに貸す」という、信用仲介のシステムです。中国の場合、後述しますが”シャドーバンキング”といいながら、運営実態の主役は銀行でもあります。

ともかく”シャドーバンキング”から「融資平台公司」へ融資されている資金もかなりの額に上ると推定されています。この”シャドーバンキング”は、理財商品」という、高利回りの投資信託のような資産運用商品を富豪や資産家に売り、その資金を「融資平台公司」に高利で貸し付けています。

「国家審計署」が公布した地方政府の債務(借金)の利息は、少なめに見積もっても6%程度あり、年間の利払いは1.2兆元にも及ぶと推定されています。日本円換算(1元=16円)20兆円くらいですね。単純比較はできませんが、日本政府の利払い費がだいたい10兆円くらいですから、20兆円規模の利払いというのはかなりの規模ですね。
日本の公共事業は原則として税収と、国なら国債、地方自治体は地方債を発行して賄いますが、債券の信用の源泉は政府の税収です。いずれは税収で以て返済しなくてはならない(できるかどうかは微妙になってきていますが)。

しかし中国の地方政府の債務の問題と言うのは、もともと税収などの財源が少ないところに、公共事業を実施しようとして膨れ上がったものです。日本の国や自治体の債務問題とはこの点性格が異なります。その債務(借金)の返済は、事業収益そのもので賄おうということなのですが、事業の採算性が合わなければ返済も行き詰まることになります。ある意味、民間企業が銀行から融資を受けて事業をやるような構造と似ています。
中国では政府や国営企業が、高い収益性が見込める分野にも進出しています。日本だと「民業圧迫、民営化せよ」と批判を受けそうですが、これが「赤い資本主義」と呼ばれる、中国独特の経済構造ですね。
なので「地方政府の債務問題」と言っても、日本のように「民間経済にはあまり関係ない」というわけにはゆかないでしょう。民間がやるような事を政府や独立行政法人、国営銀行がやっているだけですから、日本で言えば民間企業の事業投資の失敗や負債、民間の銀行の不良債権問題に相当すると考えないといけないかもしれない。

そもそも地方政府の収入に対して、すでに債務(借金)の規模は大きくなりすぎている、という問題があります。
先月の6月10日に「国家審計署」が発表した「36個地方政府本級政府性債務審計結果」は、中国のオフィシャルな発表ですが、かなり危機感に満ちた内容になっています。一部を抜粋して読んでみます。

「36个地方政府本级中,有11个省本级和13个省会城市本级2012年债务规模比2010年有所?长,其中4个省本级和8个省会城市本级债务?长率超过20%。一些省会城市本级债务率和偿债率指标偏高,2012年,有9个省会城市本级政府负有偿还责任的债务率超过100%,最高的达188.95%,如加上政府负有担保责任的债务,债务率最高的达219.57%。有13个省会城市本级政府负有偿还责任债务的偿债率超过20%,最高的达60.15%;如加上政府负有担保责任的债务,偿债率最高的达67.69%。」

「36個の地方政府において、11個の省と13個の省都主要部における2012年の債務規模は2010年にくらべて増加し、其中でも4個の省と8個の省都(政府)における債務の増加率は20%を超えている。一部の省都の債務率(政府予算と借金総額の比率)と償債率(政府予算と借金返済額の比率)の指標は特に高く、2012年は、9個省都の政府において、政府が償還責任を負う債務について債務率は100%を超え、最高で188.95%に達している。さらに政府が担保責任を負う債務をこれに加えると(つまり政府が連帯保証人になっている債務を加算すると)、債務率は最高で219.57%に達する。13個の省都の政府が償還(返済)責任を負う債務の償債率は20%を超え,最高的で60.15%に達している。それに政府が担保責任を負う債務を加えると、償債率は最高で67.69%達する(つまり借金の返済額が政府予算の7割近くの額に及ぶ)。」

”地方政府の債務”と書かずに”政府が償還責任を負う債務”と書くのは、債務は直接的には「融資平台公司」の債務だからでしょう。実質的に”地方政府の債務”ということですが、このあたりは表現の正確性というものでしょうか。
まあ日本国債の発行残高も、すでに国家予算(90兆円)の10倍規模(1000兆円)ですから、お隣の国の地方政府の借金がどうのこうのと言えたものではないですね。しかし中国の地方政府の債務は、その規模が2年で20%、年間10%も増えているのは不安なところです。
またもうひとつ問題なのは、融資平台公司の債務(つまり実質的には地方政府の債務)の利払いや償還(返済)が、土地収益に頼っているということです。

『2012年底,4个省本级、17个省会城市本级承诺以土地出让收入为偿债来源的债务余额7746.97亿元,占这些地区政府负有偿还责任债务余额的54.64%,比2010年?长1183.97亿元,占比提高3.61个百分点;而上述地区2012年土地出让收入比2010年减少135.08亿元,降低2.83%,扣除成本性支出和按国家规定提取的各项收入后的可支配土地出让收入减少179.56亿元,降低8.82%。这些地区2012年以土地出让收入为偿债来源的债务需偿还本息2315.73亿元,为当年可支配土地出让收入的1.25倍。』

「2012年度は、4個の省、17個の省都の土地収入に依存する債務の総額は7746.97億元、そのうちその地域の政府が償還義務を負う債務は54.64%、2010年に比べると1183.97億元増加し、(債務の比率は)3.61ポイント増加している。これらの地区の2012年の土地収益(の総額)は2010年と比較すると135.08億元減少し、(土地収益は)2.83%下落している。土地収益のうち国家の規定で国庫に納める分などを除いた、その地域に残る土地収益は(2010年に比べると)179.56億元の減少で、8.82%下落している。2012年の土地収益をもって償還しなければならない債務の総額は元本と利息を合わせて2315.73億元で、その年の土地収益の1.25倍である。」

地方政府の借金は増えているが、土地収益、つまりは開発した不動産を売ったり地代をとったりで得られる収益が減少しているとしています。土地収益でもって返済しないといけない借金の総額が、土地収益の1.25倍ということは、とどのつまり土地収益が元利の返済に足らなくなっている、という事実を数字で表していますね。2割5分も収益が返済に足りない。
また、高速道路の債務の問題も大きいようです。

「有10个省本级2012年底高速公路债务余额比2010年有所?长,?长额2156.59亿元,?长率为36.88%。在债务规模快速?长的同时,受经济?速放缓、货车流量下降、重大节日免收小型客车高速公路通行费等因素的影响,高速公路车辆通行费收入出现减收,一些地区高速公路债务偿还压力较大。2012年,有8个省本级通过举借新债偿还高速公路债务453.85亿元,其中4个省本级高速公路债务的借新还旧率超过50%,3个省本级已出现逾期债务17.15亿元。」

「10個の省主要部について、2012年度の高速道路の債務残高は2010年に比べて増加し、増加額は2156.59億元、増加率は36.88%である。債務規模が急速に増加すると同時に、経済成長はゆるやかになり、貨物自動車(トラック、トレーラー類)の流通量は下降し、重大な節句(国慶節とか春節とか)には小型乗用車の高速道路の通行費を免除するなどの影響で、高速道路の車輛通行費は減収し、地方の高速道路の債務の償還圧力が増大した。2012年、8個の省主要部における高速道路の借り換え債務の額は453.85億元(7261.6億円),そのうちの4個の省の高速道路の債務の借り換え率は50%を超え,3個の省主要部においては已に償還期限の過ぎた債務(返済が滞っている債務)が17.15億元ある。」

高速道路建設においても、債務負担が増加していることがわかります。日本の道路公団も30兆円だか40兆円だか言われる借金を抱えていましたから、中国も数千億円くらいなら大丈夫だよ、と言いたいところですがどうなるでしょうね。それにしても「貨物自動車の通行量の減少」は、中国国内の経済活動が減速してきていることを裏付けています。

どうしてこんなに地方政府の債務が膨らんでしまったかと言うと、結局が債務管理制度が未整備だったところにあるようです。

「一是地方政府性债务管理制度不够完善。目前国家尚未出台统一的地方政府性债务管理制度,虽然部分地方政府出台了一些债务管理制度,但地方政府性债务的规模控制、预算管理和风险预警等管理仍显薄弱。截至2012年底,36个地方政府本级中,仍有8个尚未出台政府性债务管理规定,13个尚未建立政府负有偿还责任债务的举借审批制度,19个尚未编制债务预算或债务收支计划,24个尚未建立债务风险预警制度」。

「地方政府の債務管理制度が不完全。中国は未だに統一的な地方債務の管理制度が未整備なのであるが、一部の地方政府では、部分的な債務管理制度を敷いているところもある。とはいえ、債務規模のコントロールや、予算管理やリスク監視などの管理は弱い。36の地方政府のうち、8つの地方政府ではいまだに政府の債務の管理規定がなく、13の政府では「政府負有償還責任債務的舉借審批制度」が未整備(つまり政府が償還責任を負う債務の借り入れに対する審査制度がない)、また19の政府では債務予算、あるいは債務収支計画が未編成、また24の政府では債務のリスク監視制度がない。」

つまりチェックシステムが不備だったということですね。たとえるなら社内規定も監査役も外部監査のない会社の経営者が、債務をふやしまくって投資しまくったようなものでしょうか。まあ、よほどの名経営者でないかぎり、会社はおかしくなりますね。この報告書を書いていた人の溜息が聞こえそうです。

「36個地方政府本級政府性債務審計結果」を読んでいると、他にも問題の深刻さが読み取れるところが多いのですが、長くなるのでこれくらいにしておきます。これは誰でも読める政府のオフィシャルな発表なので、数字は控えめかもしれませんが、当局者の危機感が伝わってくる内容でした。

日本もバブル崩壊後、銀行が抱える不良債権をどう処理してゆくか?が大きな問題でしたが、政治的な理由でなかなか進みませんでしたね。「銀行を税金で救済するのはおかしい」というような反対意見もあったわけです。バブル崩壊から10年も経過して、ようやく当時の小泉政権下で処理がほぼ終わりました。
この点、中国の「赤い資本主義」の場合は、中央政府からの「鶴の一声」で一気呵成に進むことが可能かもしれません。中国の銀行も銀行監査の国際基準、いわゆる「バーゼル?〜?」を段階的に導入して、銀行監査の体制を強化していますから、融資の審査も今後はより厳しくなります。また債務膨張の温床になった「融資平台公司」は2010年から、新たな融資を受けることが禁止され(設立も禁止され)、もっぱら債務の返済にあたるようになっています。

また地方政府が債券を直接発行することは禁止されていたのですが、2009年に中央が地方政府に代わって債券を代理発行することが行われました。その後地方政府が債券を直接発行するプログラムも導入されています。これはまだ中央政府が規定した枠内ですが、債券を発行することが一部の地方政府では認められるようになってきました。要は「融資平台公司」のような、実体の把握しにくい独立法人を作って、乱脈な投資をするなということでしょう。
なので中国政府も、手をこまねいていいたわけではなく、2009年頃からいろいろと施策を打ち出してきています。その傾向としては、監視、管理を強化してゆく方向ですね。それはそれで結構な事のようにも見えます。しかし中長期的には投資は減少するでしょう。それが実体経済にどう影響するのでしょうか。

ここで問題になるのが”シャドーバンキング(システム)”ですね。中国語では「影子銀行」と言います。”シャドーバンキング”には証券会社や投資銀行、ヘッジファンドや、投資運用会社なども含みます。中国の場合は、銀行の正規の融資業務以外の、お金を人に融資する仕組みを総じて”シャドーバンキング(システム)”と言うようです。中国の場合、”シャドーバンキング”というと銀行とは別の機関がやっているような印象を受けますが、実のところ銀行が絡む部分が大きいのです。
銀行の正規の融資業務内の融資であれば、銀行の資産表(バランス・シート)を見れば、その規模がわかりますね。ところが中国の銀行は「理財商品」という一種の金融商品を作り、それを顧客に販売します。そもそも銀行の信用がありますから、高い利回りにひかれて顧客もついつい信用して買うわけです。そして販売した理財商品を、銀行は資産表に載せない。いわゆる”簿外”で処理してしまう。決算書にも載っていない。これは問題のような気がしますが、とにかく理財商品の販売で得た資金を、たとえば地方政府の「融資平台公司」の、土地開発なり不動産なりのプロジェクトに”高い金利で”投資するわけです。そしてその収益でもって、理財商品を買った顧客に高い金利を支払う、という仕組みです。銀行はその利鞘で稼げるわけですね。
銀行も先の「バーゼル?〜」の導入で年々監査が厳しくなり、銀行内の正規の融資審査ではなかなか融資が下せない。そこで「理財商品」をつくって資金を集め、投資したいところに投資するわけです。”上に政策あれば下に対策あり”の見本のような仕組みですね。だから”シャドーバンキング”と言っても、銀行がほぼ直接絡んだ部分も大きいのです。また理財商品は銀行以外にも、証券会社や保険会社、信託会社も作って販売しています。理財商品の資産規模はすでに12億元、しかもそのうちの8割から9割は元本保証がない商品といわれます。

中国式”シャドーバンキング(システム)”による融資残高は25兆元(400兆円:1元=16円)という推定があります。このうち銀行が取り扱う理財商品は12兆元と言われています。12兆元という額は、銀行の監督当局による集計なのである程度信をおけますが、それにしてもかなりの割合ですね。他に個人の直接信託、つまりお金持ちが直接誰かに資産運用を任せている額が6兆元くらい、他に企業債券が3兆元から4兆元と言われます。
ともかく地方政府の借金の中には、この”理財商品”で集まられた資金がかなり入り込んでいると考えられます。その地方政府は、投資した事業(主に土地、不動産開発)が期待ほど収益を生まないので、もともと高い金利の負担が大きくなっている。一部償還期限の過ぎた債務もあるということですから、地方政府から銀行への返済が滞っていることになります。でも銀行は理財商品を売った顧客には、高い利回りを支払わなくてはいけない.......そう考えると、6月初旬からの銀行間取引金利の暴騰は、理財商品の利払いに絡む銀行の資金不足だったのではないかと推測されます。理財商品は満期前の解約は原則できないことになっていますが、ひょっとすると一部顧客の口座は解約が進んでいるかもしれない。日本の証券会社もバブル崩壊後、一部大口顧客に”損失補填”をやっていたことが明るみに出て問題化しましたが、中国の銀行も”理財商品”のリスクを知った一部の顧客に”即刻解約する”と言われた時、断れないような顧客もいるでしょう.......身内とか政府幹部とか。
ともあれ銀行間取引金利の暴騰、これは人民銀行の資金注入で一息つきましたが、銀行が勝手に作った理財商品の高い利息を支払ってやるために、いつまでも人民銀行が人民元を印刷して銀行に補充していたら、いずれはとんでもないインフレを招きそうです。
元本保証が無いとはいえ、投資した事業の失敗をみとめて、銀行が理財商品を”紙クズ”にしてしまうには額が大きすぎるでしょう。地方政府は”理財商品”を源泉とする高金利の債務を返済しきれないので、借り換えで返済を繰り延べしています。しかし借り換えが続けられるかどうか..........借り換えを続けながらも債務が減るどころか膨張しているところに、すでにリスクが顕在化していると考えられます。

根本的な原因は地方政府(直接的には融資平台公司)のお金の使い方、つまり甘い見通しに基づく採算性の無い事業展開にあったわけで、債務償還(借金返済)の裏付けとなるような事業が育たなかった、というところにあるでしょう。日本でもバブルのころに、行政が音頭をとった不採算事業がたくさん生み出されましたが、最後は総工費何百億円の施設を1円入札で売却する、というようなことにまでなりました。しかし完成してから1円入札までは十何年という時間が経過していたわけで、要は一度作ってしまったものをゴミと認めるまでには時間が必要、ということでしょう。
大陸の場合は潜在的な”ゴミ”は、あるいはバブル時期の日本以上でしょう。なにしろ、不動産投資以外にも、道路工事や橋梁などのインフラ、工業団地などの広大な開発地も含まれます。完成して数年で劣化してしまった道路や、誘致が進まない工業団地。また家を買えない市民が多い一方で、誰も買い手がつかないか、富豪が空き家でもっているだけの高級物件が街の中心から郊外にいたるまで並んでいます........不動産開発に関しては、依然として高い需要があるわけですが、それは庶民が買える物件に限られます。問題はすでに作ってきてしまった高級物件をどうするかですね.........今後予想される中国の国内投資の減少は、新たな富裕層の増加を急減速させるでしょう。値札を付け変えないので高止まりしているように見える高級マンションですが、いずれ本格的に資金繰りに窮したら投げ売りが始まるかもしれません。いやすでに始まっているか........昨年、河南省を旅した知人の話では「マンションを2部屋買ったら1部屋おまけ」のような話を持ち掛けられたそうです........ある程度値下がりしたところで、北京上海の良い物件なら外国人の需要がありそうですが、地方の郊外の大邸宅などは先行きが怪しいものです。

中国の金融政策は”緊縮”に大きく傾斜していますが、それが不良債権を生んで.......不採算事業への融資は潜在的な不良債権ですが、償還や利払いの資金繰りがついている間は不良債権化していないだけです。それが金融の緊縮で人民銀行(中央銀行)が市中銀行に資金を融通しなくなることで顕在化する.........地方政府の債務問題の増大、裏を返せば”シャドーバンキング(システム)”の綻びにつながっていると、大雑把には見て取れます。金融政策が”緊縮”に向かわなければ、野放図な開発に歯止めがかからず、またインフレの昂進が手におえないほどに加熱してしまうでしょう。
”シャドーバンキング”の大半を占める理財商品は、中流層以上の所得の人々が購入しています。”緊縮”によって、採算性のない事業に投じられた理財商品の高い利払いも銀行が出来なくなり、これが破綻したら、お金持ちが大金をスッて終わり、という話では済まないかもしれない。80年代末の日本では、財務省の”総量規制”をきっかけに不動産バブルが崩壊し、含み損を抱えた企業の株価も下落、株に投資していたサラリーマンも多く損をしましたが、それにどこか似ているようです。銀行が取り扱ってきた理財商品の額だけでもおよそ12兆元、200兆円のうちのどれくらいが不採算事業に投じられているのか........金融の引き締めと同時に、中央政府は歳出の5%カットを打ち出しています。こういった政策が一層採算性を悪化させると予想されます。しかしここで金融と歳出を引き締めないと、インフレが進んで庶民の不満が社会不安につながります。いかんともしがたいところですね。

とはいえ、カネ余りの状況には変わりありません。しかも資金には高い金利(利息)がついている。インフレだから、価値が目減りする現金では持っていたくない。地方政府の債務の金利が少なくみて6%ということは、貸す側から見れば運用利回りが6%ということです。しかし中国は控えめに見ても3%程度のインフレ率ですから、高いように見える6%の運用利回りでも、実質的には3%程度の利回りに過ぎません。
資金を集めた側からすれば、利息以上を運用でペイしないといけない。ところが国内に有望な投資先がない.........膨大な余剰資金の一部は、海外投資に回るでしょう。すでに中国は対外純投資額で日本を追い抜いています。国内投資が減って、海外投資が増える、これも90年代以降、日本経済がたどった道に似ています。しかし海外投資を進めるには、人民元の自由化が必要ですが、これも政治的な理由で急速には難しいでしょう。人民元の自由化には、金利の自由化や外貨との交換の制限を撤廃しないといけないですが、そもそも政策的に低い金利に抑えられていた下で経営していた中国の国営銀行や商業銀行が、これに迅速に対応できるかどうか。銀行の統廃合が進むのではないかと思われます。また外貨との交換を自由化すると、資金が国内から海外に流れて内需がしぼみます。海外投資の手段を持つ一部の国営大企業や富裕層は利益を得ますが、国内経済の中から外に出る手段を持たない庶民の生活は苦しくなる。すでに香港を”出島”として、相当規模の人民元が海外投資に回っています。

現在の中国の債務危機が、中長期的に庶民の生活や実体経済にどのような影響が出るかは予断を許さないところがありますが、ともあれ中国も資産(不動産)インフレ(バブル)の時代は終わったようです。これから経済成長を減速しながらも、なんとか不満なくやってゆくためには、内需の拡大が必要になるでしょう。内需、特にサービス産業の拡大には、まだまだ大きな伸びシロがあるように思えます。今までのように、偉い人とつながっていて、お金があって、良い場所を占めたら勝ち、のようなゲームではなくて、本当に才能のある個人の自由な発想を生かさないといけなくなります。そのためには政府や国営企業が幅を利かせている現状ではどうかと思いますね...............話は変わりますが、中国の骨董、美術業界も、国営大企業のオークションが力を持っていた時代は終わったように思えます。その代り、民間、個人の文物や美術品の取引は、金額の規模は小さいものの活発になってきています。愛好家や収蔵家が、身銭を切って戦うわけですから真剣で熱がある。やはりこちらの方が面白いですね。何か新しいモノが生まれるかもしれない。バブル崩壊とともに気息奄々となってしまった日本の骨董、美術業界とはやはり違って、そこはかの国の文化の底力を感じるところです。中国の歴代王朝においても、王朝が斜陽に入ると文化も爛熟期に入りますが.......現代中国もあるいはこれからがその時期かもしれません。
落款印01

新暦の七夕

新暦を採用してからというもの、節句のお祭りに関しては色々と不都合なことが起きているのですが、七夕も最たるものではないかと思います。9・9の重陽と同じく、7・7でなくてはならないので7月7日にせざるえないわけですが、旧暦の七夕は今年は8月の13日です。むろん、大陸では旧暦の七夕を祝います。8月の13日ごろともなればもう夏の盛りで、雲の少ない青空が続きます。だからかなりの確率で天の川がよく見えます。ところが7月7日というと、梅雨が明けるかどうかという時期で、雨は降らなくとも雲は多いものです。ここ十何年、天の川がはっきりと見える(都会では見えませんが)ような晴天の日は少なかったと記憶しています。
しかし日本の場合は、8月15日が終戦記念日ですし、お盆の最中ということもあって、重ねて七夕を祝うという雰囲気ではないかもしれないですね。仙台では7月7日から一か月遅れの8月7日あたりで七夕を祝いますが、これは旧暦の七夕の名残でしょうか。

七夕の牽牛、織女の伝説についてはここでくだくだしく述べるまでもありませんが、”織女”すなわち”機織り”をする女性と言うのは、農村ではほとんどすべての家の女性が行う仕事であったということは、思い起こして良いでしょう。
また都会では糸紡ぎ、機織りといった仕事の代わりに、刺繍や裁縫といった針仕事に、やはりほとんどすべての女性が携わっていました。刺繍をしたり、裁縫で衣服や帽子や靴などを作る作業は、大陸にあっては女性の重要な仕事でした。これは別段経済的に不足のないような、貴族や富豪の家の女性たちも携わっています。紅楼夢に登場する女性たちも”仕事”といえば、針仕事の事でした。上流階級の女性は炊事こそしませんが、針仕事はやるわけです。衣服には不自由しない環境にあっても、身の回りの品々くらいは手製して、場合よってはそれを売って家計の足しにするわけです。針仕事ができれば、家庭に変事があっても何とかやっていけるというわけで、”手に職”の最たるものでした。七夕の日には「乞巧奠(きっこうでん)」といって、女性たちが針仕事の上達を願う節句行事を行うところもあります。

古来、七夕を詠よんだ詩は多いものですが、大陸では漢代に編纂された「文選」の「古詩十九」の中に、七夕伝説にちなんだ詩が登場します。古くから愛誦された詩のようで、後代の詩人たちもこの詩を踏まえた詩を多く作っています。

迢迢牽牛星 皎皎河漢女。
纖纖濯素手 劄劄弄機杼。
終日不成章 泣涕零如雨。
河漢清且淺 相去復幾許。
盈盈一水間 脈脈不得語。

迢迢(じょうじょう)たり牽牛星(けんぎゅうせい)、皎皎(こうこう)たり河漢(かかん)の女。
纖纖(せんせん)たる素手(しょしゅ)を濯(すす)ぎ、劄劄(さつさつ)として機杼(きじょ)を弄(ろう)す。
終日(しゅうじつ)章(しょう)成らず、泣(な)きて涕零(ていれい)雨の如し。
河漢(かかん)清(きよ)く且つ淺(あさ)き、相(あ)い去りて復(ま)た幾許(いくばく)か。
盈盈(えいえい)たり一水(いっすい)の間、 脈脈(みゃくみゃく)として語(かた)るを得ず。

迢迢:はるか遠い彼方
河漢:銀河。すなわち天の河
皎皎:白く明るく輝くこと 
盈盈:水がみちあふれる様子

(大意)

はるか遠いかなたの牽牛星をながめながら、天の河のほとりでひとり機織りをする美しい娘がいる。
ほっそりとした白い手をきれいに濯(すす)ぎ、パタンパタンと織り機をうごかして布を織る。
でも一日かかっても、一片の布も織りあげることも出来ず、娘は寂しさとやるせなさに雨のように涙を流している。
あの天の河の水はきれいで浅いから(渡ってこようと思えばいつでも渡れるように思えるのに)、あの人と別れてからもう幾日がたっただろう。
この河がたたえる水のように、河に隔てられた別離の情は胸に満ち満ちているけれど、娘はじっと牽牛星をみつめるだけで、その想いはとても言葉に表すことができない。

現代日本で”織姫”というと、伝説上のとても遠い存在のように思えますが、古代社会においては、前述のようにほとんどすべての女性が機織りなり裁縫なりに携わっていたのです。よって七夕の”織女”の嘆きと言うのは、古代の女性たちにとって身近で共感を覚えるところだったのでしょう。
天の河はちょうど銀河系を中心に向かって真横から眺めている格好になっているわけですが、都会では街の灯が明るすぎてみえないですね。牽牛星であるアルタイルと、織女星であるベガをさがすのが精いっぱいでしょうか。関西地方は今夜は雲が多く、それも望めそうにありませんが、今夜がだめなら来月の13日、旧暦の七夕にあらためてそれを試みてみるのも良いと思われます。
落款印01

<< | 4/6PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM